表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第四章 空美と赤雪姫
68/141

復讐

「柱って」


「水神様にね。柱にされちゃったんだもん……」


「そんなこと……」


 そんなことがあるはずが。


「水神様はね、才能のある妹を気に入ったの。だから、妹はあの水神様に選ばれたんだもん。それだけだもん」


「そんな生け贄を欲しがる神様なんて!」


「いるんだもん。生け贄を欲しがって、うちの妹を連れて行ったんだもん。連れて行かれたんだもん」


「ならあの集まりは。ピクニックは」


 なんだったというのだろう。受験の願掛けですらないならなんのために私たちは集まったのか。


「ああやって集まって池の水を汚しているの。少しでも水神様の力が弱るように」


 私はぞっとした。


「神に戦いを挑むなんて間違っているっス。そんなことをしても何も取り戻せないっス。やめよう、カナデちゃん」


「間違っているのは承知の上だもん」


 カナデちゃんは一筋泣いた。


「それでも帰ってきてほしいって思っちゃいけないかな?」


「カナデちゃん」


「それでも帰ってきてほしいんだよ。しょうがないもん」


 カナデちゃんはボロボロ泣いた。


「空ちゃんは領域師でしょう。平賀のおじさんに聞いたよ。私たちを助けて」


 ライブの轟音が響く。


 そんな音など、聞こえないくらいに、私の耳はマヒしていた。

 神に戦いを挑むなんて間違っている。


 勝てるわけがない。


 どんな弱い神でも弱った神でも。神は神だ。


「噂を流したの、柱の噂。本当のことを話したの。湖が埋め立てられるように。何年もかけて、取り戻すために三人でずっと、努力したもん」


 なら。


「川瀬君も、徹くんも」


「共犯者だよ」


「あの湖をため池に埋め立てた人たちはどうなったの?」


「行方不明になったらしいの。カナデは心配しているもん。帰ってきてほしいから」


 口の中がカラカラになった。

 柱は、生け贄の柱は、神に逆らった人間たちへの警告。


 人間が神に復讐?

 それで神が人間に復讐。


 だとしたら、私は勝ってあげられない。

 海美も、皓人も巻き込めない。たった一人で解決しなくてはみんな殺される。

 歯の根が合わない。


 私はもう巻き込まれた。外れることはできない。外れられない。

 なのに、あきらめられない。


「そんなことできないっス。神を殺すなんて」


「そっか。そうだよね。似ているけど、空ちゃんは空ちゃんだもんね。私の家族じゃないから助けてくれないよね。わかっているんだ。我侭だってわかっている。でもね、私は家族が忘れ去られていくことに耐えられなかったんだよ」


「泣かないでカナデちゃん。私には相手の実力がわかるんだよ。だからこうして恐れているんだよ。神様なんて……相手にできないよ」


「限界さんは空ちゃんなら何とかできるんだって言っていたよ」


 私なら、何とかできる?


「限界さんはそんなことを言うの? 平賀限界さんってそんなに裏の事情に詳しいの?」


「だって、エレキテルで未来の事情を覗き見ることが出来るんだよ。そんな人の話信じない方がおかしいもん」


 疑問に思う。


「本当に親戚なの?」


「親戚だもん。限界さんは英雄の血が濃いいの。何考えているかわからない人だけど確実にうちの親戚だもん。私のおじさんだよ」


「イカルガにおける英雄はうちと紳一郎さんの親戚だけかと思っていたっス」


「限界さんは再来リフレインらしいんだもん。何のリフレインかは聞いたことないけど」


「そんな話を限界さんは素人にするんスか? 情報を耳に入れるだけで間の者との遭遇率が上がるのに。なんてひどい人っスか」


「限界さんは悪くないよ。私が聞いたんだもん。私が知りたくって聞いたんだもん。悪くない。悪くないよ……空ちゃん、限界さんを責めないで」


「妹さんはその話を?」


「聞いたかもしれないけど、わからないもん。いつも一緒にいたわけじゃないし」


「そうっスよね」


 私はしばらく考えた。


「限界さんに会えないっスかね」


「いいよ。連絡を取ってみるもん。一度話をした方がいいもん」


 本当に、会わなければよかった。そう思うことになる。その人との出会いは私という天体を隠す蝕。私を覆い潰す蝕。不気味で頭がよく、恐ろしい人。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 生まれて生きて、ずっと考え続けてきた。

