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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
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【いい天気 洗濯物が 匂い立つ】


 生田にある中等部の部室で僕は川柳の本を読む。ああ、前向きに感動する。


 歌は大好きだ。五、七、五、いいな……イカルガの心だ。いつまでも歌っていたいくらいだ。美しいメロディラインに乗せて。


「おはようございますっ。先輩。資料調べを手伝ってください。お願いします」


 今年の春から僕らの街に鬼の噂があった。影食い鬼。


 人の影を食らう鬼が巷で暴れているのだそうだ。影を食われたものは数日中に死んでしまうそうだ。

 幽霊を信じない人がほとんどのこの時ご時世に不気味な噂が立った。


 奇妙と言えば奇妙な話だ。播磨中央だけで囁かれる噂話……。怪談にしても気持ち悪い。

 そんな頃にえびす様のところの領域師と鬼退治の勝負が開かれた。偶然だとは思えない。


「なんでこんな物調べなきゃならないんだ。もっと常識的な話をしよう。真里菜ちゃん。僕は怪談が苦手なんだ。もっとこう、スーパーの特売の話をしよう! 前向きに」


 陽光の指す部室で、僕は即席うどん五個で二百九十八円の広告をびしっと叩いた。


「非常識も楽しいですよ。先輩は常識的ですよね。でもいけませんよ、先輩。家族以外と話すときはダイコンと話しているみたいな顔をしていますよ。だからもてないんですっ」


「してない」


「そうですか? ならもっと楽しそうにしてくださいっ」


 僕は仏頂面を作った。そうは言っても。そうしか言えなくても僕は僕だ。

 綱子ちゃんは間の者を狩るためにこの生田に引っ越してきたんだろうか。

 情報が足りない。僕のワンダーランドはランダムに情報を持ってくるから。


「非常識も何も、僕は常識人だよ。少し壊れているけど……」


 だから僕は壊れた物が嫌いだ。人形でも、お皿でも壊れたらすぐ捨ててしまう。

 そして僕の家に住む双子の妹達に怒られる……。物は大切にしなさいと。もったいないマングースが出るよと。


「自分で壊れているなんて言えるうちはまだまだ壊れていませんよ。先輩は頑丈ですっ」


 真里菜ちゃんはそう言って僕の肩を押した。本当だろうか。


「そうそう先輩。最近、中央で影鬼の影が暴れ回っているそうですよ」


「なんだ、それは。映画か漫画か?」


「違います。先輩、影鬼です! 影鬼!! こんな奴です」


 小柄で可愛い真里菜ちゃんは黒板に何がなんだかわからない絵を描いた。

 人間にも似た黒い鬼の絵だった。それはどこか僕に似ていた。


「力作ですっ。影鬼です!」


 真里菜ちゃんは僕の制服の裾を引っ張った。

 鬼の情報は少しずつ入ってきているが影鬼の影の話は初耳だ。


「先輩。あれはきっと、何か悪い者ですよっ。間違いありませんっ」


 真里菜ちゃんには鬼が見える。


 僕はわずかに興味を示しながら、真里菜ちゃんを――部室を区切って作られた個室の椅子に座らせた――尋問するように両手を前に組む。


「鬼って、ほかの部員たちが、特に勅使川原君とか、なんだろう、それ? な感じなんだけど、前向きにここでその話はやめてくれるかな」


「すみません! こんな場所でそんな話をしてしまって。何も考えていませんでしたっ」


 そう、彼らには鬼が見えない。鬼が起こした事象しか見えない。

 壊れた人や、壊れた物しか見えない。ゆえに領域師はチームを作りその中でやり取りをする。


「仕方ないな。この残留部屋でゆっくり話でもする?」


「はい。ごめんなさい」


「謝らなくって良いよ。僕が映画好きなのはみんなが知る所だし、どうせニシウッドやヒガシウッドの新作の話だと思われるよ。鬼の話なんて前向きに」


「はい」


 否定しない真里菜ちゃんだった。真里菜ちゃんも一般のことを良く知る一人だ。


「それでその話、影鬼の影の話……詳しく説明してくれないか? 僕のワンダーランドなら、糸で何か調べられるかもしれない」


「先輩のワンダーランドには色んな本と人材がそろっていますもんね」


「人か……そうだね。前向きに言うとそんなもんかな。あの場所でしか存在できない者を人と呼んでもいいのならね」


「先輩は非道の徒ですっ」


「そうだね」


 僕は少し冷たいのかもしれない。人とそうでないものを区別してしまいやすい性質なだけなのだけど。


「そう言えば父からの仕事、受けてくださいますか?」


 真里菜ちゃんのお父さんは僕の上司だ。


「いくら?」


「前金で五千円だそうですっ」


