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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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葛藤

「なあ、海美。お前の誕生日はいつも冬だよな。そう言えば。僕の後だよな」


「人間の誕生日はころころ変わらない!」


「動物も変わらないな!」


「カエルはたいてい牡羊座か?」


「魚座かもしれんぞ!!」


 皓人は白い息を吐く。


「いいか、プレゼントをやる。今から魔法をかける。この長い赤のマフラーをお前は前向きに巻きたくなる!! なんて完璧なマフラーなんだ! 明日からマフラーキャラになれ」


「……無理だ。私様には赤のマフラーは似合わない」


「なら、僕のネクタイをやるよ。いつでも身に着けておけ、この長いネクタイは僕のオーダーメイドで、なんと僕のイニシャルも後ろに入っている。その上、とてつもなくしめやすい。優れものだ」


「皓人、そのネクタイ、私様のお守りにしていいか?」


「好きにしろよ。お前のいいようにしろよ」


 乱暴な皓人。優しい皓人。馬鹿な皓人。


「これが似合う女の子になったら、皓人、私様のことを好きになってくれるか?」


「なるなる、絶対なるよ。あははは。当然だろう」


 皓人、皓人、私様は皓人が好き。こんなに胸いっぱいにあなたが好き。大好き。好きだよ。


 こんなに好きになるなんて思わなかった。思うだけで胸が苦しい。

 温かい気持ちになる。涙が溢れそうになるんだよ。皓人。


『でも態度に出せない』


 出せば嫌われる。姉の不在に、付け込むように声をかけるなんて。そんなことできない。


『後悔しろ』


『後悔しているよ。だって私は。弱いもの。強くなければ好きになってもらえない』


『そう言う問題じゃないだろう。何か言っておかねば二度と会えないのに、何も言わずに来るなんて私様は馬鹿か』


『会えなくなってもいいよ。私様はずっと好きでいるもの。思い出を抱いて眠れる』


『報われないって言ってんだよ。それじゃあ、人魚姫の英雄と同じだ。泡になって消えるのかよ』


『報われなくても思ってさえいれば幸せだよ。思っているだけで心が温かいもの。心臓がね、ドキドキするの』


『私様は皓人に告白したかった』


『私様は告白したくなかったもの。皓人には好きな人がいるんだもの』


『綱子か? しかし、あれは頼光様の影を追っているだけのただのトレーサーだろうに』


『それでも、好きなんだよ。皓人が好きな人だよ。見ていればわかるよ。私様は応援しているもん。今度こそ』


 今度こそ。今度だけ。


『それでは私様はどうなる』


『我慢だよ』


『我慢は心によくないぞ。また我慢するのか?』


『それでも皓人が幸せならそれでいいの。私様は皓人を思っているだけで幸せだもの』


『あの時、皓人を救えなかったくせに?』


 皓人は私様をかばって満月狼になった。それは罪だ。一生背負うべきだ。


『あの時は私様のガードが甘かったから。動揺したから。だからあの後、完璧な技を極めたの。完璧な防御を』


『それが私様の領域か』


『そうよ。鎧を作らなければ私様は立つことが出来なかったの』


 罪悪感で。


『甘えた私様よ。お前は皓人に何をしてやれたのだ? 心のうちに潜んで思っているだけで、すべてを私様に任せて、それだけで、何をしてやれたのだ』


『やめて、聞きたくないよ』


『聞け、私様。私様は何もせずに眠って、それだけで、世界が終って、許されると思うのか? 私様も皓人が好きだぞ』


『私様は何もできないよ。何もしてあげられないの。だって私様は』


 姉の苦悩を知っていて相談に乗れなかったほどの。


『私、弱虫なの』


 知っていたのに、知っていたのに、相談に乗ることすらできなかった。近しい人間だったのに。傍にいたのに。怖くて。赤雪姫が恐くて。何もできなかった。


『変わるために私様を作った癖に戦わず眠るのか?』


『あなたを作ったのは、皓人の隣にいたかったから。でも、隣には居られなかった。だって、皓人の隣には綱子ちゃんがいる。私はお刺身のつまで、ステーキの横のパセリで、てんぷらに添えられたモミジだもの。思っているだけでよかったの。灯りに触れられるだけで。それでよかったの。それ以上は望まないから、望まないから。お願い』


 傍にいさせて。


『そうか、私様はもう知らん。腐るまで眠るがいい!』


『私……私……』


『大丈夫だ。私様がお前を守ってやる。そのための王子様だろう?』


 王子様になれば悩みなんてなくなるって思っていた。思っていたの。

 写楽の声が暗闇で響く。


「お嬢ちゃん。あんたを今から紙に変える。紙は神だ。それほどの威力を発するだろう。吸い取られんじゃねえぞ。狐と綱引きして必ず勝て、良いな」


「無論、私様はそのつもりだ」


 綱引きに耐えよう。皓人だけ守れればあとはどうだっていい。

 厚く大きくなった仮面が重い。でもね、私だって戦えるぞ。


 戦えるんだ。


 写楽がうなる。負ける気はしない。勝てる気しかしない。


「なんて力だ。殺生刀。お嬢ちゃん、正気を保て。良いな」


『静かだね。私様』


『そうだな。私様』


 空間が広がった。月の風景だ。黄色い流星が大陸に落ちる。


『狐が来るわ』


『変化させろ。おさえこめ』


『お願い。変わって。何か無害なものに』


 狐の声がする。


「おい、お前。赤雪姫が憎くないか?」


『憎くない!』


「なら、空美は憎くなかったか?」


 私様は何も言えなかった。

 何も言いたくなかった。


 皓人を変えてしまったあの人のことを本当はどう思っているのか答えられなかった。

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