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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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日記の所有者

 もうじき冬が来る。天を赤い雪が降る。

 どうして海美は帰ってこないんだろう。


 クリスマスのバイトはかなり疲れた。紳一郎さんが持ってきた仕事は怒れるサンタクロースの姿をした間の物を倒すことだった。


 外国のいたずら妖精が犯人だったらしい。

 らしいというのは下処理と下調べをしただけで僕は直接その件に関わらなかったからだ。


 このイカルガでも、最近、外国者の間の物が増えた。鎖国しているのにおかしな話だ。


 紳一郎さんは言った。


「私は銃マスターの再来リフレインダナ。だからもうすぐ、殺生刀の殲滅作戦に手を貸さねばならない」


「殺生刀、殲滅。あの話。そんなにやばいのか?」


「やばいんダナ。狐は宇宙から生気を吸い取りに来た。地球の生気を吸い取るつもりだ。まるで地球掃除機ダナ」


「そんなあほなものがどこに」


「青樹が原、富士の根元の氷室の中ダナ。突き刺さっている」


「なんでそんなことに」


「間の物の考えることはわからん。地球に突き刺さったのもたまたまで、吸い取ろうと思ったのもたまたまかもしれん」


「たまたまが多すぎるよ」


「今回は偶然が多い。南斗星君の顕現がすべての原因ダナ」


「僕たちの所為か……前向きにがっかりするなあ」


「そこまで落ち込むな。何とかなる。リフレインを総動員させる」


「メンバーは」


「赤ずきん、銃マスターの私、そして赤雪姫」


「赤雪姫」


 あいつも参加するのか。


「喧嘩でもしたのかダナ?」


「紳一郎さん。赤雪姫には気を付けた方がいい」


「あの子は情緒不安定ダナ」


「真里菜ちゃんはどうしている?」


「いつも通り可愛いんダナ。うちの娘は」


「赤雪姫には気をつけろ」


 それだけしか言えない。


「ありがとう。忠告は受け取っておくんダナ。ありがたいよ」


 紳一郎さんの目が遠くなる。どこか意味ありげだ。


「皓人。読んでおくか?」


「何を?」


「写楽に渡されたんだろう。空美ちゃんの日記ダナ」


 僕は喉を鳴らした。怖くて読めない。

 あの子が何を思って生きてきたかなんて。


「空美の日記。人の日記なんて読めません」


「読みたくないだけだろう。君が」


「はい。読みたくありません」


「あの日、何があったか読んでおくといい」


「そうやって諭すんですか?」


「君を成長させるためだ。人間立ち止まっていては進歩はないんダナ」


「そうは言っても」


「子供のように怯えて避けて通る気か? そんなことをしても、足音は君を追いかけて離さないよ」


「僕は成長できるんでしょうか?」


「私が見込んだ男だからね」


 僕は恐る恐る日記のページを開いた。


      ☆     ☆     ☆     ☆    ☆


 秋真っ盛りっス。世の中には旨い物がいっぱいっス。幸せっス。


      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 なんだ。幸せそうだ。よかった。

 僕はふと気になった。この日記の所有者は今、海美ではなかっただろうか。


 海美はどうしているんだ。あいつがこの日記を手放すはずなんてないのに。僕は日記から糸を引きずり出す。


 そこには金色の糸がまじっていた。金色は狐の色。それが僕に巻き付いた。

 月の表面で海美が叫んでいる。


『私様はすべてを滅ぼす』


「なんだこれ」


『私様はこの世界を吸い取る』


 何を言っているんだ?


「どうしてだ、海美」


『大好きな人が振り向いてくれない! 私様はこの世界を吸い取る』


 海美の顔にお面の狐が張り付いていた。手には殺生刀を握っている。そんな映像が脳内で流れた。

 僕は頭を振った。金の糸が弾け跳ぶ。


「どうなっているんだ。何が原因で。勅使河原君か? あの男も罪な男だな。やれやれ。びっくり映像か。ああ、びっくりした」


 紳一郎さんはグーで僕を殴った。


「なぜ!」


「誤魔化すな。そんな問題じゃない。海美ちゃんは狐に乗っ取られたんダナ」


「そんな馬鹿な、海美に限って。あいつは完全に心が閉じていて安定している。よほどのことがない限り平穏だ。凪の海だ。つけ入るすきなんてないんだよ」


「乗っ取られたんだ。赤雪姫はお前に知らせるなと言っている。知らせずに狐ごと海美ちゃんを始末するつもりだ。すべてお前にかかっている」


「僕に」


 どうして僕に。


「どうでもいいからついて来いダナ」


「銃マスターは赤ずきんの命令なしに動けないんじゃないか?」


「動けないんダナ。しかし、そんな流暢なことを言っている時か。助けを待っているのは海美ちゃんだぞ」


「だけどなんで僕に」


「コンビを組んで長いだろうが」


「そうだけど。いろんな事件を解決してきたけど、それがなんだ」


 あいつは僕のことを気にしない。


「なんだ? じゃないだろうダナ」


「紳一郎さんはいつも何もかも見透かして、今度は何を見透かしたんだ?」


「深刻なことダナ」


「それはどんな」


「愚かになってはいけないよ。思考を止めるな。お前は前を目指せ。その先に、お前の望むものがあるはずだ」


「それは」


「頼光のような心の境地だ」


「頼光さんのような」


 僕は息をのんだ。僕の最終到達地点。


「そこを超える勢いで来い。そこを超えるお前になれダナ」


 そこを超える僕。


「そんな僕になれるんだろうか?」


「階段を一歩一歩登らなければどこにも辿りつけない。お前は心を磨け。そうすればお前の中に居る満月狼だって牙をそがれるんダナ」


「もっともらしいことを言って僕に何もかも押し付けるつもりじゃないよね」


「軽口をたたいて煙に撒こうとするな。解っているんだろう。海美は地球を吸い取るぞ」


 その場合。


「人を追い詰めるのは人か?」


「人を救うのもまた人ダナ」


「富士に行く。そこで、狐と戦ってくる」


「ああ。頼んだよ」


「その前に。親父に会ってもいいか?」


「写楽君は今、二宮にのみや辺りをうろついているはずだ」


「どうしてそれを知っている」


「君の考えることは手に取るようにわかる。それにね。写楽君は揺れている。狐の支配と、人の血のはざまで」


「親父は狐?」


「半分はそうダナ。彼は安倍清明あべのきよあきのリフレインだ。調べてごらん」


「それは武者小路さんが詳しい」


「よく話を聞くんダナ」


「調べてくる。狐について」


 僕は妹たちに渡すクマのぬいぐるみを持って家に帰る支度をした。

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