幽霊の噂
後夜祭が終わって家に帰ると真里菜ちゃんが僕の家で双子の妹たちの世話をしていた。
「はい。歯磨きタイムですっ」
「いやだよう」
「いや、いや」
「歯磨きしないと小さな道路工事のおじさんがドリルで穴を開けに来ますよ」
「きゃああぁぁぁ。こないでおじさん。ぁぁぁ」
「嫌だよ、嫌だよ。おじさんっ」
呻く妹たち。なんだろう。この状況。
「リアルなんだよ。真里菜ちゃん」
「リアルだったでしょうか?」
真里菜ちゃんは首をかしげた。
「伊理亜と優梨愛。今日は何食べた」
「真里菜の手作り蕎麦だよ」
「僕も食べたかった! おじさん!」
「誰ですか、おじさん!」
ひざを折り呻く僕。真里菜ちゃんは僕の隣にしゃがみ込んだ。
「先輩の分もとってありますよ」
「ありがとう」
僕は蕎麦に舌鼓を打つ。
「美味しいよ。真里菜ちゃん」
「蕎麦屋のおじさんみたいにコシは出せませんけどね」
「ううん。美味しいよ。君が打ってくれたからとても美味しいよ。ありがとう」
「先輩っ」
双子の小さな妹たちは顔を見合わせた。
「にいにって」
「兄ちゃんって」
妹たちは僕を羽交い絞めにする。
「女の敵~~~?」
「敵じゃない味方だ!」
僕は真里菜ちゃんと妹たちにはさまれて楽しい夕食を過ごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私様の名前は横志摩海美だ。
中央第一から引っ越して明日から生田の中学校に通う。
「弱ったな。自己紹介に使う、良いリズムネタが思い浮かばない」
私様は頭を捻った。
「別人、別人、キャベツを食べてキャー別人! 駄目だ。私様らしさが著しく欠落してしまった!」
これではただのダジャレだ。何かもっとインパクトが。
今回こそ、女子中学の王子様を返上して、あなたのハートを鷲掴み。
「はっ。いかん、いかん。鷲掴みにしたらあいつが息もできなくなっちゃう……って、私は乙女か!」
乙女にはなりきれない。だってそんなこと恥ずかしくて、恥ずかしくて。
「私様の柄ではないわ!」
歯ブラシを床に投げつける。
「うまくいかないな」
セミロングの髪に花輪を乗せる。首にはネクタイ。
それでも私様の見た目はピンクの唇の王子様だった。
「なぜだ、なぜなんだ。私様はどうして可愛くなれないんだ」
髪型か!
髪型が悪いのか!
赤雪姫がノックもせずに現れる。
「早く学校に行きなさいな。海美」
「わかっている」
「残り一週間の学校なんだから」
赤雪姫は笑いながら通りすがる。
しばらくはみんなに会えない。会わなくても生きていける。
思い出を捕まえに行こう。走って、走って、追いかけて行こう。
私様は負けたりなんかしない。
必ず勝って笑うんだ。そのために思い出を作る。
誰にも邪魔させない。
つもりだったんだけど。ここにはとんでもない伏兵がいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
佐伯皓人であるところのこの僕は深呼吸した。
海美の転校の挨拶も終わってひと段落したところだった。
教室ではみんなが季節外れの転校生の登場に戸惑っているようにも見受けられる。
近寄っていくものはいない。
何とかしてやらなくてはならない前向きに。
これは彼女を魅力的に紹介しなければ!
「彼女は僕の従妹の海美です。中央第一の王子様です!」
女子が湧いた。当然だ。海美はかっこいい。
そんな海美は殺意を込めた目で僕を見た。
「空気読め。皓人。嫁にするぞ」
「嫁? 今、嫁と言ったか。嫁と僕。そんな痛いおままごと、僕ならできる」
「だから綱子に変態って言われるんだよ。皓人」
教室で歓声が上がる。
「声も素敵」
「お姿も素敵」
よし、これで海美にも友達が!
海美は僕をグーで殴った。
「あなたなどもう知らん」
「待て。待ってくれ、海美。許してくれ。みんな、海美と友達になってやってくれ!」
「皓人」
「こんなに王子様な奴は今までにいないから」
海美はチョキで僕を殴った。二本の指が僕の懐をえぐった。
「何をする!」
「帰る」
「帰るな。学園生活はこれからスタートしたばかりだ」
勅使河原君が海美に挨拶した。
「よろしく。横志摩」
「なんだ、あなたは」
「僕は勅使河原英輔。今、学園に巣食う幽霊の噂を調べているんだが、佐伯と一緒に参加してくれないか? 君も佐伯と仲がいいんだろう」
「変態と一緒に?」
「そうそう。頼むよ」
僕はおもむろに海美の肩をもんだ。
「誰が変態だ、海美!」
海美は僕を最強のじゃんけんの指、三本指で殴った。
「何をする!」
「何をするはあなただ。ともかく」
海美は勅使河原君の隣に並んだ。
「とりあえず一週間よろしく頼むよ。勅使河原君」
「え、一週間だけなのか?」
勅使河原君のグループは三人グループだ。
勅使河原君と幼馴染の琴ちゃんと柳瀬君の三人グループだ。
「幽霊の噂か。そんなもんいるはずが」
否定的な僕。間からやってくる化け物、間の者と戦う刀の一族である僕らは英雄の子孫である。僕らは白雪姫の一族でしなやかだが毒に弱い一族だ。
そんな僕らはまだ幽霊を見たことがない。