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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
8/141

無形

朝から快晴。梅雨時の昼だというのに、雨は降る気配すらない。

半袖シャツの僕は移動教室の隅で頬杖をついた。


あれ以来、綱子ちゃんを見かけない。不思議な子だ。どこでどうやって生活しているんだろう。鬼を倒した後の要石を粉々に砕いてしまうし、ちゃんとお金を持っているんだろうか。なんて、前向きにしなくていい心配までしてしまった。


授業が始まるまでまだ時間がある。僕はワンダーランドの鍵を開いた。ワンダーランドは僕の血族が自由に出入りできる特殊な領域で、僕が今まで調べた情報が眠っている場所でもある。

 

 鍵を持っている親族なら誰でも入れる。そこには先客がいた。


「海美、えびす様の所の綱子ちゃんについてどう思う」


 海美はワンダーランドの荘厳な机に両膝をつき、蒸気携帯を懐から取り出す。


「あの子はどうやら鬼切り師だな。獲物の鬼を奪い合うとなれば厄介な相手だ。皓人、これだけは言っておく。あの子に会いたいからと言って、鬼に近づくなよ」


「どうしてだ?」


「鬼にはどうやら、絶対防御耐性があるらしいよ。お前のもう一つの能力、硬化の進化バージョンだと思ってもらえればいい」


「なら……相当硬い……」。


「つまり、何でも弾くんだよ」


それって……。


「反射なのか?」


 僕は海美の情報で作った本を開く。鬼の本には海美が戦ってきた鬼の数値的データが書いてある。先制攻撃以外は反射属性ありか。


「皓人。頼みごとを聞いてくれ」


「なんだ?」


「仕事だ。ある刀の伝承を調べて欲しい」


「刀? この時期に?」


「ああ、刀と言っても、刃の無い刀で、今はどんな形になっているかもわからない刀だよ」


「何に使うんだ?」


「鬼退治用の特殊な刀だ。攻撃を貫通させたい。撃滅数を稼ぎたいんだよ」


 僕は両目を閉じた。


「情報量は高くつくよ」


 海美は万札を取り出した。


「お金ならある。前金で一万円だ」


「なら、さっそく調べてみるか」


 僕は弾む足取りでワンダーランドを閉鎖して駆け出した。前向きに儲かった。


 窓ガラス代が何とかなりそうだ。

 刃の無い刀か。柄だけのような物なのだろうか?


 ワンダーランドでの詳しい調べ物はいつも家でする事に決めている。

 ここには赤雪姫の加護もある。

 

 母親は出張していて、父親は放浪している。


 家にいるのは妹たちだけだ。

 

