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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第五章 鏡の魔女とミケランジェロ
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鏡獣

「小宮山先輩はどこに? 闇うどんを作った偉大な男はどこに?」


「最近、姿が見えないの。私は心を痛めている」


「君はどうして片割れと違う人間になろうと思ったんだ?」


「律ちゃんはいつもかっこよくって素敵なの。でも私はそうはなりたくなかった。弱くても失敗ばっかりしても、私を見てくれる人を見つけたかったの。だから、強くならなかった。律ちゃんみたいに強くならなかったの。私は弱くても誰かが守ってくれるのを待っていた。だから、いけなかったの?」


「反省は後だ。今はとりあえずここから抜け出すことを考えよう。ここが魔女の鏡の中なら一筋縄じゃないかないだろうからな」


 僕は彼女の手を取った。


「好き」


「え?」


 僕は閉口した。


「ううん。違うよ。小宮山先輩がね、海で遭難した時にね、ここから抜け出すことを考えようって言ってくれたの。私、嬉しかったな。どうして、あの人は律ちゃんを選んだのかな。私も律ちゃんみたいになればよかったかな」


「人は他人にはなれないさ」


「私、あなたのことも好き」


「どうして?」


「小宮山先輩に似ているからよ。言うことが」


「なるほどね」


 それで一緒に取り込まれたわけか。


「あなたは先輩に似ている。顔は似ていない。でも根っこのところが似ている」


「根っこ」


「ヒーローってところが似ているの」


 間宮由貴音はそう言うとため息を一つはいた。


「私ね。痴漢に遭ったんだよね。海で。それを助けてくれたのが小宮山先輩だった。男らしくて強くってかっこいいそう思ったんだよ。そこのウオーターメロンみたいに頭をかち割るぞって怒ってくれた」


「僕はそんなことはしない。買いかぶりすぎだ」


「そうかな?」


「どちらかというと僕は痴漢の方だ」


「そうなの? 私にがっかりさせて一人でここから出るつもりじゃないの」


「闇うどんが食べたい……」


「あのうどんにそんな魅力があるの!?」


「魅力しかないね!」


 僕らはため息を吐いた。辺りはいつの間にか砂漠に変わっていた。砂漠じゃない。ここは砂丘だ。


「小宮山先輩に助けられたのが?」


「砂丘だったんだよ」


「君は助けてもらった小宮山先輩と親交をスタートさせた」


「うん」


「でもそれはすぐに律ちゃんの知るところとなって、律ちゃんは小宮山先輩を殺そうとした」


「大体そんな感じ」


「ところが話はそれで終わらなかったわけだ」


「終わらなかったんだよ。律ちゃんに殺されそうになった小宮山先輩は律ちゃんに惚れてしまったんだよ」


「因果なもんだよな」


「柔道部に誘ったり、ラグビー部に誘ったり、もう親友が出来たって大喜びで」


 少し話がおかしくなってきた気がする。


「小宮山先輩は茶道部じゃないのか?」


「茶道部だよ。そしてスポーツ万能ですべてのスポーツに通じているの。それで律ちゃんを勧誘した。惚れた、惚れたってすごかったよ。律ちゃんはすごいって」


「ちょっと待て。律ちゃんって」


 僕は勅使河原君の情報に不正確な点を感じた。


「ひょっとして」


「うん。律ちゃんは男の兄妹だよ。私たち二卵双生児なの」


 なんだそれ。


「勅使河原君。話が違うじゃないか。思っているより前向きにさらさらしているじゃないか」


「小宮山先輩は律ちゃんの筋肉が大好きだって」


 前向きにドロドロしていた。


「質問。律ちゃんって、陸上部一年のスーパールーキー、律男のことか?」


「そうだよ。あなたも律ちゃんが好きなの? そうなんでしょう!」


 とんだ言いがかりだ。


「今まで君が惚れてきた男子は、律男君の陸上的筋肉に惚れてやって来ていたのか」


「女なんかと遊ぶより、男同士で青春したいって言われたよ」


 不憫だ。


「それは前向きに気の毒に。僕なら君と遊んでやってもいいけど」


 由貴音は困ったように笑った。


「いいよ。私に価値なんてないの。私は自分のこと宝石だと思ってきたけど、律ちゃんの輝きにはいつも敵わない。私は星にはなれないんだよ」


 星になれる人間は一握りだ。


「律男がそれだけ努力してきたってことだろう?」


「私困ったことがあったら律ちゃんに何とかしてもらってきた。小宮山先輩もきっと私の事呆れちゃったんだ。お前みたいなやつ、価値なんてないって、そう言うことなの」


「馬鹿だな。自分で自分に価値を見いだせないと、他人もお前を良いって言ってくれないぞ」


「そうなの?」


「そうだよ。お前奥ゆかしいだろ。そう言うところ武器だろう? もっと誇りを持てよ」


「そうなのかな」


「そうなんだよ。お前が自分を好きにならなくちゃ、だれもお前に振り向いてくれないぞ」


「私、私、自分を好きになる!」


「それでいい。問題はいなくなった律ちゃんだよな。魔女はどこへ連れて行ったんだ?」


「何の魔女かもわからないの。ただ、律ちゃんはお前の願いを叶えてきてやるって。この足を失ってもって。魔女になってもいいから助けてやるって。私はなんで律ちゃんがそこまでしてくれるかわからなくって、過剰だって、お節介だって、酷いことを言ったの」


「それ完全に、兄妹愛だよ。自分の所為で恋人が出来ない妹が可哀想になって何とかしてやりたいと思った兄心だよ」


「そうだったの……律ちゃん……」


「人はしゃべる生き物だから、言葉を繋がないとどこかずれてしまう。哀しいことだね。律ちゃんは口下手なんだね」


 僕は深呼吸した。僕ももっとしゃべっていたら赤雪姫のことを憎まないでよかっただろうか?


「この鏡は魔女の鏡なのか?」


「そうだと思う」


「鏡よ。鏡。話が出来ないか?」


 間の者と話をするのは馬鹿げている。僕はそれを思い知ることになる。


「白雪姫の一族。お前を食ってやる」


「ここから出してくれ。お前の持ち主に会いたい」


 由貴音は首をかしげた。


「私を白雪姫にしてくれるんじゃなかったんですか? 鏡さん?」


「俺たちは白雪姫の一族を食うのさ。白雪を食う。げははは。白雪イーターだ」


 砂丘が吹き飛ぶ。鏡の世界がひび割れて牙をむく。鏡獣だ。


「俺たちは白雪姫の一族を減らせたらそれでいいんだ。それだけなんだよ。どんな手段を使ってもいい。魔女様は俺のことを褒めてくださる」


「助けて、佐伯さん」


 長い靴下の由貴音が鏡のお化けの牙に引きずられて叫ぶ。


「大丈夫か!」


 僕はいつも持っているカバンの中から黒鋼くろはがねを取り出した。回転しながら叫ぶ。

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