「前向きに丸ごとほしい。五千円!」


 僕が通っている部活は川柳部である。そしてその隣の部室が、蒸気研究会……その部活のマスコットが中務真里菜なかつかさまりなちゃん。


 真里菜ちゃんのお父さんはこの辺では変わった職業をしている。

 土地神と繋がる仕事、領域支配者テリトリーマスターをしている。

 過疎化、人口流出。人がたくさん存在する土地はそれだけで、重要で護るべき霊地となった。商売第一。平和は第二。時々、邪を払って人々の願いを聞いて神様は生きている。


 その事務を一手に引き受け、補助をするのが領域支配者なのである。


 神が社長なら、真里菜ちゃんのお父さんは専務である。そして末端社員の僕にいつも面倒な話を持ってくる。僕は前向きに苦労人なわけだ。ブラック会社のバイトと言ってもいい存在だ。前向きに大変なことだ。


 一句。【来て良し 帰って良し 真里菜ちゃん】


 真里菜ちゃんのお父さんは現在女神、稚日女尊に仕え、播磨の国、中央を仕切っている。


 真里菜ちゃんの父親は性格に難がある。イカの塩から買って来いだの、美味しいカラスミ買って来いだの限定のチョコレートを娘に食べさせたいだの昔から学童扱いが前向きに荒かった。しかし、最近、落ち着いてきていた彼がここにきて、若かった頃のようにふらふらし始めてしまったのである。厄介なことだ。

 自由すぎるよ、紳一郎さん。振り回される方の身にもなってくれ。


「先輩。実は影鬼の影がもうすぐやってくるんですっ」


 二人きりになった僕は真里菜ちゃんの上唇に人さし指を乗せた。


「間の者の種類の中でも、鬼の本はまだ少ない。前向きに慢性的なデータ不足だ……」


「本棚を作るのも大変ですね……無理なさらないでくださいねっ」


 情報収集は足が物を言う。危険な場所に踏み込むこともある。


「今回は鬼の糸が足りないんだ。武者小路さんが頑張ってくれているけど、本作りは僕の仕事だからね。それで?」


「はい。影鬼の影はとてつもなく恐い者ですよ。そうですね、あの……眠りの森みたいに存在があやふやなのですよっ」


「眠りの森? ひょっとして忘れ物の森の事か?」


「そうです」


 真里菜ちゃんはノートを切り裂いた。何かを書きしるす。


 彼女にも領域支配者の血は流れている。でも彼女は修業していない。よって、前向きに誰かに護られる必要のある無防備な存在だ。真里菜ちゃんは間の物を感知する受信機だ。


「この息は神の使いの息」


 紙飛行機はふらふら飛んで真っ黒に染まって地に落ちた。


「この通りなのですっ」


 つまり……。


「影鬼の影で大気が腐りかけているのか?」


「いいえ、眠りの森がこの街をゆがませているのです。眠りの森、人間にとり憑く闇の領域の事です。忘れたい心を持つ人が辿り着く桃源郷のような所ですっ」


「桃源郷って楽しいところだろう?」


「でも、そこで遊んでいると人間の記憶の灯が失せてしまうんですよ」


 忘れる森か。


「そんなダークな領域だったとは……」


 考えるだけで気が重い。


「海美さんは領域支配者の守人ガーディアンをされているそうですよね。先輩はなにか聞いていませんか?」


「うちの家は……僕に情報を落とさないからね」


 仕事を免除され、家に縛られず、普通に暮らし、普通に日々を送る僕。故に、日常者でもあり異界に片足突っ込んだ半端な存在として、相談ごとを持ちこまれる存在だ。前向きになくてはならない存在だ。


 主に領域師からの人生相談がほとんどだけど。悩み相談がほとんどだけど。

 中立の立場。一般市民の観点から、事態への対処を迫られる。非日常の存在は日常を気にする。日常を外れないように気を付ける。非日常の人間ほど僕に相談ごとを持ってくる。


 だから僕は日常の住人でいなければならない。日向の住人でなくてはならない。


 真里菜ちゃんは腕をかっこよくクロスした。


「忘れ者の森は私たち一般の高校生の中でも噂になっている場所で、謎の領域支配者によってつくられた領域だそうです」


 危険領域のようだ。


「話を聞くより、イメージが欲しい。ちょっといいかな?」


「どうぞ」


 真里菜ちゃんから情報の糸を取り出す。僕は人の心のドロドロが嫌いだ。どんな可愛い女の子でも、その心を読めば興味を失ってしまう。そんな性質を持っている。

だから僕は真里菜ちゃんから忘れ物の森の情報だけを取り出した。

 真里菜ちゃんの忘れ者の森のイメージが胸を揺らす。薄暗くカラスの飛び交う恐い森のイメージ。その上の空は青く天国のように美しい。美し過ぎて涙が流れそうになった。


「ふうん? 紳一郎さん以外にそんな凄い腕前の人がいるんだ?」

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