水神
僕は佐伯皓人だ。あの時の僕は首をかしげた。
「じゃあ、空美。四人も友達が出来たのか? 凄いじゃないか」
「私を入れて四人っス」
空美は誇らしそうだった。
「オカルトクラブをみんなで作ったっス。その名もオカルト研究部っス」
「前向きにどこで作ったんだ?」
「尼崎中学」
「いいじゃないか」
感心する。相変わらずの行動力だ。
「今仕事でそっちに出張しているっス」
「大変だな。来年受験だっけ?」
「受験っス」
「受験って基本的に何するんだ」
「ノンノンノン。そこから説明が必要っスか?」
「必要だよ。僕は常に勉強など片手間だ」
「バイト三昧っスもんね」
「お前は本業三昧だろう?」
「そうっスね。本業の合間にしっかり勉強しているっス」
「それで友達が出来なかったんじゃないか」
「そうっスかね」
空美は何ともいえない顔をした。
「私はうまくいかないっスよ。だから今回だけは、本気で友達を作ってみようかなんて、そんな風に思っているっス」
「頑張れよ。それで何かあったら僕を呼べ」
「呼ぶっス。三分で呼ぶっス」
「カップめんは三分でできると三分で伸びるそうだな」
「そうなんっスか?」
「嘘か本当かこの前武者小路さんが言っていた」
「それで一分でできるカップめんがないんっスね」
「一分で伸びたら食べられないからな」
僕らは息を吐き切った。
「いいなずけを解消されたことどう思っているっスか?」
「どう思うっていまさら聞くか?」
「聞いときたいっス」
「そうだな。僕は残念だと思っているよ」
「皓人。好きっス」
「婚約を解消されてから好きって言われてもな」
「皓人は一族を守ってくれたっス」
「満月狼は毒持ちだからな」
僕の中に潜んでいる満月狼。昔、僕は満月狼の前で転んで満月狼にかまれた過去がある。そして僕自身も満月狼になってしまった。白雪姫の英雄の血を引く、空美との婚約を解消されたのはそのためである。僕らの一族。白雪姫の一族は毒に弱く人類最速。僕らの血の中に英雄は潜み、濃い血の中に生まれ一族の中を移動する。血を濃く保ち、英雄を保存するのが僕らの役割であり使命だ。僕はそのために彼女のいいなずけとなっていたのだが、それも解消されて今は前向きに中途半端な存在だ。
「こうなって良かったと思っているっスか?」
責めるような空美の口調に僕は戸惑った。
「思ってないよ。お前といいなずけで僕は幸せだったよ。幸せだったに決まっている」
「それはよかったっス。今回の件、頑張るっス」
「友達が出来たからか」
「うん」
満面の笑顔の空美。
「【秋の空 花のかんばせ 雲一つ】」
「それは俳句っス」
僕は苦笑した。
「よくわかったな。歌のこともよく知らないくせに」
「俳句は得意っすよ」
胸を張る空美。あの時の不安を僕に話してくれたら、僕は一目散に駆けつけただろう。
だから今でも後悔している。あの事件に積極的に関わらなかったことを。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「誰か死んだって本当っすか?」
オッス、私、空美。
間の者を退治する最強のハンターっス。
教室の隅でカナデちゃんは息をひそめた。
「だから違うよ。死んだじゃなくって消えたんだよ」
その私が驚愕したのはあの願いがかなう泉で何人か消えた人がいるそうっス。
これからピクニックに行くのに。なんと不吉な。カナデちゃんは振り返った。
「あの湖ね。私の仲間が昔、溺れたの。事故で消えたのね。それで、最近、潰されることになったのよ」
「仲間って」
「幼馴染よ。良い子だったわ。どうして消えたのか今もわからない。その子ね。水神様と仲良しだったもん」
「水神様と?」
「嘘だと思うでしょ」
「うん」
「ところが嘘じゃないの。私はその水神様を見せてもらったことがあるんだもん」
「水神様を見せてもらった」
なんだろう。引っかかるものを感じる?
「水神様は綺麗だったもん」
「女神? 男神?」
「中性的だった。女性的な男性って感じだもん」
中性的な男性。
ううん。
「水の神、海美に聞いてもわかんないよね……知らないよね」
「海美ちゃんって」
「私の妹っス。クールっス」
「クールなの? 空ちゃんと正反対なんだ」
カナデちゃんは感心したようだった。
「姉妹いるんだ。良いね。仲良いの? 私のところは仲良いもん」
その時のカナデちゃんはとても寂しそうな顔をしていた。
「仲は良いスよ。仲は良いっス。最近何か思い悩んでいるみたいだけど。それを助けてあげたいんだけど。難しいっスね。どこまで干渉していいのかわからなくって。私、ザルだから」
寂しいっス。
「なになに。どんどん関わっていけばいいもん。関わらなきゃ、意味なんてないんだから。助けてあげてほしいもん」
「カナデちゃん、なにかあったの?」
「何も。ただ、助けてあげたいって思う気持ちは大切だもん。誰かを助ける気持ちは自分を救うんだもん。覚えておいて、そんな素敵なこと他にないんだから」
「たとえば、救いたい誰かが私にとってどうでもいい人でも?」
「空美ちゃんはそんなタイプじゃないもん。誰でもあなたは助けに行くの。大きな愛で。それが出来なかったのは私だもん。さあピクニックに行こう」
教室を出ると広瀬君が待っていた。
隣には弟の徹君もいる。
手には花を。
その花で私は察するべきだったのに。