だけど
綱子ちゃんはぼーっとしたまま笑った。
「皓人といるといつも楽しくて、楽しくてたまりません」
「のろけか?」
「おのろけです」
「綱子ちゃん。僕は感激だ」
僕は綱子ちゃんを抱きしめた。
「何をするのですか、皓人。ハグは結婚前までと誓った中ではありませんでしたか」
「誓ってないんだよ」
「ハグ美になってもいいですか?」
「そんなに急にハグ美になられても僕は困る」
「いいえ、ハグ美になるには、遅すぎるということはありません。たとえハグ子になろうとも、問題はありません。皓人が嬉しいだけです。喜ぶだけです」
「君は何者だ!」
僕らは顔を近づけた。
「皓人様」
「綱子ちゃん」
勅使河原君が僕らを押しとどめた。
「そこまでだ。何か用事があったんだろう。佐伯」
僕は何も言えなくなった。
助けてくれなんて言えない。どんな危険な目に遭わせるかもしれないのに。
「声をかけられなかったんですね。真里菜と海美には」
「どうしてそれを」
綱子ちゃんは下を向いた。
「あなたが電話をかけてきた後、あの男から私に電話がありました。全てを聞きました。あなたがあの男の所為で困っていると。力になりましょう」
「だけど」
綱子ちゃんの目の中は塗りつぶされてぐるぐるしていた。大丈夫そうに見えない。
「巻き込むと思うなら筋違いです。海美にも真里菜にもすでに伝えています。行きましょう」
「どうして」
綱子ちゃんは僕を見なかった。
「空美さんを助けるのでしょう。どんな女か吟味します。吟味して悪い女だったら、私が皓人を奪います」
「いい女だったら?」
「その時は皓人をドラキュラのように奪いに行きます」
「君は奪っているだけだよ!」
事情を知らない勅使河原君のツッコミを胸に、僕は感謝していた。後は単純な話、僕が強くなるだけだ。
「綱子ちゃん。僕を鍛えてくれ」
「四戦四勝できるように鍛え上げます」
僕はぼーっとした綱子ちゃんの目を見た。
「どうかしましたか?」
綱子ちゃんは笑った。可愛らしくて優しい笑顔だった。
勅使河原君は首をかしげた。
「何かの試合でもあるのか? 川柳か?」
「そんなところだよ」
僕らはそう言って修行に向かった。屋上のカギは川柳部顧問の先生からもらっている。
一週間、放課後みっちり特訓を行うことになった。
学校の屋上は横志摩の名のもとに今や貸し切り状態になっている。
僕らは勅使河原君を残して屋上へ向かった。そこには真里菜ちゃんと海美が待っていた。
一週間後、どんな敵が待っているんだろう。
真里菜ちゃんは数珠をほどいて立っていた。
海美はピンクの唇で笑っていた。
綱子ちゃんは竹刀を振り回した。
「行きますよ」
一週間後何が来るかわからない。恐ろしいのにみんながいると頼もしかった。
真里菜ちゃんはものすごく強かった。赤いブーツで屋上をスケートリンクのように駆け抜ける。
海美は防御の領域を張った。
そこに転がるように綱子ちゃんが飛び込む。
「黒鋼ええええぇぇぇぇぇ」
三人の力はぶつかって中央で粉々に壊れた。
「まあ、ざっとこのような感じです」
綱子ちゃんは胸を張った。
「水臭いですよ、先輩っ。一人で何とかしようだなんて」
真里菜ちゃんは僕の耳を引っ張る。
「痛い」
海美は狐のお面を取り出した。顔につける。
「私様に声をかけないとは不届きだな」
「声をかけたくてもかけられなかったんだよ」
「なぜ?」
海美が取り出した刀が僕に迫る。殺生刀。
僕はそれを持っていた黒鋼で弾いた。息を止めている間だけ僕は黒鋼が使える。それは満月狼の力によるものだ。
刀と刀は拮抗する。
そこに赤い靴が滑り込む。
「先輩。本気で行きますよ」
赤い靴が十メートル跳ねる。
横になぐような回し蹴り、僕は赤い靴の攻撃をなんとか防ぎ切った。
そこに綱子ちゃんの黒鋼が飛び込んでくる。霊的な物しか切れない刀。僕は切れないが避けるだけでも練習になる。
「どうですか。皓人。強くなりましたか?」
「そんなすぐにはわからないよ。っと!」
僕も黒鋼を構えた。綱子ちゃんの黒鋼とぶつかって剣と剣が火花を撒き散らす。
真里菜ちゃんはその場所に割ってはいる。
「先輩は赤い靴の伝承を知っていますか」
「詳しくは知らないよ。ただ、魔女の斧で赤い靴は倒されたらしいね」
「はい。もし魔女と戦うことになったら骨が折れますっ。どうしますか?」
「魔女か。僕は戦ったことがないが」
「魔女は卵から生まれるそうです」
「卵から」
僕は唸った。生態系が違うのか。
「先輩は調べたことがありませんか。強い魔女は、神と戦えるくらいの力を持ちます。先輩には魔女と戦える力を身に着けていただきますっ」
「ちょっと待て、いつ戦うことになるんだ。奴が仕掛けてくる間の物とは魔女なのか?」
「可能性の問題です。嫌な敵をぶつけてくるにちがいありませんから」
「勉強はどうなるんだ?」
「生き残れたら、受験が出来ますっ」
そんな。
「僕は狼の力を使ったら強いんだぞ」
海美は腕を組んだ。
「それでは意味がない。お前自身が強くならないといけないんだ。解るだろう?」
「僕自身が」
「限界は糸を使う。お前と同じ糸だ。意味が解るな。お前がワンダーランドの力を高めないと勝ち目がないんだ」
ワンダーランド。僕の領域。僕の愛すべき図書館。
「だけど海美」