1.01
暖かい。
暖かいふかふかの何かに包まれている。
ふかふか、というよりは少しばかりごわごわ、しているかもしれない。
ぼんやりとした意識のまま、そのふかふかした何かに頬擦りする。あったかい。気持ちいい。こんな抱き枕あったっけ。そうだ、あの後すぐ二度寝したんだったか。さあ、休日の残りの時間を楽しもうじゃないか。
寝返りを打とうとして、その瞬間全身に激痛が走り、息が止まる。
――――痛い。痛い。痛い。
声も出ない。はくはくと口が開閉を繰り返すだけで、あまりの衝撃に呼吸をする事すらままならない。そのままじっとしていると徐々に痛みが治まっていくように感じる。気のせいかもしれないが、今はその気のせいにすがる他ない。
痛みが治まってきてから、ゆっくりと目を開ける。
最初に目に入ったのは、大きな月だった。
ぽかん、としてしまう。記憶が曖昧なのだが、私はあれからどうしたんだった?いやそれより前に、私の記憶が曖昧なのはどこからだ?
周囲に視線を巡らす。次に視界に入ったのは葉っぱ。木。もっと視線を下げると、草むら。
どうやらここは森のようである。森?なんで、森。自分の置かれている状況が徐々に分かってきても、落ち着くどころじゃない。混乱から抜け出せない。
そうして、自分がもたれかかっているふかふかの「何か」にやっと意識が向く。
体の自由が利かない以上、自分の視界に入る部分でしか判別できないが、白っぽい色の、大きな毛皮のように見える。
「な、に…」
なに、これ。声を出したつもりだったのだが、ガラガラにかすれた音が微かに漏れただけだった。そうしてようやく喉が酷く渇いている事に気付く。
――――起きたか。
そう声をかけられた気がする。
…誰に?
次に、意識ははっきりしているか、と問われたような気がした。
声という認識は出来ず、空耳だというにはあまりにはっきりした言葉。
鼓膜を震わせる事なく、頭の中に入ってくる。そう感じた。
――――体の調子はどうだ。ちゃんと手足は動くか。
動くかと言われても。痛すぎて動かす気にならない。声もまともに出ないのだ。
――――痛みがあるのなら、神経も繋がっているのだろう。
待って。今。私はいったいどうやって、誰と会話している。
有り得ないことが立て続けに起こっている。思考が疑問符で埋め尽くされる。ああ、きっとこれは夢だ。今まで夢の中で「これは夢だ」と認識できた試しは無いが、これは夢に違いない。私は悪い夢を見ているのだ。
起き上がろうと全身に力を入れ、僅かに体を起こす事に成功したが、結局一瞬で痛みに負けてしまう。腕の力が抜け、また白い毛皮に体を埋める事になってしまった。首だけ動かし、顔を横に向けて、
そこで、やっと自分がもたれていたそれが毛皮でないことに気付いた。
…大きな獣である。月明かりの下でははっきりとは分からないが、姿は虎に似ているように思える。動物園で見た事のある虎――――あれはたしかベンガルトラだったか、それよりも一回り大きい、ような気がする。
獣と目が合った。根源的な恐怖と、動揺と、混乱と。脳が状況を理解する事を拒んでいる。ああ、でも、その目は綺麗な青色だと、思った。
――――安心しろ、食べたりしない。
獣がゆっくりと瞬きをした。
今。
今、この獣、喋らなかったか。
少し違う、と獣は理性を感じさせる眼差しをこちらに向けて語る。
――――私には人間の言葉を操るための声帯は無い。血液を通して意識を繋がらせている。
全く意味が分からない。
言っている事の意味もこの状況も意味不明である。
ああ、そうか、そういえば夢だった。
――――残念ながら、これは現実だ、優。
名前までばれている。はは、なんだ、ここまでくれば夢じゃないか。
せっかくの休日だぞ、こんな痛みを伴う悪夢を見るなんて、ついていないにも程があるだろう。なんだ、神様は私が休息をとることに反対だというのか。
夢の中だろうと眠れるはずだ、夢で眠ったらいつものように布団の中で目覚めるんじゃないだろうか。
そして、またもやあっさりと私は意識を手放してしまった。
目が覚めたら、今度は起きて、ずっと撮り貯めておいたドラマを見よう。
わざわざ自炊するのも面倒だ、たまには出前なんてのも良いかもしれない。
そうだ。目が覚めたら。