プロレスアタック
僕は学校に行った。浮かない顔をしていたようで、みんなに心配された。
「佐伯。何かあったのか?」
一番心配してくれたのは勅使河原君だった。
「いろいろとね、あったよ。勅使河原君」
僕はペットボトルの水を飲み干した。
「まさか、梔子さんたちにフラれたんじゃあるまいね」
「フラれていない。と思う」
「その返事だと好意を抱かれているのか? 海美さんはどんな人だ」
「意外とメンタルが弱いタイプかな。ピンクの唇がセクシーだ。長いネクタイがカッコいい」
「話をさせてくれないか、佐伯」
「それが。あいつ人見知りなんだ」
「そりゃないぞ。佐伯、何とか海美さんの心を解きほぐすんだ!!」
「どうやって!!」
「そうだな。頭皮をもむとかどうだ。フレンドリーになれそうだぞ」
「確かに僕の洗髪技術は優れものだが!! 他の誰も真似できんが、前向きに」
「いいアイディアだろう。佐伯と僕ならやれる」
「本当か!」
その気になる僕。海美が走ってくる。
「人前で頭皮をもまれたい女がどこにいる!」
僕は両手の拳を握りしめた。
「人里離れればいいのか」
「アホか!」
僕らは顔を寄せ合った。
「勅使河原君が海美とお話したいらしい」
「私と。なぜだ?」
「なぜって、話がしたいからに決まっているだろう」
「どうして話がしたいんだ。合理的理由をくれ」
勅使河原君は固まっていた。
「海美さんなんて美しいんだ。ビューティフル。ワンダフル」
「勅使河原君。勅使河原君。君ってそんなキャラだったっけ?」
「そんなキャラに決まっているよ。なんて美しさだ。溢れんばかりの美の女神だ」
海美は後退した。
「そ、そんな。私様恥ずかしい」
逃げ出す海美。追いかける勅使河原君。僕は呟いた。
「前に、お前を見てくれる人がいるって言っただろ」
海美はそんな話聞いちゃいなかった。
「私様、人前で頭皮をもまれたくない……」
「もまれろ。一般人に対する免疫がつくかもしれんぞ」
「そんな免疫なくてもいいよ。皓人がもんでくれるなら、私様、私様……人前でも……いいよ」
「ちょっと待て。みんなが僕を見ているではないか」
クラスの女子たちが非難するように僕の方を見た。
「ちょっと、変態佐伯たち。私たちの王子様を惑わさないで」
「誰が変態だ!」
僕と勅使河原君は女子から逃げるように教室を抜け出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その先で僕等は真里菜ちゃんに出会った。
「こんにちはっ」
「真里菜ちゃん。癒されるなあ」
「よお。中務」
僕らは緊張した顔をした。
「さっきの騒ぎは聞いていないよな」
真里菜ちゃんは首をかしげた。
「頭皮をもんでくれるんですか? 長い髪の方がいいんですよね。残念ですっ」
僕は赤面した。
「誰彼もむというわけではない。僕はもみたい奴をもむだけだ」
「名言ですねっ」
「【名言は 胸の奥から やってくる】」
「佐伯、お前やっぱり……変態だよ……」
「黙れ、勅使河原君。真里菜ちゃん。後で話がある」
「はい。なんでもどうぞっ」
勅使河原君は心配そうな顔をした。
「中務。佐伯はとんでもない約束をするかもしれんぞ。たとえば君が頭に巻いたリボンが欲しいとか」
「そんな変態じゃないよ」
「中務、お前が体に巻いた数珠が欲しいとか言い出すかもしれないぞ」
「それは前向きにそうだ」
「先輩っ!」
真里菜ちゃんは少し困った顔で背伸びすると僕の頬を掴み、脇を柔らかくくすぐったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しばらく進むと、綱子ちゃんが竹刀を持って立っていた。
相変わらずの着物にマフラー姿だ。カッコいい。無駄にカッコいい。
「自分の学校はどうしたんだ。綱子ちゃん」
「そんなもの、捨てて来ました。というのは冗談で数学だけ頑張ってきました」
「なんと。それは本当か」
勅使河原君が恐る恐る手を上げる。
「梔子。お前、他の教科はどうなんだ!」
綱子ちゃんは一回転した。
「あとは野となれ山となれ。運を天に待ちます」
「運だけでこの世は渡れないだろうが!」
僕のツッコミクロスが綱子ちゃんに激突した。
「きゃー。何するんですか!!」
「いろんなことをするよ。頭皮だって揉んじゃうよ。綱」
「なんですか。何に影響を受けているんですか! 何の流れですか!」
勅使河原君が綱子ちゃんに謝った。
「ごめん。僕が佐伯の本気に火をつけたみたいだ」
「なんてことをするんですか。皓人の友達だと思って遠慮していましたが、プロレスアタックをかましますよ!」
「その技は長いのか!」
僕は力いっぱい叫んだ。
「名前が長いです!!」
「なら僕に食らわせろ!! 来い!」
「はい!」
勅使河原君が僕らを引き留めた。
「やめとけよ。怪我するだけだぞ」
「やはりそう思うか」
「そうでしたか!」
「思うなら二人ともやめとけよ。君の周りは変わった奴ばかりだな」
勅使河原君は笑った。
「だけどそれも楽しいな」
「でしょう」