海美のチョコレート
「やっと打ち解けたよ。私はね。私ばかり、いつも損をしているなんて馬鹿なことを考えていたの」
「お役目がお役目だったからな」
「でも今は楽しいよ。みんなと仲良くカフェに行ったり、お弁当を食べたり、休んでいた分を毎日、取り戻している感じ。楽しいよ」
「良かったな。本当によかった」
「皓人。私のこと、どう思っているッスか?」
「どうって」
「ずっと離れていて、再会して、まったりとした関係になって、まるで熟年夫婦みたいっス」
「いいだろう。それも。こうして、お前といると落ち着くんだから、それはそれでいいと思う」
「ずっと一緒に居るのは落ち着く相手が良いっていうッスよね」
空美は僕の指を握った。
「そうだな」
「でもね。皓人は皓人が好きになった人を選んでほしいの。あなたの幸せそうな顔を見ると私幸せだから。でも私を選んでくれたら、本当に幸せだから、だから私、頑張れるから。家長だって、お役目だってきっとやりきれるから。凄い力で頑張れるんだから」
空美は笑った。
「放課後、待っているね」
「ああ。行くよ」
僕らは手を叩いて別れた。
小宮山君には悪いけど鏡の魔女のことよりもチョコレートのことが気になって仕方なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
律男君はお弁当の時間に僕の席に来た。
「どうしてでしょうね。お兄様」
「なんだ、律男君」
「紳一郎はなぜ、この時期にバレンタインなど決行したんだ?」
「多分面白いからだ」
「あの人そんなことで、みんなを巻き込むのかな?」
「どういうことだ?」
「つまり、何か思惑があるんじゃないかと思うんだよ」
「思惑。もしかして」
「鏡の魔女だ」
「どこかで見ているってことか?」
「見ているんじゃないか。隙を狙って」
「まさか」
「俺のことも利用しようとした人だ。何か考えがあるのかもしれない」
「襲撃があるってことか?」
「解らない。解らないが、用心に越したことはない。狙われているのは由貴音だ」
「肝に銘じておこう。ありがとう。律男君」
僕は引き締まる思いで放課後を待った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
放課後、僕はまず海美のところに行った。
屋上。気が引き締まる。
そこにはチョコの庭園が出来ていた。
「庭園!」
のけぞる僕。奥には宮殿もあった。
「力作だ!! 皓人。見てくれ!!」
「食べられるのか!」
「そうチョコレートの庭だ。食べられる。さあ庭ドンをしろ」
「出来ないよ。崩れるよ」
「一生懸命作ったんだぞ。クーベルチュールチョコレートを使って。さあ」
「海美。一緒に写真撮ってもいいか?」
「いいぞ」
僕らは二人で写真を撮った。
海美は王子様らしい笑みを浮べた。
「私様が庭ドンをしてもいいか?」
「どうやるのさ」
「庭ドン!」
海美が庭ドンをするとチョコレートのバラの花が飛び散った。
海美の顔が近いドキドキする。
チョコレートの甘い香りで脳髄がマヒする。ピンクの唇がほほ笑んだ。
「あなたを愛している」
「あ、ありがとう」
「それだけか?」
海美は僕の鼻にかみついた。
「ちょっ、海美。やめ」
「やめない」
「やめ、やめて……ってやめんか!」
赤面どころの騒ぎじゃない。
すごいなあ。あの守りの海美が攻めに出るなんて反則だ。
頭の花輪の花が咲く。
「攻めてはいけないか?」
「いけないかじゃなくって、ドキドキしたよ。新鮮だった」
「そうか」
海美は華々しく笑った。今まで空美の陰に隠れていて寂しそうだった海美。
それが、今はこんなにも美しい。
「残さず食べてもいいかな」
僕はチョコレートで出来たバラの花を食いちぎった。美味しい。
「喜んで」
「最高だ」
僕は海美の額にキスをした。
海美は真っ赤になって照れて、僕の鼻先にキスをした。
「勘違いするなよ。こ、これはちょっと手が空いたから頑張っただけだ。お前の為だけじゃないからな。伊理亜ちゃんと優梨愛ちゃんにもわけろよな。なんて、本当はあなたのために頑張ったんだ! そこを忘れるなよな」
「わかっているよ。ありがとう」
海美は顔を真っ赤にして気絶した。僕は海美を背負って保健室へ連れて行った。
よほどの勇気を振り絞ったのだろう。
「ありがとう、王子様。」
僕は上の階に歩いていく。
その階段には空美が待っていた。