旧校舎の幽霊
「どうしたんです、見えちゃまずいんですか?」
「まずいよ。あれは死期の近い女の子が見ることのできる妖怪だ」
死期の近い女の子。だとしたら。
喉を鳴らす。海美がそんな危険な状態にあるのか。殺生刀の所為か、ここの妖怪のせいか。
どういうことなんだ、前向きに。情報が欲しい。
「先生」
「佐伯、死にそうな顔をするな」
「先生、どうやればジンクスを外せますか」
どうしよう、どうしよう。
「それは倒すしかないんじゃないか。よく知らんが。とにかく。うちの学校を破壊するな、佐伯」
先生はバラバラになって旧校舎への階段みたいになったフェンスを指差した。
「これはまずいぞ、佐伯。こんなモノ見つかった日には私は首だ。川柳部は廃部だ。佐伯のアホ。どうすればいいんだよ。こんなことしやがって!」
「先生」
僕は土下座した。
「フェンス代は払えません、こんなものは払えません。こんなもの誰が払えましょうか、否、払えるはずがない」
海美は懐を探った。
「しょうがない。この薬石で解決するか」
一個、四千万円する薬石。その薬石はたった一つで家が建つ、こぶし大の金剛石だったが。
「海美、石でフェンスが払えるか~~~。この世の常識を考えろ!」
「私様の常識ではこれですべて解決だぞ」
仲介屋が出してくれるお金は領域師の間でしか意味をなさないお金だ。
これを現金に換えるにはちょっとした手続きがいる。
この場合それが使えない。そんな大金を正規のお金に変えるには一か月くらいかかる。
僕は海美を土下座させた。
「この通り、必ず旧校舎の七不思議を何とかしますから」
何とかしないと海美が危ない。
海美はなおも立ち上がる。
「こんなもの私のポケットマネーで払える」
「払えるもんか。払わせるもんか!」
僕らのやり取りをぐったりした様子で聞く先生。それはそうだ、薬石は間の者が変化したもので一般の人にはただの鰹節に見える。霊薬として加工しなければ一般人にはガラクタだ。価値すらない。先生は頭を抱える。
「私は川柳部を愛している。ずっと愛してきた。これからも愛していくつもりだ。つぶさせるもんか」
そうしている間に先生はどこかと連絡を取る。
そして顔色を変えた。
「はい。はい。本当にいいんですか。はい」
先生は蒸気携帯を切ると僕たちを見つめた。
「校長先生がぜひとも君たちに妖怪を払ってもらえというんだ」
「いや、僕らはただの一般生徒……」
「それが海美君の名字を出したら、払ってもらってくれと。横志摩家に祓ってもらえることなんてめったにないんだからと」
それはオカシイ。
「一般的には横志摩の名はあまり知られていないはずだが」
表には出ないはずだが。
「皓人、校長先生はこの学校について調べたんだろう。何か引っかかることがあるのかもしれん」
感心する僕。
「横志摩家ってそんなに凄かったんだな、海美」
僕は裏の事情をよく知らない。表から一族の判断を迫られる。
なんてラッキーなんだ。校長先生に顔が利くなんて。
「私様ではない。赤雪姫が凄いんだ」
赤雪姫。思わず暗い表情が零れ落ちそうになる。僕は赤雪姫が嫌いだ。
あの日、降ってきた赤い雪が嫌いだ。
川柳部の先生は首をかしげた。
「校長先生は旧校舎の呪いで旧校舎を壊せなくって困っていたらしい。そこへこの申し出、断る理由がないそうだ。お前たちそんなにすごいのか? 疑わしいなあ」
「死を招く妖怪を倒す。前向きに引き受けたぞ。任せろ!」
「お前がまかされたわけじゃないだろう、佐伯。何もできないくせに」
「そうでした!」
よかった。川柳部は存続され、間の者も狩れる。
海美はにやりと笑った。
「暴れられるな。盛大に」
「ああ」
これでこの件は表の管轄から裏の管轄へと変わることになった。
僕らはこうやって表の事件を少しずつ裏で処理する仕事をしている。
妖怪なんてこの世界にはいない。いるとしたら、間の者だ。
しかし、不安は残る。
「死に近い人間しか見えないってどういう」
先生は顔をしかめた。
「私が学生の頃に一人の少女が死んだ。狐を見たと言い残して。名は山之上由里」
それが恐らく最初の事件。
「幽霊っているんですか? 先生」
「何とも言えないね。私は常識人だから。ただ、旧校舎はその妖怪の所為で使えなくなって今の建物ができたらしい」
先生は僕を呼んだ。
「佐伯、お前の従妹、大丈夫か? なんかトンデモナイ事をしてくれそうな予感がするんだが。くれぐれも」
「学校はこれ以上、壊さないように。わかっていますよ、先生」
僕は先生が去ってから時の糸を召喚した。今からすべての情報を読ませてもらう。
「先生。先生が現役時代の頃の名簿は手に入りませんかね」
「捜してみよう。しかしそんなものが何に?」
「何になるか今はわかりません」
海美が推理する。
「山之内由里の幽霊じゃないのか?」
「幽霊じゃないと思う」
僕の予想通りか、予想外か、すべては情報にかかっている。