 僕は身内が好きだ。それ以外とは積極的に関わってこなかった。

 守るものが増えるのは怖い。ずっとそう思ってきた。


「兄ちゃん、兄ちゃん!」


「にいに、にいに!」


小さな妹達は僕にまとわりついた。


「ほら、手を洗って来い。真里菜ちゃんから貰ったおやつを食べよう!」


 僕は白い箱をちらつかせる。


「ドーナツだ!!」


「ドーナツ!」


 二人は喜んで去っていく。


 さてと。卵ドーナツの箱を置き、家の奥の部屋にこもって、僕は前向きに糸を取り出した。鍵の形に構成する。来い。僕の領域。ここにはこの世ならざるものが溜まる。


 それらから糸を引きだし、ありとあらゆる情報を取り出すわけなんだが……。


僕の領域の中のワンダーランド司書、芸者の様な格好の武者小路さんが糸を整理しながら歩いていく。


『砂糖工場にはありはいないんだってさ。蟻が砂糖に体液を持っていかれるからだってさ……恐いねえ、恐い情報だねえ。今日の情報はカスですねえ』


七五三のようなかっこをした玉藻ちゃんが本棚を整理しながら跳ねている。


『猫はこたつの中では長くなるんだよ。まるくならないんだよー。皓くん』


「ちょっと待て、司書たちよ! 今すぐ、無形の刀の情報を持って来てください!」


『無形の刀って何? 玉藻わかんない』


『旦那。あたしゃ、知らないよ。刀の事なら、お前さんの方が詳しいだろう?』


 武者小路さんはキセルをふかす。本棚にめぼしい本もなかった。

 僕は僕の領域からタイムアウトした。


「仕事失敗か……NOデータ。どうするかな。海美の前金だけじゃ今月厳しいぞ」


 出張しながら放浪するうちの両親は家に金を入れない。いつも、ヒロくん、頑張ってね~が口癖だ。

 当然うちの家計は火の車。僕の領域を使った調査のアルバイトで家計が成り立っているのが現状だが。


「にいに、今日のご飯は何?」


「目玉焼きに塩」


「にいに、醤油をかけたいよ! もう一週間、醤油を見てないよ!」


「どうして生活費を使いきっちゃったの? お兄ちゃん」


 アンサー、お腹をすかせた美少女に贅沢なうどんを飲まれました……なんて妹達には言えない。可哀想過ぎて。


「ごめんなさい……アルバイトに行ってきます……」


「今度は何?」


「刀の情報集め」


「気をつけてね。にいに」


「頑張ってね! お兄ちゃん」


 こうなったら足で稼ぐしかない。本物の図書館までの道を汗だくで走る。

 勿論、赤ずきんの変な蒸気自転車だ。坂道が憎い。


「あと少しで辿りつける。首を洗って待っていろ、本物の図書館!」


 そこで、そのてっぺんで、僕は美少女と再会した。


 初夏にマフラー、カイロを握って、手には手袋。


 この時期には不似合いの暑そうな服装だった。うどん丸呑み少女綱子ちゃんだった。


「こんにちは、変態」


「前向きに返せ、うどん!」


 この前、贅沢うどんを六杯飲んだ上に、鬼を狩るペースを落とさない頑固な彼女だった。


「お腹すいた……私は今日も空腹です」


「ですって、人格崩壊しているぞ」


 壊れているのか?


