君がいないと嫌だ
「皓人は、一人では何もできない子ですものね」
「散々だよ!」
僕はしゃがみこんだ。
「おコメ粒の神様、力を貸してくれ」
紳一郎さんが大声で叫ぶ。
「皓人。右からの攻撃に気をつけろ!」
「わかった!」
僕は回転しながら、鏡獣を切りかかった。苦しい。何度も切りかかり、何度もぶつかりあう。空美が僕を補助した。
鏡獣はバラバラになって夕靄の中を溶けていく。
「これで一匹」
「残りも狩るんダナ。私に付いてこられるかな」
「ついて行くさ」
僕らは力を合わせて戦った。勝利を信じて。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それで皓人、どうなったのですか?」
綱子ちゃんはコーヒーショップの隅でコーヒーを飲んでいた。
「苦くてこれ以上飲めません」
「ここはコーヒーショップだぞ! もっとよく考えて店に入れ!」
「よく考えました。久々に皓人と会うのですからおしゃれなカフェを選んだのに。蕎麦屋の方が良かった」
「蕎麦屋は良い店だよ」
あんな良いうどん屋、他にはない。
「ですよね。あそこのうどんは格別です」
綱子ちゃんはぼーっとしたまま微笑んだ。
ああ、やっぱりかわいい。
「綱子ちゃん。その手を握ってもいいかな?」
「どうしてですか? 以前の皓人ならそんなことは言いませんでした」
「どうしてだろうね。強くなったからか、心配事があるからか、僕は最近いろいろ考える。特に、限界に会ってからこっち、考えさせられる」
「お父様が消されたそうですね?」
「あいつ曰くそうらしい。そう聞かされても何も思わなかった自分の心が寂しいと思ったんだ」
「思い出がないからですか?」
「ない。一切ない」
「では赤雪姫が隠しているもう一つの秘密は」
「父に関することではないかと思うんだ」
「赤雪姫はあなたのためを思ったのでしょうか?」
「何か理由があるのかもしれない」
「満月狼に関係があることでしょうか?」
満月狼。あれが何か関係しているとは思えない。
「鏡の魔女はどこに行ったのです。皓人」
鏡の魔女は消えてしまった。
「あいつならどこかに消えてしまったよ。何を考えているんだろう」
「なんにせよ。状況をうかがっているのかもしれませんね」
「誰の状況を」
「赤雪姫です。そんなに眠たいのなら隙が出来ます」
「隙か」
押し黙る。沈黙が重い。どうして赤雪姫は眠いんだ。
「ひょっとしたら、血に溺れようとしているのかもしれません」
「血に溺れる?」
嫌な感覚が背筋を走る。
「つまり、赤雪姫が消えるかもしれないということです」
「それはつまり」
「血の中に存在できなくなりつつあるのかもしれません」
「そんな馬鹿な!」
僕らは白雪姫の、赤雪姫の一族なのに。
「例え話です。紳一郎辺りに聞けばいいでしょう。あの男は狸ですから」
「狸だったら教えてくれないんじゃないか?」
「ですが、切羽詰った状況なら聞かせてくれるのではないでしょうか?」
「確かにそれはあるかもしれないが」
紳一郎さんには聞けない。あの人は今、一族でも統括部長といった意味合いが強い。
何でもかんでも背負い込んでパンクしそうになっているかもしれない。
「大人は大人で大変なのかもしれない」
「そうですね。それはあると思います」
綱子ちゃんは小さく笑った。
「頼光様がいかに大変なことをされていたか私にはわかります」
「そうだね。ごめん。ちゃんと謝っていなかったね。頼光さんに無理をさせた」
「そうですね。そのことに関して私は怒ってもいいでしょうね。皓人」
綱子ちゃんは美しい顔で僕を見た。
綱子ちゃん。壊れは直ったのか?
「皓人は頼光様でもありますし」
やっぱり壊れている。
「君は壊れたままなのか」
「興味が持てませんか? 空美にそう聞きました」
「空美が?」
意外だ。そんなことをいう奴ではないのに。
「空美は心配しているようです」
「君を」
「いいえ。皓人を」
「どうして」
「壊れた空美を皓人は支えきれなかったそうですね。あなたが壊れないか心配しています」
「僕は壊れないよ。壊れられないよ。僕の周り壊れかけの人は多いね。壊れたらおしまいだ」
「私は壊れています。捨てますか。皓人」
「捨てないよ」
「捨ててもいいのですよ。その場合、私が皓人を捨てます」
「それは辛い」
「人が嫌がることはしてはいけません。自分に返ってきますよ」
「肝に銘じておこう。君はいろんなことを僕に教えてくれる。君がいないと僕は嫌だ」
「空美にもいいましたか」
「焼きもちを焼くか?」
「焼きたいです」
「焼いていいよ。愛している」
「空美にも言いましたね」
「言ったよ」
綱子ちゃんは僕の腰をつねった。
「非道です」