よかったな
「にいに、おはよう」
「お兄ちゃん、おはよう」
昨日は呪いでも何でもなく一睡もできなかった。
「おはよう」
「にいにが弱々しい」
「おにいちゃん何か悪い物でも食べた?」
「伊理亜、優梨愛。僕はもうだめだ」
「何がダメなの」
「一人の女の子を選んで、デートしなくちゃいけない」
「それは良い話だよ。いいじゃない、にいに」
「ひょっとしてみんな好きなんだ」
「なぜわかる」
妹たちは胸を張った。
「正直に決めればいいよ。にいに」
「正直過ぎてもな。たとえば綱子ちゃんは不器用だ」
「うんうん」
「その不器用な子が作った一生懸命な不器用なチョコと、真里菜ちゃんの一生懸命造った綺麗なチョコレート。僕はどっちを選べばいいか、解らないんだ」
「チョコってなあに?」
「それ美味しいの?」
妹たちはじゅるりとなった。よっぽど食べたかったらしい。
「持って帰って」
「持って帰ってよ!!」
「うん。解った」
持って帰れる大きさなら。そう思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
学校にたどり着くまで気が重かった。でも腐っていてもしょうがないと思った。
一歩前へ。
「おはよう」
綱子ちゃんの顔が引きつっていた。
「お、おはようございます」
「どうしたんだ、綱子ちゃん」
「どうもしません。一睡もできませんでした」
「気が合うな」
「一睡もできない。心臓がバクバクして眼がギンギンします」
「僕もだよ」
「この際、私を選んでみませんか?」
「ちょっと待て。待ってくれ。バレンタインデーはもっと淡い物だと聞いたぞ。告白されるかどうかわからない儚い柔らかい物だと聞いたぞ。小宮山君に」
小宮山君が見たのは儚い夢だろうか。それとも、僕が見ているのが儚い夢なのか。
「私たちの場合、告白が前提です。殺気立ちます」
「知っていることを再確認する必要がどこにあるんだ」
「随分信頼しているんですね。私たちを」
「いけないか?」
「心が変わっているかもしれませんよ。特に真里菜はあなたを好きになってもいいですかの子ですよ」
「そうだよな」
心を引き締めよう。フラれる可能性もある。
「今更皓人には何もできないでしょうけどね」
「どういう意味だ」
「心とは儚い物です」
「川柳が読めそうだ【好きな人 月日が流れて 秋にけり】」
「飽きると秋をかけましたね」
「最近、技術を磨いているのだ」
「それは俳句です」
「くそう」
僕は綱子ちゃんと教室に入った。
「君の心は変わっているか?」
「何も変わりません。強くなったくらいです」
「どう強くなった」
「心は見せられません」
「そうか」
教室に入ると真里菜ちゃんが待っていた。
「先輩。放課後お話があります」
「ああ、うん。良いよ」
「放課後まで待ってくれますか」
「うん」
なんだろう、胸が高鳴る。
「私、こんな気持ち初めてなんですっ。こんなドキドキした気持ち、どうしたらいいかわからないんですっ。私、私、緊張していますっ。先輩、私……こんな心細い気持ち初めてですっ」
「うん」
「あの、うまく作れないかもしれないけど、学校でしか作れないから受け取ってほしい物があるの。私、お昼休みに頑張りますからっ。昨日頑張ったけどうまく出来なくって。だから放課後まで待ってください」
「期待して待っているよ」
「先輩」
真里菜ちゃんはようやく微笑んだ。
調理室の貸切りか。何ができるんだろう。楽しみではある。
そこに海美が走ってきた。
「放課後屋上に来い。良いな」
「ああ。うん」
「絶対だぞ。絶対来いよな」
もはや脅迫だった。
「ああ、必ず行くよ」
「この街のチョコは私様が買い占めた!! 勝つのは私様だ」
「やりすぎだよ」
道理で真里菜ちゃんが苦しんでいるはずだ。
「そこまでして勝ちたいのか?」
「私様は勝ちたいよ。いつだって勝ちたい。勝ってこなかった人生だ。勝ちたいよ。私様はお前に選んでほしいんだ」
「海美」
「じゃあ放課後、屋上で」
悩むな。あいつを勝たせてやりたい。しかし。
「どうしたものか」
そこに空美がやってきた。
「皓人。チョコレートを準備したから。放課後、待っているから。教室に来て」
「チョコレートなどどうやって準備した。海美が買い占めたんじゃないのか?」
「海美から、買ったんだよ」
「相変わらず仲がいいんだな」
「うん。前より仲良くなったよ。何か辛かったみたいだね。海美は」
「お前は立派な姉だからな」
「立派じゃないよ。立派じゃない。試行錯誤していつも悩んでいたの。帰ってきて海美とはそんな話をしたの。そんな話しかしなかったの」
「打ち解けたんだな。よかったな」
「うん」
その空美の笑顔は天使のようだった。