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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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おぼろの炎

「佐伯君。妄執を殺せば緒方紗枝。本人も死にます。あなたは大人しく倒されなさい。皓人」


 辺りを赤い雪が降る。赤雪姫の領域だ。


「赤雪、どこで見ている」


 嫌な脂汗がにじむ。ずっと見られていたのか。観察されていたのか。


「姫をつけなさい。しれ者が!」


 歪んだ天井から赤い雪が降る。赤い雪が僕の胸に触れた。

 瞬間、衝撃は胸部で破裂した。

 僕はダメージを食らってうずくまった。全身が筋肉痛だ。


 息を止めなかったから、狼の力で固まらなかったから、体中がこんなにも軋む。立てない。


「赤雪姫。海美はどうでもいいのか? お前の妹だぞ」


「空美の妹でしょう。守るだけしか能のない者などいりません。わたくし強い者が好きなのですよ。そうですね。たとえば綱出の様な私の役に立つ、素晴らしい人材が必要なの。綱子はいりません。あなたがいなくなればうまく勧誘できそうよ。それにね。わたくし赤い靴だって欲しいわ」


「紳一郎さんが黙っちゃいない」


「あの男が留守の時を狙うに決まっているじゃない。おほほ」


「赤雪姫えええぇぇぇぇ」


 脳髄が沸騰する。


「おほほ。あなたたちはここで終わりね」


「終わるものか!」


「あら。往生際が悪いのね。往生際が良くても悪くてもここで終わるのにね」


「どういうことだ?」


「この校舎を消滅させます。さようなら。佐伯君。生き残れればいいわね」


「赤雪姫ぇぇ!」


 僕は走った。山之内紗枝の両肩に手を置く。


「紗枝さん。今すぐ、海美を返せ。君も滅びることになる。早く、ここから出よう」


『嫌よ。返さない。だって由里はせっかく帰って来てくれたのに』


 僕は壊れた者が嫌いだ。壊れた者には興味が持てない人間だ。だけど。だからこそ。


「どうしてそんなに聞き分けがないんだ。紗枝さん。僕の話を聞いてくれ」


 僕は海美のためなら走れる。君のために走ろう。


「頼む。僕の話を聞いてくれ」


『うるさい。うるさい。うるさい』


 駄目だ。焦ったせいで作戦が無茶苦茶だ。本来なら元の人格である緒方紗枝さんを呼んできて僕のワンダーランドで説得すればそれで事足りる単純な事件だったはずなのに。


 旧校舎に狐の妖怪はいなかった。


 遭ったのは妹を想う姉の妄執。それだけだった。


 しかし、山之上紗枝本人を説得できないとしたら、僕はどうしたらいいんだ。いざとなったら海美に説得を頼むつもりだった。でも海美はどこに行ったのかわからない。


 その時、僕の懐から絵筆が零れ落ちた。浮世絵の肉筆画を書くための筆。


「親父」


 僕は筆を手に取りおもむろに床に書いた。


「【会えずとも 今は心に 君がいる】【一人でも 強く心に 生きていく】思いだせ。君の未来の言葉だ」


 頼む。響いてくれ。お願いだ。


『それは何?』


 僕は両手をかざした。ワンダーランドを近くに感じる。

 失念していた。


 そうだ。ここが赤雪姫の領域の中なら、僕の領域を自由に使える。

 僕はワンダーランドを開いた。武者小路さんの冷たい手が資料をばらまく。

 僕はたくさんの資料の中からそれを選び出す。


 狼の目で。


「これは緒方紗枝さんの卒業文集の川柳だ。亡き妹を思って読んだんだ。君のサインもある」


『亡き妹? 嘘よ。妹は帰ってくるのよ。帰ってくるに決まっているじゃない。何を馬鹿なことを言っているのよ。馬鹿じゃないの?』


 妄執は動揺している。完全に。


 聞いてくれ。


 もう一息だ。もう一息で仮面が崩れる。


「あなたの妹は!」


 その時、突然、目の前の空間が割れた。

 そこから海美が落ちてくる。僕ら先祖伝来の間を狩る刀、千牙刀を握っている。

 

