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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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キャンプファイヤー

「この前、ここが危なかっただろう」


「うん」


 むしろ当事者だ。


「赤雪姫としては中央第一に私を置き、領域を張ることで、向こうが重要だと思わせ、ここの神域を自動的に守る役割をしていた。だが」


 そう、その思惑はこの前、失敗した。


「南斗六星召喚陣のせいでここの存在が明らかになってしまったんだ」


 ここがすぐれたヒルメちゃんの霊場であることが前回の件で分かってしまった。


 内外に轟いてしまった。


 大陸の神がやってくる。鎖国しているイカルガにはあるまじき事態だった。


 誰か、カンの巻物を持ち込んだ奴がいる。それを間の者が持っていた。大方おおかた、ムジナが人に化けて持っていたのだろう。しかし、それを輸入した人間がいるはずだ。イカルガの出島は大騒ぎになった。今は検査、検査で大事おおごとになっているそうだ。


「それでここに転校か? 海美」


「イベントの終わった学校に転入。悲しすぎる」


「それは可愛そうだな」


「文化祭の前ならともかく後だぞ。後。私様に価値があろうか、あるはずもない」


「どうしてそんなに自分を卑下する?」


「ハムケツの研究を発表できない私様など、何の意味もない」


 ぶるぶる震える海美。ああ、禁断症状か。


 向こうの廊下から歩いてきた綱子ちゃんはぼーっとしたまま海美を指差した。


「見てください。皓人。変人です」


「見たぞ。君は他所の学校の子だろうが。綱子ちゃん」


「はい。そしてあなたは立派な変態です」


「変態じゃないぞ!」


「どうして?」


 綱子ちゃんは両目を覆った。


「どうしてあなたは変態じゃないのですか?」


「え?」


「おお、ロミオ。どうしてあなたはジュリエットではないのですか!」


「それは変態だ」


「このようにあなたは」


「違う、絶対違う。綱子ちゃん、大変だ。勅使河原君が見ている!」


「どこ、どこですか!」


 キャンプファイヤーに火に照らし出された綱子ちゃんは辺りを気にして去っていく。


 海美はため息を吐いた。


「相変わらずだな」


 海美は面白くなさそうな顔をした。


「皓人。私がお前を好きだと言ったらお前どうする?」


「え? それは寝耳にみそぎだな」


「政治家のスキャンダル行脚の禊か、私の言葉は。皓人!」


 海美は苦笑した。


「私様の水着をいつか皓人には見せてやりたいなあ」


 水着で禊か。


「もちろん首には長いネクタイだな、海美」


「ヘ・ン・タ・イ」


 海美は自身の頭の花輪に触れた。学校の街燈に照らされたピンクの唇をゆがめる。


「覚えているか、この花は」


「僕が昔お前にプレゼントした花だ。スイトピーをモチーフにしてある。長くないから美しくない」


 あの頃には長いことの美しさがわからなかったんだ。


 海美が僕に頭を下げた。


「ありがとう。それだけで勇気が出せるよ」


「どうしたんだ、何かあったのか」


 海美は糸で出来た鍵を取り出した。僕のワンダーランドを開く。


 このワンダーランドは僕の血族しか入れない領域だ。ここにはいると一般人には見えなくなる。僕らは周りを気にしながらワンダーランドの中に入る。幸い誰も見ていなかった。


 この領域はごろごろしてくつろげる僕の図書館で癒しの空間で、今まで僕が集めた間の者の情報であふれている。そして僕の司書と居候がのんびりしている場所でもある。


 その図書館で海美はいつものようにくつろいだ。


「皓人。実は赤雪姫の命令で、今度、殺生刀を封じることになった。多分もう会えない」


 嘘だろう。冗談はやめてくれ。


「そんな。転校してくるんだろう? こっちに。ずっと一緒にいれるんじゃないのか?」


 毎日会えるじゃないか。


「転校して一週間後に旅立つ。そうじゃないと前の学校の奴がうるさい。久しぶりにお前の顔が見たくなったんだ。一週間、よろしく頼むよ」


「海美」


「さっきの好きとか、あれは冗談だからな。私様はお前の家のハムスターと会えなくなると困るのだ」


「そうだと思ったよ」


 お前って奴は本当に昔から変わらない。

 海美はため息を吐いた。


「ずっと一緒だったんだよ。私様とあなたは」


「仕事なんだろ。時々は帰って来いよ」


「殺傷刀は人にとりつき大暴れする刀だ。誰かがうっかり抜かないように見張らなくてはならない」


「いつまでだ? 待っていてやるから。受験勉強は一緒にしよう。ぼくは綱子ちゃんに和算の論理を見てもらっている。三角の中にある四個の丸の中の右の丸の半径が三センチという問題が作れないんだ。どんな三角にしたらいいと思う? お前にも見てもらえるとはかどるよ」


 海美はなぜだろう。いつものようにニヒルに笑うと、ため息を吐いた。


「皓人、今までありがとう。これからもありがとう」


 僕は人の心が読めない人間だ。海美は笑顔になった。


「ははは。驚いたか。どうせ。すぐに帰って来てやるよ。あはははは」


 いつもの海美だ。


「明日から一週間覚悟しろ。皓人。女子中学パワーを見せつけてやる」


「女子中学パワー! 知りたいな、どんな力なんだ」


「私様の学校はお嬢様学校だ」


「なんと!」


「体育の前の着替えなんかがっかりするよ。みんな着替え方がおっさんだ。真夏は冷汗スプレー浴びまくりだ」 


「やめろ。聞きたくない……僕の夢を破壊するな」


 舞台の男役の様な姿の海美はピンクの唇をにやりとゆがめて笑った。


「お前に女子中学のすべてを仕込んでやる」


「お断りだ! 僕は長い世界にいたい! 共学の歴史は女子学校の歴史より長いはずだ!」


「寺子屋を数に入れるか。ふふふ、なかなか侮れん男だな、あなたは」


「お前こそな」


 僕らは肩を組んで学校から帰った。


「じゃ明日。また明日。そう言えば皓人。浮世絵の道具も手に入れたことだし、絵でも書くのか。佐伯画伯」


「書くとしたら川柳だ。【エウロパの 秋焼け思う さんま食べよう】」


「なら私様はキノコを食べよう! ヒラタケのお吸い物だ! くくく」


 海美はいつも冗談ばかりを言う。僕に本心を言わない。最も近くて遠い女の子。海美はそんな奴だ。

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