「変わってない。変わっているのはお前よ」


「ああもう、あのうどん高すぎるんだよ! 高いうどんを丸飲みするなんてひどすぎる」


「ごちそうさま。皓人……美味しかったの」


 綱子ちゃんは僕の目をちらちら見た。僕は立ちつくす。何だろう。

上手く言えないけど面白いことが起りそうな予感がした。デートみたいだ。


「そうだ。本物の図書館はなんだから、公園で話しでもするかい?」


「しないわ。あなたと話す話なんて何もないわ」


 おや手厳しい。


「どうして?」


「蕎麦屋が良い。うどんなんてあんな美味しい物、今までにないから」


 今までと何も変わらない予感がした。どうせ僕の人生前向きにこんなもんだ。わかっていたけどね。


「綱子ちゃんはお金持ってないよね?」


「持ってないわ」


「なら、僕の仕事を手伝ってくれるか? 一緒に稼ごう」


「私にできる事、何かあるの? 言ってみて」


「僕は無形の刀を捜している」


 綱子ちゃんは自身の大太刀を見た。


「これを、黒鋼を貸せばいいのかしら?」


「いや、それじゃなくって。形の無い刀で……」


綱子ちゃんは鞘から刀を抜いた。そこにはあの黒刀が納められていた。


「使ってみる? 得意技はダイコンのみそ汁に肉じゃがよ」


「家庭的だな!」


「野球もできる。ただし球は爆発する」


「チームメイトが泣くぞ! 永遠に点数が入らなくて!」


「ここだけの話。無形の刀は貸せないの」


「知っているのかよ!」


 綱子ちゃんは黒くて重くて頑丈で大きな刀を細腕で振りまわした。僕にその腕力をくださいと言いそうになって思いとどまる。そう言えば僕には刀を扱う技術もない。


「君の領域は便利だな」


「あまり見せないようにしているの。私の存在を」


「見せないようにしているってどうやって?」


「鬼が私を狙っている。私の領域にいれば存在が薄まる。でもいつも張っているわけにはいかない。危ない時だけなの」


「僕に見えたのは」


「刀の一族だから」


不満そうに僕を見る彼女の隣で、僕は綱子ちゃんの刀に触れた。


存在が薄まるだけなら、見えている人もいるってことだよな。僕はいつも帯刀している小刀を綱子ちゃんに差し出した。


「その長さはさすがに銃刀法違反だ。警察に怒られるぞ!」


「黒鋼は、怒られたりしない。関係者にしか見えない。関係者以外には、魔法のコフレのように見える」


「どこの魔法少女だよ」


「見ていて」


 綱子ちゃんは縦横無限に刀を振りまわした。

 枯れ木は切れない。地面も、建造物も岩も傷つかない。


 ただ、地蔵や生きている木や植物、霊的な物だけが切れていた。僕はしげしげと刀を見定めた。


「野球の球が爆発する原理はどうなっているんだ?」


「野球はある意味、神事」


「嘘をつけ」


「野球はノリと勢いよ。ごめんなさいっ」


 彼女は勢いよく謝った。


 綱子ちゃんは時代劇のように刃を太陽にかざした。陽光がその刀の良さを際立たせる。鮮やかだ。美しい波紋。綱子ちゃん、刀に関しては相当の達人なのだろう。


「これは間の者や、間が触れた物しか切れない刀。髪切り」


「髪切り? ぞんざいな名前だ」


「私が髪を切るのに使っていた」


「鬼と髪が切れるんだ……共通点が何一つ無い気がする……」


「髪は頭に近い。しんが宿りやすく、また、邪も宿りやすい。そんな物がこれ一本で立ち切れる……優れ物。今なら三十分以内にうどんをくださいますと……もう一本召喚してもいい」


「通販か!」


「地獄の契約」


 いつも無表情の綱子ちゃんが小さく指をくわえてぼんやりと僕を見た。可愛いけど騙されているんじゃないか僕。


「借りてもいいか」


「うどんが欲しいの」


 綱子ちゃんは胃の辺りを押さえてお腹を鳴らした。指をくわえてもう一度僕を見る。ああもう。


「わかった。前払いだ。美味しいうどんを食べに行こう! それから、この刀、重くて持てませんが」


「軟弱な変態なのね」


「必要以上にいじられた?」


「本当はグラタンが食べたいの」


「そんなにマカロニが良いのかよ。あんな太くて短い麺類。僕にとってショートパスタは悪だ。美しくない」


 綱子ちゃんは指をくわえた。


「実はソーメンも好きだったりする」


「ああもう。いつか食わせてやるよ。白くてうまくて、はふはふするグラタン」


 綱子ちゃんは嬉しそうに僕の顔を覗き込んだ。そんなに見つめるなよ。


「嬉しい。わかった。必要な時にいつでも黒鋼をデリバリーする」


 ざざざ。その時、海美が僕らの前に駆け足で現れた。なんだ突然。


「皓人、大変だ! 雑魚の鬼どもが一斉に暴れだして!」


その時、突風が吹いた。世界が風に流された。反転した。

次の瞬間、綱子ちゃんの姿はこの公園から溶けて消えた。


「綱子ちゃん?」


 残されていたのは、一振りの刀だけ。黒鋼だけ。

 海美は厳しい顔をした。


「今、綱子が消えなかったか?」


「消えたよ」


「皓人、危ない奴だ。敵と一緒にいたのか」


「綱子ちゃんは敵じゃない。えびす様の使いだ」


「忘れたのか、お前は……他の奴には……他の領域師には危険とみなされる」


「海美、同い年だからって偉そうにするな」


「すまん。しかし、あの子もお前のことを知れば憎むだろう」


「あの子はそんな子じゃない。僕をわかってくれる」


 僕は公園の土に触れた。糸を呼び出す。


「検索。この公園の外に雑魚鬼がいる。彼らは事変を好む性質があるらしい」


 事変。間の物と人間が混じったものの総称。彼らは僕の存在を気にしている。


「それでお前に寄って来るのか……それで綱子はどうなった」


「鬼の領域にとりこまれた可能性がある。それから、この公園の入り口と出口は雑魚鬼に封鎖さされている。玉藻ちゃんと武者小路さんがそう言っている」


海美はため息を吐いた。


「嬉しくない話だよ。ハムスターのハム子と一緒に閉じ込められたなら燃えたろうに」


「お前がハムを呟けばネットが炎上なんだよ!」


「ところでその刀はなんだ?」


「綱子ちゃんが置いて行った」


「あの女、お前の図書館でも理解できないのか?」


 ぼんやりした寂しそうな背中が胸に残るからあの子は悪くないと思う。


「ちょっとほっとけなくってさ……」


 へらへら笑うと海美は溜息を吐いて恨むように僕を見た。


「まったく。皓人はすぐ危ないマネをするんだから」


 海美は公園の四隅を破壊した。そこには雑魚鬼の角が埋められていた。僕らを鬼の領域で囲ったつもりだったのだろうが、僕らも領域使いだ。それぐらい探知し、取り除く事ができる。


