魔女になりたい
「生まれ変わりか?」
「それが」
由貴音は壁にぶつかって倒れた。ドアにぶつかって倒れる。
「ものすごく近眼らしいんだ」
「なら怖くないじゃないか?」
「それが、時々、恐ろしいことを言うんだ」
「なんて」
「恨みますわ。おほほ。許すまじ」
「な」
「どこが怖いんだ。愉快なだけだぞ」
「怖いだろうが、お姉ちゃんは復活したばかりなんだぞ。ブランクがあるんだぞ。肉体と体が離れていたんだぞ。それが、あんなわけのわからん魔女に襲われて、酷い目に遭ったら私様、私様、目も当てられない」
「あの子、二重人格か?」
「ああ、人格は破たんしている。現在観察中だ」
僕は由貴音を見つめた。
「悪い奴じゃなさそうだが」
「悪い奴だ」
「はうっ。今こっち見てましたね!! なんなんですか!」
「見てない」
「見てないぞ」
思わず嘘をついた。
「そうですか。よかった」
落ち着いてフルーツ牛乳を飲む由貴音。こんな変な奴が、赤雪姫の敵のはずがない。
「あんた。魔女って本当か?」
僕は唐突に憮然と質問を投げかけた。
「魔女になりたいですけどなんですか? なんなんですか?」
頬を膨らます由貴音。
「なんで魔女になりたいんだ? 魔女になってもいいことないぞ」
「いいことならありますよ。良いことだらけですよ」
「どんないいことがあるんだ?」
「まず、魔女はおならをしなくっていいんだよ」
「そんなところがいいのかよ!」
「いいよ。魔女は卵から生まれるんだよ。私は卵から生まれたいな」
「その口調からすると魔女ではないのか?」
「魔女になりたかったんだよ。魔法使いになりたかった。魔法使いなら、いろんな人を救えるでしょう?」
「救う人になりたかったのか?」
「うん。当然だよ。他に何があるの」
由貴音は僕の鼻を引っ張った。
「そんなこともわからないの。お節介うどん野郎さん」
「それはいったいどういう意味だ。魔女かぶれ」
海美が心底、呆れた。
「どう考えてもお前のことだろう、皓人」
「どうして、僕のことだと!」
「他にいないだろうが」
「今日の僕の弁当はおむすびだ! うどんではないぞ」
僕は言葉を失った。待てよ。
「僕がうどん好きだといつどこで知った」
「この前、後をつけてみたからだよ。領域師って何?」
領域師とは神殿の中に住まう土地神をまつる一族だ。なんて言っても理解してもらえないよな。
一般の人に僕らの血の中に英雄が住むとも言ってもわからないよな。
そこに空美が現れた。
「こんにちは。オッス。私、空美。領域師について聞きたいならお姉さんが何でもしゃべってあげるっスよ。えへへ」
「駄目、駄目だよ。お姉ちゃん」
大変だ。クールな海美がいつもより激しく動揺している。
「なんでダメなんスか。良いじゃないっすか。海美の友達になるかもしれない人っスよ」
「わけのわからない友達などいらん。じゃなくってだな。敵だったらどうするんだと私様は言っている」
「赤雪姫に聞いてみるっスか? あの子が鏡の魔女かどうか?」
「そんな便利なことが出来るのか?」
「今代わるっス」
僕らは赤雪姫の言葉を静かに待った。海美も神妙な顔をしている。
「わたくしを呼び出して何の用ですの。皆殺しにいたしますわよ」
赤雪姫は機嫌が悪そうだ。
「なんでそんなに機嫌が悪いんだ。キウィの種でも歯にはさがったか?」
「あなたの脳みそに種がはさがればいいのに」
結構辛辣だ。
「失礼。品位が足りませんでしたわね。わたくし最近眠いんですの。眠くて起きていられないくらい。たぶん、空美が体に戻ってきた反動だと思うのですが。眠くて、眠くて仕方がないのですわ」
「蛇は焼き尽くしたよな」
僕は焦りを口にする。
「限界の作戦でないならよいのですが、眠くて、眠くて皓人、あなたに八つ当たりしてしまいそうですわ。皓人」
「それはまずい。鏡の魔女かどうか調べてほしい人間がいるんだ」
「鏡の魔女がまだこの国にいるのですか?」
赤雪姫は厳しい顔をした。
「どこにいるのです?」
「海美の隣だけど」
赤雪姫は由貴音を値踏みした。
「はん。こんな小娘は鏡の魔女などではありませんわ。鏡の魔女は限界に負けず劣らずの外道。こんなところでうろうろするはずがありませんわ」
「見なくてもわかるのか?」
「見たからわかるのですわ」
由貴音は叫んだ。
「何を言うの。私は鏡の魔女よ!」
「魔女は卵から生まれます。人から生まれた子供よ。魔女と名乗るにはあなたは筋違いです」
「魔女なんだってば。この鏡が私を導いてくれるの」
「そんなものただの鏡です。お放しなさい。それでは」
赤雪姫が消えて空美が戻ってくる。
「怒られちゃったよ。単純なことで呼び出さないでって」
由貴音は目を真っ赤に腫らしていた。
「海美ちゃんのお姉さん。あなたはなんなの?」
「ごめん、ごめん。私に悪気はないよ。皓人、助けて」
僕は深呼吸した。僕の図書館、ワンダーランドの法則。そこに狼の力を加えて、僕は空見の体から糸を引きずり出した。
「ざっと説明すると、僕はこんなことが出来る人間だ」
由貴音は眩しそうな顔になった。
「凄い。それって魔法使いじゃない! うどんスキー!」
「アナスタシアさんなら僕をそう呼ぶな!」
思わず深呼吸する僕だった。
「どうして魔女になりたいんだ? 由貴音」
「それは……」