ここに来た理由
「柱は神様への捧げものだよ。神様を数える単位は柱だ」
「ヒルメ様は」
「ヒルメちゃんは柱なんて作らないよ。そんなことしない」
「神様はみんな優しいんじゃないの?」
意外だ。
「ヒルメちゃんが特別なんだよ。えびす様は意地悪だろう?」
「あの人はひねくれているっス!」
「だろ、だろ」
皓人は私の隣で、大きな欠伸をした。
「油断するなよ」
「しないっス」
「お前の新しい友達心配だな」
「どうしてっすか?」
「だって、消える神に関わろうとしているんじゃないか?」
「消える神?」
私は息をのんだ。
「僕の勘違いならいいんだが、ため池では、清らかな水で無ければ水神は存在できないんじゃないか? 水は貯めたら淀むんだ」
「そこまでは私にはわからないけど」
わからないよ。
「無理するなよ。何かあったら、僕に相談しろ」
「巻き込めないっス。何かあったら。絶対に」
「何もないだろう。何もおこさせない。僕が守るから、何も起こるわけがないだろう?」
「ヒルメ様に頼んで?」
「そうそう。ヒルメちゃんに頼んで」
「ヒルメ様、焼きもち焼くんスよ。嫌ですね、焼きもち」
「どんな?」
「わからない人はわからないままで良いっス。えっへ」
私は楽しくなったっス。皓人はいい感じに鈍くていいな。鋭いところもあるのに。
「皓人は鈍いっス」
「よく言われるよ」
口を尖らせる皓人が愛おしい。私が守るから。だから、いつでも大好きでいさせてね、皓人。
『皓人は甘ちゃんね』
赤雪姫が小さく笑った。
「甘ちゃんじゃない」
私は答えた。
『本当、利用されているとも知らずに、誰かさんも愚かよね』
「私が、誰に?」
『よく考えないと駄目よ。気を付けないと足元すくわれるわよ』
「だから誰にっスか?」
『そこまでは忠告しないわ。自分で考えるのね。その方が頭も働くでしょう? わたくし馬鹿は嫌いよ。空美ちゃん』
「馬鹿、馬鹿、言わないでほしいっスね」
『あら、言わせていただくわよ。だって、あなた単純馬鹿なんですもの。あの幼馴染集団がなぜあなたに近づいたか、そんなことも知らないで、のうのうと。本当に馬鹿みたいね』
「私はどうしたらいいっスか」
『調べればいいんじゃないかしら。あの幼馴染集団の事を。その方がいいんじゃないかしら。わたくし面倒事は嫌よ』
「面倒事は嫌……別に友達は面倒じゃないっス」
私はその赤雪姫の姿勢が嫌だ。面倒だから離れていたのではなんにもならないのではないだろうか。そう思うのは私が少し、家長としての自覚が足りないからだろうか?
横志摩家の家長。代々白雪姫を受け継いだものに与えられる。一族の中でも濃い血に寄り添う白雪姫。でも、白雪姫は何があったかわからないけどやさぐれていた。
赤雪だなんてほとんど反則っす。
「白雪姫はぐれまくっていたっス……どうしたらいいっスか」
「何が?」
皓人は真剣な顔で頬を掻いた。
「空美、お前に大事な話がある」
「なにっスか!」
「お前の髪を触らせろ!! なんて長さだ。美しい」
「いや、やめて」
「触らせろ」
「いや、いや」
「触りまくってやる! 頭皮をもませろ」
「きゃー。変態ぃぃぃ……!」
「誰が変態だ。僕は将来、炭酸スパの人になる人だぞ」
「炭酸スパの人はそんなにくねくねしないっス」
「オカシイな、僕の知っている人はくねくねするぞ」
「くねくね成人じゃないっスか?」
「そうかもな。ともかく。何かあったら僕に相談しろ。君の頭皮は僕が守る。絶対に!」
「なんだかさっきとセリフの中身が違うッス」
「何を言う、空美。戦闘の最中に長い髪を守る頭皮の異常を感じてみろ、僕ならもう戦えない」
「皓人ってそんなに長い物好きだったんスね。頭皮にかこつけて髪を触りたいだけっスね。恐ろしいっス!」
「だから前から言っていただろうが。長い物は良いと」
皓人は咳払いした。頼もしいんだか頼もしくないんだかよくわからないよ。えへへ。
「皓人って変態っスね」
「困ったときには僕を頼れ。いいね」
「はーい」
これじゃどっちが年上かわからないよね。でも皓人のその温かい言葉が私は大好きだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カナデちゃんとライブに行った。メロディアスな音楽のバンドだった。
カナデちゃんの妹さんは音楽が大好きらしい。
「妹が好きなんだもん。浪花に来るのは久しぶりだもん」
「私は初めてだよ。いままで生田周辺しか守ってこなかったし」
こんなところ知らなかった。
「生田を守っているの。すごいね。うふふ。空ちゃんは不思議な人だね」
いつも真面目なカナデちゃんが楽しそうに笑った。本当に楽しそうだった。
あたりを轟音が支配する。
どうしてそんなに私の顔を見つめるッスか。
「空ちゃんの顔は優しい顔だ」
カナデちゃんは幸せそうに笑った。
「そうっスかね」
なんかもう照れちゃうなあ。
「うちの妹がね、カナデちゃんにそっくりだったんだよね。顔の感じとか」
「そんなに似ているの?」
「似ているよ。何となく似ているよ。かする感じだけど、よく似ているもん」
「そっか。カナデちゃんと私は姉妹っスか!」
「海美ちゃんと入れて三人姉妹だもん」
私は言葉を失った。それって。
「死んだの?」
直接な物言い。歯に衣着せぬ。私は今まで他に友達を作ってこなかったから他に言い方を知らない。だけど彼女は答えた。
「違うよ。柱になっただけだもん」
「柱」
私は息をのんだ。それは、私がここに来た理由。




