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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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富士の神様

 僕は自分の家で僕の領域、ワンダーランドを開いた。


 僕のワンダーランドは平たく言えば図書館だ。


 いろんな蔵書が収められている。僕があちらこちらから過去の情報を糸で読み、その糸をより合わせて本を作っているのだ。

 僕がワンダーランドに入ると司書である武者小路さんがキセルをふかしていた。


「旦那、何か用ですかね」


「用事があるよ」


「あの男どうにかなりませんかね。邪魔でしょうがない」


 頼光さんは呑気に筆を取り、書をたしなんでいる。


「頼光さんの事?」


「わっちが棚を整理している横で暢気に本なんか読んで、嫌ですよ。手伝ってくださらないんですもの。手伝ってくださればよいんですけど。旦那、何とか言ってくださいまし」


「まあそう言わずに。彼は僕の相談相手だからね。良い人だよ」


 武者小路さんは上目遣いで僕を見た。


「旦那。今度いつ来られますか?」


「先の話をするな」


 武者小路さんは僕にすがった。


「旦那。会いたい。会いたいよお。また来ておくれよお」


「武者小路さん。そこはダメだ。首はくすぐったいから」


 くすぐるのはやめて。


「来ておくれよ」


 武者小路さんは冷たい指先で僕の首筋に触れた。彼女たちは元の世界ではもう生きられない者たちだ。

 そこに玉藻たまもちゃんがやってきた。


「ヒロちゃん」


「玉藻。いつからそこに?」


 武者小路さんは恥ずかしそうに僕から離れる。


「ヒロちゃん」


「そんな呼び方するな、前向きに恥ずかしい。玉藻ちゃん」


「玉ちゃんね。少しむずむずするの」


 そう言いながらお腹を抱える玉藻ちゃん。


「そう言えば玉藻ちゃんは狐の間の者だったね」


「大したことないよ。昔、王国を一つか二つ転覆させたくらいだよ。えへへ」


「どんだけだー」


 僕は大声で叫んだ。


「今回の狐は何者なんだ」


「うんとねえ。狐の間の者はいつもエネルギー体で宇宙を放浪しているの」


「うんうん。それで」


「彼らは形が欲しいのよ。形がないから、何かになろうとする感じかな」


「形がない?」


「うん。そうだよ。狐が変身するのは形がないから。形が存在しないからだよ」


「何になりたいんだ。狐は」


「圧倒的なもの。今回はそれが地球だったんだね。大きいね」


「だね。じゃないぞ。とんでもないことになるぞ。前向きにとんでもないぞ。それが本当なら」


 玉藻ちゃんは笑う。


「大丈夫、大丈夫。ただの狐なら飲み干せるのはイカルガぐらいだよ」


「それはもう大惨事だろうが」


「玉藻ちゃんは病気の女の子を助けてこの姿になったけど、新しい狐さんはどんな性格なのかわからないもん。知らない、知らない」


「確かに推理仕様がないよな。富士のふもとか」


 武者小路さんが文献を調べる。


「昔、富士は神と同一視されてきました」


「うんうん」


「江戸では富士信仰が盛んで一つの自治体に一つの富士の小山があったくらいです」


「そんなもの何に」


「その小さな山に登って、富士に上ったのと同じ効果があると信じられてきたのです。願いがかなう象徴ですね。富士の神様は……」


 それなら知っている。


「コノハナサクヤヒメ」


「ハイ。そうです。正解ですよ、旦那。山の上の方に彼女の神社もあります」


 富士信仰。富士で何をするつもりなんだ。狐は。


「コノハナサクヤヒメに会えないかな」


「それはヒルメ様に交渉してください。わっちでは対応できません」


「そうだな。コノハナサクヤヒメの神話は確か。人類のご先祖、ニニギノミコトと結婚したけど、コノハナサクヤヒメが木々や草花の象徴だったから、人間の寿命は短くなったとか、そんな伝説だよな」


「そうですね。美しい神だそうですよ」


「武者小路さんは知っているのか?」


「富士信仰はわっちたちの時代で盛んでしたもの。噂はいろいろと。優しい方だそうですよ」


「そうか。人妻か」


「旦那はそこに注目するんですね。英雄は色を好むと言いますが、旦那は何を好むんでしょうね」


「長い物に決まっている!! のびろ、のびろ、靴下、のびろ!」


「ならコノハナサクヤヒメは旦那とはそりが会わないでしょうね。草木の移り変わりは早い」


「そうか。残念だな」


「ヒルメ様は帯が長いのでしょう」


「ああ。もう最高だ。あの帯で絞められたい」


「旦那。鼻血を流さないでください。そんなお姿も似合いすぎます」


「そうか? そうなのか?」


 武者小路さんは長いキセルを口にくわえた。色っぽい。


「親父様に会えるといいですね」


「そうだな。悪い影響を受けていないといいんだが」

 狐の影響をもろにかぶっていないといいが。


 それにしてもくだんの狐、形が欲しいだけなら、何の問題もないんじゃないだろうか。


「だけど何かが引っ掛かるんだよな」


 それが何かまではわからないけど、のど元まで出かかったなにかが、生まれずにまた沈んでいくのを僕は感じ取っていた。何が引っかかるんだ?


「にいに。助けて」


「お兄ちゃん」


 妹たちが僕のワンダーランドの扉を叩く。


「どうした。伊理亜、優梨愛」


 ワンダーランドから出た僕を待っていたのは大人の姿になった伊理亜と優梨愛だった。


 深い谷間が僕に迫る。


「にいに。助けて」


「お兄ちゃん。助けて」


 思わずよろめいた。


「お前たち、スカートが短いぞ」


 僕は倒れそうになった。前向きに何てことだ。眩暈が止まらない。


「お前たち、上着も靴下も短いぞ。どうしてしまったんだ」


「助けて。にいに」


「助けて。お兄ちゃん。うわーん」


 長くない。全然長くない。折角、毎日長いスカートをはかせ、長い靴下をはかせ、長袖を着せて大事に育ててきたのに。神様こんな仕打ちがあるのか……。ああ、前向きに助けてヒルメちゃん!


 僕は、僕はもう駄目だ!


 ああ、死ぬ、死んでしまう。


「お前たち。兄ちゃんが、兄ちゃんが必ず助けてやるからな!」


 待っていろ!


 親父を捕まえて必ず元の姿に戻してやるからな!

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