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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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戯(たわ)け

「富士の神殿を使った実験だよ。人間の寿命操作だよ。人間の寿命を自由に操作して、人類の感情を揺さぶって実験するつもりだったんだ。人間の感情を学ぶために」


 僕は黒鋼を構えた。

 息を止めて、刀を振るう。


 虚無の狐は殺生刀を振り下ろした。

 黒鋼に亀裂が入る。長時間は持たない。


「黒鋼!!」


 僕は回転しながら狐の面を狙った。


『小生は海美の体のどこにいるのかわからんだろう?』


「お面か、着物か! どっちかだ」


『どっちだろうね』


「お前は人間の思考を読むのか」


『人間の感情は面白い。いかにも小生、人の寿命をコントロールするつもりだったのよ。産毛を天秤に乗せてその魂を量るつもりだったのよ。すなわち人生のコントロール』


「狐!」


 狐は帯で僕の攻撃を受け止めた。


『私は寂しい。私は暗闇に彷徨ってきた。この子も暗闇をさまよっている。われら会うべくしてこうなったのだ。それをいまさら引きはがすつもりではあるまいな』


 僕は強く踏み込む。


「そうやって海美の魂を弄び、量ったのか!」


『量ったよ。この子の魂は守ることしか考えていなかった。自分とお前を守ることしか。人魚の比喩はすなわち泡だよ。皓人くん。泡なくしてはこの子を理解できない』


 王子様はほかの人を選びました。私が王子様になりました。それは泡のような王子さまでした。


「お前に皓人くんなんて呼ばれたくないよ」


『この子を幸せにできるのはお前だけなんだ。小生では無理だった』


「同情したのか?」


『憐れんでいるのだよ この子の内情を』


 僕は二三歩後退する。足元を狐の尾がかすめる。本気で殺す気だ。僕を。


『せめて倒れたお前と一つにしてやろうと思ってな。それ以上の幸福はあるまい』


 体を硬化する。衝撃を受け流す。洞窟の壁が砕け散る。

 木々が折れ、のたうち、樹海が胎動する。一斉に僕につっこんでくる。

 息を止めて攻撃を殺す。息を止めるタイミングを間違えれば死ぬ。


「やめろ、狐」


『やめない。小生、知っているぞ。お前が空美を継続して想うことが出来なくなったのは赤雪姫の領域の所為だ。君の頭に張られた赤雪姫の領域が君を狂わせる。空美への縁を、想いを途切れさせる。君の心は赤雪姫の命令で休んでいたのだよ。そこに綱子が現れた。彼女は隙間に滑り込んだ雫に過ぎない。小生と海美は赤雪姫と戦えるぞ。戦うつもりだ。お前も小生の中で一つになれ。君の魂、実に興味深い。量らせてもらう』


 赤雪姫の領域が僕の脳の中で……何を言っているんだ。そんなはずない。人の脳に領域を張る。そんな非人道的なことが。いいや、そんなことよりも。


「僕がおもしろい? ハイ、そうですかでくれてやりはしないよ! 海美もお前なんかに絶対渡さない」


 僕は両手を狼に変えた。金の目で弱点を探す。これで見えなければ僕の価値はない。

 攻撃が途切れた。深呼吸する。


「お前の弱点が解ったよ。狐」


『何?』


「弱点はその美しいネクタイだ」


 海美のネクタイ。


『ご名答。しかし、そこまで分かっても、君は小生を倒せはしない』


「いいや、ただ一人倒せる人がいる。黒鋼の本当の力を引き出せる彼女なら。間の者だけを切れる彼女なら」


 そこに転がるように綱子ちゃんが突っ込んできた。


「行こう、黒鋼。海美を救います!」


『梔子綱子!! 海美は十二分に救われている』


「いいえ。綱子は知っています。海美を救えるのは皓人だけですから」


 綱子ちゃんは樹海の木を縦横無尽に切り裂いた。全てをうけ止めた僕とは違って、すべてをぶった切る。


 僕なんかと違って美しい太刀筋で、蛇の化け物の様な樹海の木々を切り裂いていく。

 そしてすべてを削りながら、虚無の狐に迫る。


「人の心を弄ぼうとする外道。どうかお眠りなさい」


『梔子綱子ぉぉぉぉぉ!!!!!』


 綱子ちゃんは黒鋼を握りしめてネクタイを貫き、着物の奥深くにそれを埋めた。

 黒鋼。間だけが切れる刀。融合していたとしたら海美はどうなってしまうんだ?


