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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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再会

 文化祭、四日目。アナスタシアさんは僕に言った。


「そろそろ帰るよ。いろいろありがとう」


 アナスタシアさんは相変わらず、クレープを頬張っている。


 皓人、皓人と、この数日間とてもかわいがってもらった。

 奢ってもらったし、食べさせてもらったし、長い髪に触らせてもらったりした。


 外人と出会うなんて珍しい経験だ。この鎖国中のイカルガでは。


 僕はなんて幸福なんだ。季節が季節なら周りに蝶が飛んでいてもおかしくないくらいだ。


「そろそろ、泳いで帰らなきゃいけないんだよ~。うふふ」


「何ゆえに?」


 はっきり言って、とても寂しい。


「うん。クルミ割り人形としての仕事があるからだよ」


「ネズミ退治か?」


「そう言うことだね。ペスト兵器と戦わなきゃエウロパは全滅だよ~」


 僕は決心した。


「誰とも別れたくない。結婚を前提に付き合ってください」


「喜んで」


 綱子ちゃんは遠くから走ってくると僕の懐にせんべいを埋めた。ぐはっ。


「許しません」


「なぜにせんべい」


「私の硬い意志の現れです」


「しかし、付き合ってみないとこればっかりはわからないし。僕はノリの良い人格だ」


「皓人様はそんな方ではありませんでした」


「え?」


「皓人様はたった一人を愛する方です!」


「ああ、うん。それで」


「皓人様、今すぐたった一人を選びなさい! 選ばないと明日からとても長い箸でご飯を食べることになるでしょう」


「それはどういった罰になるんだ」


「自分では自分のご飯を食べられません」


「前向きに最悪だー」


「大丈夫です。私が食べさせます」


「それはそれで前向きにどうかと思うよ」


 綱子ちゃんは拳を握りしめた。


「つまり私が言いたいのは皓人。一人を選びなさい!」


 写楽親父に言葉を思い出す。


「そのためにまず全員と付き合ってみようと思うんだけど」


「皓人は八つ裂きにされたいのですか?」


 綱子ちゃんの視線が冷たい。


「嫌だよ!」


 アナスタシアさんは笑った。


「皓人も綱子ちゃんも可愛いね。二人とも大好きだ~!!」


「アナスタシアも私のエネミーですか。油断させるつもりですか!」


 アナスタシアさんに抱きしめられて綱子ちゃんは動揺している。


「君たちがコロコロしているのを見ると眼福だよ。あと八年早く生まれたかったな。もちろん今の関係にも満足はしているよ」


 アナスタシアさんは次に僕を抱きしめた。


「あなた何歳ですか。アナスタシア」


 綱子ちゃんはぼーっとしたままで尋ねた。


「私はまだ二十三歳だよ。綱子ちゃん」


 僕は絶句する。


「真里菜ちゃんのお母さんをあの子なんて呼ぶからもっとマダムかと思っていました!」


「私とて、日本語は真里菜の母親に習っただけだからね。あの子は私の事をあの子って言うんだもん。訳し方がわからなかったんだよ。日本語は難しいんだもの。ピンチの時はまた呼んでよ。みんな、愛している」


 大きな愛だ。彼女の愛は。真里菜ちゃんのお母さんは若い彼女の未来を守った。


 アナスタシアさんはきっといろんな人に大きな愛を与えていく。


「大好きだよ。皓人。綱子ちゃん。さようなら」


 アナスタシアさんは僕を抱きしめてほほ笑んだ。


「また会えるんだろうな。アナスタシア。僕に会わないとお前を許さない」


「クルミ人形の名に懸けて、再会を約束するよ。本当に好きだよ。壊れた君」


 アナスタシアさんは僕の頬に口づけた。豊かな髪がふわふわと揺れた。良い香りがする。

 綱子ちゃんが泣いていた。


「皓人。私、私、心が狭いでしょうか? 焼きもちが焼けます」


「狭くないよ」


「皓人が他の人と顔を合わせるだけで、私、悲しい気持ちになるの」


「君はもっと自分に自信を持ってくれ。いいね、お願いだ。頼むよ」


「はい」


「君は素敵な人だよ」


「はい」


「俯かないでくれ。頼むから」


 僕はそれだけを言うと微笑んだ。


「綱子ちゃん、真里菜ちゃんと喫茶店に行こう。一緒にお茶を飲もう」


「三本のストローで一つのお茶を奪い合うバトルロワイヤル。もちろん最後は真里菜とサドンデス」


「そんなスリリングな喫茶店嫌だよ!」


「好きなくせに」


「好きだよ!」


 綱子ちゃんはぼーっとしたまま、去っていく。

 僕は立ち止った。思わず顔の色を無くす僕。目の前に赤いドレスの人が現れていた。


 狂った眼をした女がこっちに歩いてくる。

 会いたくなかった。二度と。そう、二度と。


「ごきげんよう。皓人。お久しぶりね。上手くわたくしから逃げ出したつもりでしょうけど、あなたは私に掌の上で踊っていたにすぎませんわ」


 高慢ちきで凍りついた声。この声は。

 どうしよう。喉がカラカラだ。こんなところで会うつもりなんてなかったのに。


「あそこにいるのは渡辺わたなべ綱出つなでさんかしら、うふふ」


 赤雪姫はアーモンド形の目をゆがめた。綱子ちゃんをじっと見つめる。


「あら、あの方、梔子綱子くちなしつなこさんとおっしゃるの? 英雄ではなく人の方でしたか。それは、それは、わたくしったら本当に気が利きませんのよ。人の人格を葬れば、英雄が浮かび上がってくるのでしょうか。渡辺綱出さん、久しぶりに会いたいわ。お話しさせてくれるかしら。綱子さんには今すぐ眠っていただきたいわ。うふふ」


 綱子ちゃんは色い顔で振り返り、息をのんで後退した。物おじしない綱子ちゃんが赤雪姫に威圧されている。

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