受験シーズン到来
僕は佐伯皓人。
僕らは領域師。領域を張って特殊な力を使い、神をまつる白雪姫の一族だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
季節は一月。僕らは勉強をする。
「皓人。どの学校に行くつもりですか?」
「え?」
自宅での勉強中に綱子ちゃんがそんなことを言ってきたので僕は面食らった。
「真里菜ちゃんにも聞かれたよ」
「マスコットにですか?」
「マスコットにだよ」
「どうして神様は天に二物を与えたのでしょう。あの子は可愛いです」
「評価が変わったね」
「ええ。あの子、少し素敵な子です」
「何かあったのかい?」
「冬休みに少し。楽しく遊びました」
「あの子はね。いい子なんだよ。良い子過ぎて非の打ちどころがない。紳一郎さんの育てた結果だろうね」
「計画通りなんでしょうか。紳一郎、あの男、狸です」
「君はあの人に世話になったんだろう?」
「修行を受けました。きつい修行でした」
「どんな」
「南蛮走りで走る練習や、つま先で水を走る練習、刀で木の皮だけを削り取る練習」
「南蛮走りって」
「イカルガ古来の体の動きで、私たちイカルガの民は一般的に手を左右に出すときは足を右左に歩いていますが、南蛮歩きは左左、右右と歩く古い歩き方です」
「それが何の役に?」
「腰を回さず技が出せるので攻撃の起点が早く鋭くなります」
「それで君は強いのか」
「紳一郎にはかなりしごかれましたから。恨んでいます。その恨みをすべて真里菜にぶつけようとしたのですが」
「大人げない上に筋違いだ」
「いいえ。綱子は、綱子は間違ってなどおりません。皓人様」
「うん。百歩譲ってそうだったとして、何があったか大体分かった。君は真里菜ちゃんを闇討ちしただろう!!」
「少し」
やっぱり。
「恨みって儚いですね」
「友情だろう」
「儚いのは恨みです。影も形もありません」
「君は平和だな」
「はい。平和なのです」
僕らは数学の勉強を終えた。
「君は和算が得意だね」
僕らの授業は和算を作るところから始まる。他人が解ける難しい和算を想像するのが受験の数学のプロセスだ。
「僕は人に問題を作るなんて苦手だよ」
「苦手でいいんです。すぐ得意になりますよ、皓人様なら」
「得意になりたくないんだ。問題を作れるようになったら、僕は君に偉そうにしてしまうかもしれないよ」
「皓人様は謙虚ですね」
「そうだろうか」
「そうですよ。私はあなたが好きです」
「僕も君が好きだよ」
「皓人様、頭を撫でてください」
「いいよ」
茶番だろうか。こうしてあの人の頼光さんの真似をして心を育むことは。解らない。解らないんだ。
綱子ちゃんは頼光さんを愛している。時々胸が切なくなるのは僕が未熟だからだ。
台所から出てきた真里菜ちゃんが僕の隣から国語の教科書を奪う。
「二人の世界を作らないでくださいっ。三人の世界を作りましょうっ。楽しいですね。お菓子を焼いてきたんです。お茶もありますよっ。ピーチティですっ。アップルパイも焼きましたよっ。ティパーティですっ」
海美は優雅に僕の部屋の肘掛椅子に座っていた。
「それだと四人の世界だろうな」
「四人の世界ってどんな世界ですかっ」
真里菜ちゃんが首をかしげる。
「社会は皓人が得意かもしれんが、宇宙は私様の分野だ。跪け」
「科学だろうが」
「化学は私様の分野だ。見てやる。イカルガで初めて空を飛んだのは浮田諭吉だ」
「諭吉凄い」
「飛行船空挺が作られ、鎖国がとけ、外国に行く時代になればそれ相応に、外国にいる間の者も相手にしなければいけなくなるだろうな」
「なあ、海美。どうして僕たちの先祖は海を渡ったんだ? 外人なのに」
「それはここに……」
口ごもる海美。
「ここに何があるんだ?」
「イカルガには……」
海美は厳しい顔をした。
「いつか教えるよ。今じゃない。今は教えない。受験シーズンだから」
「終わったらいいのかい?」
「許可が出たらしゃべるよ。私様の一存では決められない」
「わかったそれでいい。一族の方針に従うよ」
「随分素直だな」
「素直になったんだよ。成長したんだ。人は変わっていくものだ。時間はナメクジだ。時と場合よって形と場所を変えていく」
「変わった者に価値はあるのか」
「海美。価値はある。進化系だからだ」
「皓人、進化系。六次元みたいなものか? ナメクジでいうとカタツムリみたいなものか?」
「六次元の概念は不可能理論だと頼光さんが言っていた」
「そうなのか?」
「計算式はあるが、不可能らしい」
「私様は計算式があるから可能だと思っていたよ」
綱子ちゃんは頬を染める。
「頼光様が」
真里菜ちゃんは呑気に笑った。
「とにもかくにも三次元にお菓子があって良かったですっ。ロングアップルパイですっ」
「いただきます」
僕は奥にあったアップルパイを口にした。がりっと何かが歯に当たる。
なんだこれは。
「それは陶器の王様です」
「王様?」
僕は首をかしげた。
「それが入っている人は願いがかなうんです。エウロパの風習ですよ」
「そうか」
僕は嬉しくなった。
綱子ちゃんと海美は首を傾げている。
「どうしたんだ?」
「私様のにも入っていた」
「私のものにもです、皓人」
僕はそれを見つめる。
「私様には王様が二つ」
「私には三つよ」
「私には四つですっ」
「僕には一個なんだけど……本当に受かるのか!」
真里菜ちゃんの心遣いで動揺する僕だった。