 私とはなんなのか。私は間を払うために生まれた。


 使命のために生まれた。後を継ぐために生まれてきた。


 そんな私が、こうして、何かを探している。道を模索している。


 今まではそんなことはなかった。流されて生きてきた。


 流されて生きて、ずっとそれを繰り返して。


 選びとった物は手元の平和。その平和が今、砂の城のように崩れようとしている。


 なぜっスか。


『出島まで会いに行くの?』


 赤雪姫は私を笑う。


「知っているの、平賀さんを」


『知っていると言えば知っているわね。あの男は曲者よ。再来リフレインのくせに神に敬意を払わない、そんな恐ろしい男よ。あなたなんて世界観の違いに恐れをなすでしょうね』


「そんな人なんスか?」


『あなたも覚悟しておくことね。あの男の性格はリトマス試験紙。なんでも判定して中身を変えてしまうことで有名よ』


「中身を変えてしまう」


 私は変わらなきゃいけない。神と戦わなくてはならなくなってしまったのだから。


 皓人と一緒にいるためにも。


「私は……」


『好きにして頂戴。わたくしはこの件には関わりませんわ。だって面倒ですもの』


「赤雪姫」


『都合がいい時にだけ人に助けを求める子は嫌いよ』


 そうではない。


「そうじゃなくって。もし私に何かあったら」


『佐伯に何か伝えればいいのね。良いわよ。別にあなたほどの腕前ならそんなトラブルにはならないでしょうけどね』


「買いかぶりすぎっス」


『いいえ、買い被ってないわ。過小判断はするかもしれないけどね、わたくしあなたのことは好きですのよ。ええ。本当よ』


 本当に?


「それは心強いっス」


『あの男に惑わされないでちょうだい。あの男は電気のような男。よからぬことを起こしたり、突然、よきことを行ったり、アンバランサーなんですからね』


「母とあなたは」


『いいコンビだったわね。あなたの面倒を見たことも、一度や二度じゃないわ。本当よ。その点はあなたのことを見守ってきた一人ではあるわね』


 赤雪姫は私の脳内に現れる。


『あなたの望むようにお生きなさいな。何度も言うようですけど、わたくし、面倒事はごめんですわよ』


 なんだろう。


「私、あなたのこと、誤解していたっス」


『誤解でも何でもないわ。わたくしはあなたがわたくしと代わってくださるのならどれだけいいか、そればかりを考えることもありますのよ』


「義をなすために?」


『ええ。わたくし、ヒルメ様に深い恩義がありますから』


「ヒルメ様に?」


『わたくしは魔女狩りの使命を受けて生まれました。なな人妖精を石にした鏡の魔女を追っていたのです』


「魔女」


『いずれやりあうこともあるでしょう。恐ろしい魔女は神のように強い。覚えておきなさい』


「ありがとうっス。赤雪姫」


『なぜ礼を言うのです?』


「心配されているなんて思わなかったっス」


『心配する気なんてなかったわよ。ただ、あまりにもあなたが昔のわたくしを連想させるものだから』


「昔の赤雪姫?」


『わたくし世間知らずでしたのよ。何もない森で妖精と育ちましたの。楽しかったのですけれど、いろいろあるのですわ。わたくしにも使命が。それを果たすまでは血の中で果てるわけにはゆかない』


「血の中で果てることがあるんスか?」


『英雄は血の中に残る記憶。記憶がこじれれば生存はできません。わたくしは深い憎しみを頼りにここに存在します。赤く染まってしまったのよ。わたくし。あなたは憎しみに捕らわれぬように、そう祈っていますわ』


「赤雪姫。ありがとう。感謝するっス」


『どうでもいいけど、その頭の悪そうな口調は何とかならないの? わたくし我慢の限界ですわ』


「ごめん、ごめん。そこまで言うなら直そうかな」


『気でも変わりましたか? わたくしの一言で。なら嬉しいのですが』


「そうだね。もっと女の子らしくしようかな。女の子は花の妖精だから」


『誰に言われましたか?』


 恥ずかしさに俯く。耳から火が出そうだ。


「皓人に」


『佐伯は女たらしになるでしょう。わたくし感心いたしませんわ』


「それでも、勇気が出るから、私にとっては大切な言葉だよ。えへへ」


『気をつけなさい。良いですか、満月狼は恐ろしい生き物です。古くは魔女と手を組み、悪さを行ってきました。赤ずきんは狼を追って駆けずり回っています。止めを刺せたならよいのですがそうでなければ、私たちの一族はいつ満月狼に襲われてもおかしくない』


「止めを」


 私は喉を鳴らした。


 満月狼。あれがどこかで生きているのだとしたら、それは恐ろしいことにならないだろうか。


「赤雪姫。その時は私と代わってもいいから、皓人を助けて!」


『その覚悟、受け取りました。良いでしょう。何があっても私は戦いましょう。それが運命ですから』


 ずっと一緒にいて初めて赤雪姫と打ち解けられた気がする。

 私は目を擦った。絶望的でも抗おう。私は今、生きている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