 石は落ちなかった。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 海美の心臓の音が止まっている。僕はゆっくりと海美の髪を撫でた。


「ごめん。海美。本当にごめん」


「海美」


 綱子ちゃんが悲しそうな顔で泣く。


「綱子ちゃん。出来るだけのことがしたい。力を貸してくれないか?」


「はい」


「紳一郎さんも」


「もちろんダナ」


 何もかも終わってから現れた紳一郎さん。何をしていたんだろう。

 紳一郎さんは辺りに絶海を張った。


 狐のお面が外れ、着物の中身は人の形をした水で満たされていた。中には泡が浮いている。

 僕はそこから海美の糸を取り出した。弱った糸が僕に読んでほしくてからみついてくる。


「八尾比丘尼。泡。そうか。人魚姫だ」


 僕は理解できなかった。どうしてすぐに思い当らなかったのか。解っていれば問答の最中に海美を助けられたかもしれないのに。


 僕は悲しみをこらえながら世界の中心に浮かんでいる泡を両手ですくい取った。


『私様はどうなったっていいんだ。どうでもいい奴なんだ』


「そんな奴いるものか。世界にどうでもいい奴なんかいるものか。いないよ」


『皓人。でも私様は……狐と一緒になって姉を助けることもできない。出来ないんだ。誰も助けられない。意味なんてない。いてもいなくても一緒なんだ。お姉ちゃんを助けられないなら意味なんてないよ』


 泡が涙を流す。


「海美。どうなったっていいわけがあるか。お前は僕の大切な人だ。お前は世界一カッコいい奴だって僕が言ったんだよ。海美。僕の期待を裏切るのか?」


『皓人……私様はもう嘘がつけない。私様は弱いんだ』


 なんだそんなことか。


『私様は強くあることに耐えられない』


 そうだったのか。


「弱くったっていいじゃないか。お前は僕の大切な従妹で、親戚で、かけがえのない人なんだからね。それではダメなのかい?」


 その時、うねる樹海の動きが止まった。


『皓人!』


「お前はずっと僕の隣にいろ! それで幸せを探して、それを見つけて、いつか一番幸福になれ!」


 泡から巨大な二枚貝が生まれる。ハマグリだ。ハマグリの貝の蓋が開くとそこにはいつもの海美がいた。笑っている。


「皓人、私様はずっと、寂しかったんだ」


「うん」


「ずっと私様を見てほしかった」


「君を見てくれている人はイカルガ中どこにも、身近にだっている。僕だって見ている。だから、もう泣かなくっていいんだよ。帰っておいで。戻っておいで。一緒に大人になろう」


「皓人」


 海美は僕を抱きしめた。


「あなたが好きだ」


「僕は」


 好きな人がいる。


「いいんだ。私様が最後まで守ってあげるから。好きでいさせてくれ! 私様がお前の王子様だ。私様がお前を守るから!」


 いつもの王子様の口調で海美は僕を抱きしめた。僕がそうさせるのか。弱い君に強くなれと言った。それは君にとって苦行ではないのか。


「僕の前ではその仮面、外さないつもりか?」


「仮面はとっくに外れていたよ。あなたの前では。それにあなたには頼られたいからな」


 僕は深呼吸する。とっくに忘れていたのに。稲妻のように思い出す。真っ二つに裂けたネクタイには僕のイニシャルがあった。


「思い出したよ。そのネクタイのこと。今度特製のネクタイをプレゼントするから。一緒に受験しよう」


「ひょっとして皓人。もしかして」


「まだ受験勉強に手を付けていない」


「一緒に大人になれるもんか、この戯けが!」


 海美の叫びが富士の樹海にこだました。

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