魔女の卵
「空美。僕はどっちの味方をすればいいんだ」
「由貴音ちゃんの味方をしたらいいと思うっスよ。由貴音ちゃんは一生懸命だから。一生懸命の人には一生懸命の人が集まるっス。小宮山君も一生懸命なんスよ。そんな人たちを応援できないで何が皓人っスか。皓人が聞いてあきれるっスよ! しゃんとして欲しいっス。帰って来いっス。戻って来いっス。長い物から戻ってくるっス。エイッ」
僕はよろけて、由貴音ちゃんの隣に倒れた。
鏡の魔女から引き離された由貴音ちゃんはゆっくりと起き上がった。
「佐伯君。私、私。小宮山君を助けてほしいの。お願い……」
「由貴音さん。俺は……おれは……」
小宮山君は茂みの隅で苦しんでいる。腹は決まった。決まりきっている。
僕は深呼吸した。
「はっはっはっ。お前の美しさに惑わされるところだったよ。鏡の魔女」
「惑わされたままでいてほしかったな。敵味方を間違えそうになった馬鹿者め。私はすべてを消すそんな存在だ。大馬鹿者よ」
「しかし、魔女と戦うには愚かな方がいいんだろう?」
そうなんだろう?
「それにしてはお前は賢すぎるよ。少年、私を味方につけようとは、百万年早い」
「味方にしようなんてしていない。悪魔に従って何の得がある」
「得ではない。魔女の存在理由はかき回すことだ。間の者が狂っているなら魔女も狂っている。ならば、弾圧される前に弾圧してしまおうぞ」
深呼吸する。僕は息を止めている間だけ満月オオカミの力が使える。僕は昔、間の者、満月狼にかじられた。それ以来、満月狼の力を使えるのだ。もちろんリスクがないわけじゃない。満月狼は間の者で化け者だ。僕はいつ狂うかもわからない存在で、それでも生きている。そんな存在だ。
僕は黒鋼を抱えた。
「赤雪姫の話からすると鏡の魔女はそんなに強くないんじゃないか?」
「あはははは。愚か者。私は強いぞ。強くなったのだ。赤雪姫を倒すために」
「どうしてそこまで赤雪姫を狙う!」
「赤雪姫を殺さねば世界が滅ぶからよ!」
「世界が滅ぶ?」
どういう意味だろう。どんな意味なんだろう。僕はそれを理解できるだろうか?
理解できないのだろうか?
紳一郎さんは渋い顔をした。
「小宮山君、由貴音さんと律君を連れて逃げてくれないか?」
「了解した」
ローマ人の様な小宮山君は二人を持ち上げる。
「小宮山君。私、私。持ち上げられても何もできないよ」
動揺する由貴音ちゃん。
小宮山君の前に立ちふさがる僕。
「小宮山君。律男君は由貴音ちゃんを助けるためにここに……それに由貴音ちゃんは!」
紳一郎さんは僕の方を怒った顔で見た。
「それ以上言うな。それはお前の仕事ではない」
「でも」
小宮山君は空を見上げた。
「大丈夫だよ、佐伯君。こんな気のいい奴ら見たことないさ」
「奴らって」
「二人とも大事だ。気に入っている。じゃないと、紳一郎さんなどと言う胡散臭い人に説得されてここまでくるものか。訳の分からん魔女と争うなどと思うものか。ははははは」
由貴音ちゃんの願いは叶っていたんだ。小宮山君に彼女の想いは届いていたんだ。
「由貴音君。ここから帰った暁には仮入部ではなく正式に茶道部のメンバーになってほしい」
「はい。喜んで」
嬉しそうな由貴音ちゃん。よかった、本当によかった。
「あの三人はこれからだな」
「そうスね」
微笑ましげな空美が胸をなでおろした。
「今の鏡の魔女は当時の何倍も強いっス。だから、皓人がああでも言ってくれなかったら勝てなかったっス。でも、少し本気で怒ってしまったっスよ。私は馬鹿だから、焼きもちは焼かないまでも、皓人が馬鹿をしているのを見るのは辛いっス。いつだってかっこよくいてほしいっス」
「ごめん。全部本気だった」
「計算じゃないところが恐ろしいっス」
「そうだろうか!」
僕らは沈黙した。鏡の魔女の闘気。
重圧に押しつぶされそうだ。
そこには鏡の魔女がたくさんの鏡獣を従えて一本杉のてっぺんに立っていた。
「赤雪姫は世界を滅ぼす。私はあの後、知恵の実をむさぼった。いろんな実を食べた。よって、相当、賢い魔女になった。私は強い。私の言うことには間違いがない」
「それで赤雪姫との再戦を望むのか?」
赤雪姫が世界を滅ぼす?
「望む。私は望むだろう! 赤雪姫との差しの勝負を望む。前は邪魔が入った。稚日女尊。神の力を借りるなど、赤雪姫よ。お前も落ちたな」
どうしてだ、赤雪姫。どうしてそんなことをした。世界を滅ぼすためか?
「私たち英雄は血の中に生まれる。血縁同士の間に生まれる。血が薄まれば英雄は弱くなる。どんどんどんどん弱くなる。昔の英雄の方が今のわたくしよりも数万倍も強かったでしょうね」
つまり。
「英雄はどんどん弱体化している。そう言うわけか?」
「そうです。英雄はどんな英雄でも弱体化していきます。最初の頃の英雄とは比べることが出来ないくらい。初代が最強なのです。何千も何万回も生まれ変わるうちに徐々にその力は失われていき、魔女との差は今や歴然となるほど開いてしまった。ヒルメ様の力を借りたのはそんな時です」
「なら、お前に勝ち目がないじゃないか」
「勝ち目ならありますわ。簡単なことです。血を集めればいいのですわ」
「血を集める?」
疑問を覚える。
「わたくしの子孫を集めてそこで血を搾り取って戦えばよいのですわ」
「赤雪姫の子孫。僕と空美と海美と」
「それに先ほどの律男と由貴音ちゃんも遠い子孫なのですわ」
「それだけで狙われたって言うのか?」
「そうですわね。それだけでも狙われるのですよ。だって、英雄と魔女は殺し合う定めなのですから」
「魔女は卵で生まれると言ったな。魔女は弱体化しないのか?」
「魔女はどんどん強くなる。強くなるだけですわ」
「よし。なら、ヒルメちゃんの力を使って」
「無理ですのよ」
「なぜだ?」
僕は嫌な予感を覚えた。
「平賀限界を覚えていますか?」
「覚えているも何も……」
先日、酷い目に遭わされたことは記憶に新しい。