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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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赤雪姫

「これが赤雪姫……狂った白雪姫ですか」


 僕は綱子ちゃんの前に立った。


「やめろ、赤雪姫! 綱子ちゃんは綱子ちゃんだ!」


「満月狼は引っ込んでなさい。あなたなど意味はないわ。うちの一族と間の者が混じった混合体ですものね。遠心分離器で二つに分かれるのならば話は早いのですけど、そうもいきませんものねえ。面倒ですわ。ふう。そうですね。綱子ちゃん、綱出に会わせてもらえるわよね。会わせてくださらないのかしら? 会わせてくれないならこの狼を……八つ裂きに」


「綱子ちゃんに八つ裂きにされた方がまだましだ!」


「皓人、私は八つ裂きの専門ではありません。きっと上手ではありません」


「何の専門だ。前向きに」


「クリスマスチキンを八つ裂きにするのが得意です!」


「それは家庭的だな」


 赤雪姫はふわりと近づくと綱子ちゃんの額に触れようとした。


「赤雪!」


「姫をつけなさい、この痴れ者が!」


 僕は気合だけで三メートル吹っ飛ばされてごろごろ転がった。


「皓人!」


 綱子ちゃんは走って僕を受け止める。


 周りが色めき立つ。


「佐伯、この前の劇のつづきか! その美人はどうした、佐伯」


 勅使河原君が楽しそうにカメラを構えた。


「あら、わたくしカメラは嫌ですのよ」


 赤雪姫が歩くたびに周りの人たちの蒸気携帯や、カメラが吹き飛んでいく。触れてもいないのに機械が弾け跳ぶ。


「皓人。わたくしに逆らってもいいことなどありませんわよ」


 赤雪姫は僕の胸元に手を置いた。


「わたくしが生かしてやっていることをお忘れなく。綱子ちゃん、また会いましょう。わたくし今度こそ、綱出に会いたいわ。おほほほほ。覚えておいてね」


 赤雪姫は去ってく。


 僕は目を閉じた。心臓が泣いている。哀しくて?

 それとも……狂おしくて?


 赤雪姫は狂っている。僕は興味が持てない。でも綱子ちゃんを奪うというのなら、僕は許せない。彼女まで渡さない。お前にくれてやる気はない。赤雪姫、僕はお前を許さない。

 綱子ちゃんは絶対に僕が守る。二度となくさない。


 赤雪姫は立ち止った。ドレスの裾を広げる。


「海美。いるんでしょう。今度、皓人が逆らったら、お前を酷い目に遭わせるから。どんな目に遭いたいかしら。海美。うふふふふふぅぅ。それではごきげんよう」


 赤いドレスは去っていく。いつの間にか海美が隣に来ていた。


「皓人、赤雪姫に逆らわない方がいいぞ。赤雪姫の力は莫大だ。お前では勝てない。私でも勝てない。一度お前に助力したことがあったが、あれは失敗だった。私様たちの失敗だった」


「それくらいわかっているよ」


 わかっているつもりだ。わかっている。

 僕ではどうにもできないことぐらい。わかっている。


 綱子ちゃんは僕の隣で小さく震えていた。


「あれはなんですか、皓人」


「あれがリフレインだ。本物の」


「紳一郎や、アナスタシアとは違います」


「あの二人は英雄と綱引きをして心が保てているタイプだ。元の人格と英雄の人格がいい感じで混じっている。真里菜ちゃんは元の人格のままだ」


「赤雪姫は」


「英雄の独り勝ちだ。元の人格は残らなかった」


「何がそんなに彼女を追い詰めたのですか?」


「さあ、なんだろうね」


 そんなことわかりきっている僕はため息を吐いた。

 あんな約束をしなければ僕らは今でもここで手を繋いでいたかもしれないのに。


 なのに。


 海美は綱子ちゃんを連れて行った。


「大丈夫か? 梔子綱子」


「うん、平気」


 僕は脱力してその場に膝を突いた。赤雪姫は恐ろしい。今でも震えが走る。あの時のことを思うと。

 海美と一緒に共闘した時のことを思うと、今でも胸が寒くなるのだ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 そんなこんなで長かった文化祭も無事終わりを告げた。


 何もかもがようやく終わった学園の端で僕らはうずくまった。みんなキャンプファイヤーで盛り上がっている。文化祭で作った旗を燃やすのだ。灰が天高く舞い上がればその部活は安泰というジンクスつきだ。校庭の隅で綱子ちゃんは深刻な顔をしていた。


「実は皓人。私の刀、無形むけいの分剣、黒鋼くろはがねの事でお話があります」


 何の話だろう。


「私の持っている黒鋼は鬼が切れる刀です。が、一般の間の者にはあまり特別な強い効果はないの」


「なんだって!」


 ならこの前の戦いは……黒鋼の威力に頼って戦った真っ暗狼とのあの戦いはなんだったのか。僕は効果のない武器を信じて戦ったのか。


「ところがです。強い相手の時だけ、黒鋼は解放されて本当の威力を発揮するのです、紙一重なのです」


 なんだって!

 ムジナに一撃で倒されていればそれでおしまいだったということじゃないか。前向きに。


 そして実力が拮抗していたら勝てなかった。


「勝てない可能性もあったってことか」


「私は急所を仕留めるからどんな間の者も一撃です。簡単です。黒鋼でも十分戦えます。でも茨城童子と戦うのはどうしても、無形でなくてはならなかった。無形は主を守る刀です」


 相変わらずぼーっとした綱子ちゃん。


「それで」


「ですから、私は今からあなたの急所も仕留めたいと思います」


「怖い」


「行きます。えい。着物から黒のニーソックス」


 綱子ちゃんは着物の割れ目から上品に足を出した。


「何をする気だ!」


 僕はのけぞった。


「ほら、もう仕留めました。あなたなど、簡単です」


「何てことだ。君って奴は僕を弄ぶつもりか。長い靴下なんぞ穿きおって!」


 良いじゃないか!


 遠くから海美が歩いてくる。浮かない顔をしている。


「どうした、海美」


「皓人。実はお前の学校に明日から転校することになった」


「なんで?」


 どうしてだろう。


「どうしたも、こうしたも。赤雪姫の命令だ。あいつめ」


「赤雪姫の?」


 思わず身を緊張させる。

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