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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
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ガラス細工のダイヤモンド

 女の子はしっかり泣いておかないといけない。泣きたい時に泣いておくに限る。

 少女なんて壊れやすいだけのただのガラス細工の工芸品だからだ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 夕暮れ時の街。僕らの姿は駅前の立ち食い蕎麦屋にあった。理由、ここのうどんメニューは絶品である。一言で説明すると、綱子ちゃんは大層お腹をすかせていた。空腹だった。


「グラタンが食べたい」


 僕の財布の中身を考慮した結果、僕らはこの立ち食い蕎麦屋に辿りついた。


 安くてお手軽。早くてうまい。透き通る淡いスープ。この町で一番のうまさを誇る最強の蕎麦屋だ。生田でもここが一番だ。自信を持って言える。

 

 うどんもグラタンも色が白いから問題ないだろう。結構、いい加減な僕だった。


「このホワイトタイガーのエビ天ぷらうどんで手を打たないか。綱子ちゃん。そしてその変態という言葉を今すぐ撤回しろ」


 前向きにお願いだ。


「おじさん、私は海老をもう一匹食べられる……」


 蕎麦屋のおやじはニコニコ笑って僕の黒い財布を見つめた。


「金券、買ってちょうだい。エビ天追加!」


「僕の懐事情も考えてくれ! 今月の予算が前向きに滅茶苦茶だよ……」


 予定が立たないよ。

 おやじはにやにや笑った。綱子ちゃんは僕を見る。


「楽天家。貧しいの? 経済力がないの?」


「一文無しの君程じゃないよ。何にせよ」


 僕は彼女の桃色のマフラーを視界の端に捕えた。この子は僕のヒーローだ。


「今日は高い所から跳び降りる時のひらひらしたマフラーほど美しい物は無い事がわかったんだ。そのピンクのマフラーに惚れた! もう一回飛んでくれ。ほら」


「変態」


 綱子ちゃんは嬉しそうな顔をした。なぜだ。僕を嘲って楽しんでいるのか。


「だから僕は変態じゃないんだってば」


 蕎麦屋のおやじが弾んだ声を出す。


「はい。ヒロちゃん、たぬきうどん。楽しそうだな。いいねえ」


「ありがとう、おやじ」


「嬢ちゃん、ホワイトタイガーのエビ天二個追加」


「ありがとう、おじさん」


 おやじは嬉しそうに鼻の下を伸ばしながら綱子ちゃんにうどんを差し出す。


「綱子ちゃん、そのセリフを前向きに僕に言え」


「変態に使うありがとうは無いの」


「だから僕は……ただのマフラー好きの男の子だよ。子供の頃見た特撮でいいなっておもってさ。実際見るのは初めてだよ。戦うマフラーなんて」


 やっぱりいい。


「お前はただのマフラー好きの変態」


「ではないんだよ。この辺の中央の領域支配者テリトリーマスターのパシリをやっているもので、非戦闘員だ」


 基本、戦わない人だ。


「そんな話をこのおじさんにしてもいいの? ここのおじさんはこの領域支配者?」


 目を鋭くする綱子ちゃん。


「領域支配者がこんな良い人なわけない。あんなヒネクレ紳士と一緒にしないでくれ。おやじは僕の相談するゲームの話のファンだよ」


「ふーん」


 綱子ちゃんはうどんを飲み干した。飲み干し……ええ?


「お腹すいた」


「もう一杯いっとく?」


 おやじは次のどんぶりを準備する。ちょっと待って、なんで呑んじゃうの?


