会えない人
水曜日の事だった。
勅使河原くんと、海美と一緒に由里さんの家に出かけた。
由里さんの家には年老いた母親がいた。
「娘はね、遭難したんですよ。雪山でした。今頃の季節でした。あの子の姉はずっと帰ってくると言い張ってね」
当時を思い出したのか涙ぐむ。
「お姉さんはどこに」
「サヌキの方に。絵をかくのが好きな子でいつも狐の絵ばかり。由里がね。好きだったんですよ」
勅使河原君が手を挙げた。
「質問があります。狐を見たという話は」
「ああ、狐。由里は遭難する一週間前に狐のお化けを見たって騒いでいました。馬鹿なことを言っているって私たしなめたんです。こんなことになるのなら、認めてあげればよかった」
「娘さんはその狐の事を何と?」
「怖い狐で、みんなをあの世に連れて行こうとしていると言っていました。私が守らなければならないと息巻いていました」
「それで、その狐は」
「どうなったのかわかりません」
勅使河原君はメモをめくった。
「海美さん。何かわかったか?」
「何とも言えないな」
どうしたものか。
「狐の幽霊か……そんなものがいるのかな。勅使河原君」
「いないのか? 僕は幽霊を信じるぞ。みんなを呪い殺そうとしていたんだ。彼女は雪山でそいつと戦って果てたんだ。佐伯はどうだ」
「僕は信じないけどね」
海美は勅使河原君に賛同した。
「私様は勅使河原に賛同する。幽霊を信じてもいいかもしれない」
「だろ、だろ。横志摩。気が合うな」
「気が合う」
勅使河原君と海美は意気投合している。
海美は勅使河原君たちと仲が良くなった。昨日は琴ちゃんの家に遊びに行った。
そこで柳瀬君と今回の事件の話をしたらしい。相当盛り上がったらしい。
海美、人に影響を受け過ぎだ。
「僕だけ取り残されている気がする」
「取り残されていない。私様は私様なりに調べているだけだ。妹の気持ちならわかるのだ。現在、遭難した妹の気持ちになってみている。完璧だ。完璧なトレースだ」
「黙れ、演劇部」
妹の気持ちね。
「それでなにかわかったか、海美」
「あの校舎には幽霊がいる!」
「そんな馬鹿な! それは勅使河原君の希望だ」
「勅使河原君の希望を叶えたい」
「どうしてだ」
「王子様扱いしない!」
「王子様扱いしたっていいじゃないか」
「あなただってお姫様扱いされたいか!」
僕は自分を棚に上げるぞ、前向きに。
「海美、人にされて嫌なことはするな」
「お前こそ、皓人」
「海美」
「皓人~!」
僕らはいつものように抱き合った後、沈黙した。そうは言っても。
「幽霊なんていないって紳一郎さんが言うんだ。出会ったこともない」
「紳一郎は時々、嘘をつく」
当然のように叫ぶ海美。
「空美は、姉をもうあきらめろと、もう帰ってこないとあの男は言う。空美が帰ってくることを望んでいないと。あの男は嘘つきだ!」
拳を固めて叫ぶ海美。
かなり勅使河原君たちに影響されている。
「空美が帰ってこないのは赤雪姫に乗っ取られたからだ。もう帰らない」
勅使河原君は何の話をしているかよくわからない顔をしていた。にこにこ笑っている。
「僕は今までたくさんの幽霊を見てきたよ。横志摩はそれに賛同してくれるんだ」
それはきっと間の者だなんて言えないし、否定する材料もない。勅使河原君は幽霊を見たことがあるのかもしれない、本当に。
「死人が化けて出るなんて非現実的だ、勅使河原君」
「どうしてそう思う」
「人は消えたらそこで終わりだ」
「佐伯はロマンがないな。僕は幽霊に会いまくりだぞ」
僕は下を向いた。幽霊か、いたら会いたいものだ。
「空美の幽霊に会いたい」
海美が顔色を変えた。
「空美は死んでない!!」
「だけど」
だけど似たようなものだ。もう永遠に会えないのだから。
「馬鹿なことを言うな」
「空美は赤雪姫に乗っ取られているだけだ……」
僕は指を握りしめる。
「そう。死んでいないんだ。でも会えないよ。もう」
海美は泣きそうな顔をした。
「皓人。お姉ちゃんはきっと帰ってくる。帰ってくるよ、皓人。だから、約束をあきらめないで。私様とお前で何とかしようよ」
僕らは手を握り合った。
空美。
いつか帰ってくる。帰ってこい。そう呟いて僕は目を閉じた。