 妄執の作り出した領域を割ったんだ。


 海美は顔を上げた。海美は泣いていた。


「お姉ちゃん。会いたかった」


 紗枝はよろめいた。その肩を海美は掴む。


「お姉ちゃん。私は帰ってきたのよ」


 海美は妄執、山之上紗枝を無理やり抱きしめた。頭を撫でる。強く撫でる。


「会いたかった。会いたかったよ、お姉ちゃん。ありがとう、ありがとう。大好きだよ」


 海美は演劇部だ。僕よりも成りすましがうまい。本当の姉妹のように見える。二人は。

 その周りをはらはらと紗枝さんの書いた卒業文集の川柳が落ちる。


【会えずとも 今は心に 君がいる】【一人でも 強く心に 生きていく】


 強い言葉が光り輝く。辺りを乱反射し、山之上紗枝の妄執を照らし出す。


『嘘よ。嘘……。だってあの子は帰ってくるって』


 僕は容赦なく立つ。


「嘘だって言いましたね。紗枝さん。あなたは本心から妹さんを待っていはいない。疑っている証拠です」


『あああああああああぁぁぁぁ』


 山之内紗枝は号泣した。


 泣き続けた。髪の毛を振り乱し、わめき泣き散らす。 


『本当は知っていたの。いなくなったって知っていたの。でも認められなかった。私はずっと、由里、あなたを待っていたの。だってあなたは!』


 僕の蒸気携帯が緒方さんに繋がる。


「そこにいるのは昔の私ね。もしもし、紗枝です。そう。喧嘩していたのよ。由里と。誕生日に謝ってすべてよくなるはずだった。まさか帰ってこないだなんて思わなかった。思わなかったのよ。心残りだった。もう話せないことが。もう会えないことが。後悔したの、私」


 電話の声は大人びて落ち着いていた。


「帰ってきてほしかったから、私は狐の絵を描いた。描いても、描いても妹は帰ってこない。私はその心をどこかに置き去りにしてしまった。そう。ここだったのね」


 緒方さんは息を吸った。


「もう帰ってきていいのよ。あなたは私に返ってきていいの。いいのよ」


 木造校舎に火がともる。


『うわああああああぁぁぁあぁぁっぁぁぁっぁぁ』


 校舎が妄執の炎で燃える。その眼の端に長いフンドシをした狐の妖怪が横切っていく。


 その瞬間、妖怪と目があった。僕は見た。妖怪はいしししと笑った。領域を感じる。

 ステルスの領域を張った間の者だ。こいつは。この狐の形をしたものは。


「透明の領域。間の物か!」


「この女は連れて行く。おれの相棒だ。お前らを倒す。この火で」


 海美が叫ぶ。


「皓人、そいつはおぼろ火の間の者だ!」


「そうだ、私の象徴は事件事故! 私は事故を起こして注目を浴びたい……そこに潜む深く美しい悲しみが見たい……いしししし。力は蓄えた。私はここを抜け出して暴れるぞ。さようなら、英雄の一族」


 これが間の物。このフンドシ狐が。妹さんはこいつを見てこいつに遭難させられた。

 そして心が弱ったお姉さんにとりつき、妄執を作り、いろんな事故や事件を引き起こした。


 全部こいつの所為だったのか。こいつが楽しんで事件を起こしていたんだ。

 結果、死期が近い女子にしか見えない幽霊ということになった。


 こいつ自体は弱い間の者だ。でも、こいつは卑劣だ。許すものか。許しはしない。前向きに。


「いくらフンドシが長くても許さんぞ!!」


「皓人、そんなこと当然だ!」


 僕の背後で海美が叫んでいる。


 僕は息を止めて黒鋼を構えた。


「行くぞ」


 おぼろ火は体を倍に膨らませた。


「効かぬ、効かぬ」


 敵は間の物にしてはレベルが弱いが、妄執の力を吸い取っている。

 僕とおぼろ火の実力は拮抗している。黒鋼では狐を倒せない。


 その時、海美が走った。


「皓人。千牙刀を使え」


「千牙刀を」


「お前に託す。私たちの刀だ」


 僕は千牙刀を握った。どんな刀よりも軽い。やれる。スピード重視の僕ら先祖伝来の白雪姫の刀だ。


「おぼろ火。お前ひとりで悲しめよ!」


 足を回転させ、踏み込む。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ」


 僕はその炎でできた狐を切り捨てた。薬石が転がる。

 妄執にとりつく間の物だったんだ。

 こんなに育っていたのか。この校舎に抱かれて。


「終わった」


 僕は膝を突く。


 海美が走る。僕の手を引く。強く。


「皓人、早く逃げないと! 校舎が落ちる」


 僕らは必死で出口を目指して走り出した。異空間に手をかけて、ドアをこじ開ける。

 その向こうに外の空間が現れる。緑が美しい。僕は海美の手を握ってその扉に飛び込んだ。


 その瞬間、背中の空間が燃え上がった。

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