 せっかくの長いうどんだよ。


「財布に優しくない子だな……君は! 全力で奢られるつもりか?」


「だってお前はグラタンを奢ってくれなかったし、なんだか気持ち悪いし」


「グラタンはおしゃれな店だろう。僕はそんなおしゃれなお店にマフラーの女の子と一緒に入りたくないんだよ。恥ずかしいじゃないか。これ以上、戦うマフラーに惚れたらどうするんだ」


「おしゃれな店で無くて悪かったな」


 蕎麦屋のおやじはむすっとした顔で僕らの前にホワイトタイガーの大盛りエビ天丼を差し出した。


「おじさん。食べていく。ありがとう」


 おやじは僕をじっと見ている。


「ああもう僕が悪かったよ! この店だっていい店だよ。本当にいい店だよ!」


 僕は仕方なく千円札を崩して追加の食券を買った。ああ、なんでこんな事しているんだろう。当たり前のように生活費を湯水のように使っているんだろう。


 命の恩人なんだよな。こいつ、これでも。


「毎度あり」


 頭が痛い。前向きに頭痛がする。


「綱子ちゃん。君は隣の学校の子?」


「うん。この街に引っ越してきたの。ここはとても歩きやすい」


「そっか?」


「誰がいても特に問題にならない。大太刀を振りまわしても問題にならない。とても住みやすい。誰にも干渉されない。楽しい。嬉しい」


 今年の春、彼女は僕の学校の校庭で歌っていた。かの者は孤独だと歌っていた。そんな人間が干渉されないと喜んでいる。どういった心境なのだろう。理解に苦しむな。なんだろうな、女の子って難しいな。


 美味しそうにうどんを飲み干す彼女。かなりの大食いだ。


 顔は可愛いから蕎麦屋のおやじには演劇部かレイヤーさんだって思われているんだろうな……。


 土日だと、大太刀を持っていても誤魔化せるんだろうな。そうやって、溶け込んでいるんだろうな。何食わぬ顔でこの街に。意外と前向きだな。大きな刀は規制されてあまり喜ばれないこのご時世に。


 僕は狸うどんに口をつけた。良く噛んで味わう。天かすの入ったうどんは旨い。やっぱり食事はよく噛まなくては。うどんは飲みものだっていう人もいるけど僕は前向きにそうではないのだ。うどんはよく噛んで食べる物なのだ。


「そう言えば綱子ちゃん、君は忘れ物の森って知っているかな?」


 綱子ちゃんはふるふると首を振った。答えるまでに謎のタイムラグがあった。

 なんだろう。聞いたことがあるのか、聞いたことがないのかわからない反応だった。


「知らない」


 そうか。知らないのか。


「あまり一人で行動するな。君みたいに一人で行動している人はとりこまれて彷徨って記憶を飲まれることもあるらしいぞ。忘れ物の森に。武者小路さんから聞いた話だけどな」


「ふーん。気をつける」


 彼女は三杯目のうどんを飲み干す。その表情が気になった。闇のように暗い顔だ。


「綱子ちゃん」


「何?」


「どうしてそんなに寂しそうな顔をするんだ?」


 綱子ちゃんは僕を指差した。


「私は寂しくない。寂しいのはあなた。私の事が寂しく見えるあなた」


 彼女は僕を指さすとホワイトタイガー大盛りエビ天うどんを飲みほし、僕の狸うどんを飲みほし、この店から悠々と去って行った。思わず前髪を掻きまわす。


「逃げられた」


 僕はマフラーも好きだが麺類も好きだ。長くてシュルシュルしたものが好きだ。その麺類達を丸呑みする奴なんて前向きに人類の敵だった。噛めよ!


 僕のお腹が空腹で鳴いた。わびしい。ああ。


「ヒロちゃん。あの子で誰かを口説く練習かい。ほどほどにしておきなよ」


「そんなんじゃないよ、ただ、寂しいマフラーだと思ったんだ」


 僕はただ遠ざかっていく彼女の蝶のような着物姿を見つめ、うどんつゆを一気に飲み干した。麺の無いうどんは何かが抜けたように物足りなくて寂しいだけだった。

 僕は前向きに寂しいのだろうか。いいや。寂しいのは彼女だ。間違いない。そんな予感がした。

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