 海美は指を空にかざした。指の神経で隠れた鬼の位置を探っている。


「まったく、舐められたものだ。探知系でもない私様に気配を読ませるとは。どうやら相手は本気でないらしい」


 綱子ちゃんはなぜここにいたのだろう。雑魚鬼を狩るためだろうか。僕らの腕前を見る為だろうか。いや、きっと。


「お腹が減ったからだ……」


 そういう子なんだよな。溜息を吐く僕の横で海美は拳に海の底のような光を纏わせた。綺麗だ。流れ星の尾を持った鬼が弾丸のように回転しながら海美に飛び込んでいく。角が火花をあげる。


ギチギチギチギギキキキキキキキキキキキキキキキキキキ。


「遅い!」


 海美の腕の光がぶつかると灰色の雑魚鬼が粉微塵に砕けていく。


「脆いな。脆すぎる。本当に倒せているのか、この鬼どもを」


 海美の疑いももっともだ。こんなに簡単に、ものの数秒で鬼が退治されていいはずがない。僕は土地から呼び出した糸を引きずりだした。それを身体中に巻きつける。情報習得。鬼たちがここに関わった時間を掴み叫ぶ。やっぱり。


「海美、それは鬼の影だ。本体は別にいる。僕が探知する」


「随分と舐めた真似を」


 海美は鬼たちの影を両腕で握りつぶした。とたんに歩道の喧騒が帰ってきた。


「何、あの人カッコいい」


 他所の学校の生徒が演劇の男役の様な海美を見てときめいている。


 その時、真里菜ちゃんが走ってきた。彼女の感覚に何かが引っかかったようだ。


「先輩、誰かが、透明な空の下で泣いていますっ」


「透明な空って……」


 僕は青空を見つめた。透明ではない気がする。透明な空って何だ?


「月の下。森の下。鳥居の下で。気配が消えましたっ」


 僕はふらつく真里菜ちゃんを支えた。真里菜ちゃんは修行をしていない。

 無理をするな。


「この刀は主を捜していますっ」


「前向きにわかった」


 消えた綱子ちゃんを捜さなくては。全力で。

 泣いているのは彼女だろうか、それとも、ほかの誰かだろうか?


 僕らの一族の血統には古い英雄の血が潜んでいる。そう聞かされたのは物心がついた頃だった。


 海美は黒鋼を握る。


「こんな感じかな。小さくなれ」


 海美は黒鋼のサイズを一回り小さくした。海美の領域は物質の変化だ。


「ありがとう。僕は消えた綱子ちゃんを追う」


 あの子は寂しい顔をしていた。あの種類の顔を僕は知っている。


「仕方ない」


 僕は刀を抱えた。必死に坂道を走る。鬼の角で軋みかけた街を走る。


 世界がひずもうとしている。僕は壊れそうなものが好きだ。大好きだ。


 この街の周りに無双のように鬼どもが、渦巻いている。潜んで人々を狙っている。なぜだかわからないけど、理由も知らないけどわくわくした。


 お互いの街に鬼が入りこんだから、えびす様はヒルメちゃんにこの勝負を吹っ掛けたのだろうか。考えすぎかもしれないけれどそんな気がする。


「あのオヤジ!」


 だとしたら、綱子ちゃんは今頃、泣いているんだろうか。泣かない人間は壊れやすい。その泣かない種類の人間が泣きはじめた時が一番危ない。


「綱子ちゃん!」


 僕は歩道から糸を引きだす。指をからめ情報を読むが彼女は見つからない。


「綱子ちゃんどこに!」


 刀も無く鬼に出会えば命は無い。鬼の力が反射ならなおさら。


 百年たったものに命が宿るように、百年たった刀には力が宿る。

 それは一族の為に振るわれるための力だと赤雪姫は言うが、僕は使いたい者の為に振るえばいいと思うのだ。僕らの一族の刀には魔払いの力が宿っている。綱子ちゃんの刀には反射をねじ伏せる力が宿るのだろう。


 僕は必死に駆けた。足の裏が熱い。


「綱子ちゃん!」


 彼女の悲鳴が聞こえたような気がして僕はひた走る。

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