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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第五章 鏡の魔女とミケランジェロ
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衰える力

「彼が何か画策しているようなので、ヒルメ様にはお隠れになっていただいたのです」


「お隠れになっていただいたということは、救援は望めないということか」


「そう言うことになります」


「なりますって。どうしてそんなに冷静なんだ?」


 負けるかもしれぬ瀬戸際で。


「わたくし嬉しいんですのよ。だって、差しで鏡の魔女と戦うのは何百年ぶりですもの」

 そう言って、空美の体を借りた赤雪姫は身震いした。


「ずっと戦いたかった。私の七人妖精を殺した鏡の魔女を! 私の最愛の人を殺した魔女を許せなかった」


 鏡の魔女はマントを翻した。


「私たち魔女は最高の英雄だった赤雪姫を失墜させて、辱めてくれる! すべてを滅ぼすものよ。世界を滅ぼすものよ」


 なんということだ。


「世界を滅ぼすって本当なのか? 赤雪姫」


 赤雪姫は僕を殴った。


「佐伯も私の子孫なんだから、向こうの一挙一動に翻弄されることなくわたくしの後をついて参りなさい」


「悪かったよ。鏡の魔女を殺せば世界が滅ぶのか?」


 僕と赤雪姫の間には以前いろいろあった。


 赤雪姫は空美の妹、海美の実力を引き出すために殺そうとしたり、僕に空美救出をあきらめさせるために、僕の記憶に領域を張って記憶操作を行ったり、とりあえずやることなすこと非道を行い、僕との溝は深まるばかり。この前の一件で何とか仲直りしたような状態にはなったものの、互いにカードを出し合ったわけではないので、何とも言えない。


 僕はずっと赤雪姫とは戦いたいと思ってきた。戦うことで失った従妹の空美を取り戻せると信じていたからだ。しかし、従妹の空美を捕えていたのは平賀限界という、英雄であった。


「限界は減って行く英雄の力にいちばん危惧していた一人ですわ。ですから、神を食ったのでしょうね」


「神を食う」


「神を食えばその力衰えることがありませんのよ」


「衰えない力」


 それはなんだ。


「衰えない力は純粋なエネルギーの塊。量子力学の観点から言っても願いの力というのは、人の思いというのは、衰えることない無限のエネルギー。それこそが限界が突破して行こうとしている領域なのですわ」


「人の願い」


「英雄は個として群。群には願いがない。願いのない力は衰える。わたくしたちは遅れてゆくメトロノーム。ただ摩耗していくだけのそれなのですわ」


「それを補うのが」


「子孫です。子孫にして、子孫のその願いです」


 願い。子孫の気持ちをエネルギーに変え、血の中に英雄を生かす。

 もはや装置と言っても言い過ぎではないだろう。


「どうしてそんな大がかりな仕掛けを」


「間の者は世界を滅ぼします。わたくしたちは、それを防ぐ時限装置」


「誰がそんなものを準備した?」


 質問はそこで終わった。

 紳一郎さんが厳しい顔をしたからだ。


「鏡獣が来る。衰える私たちは、技を磨いてきた。皓人。君は私たちの志を受け継いでくれる者だと信じているよ」


「根拠は?」


「根拠もなければ買い被りでもない。ただ一つ、理想を信じるために」


「理想とは?」


「人々が望む平和な暮らし。それがなければ意味なんてないんダナ」


 平和な暮らし。人々が望む。それが、それだけが。紳一郎さんの理想。


 それは僕の理想とも一致しないか?


 巨大な鏡獣が山を駆け回る。木々を吹き飛ばし世界を吹き飛ばす。


「魔女、お前の目的は」


 目の前の魔女は大声で叫んだ。


「破壊だ。赤雪姫の破壊だけが私の望みだ。あはははははははは」


 そう言って鏡の魔女は姿を消した。


 後には鏡獣だけが残される。

 深呼吸する。


「鏡獣など僕に倒せるのか」


 いつの間には赤雪姫が眠って空美が返ってきていた。


「赤雪姫は眠たいんだって。皓人、私たちで倒すよ。おコメ粒さんの力を借りてもいいかな?」


「今日のお弁当もおむすびだ。伊理亜と優梨愛が握ってくれた節約レシピだ!!」


「ラッキーだね。妹さんに感謝だね」


 空美は微笑んだ。


「私ね、えへへ。ヒロインとして魅力が足りないかなって。いろいろ考えるんだ」


「どうしてそう思う!」


「もっと、応援する人物でいった方がいいと思う?」


「もっと、優しい人物になれ。もし僕が寝返っても、その帰りをじっくり待つような人物だ」


「皓人、私、少し焼きもち焼いたよ。だって皓人、長い物に目がないんだもん」


「それは仕方ないな」


 笑うしかない。


「いつの頃からか長い物好きになってしまったんだ。仕方がない」


「それいつからかな?」


「わからないね。わからないけど」


 僕が糸を扱うようになってから?


「私、魔女に負けたくないよ。最近の赤雪姫は私によくしてくれる」


「何かあったんだろうか?」


「皓人だよ。皓人が赤雪姫を変えたの」


「僕が変えた?」


「赤雪姫がね、前より笑うようになったの。ぷんぷんするようになったの」


「笑ってないじゃないか。やっぱりぷんぷんが増えているんじゃないか!」


 なんだろう。何にも言えないや。


「赤雪姫は七人妖精が好きだった。消えてしまったけど、今も彼女を導いた光を信じている。信じ続けている」


「純粋なのか?」


「思慕でしょうね。大好きだったのよ。ずっと一緒に居たかったんだわ。でもそれが奪われて、赤雪姫は魔女と本格的に戦うことを決意した」


 戦いを決意した。


 自分も相手も生まれ変わる。

 何度も続く。その中で自分はいずれ、滅びてしまうだろう。

 何せ、相手は強くなり、自分は衰えるのだから。なんて意味のない戦いなんだ。


「赤雪姫」


 僕は彼女の名を呼んだ。空美が沈んで赤雪姫が現れる。


「佐伯、鏡の魔女はイカルガにたどり着く前に、七つの島を沈めました。そんな輩を倒すのに、躊躇は入りません。あれのたわごとなど信じてはなりません」


「赤雪姫。僕はお前を誤解していたよ。いつも誤解していた。すまなかった」


「良いのですわ。わたくし、誤解をされるのには慣れていますから」


「どうして誤解を解こうと思わなかった」


「解いても仕方ないと思ったのですわ。あなたに理解されて鏡の魔女が倒せるならそうしていましたけれど」


「倒せるさ。みんなの協力がいるんだ。独りで戦っても何もできない。僕はこの前の戦いで思い知ったよ。独りでは何もできないんだって」


 本当に一人でできることは限られている。人は一人では生きられない。

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