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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第三章 旧校舎ときつねの物語
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親父

 西洲斎写楽。浮世の絵描き。僕の双子の妹たちの父親である。

とてつもなくおやじ臭い人で、僕の本当の父親とは正反対である。


僕の本当の父親はあちこちを放浪して六年前に死んでしまったそうだ。

頼光さんのようなたおやかで線の細かった人らしい。


懲りた母親は似ても似つかぬ人を連れてきた。

頑丈で骨ばっていて背も高く侍のようなその男を。


とても頼りになるその男を。


「ただいま。写楽おじさん」


「写楽じゃない。俺はおじさん!」


「世界中におじさんは五万といるぞ!」


「なんだって! そいつは知らなかった!」


 写楽親父はゲラゲラ笑った。


「ダメか? 皓人。俺はたくさんの名を持つ男。一つに縛られないのさ」


「それじゃダメなんだよ。だから貯金が下りないんだ」


 恐ろしい男だ。大らかで懐が深くて、陽気で暢気と来ている。


「そうは言ってもお前、そんなにカリカリしてちゃいけねえや。小魚食べろ」


「カリカリしたつもりはない」


「しているだろう」


 親父が帰ってきた日は奇しくも僕の誕生日。

 綱子ちゃんと真里菜ちゃんとアナスタシアさんにもみくちゃにされた日だった。


「どうして今更、帰ってきたんだよ」


 僕らを置いてふらりと旅に出た男。腹が立たないかと言われるとなんだかもやもやする。


 妹たちは寂しがっているし。頼りたい時にいつもいない。反発をしたこともあったがこの人相手では分が悪すぎた。


「いやあ、だって、今日はお前の誕生日じゃねえか。それでお土産を買ってきた」


「お土産?」


「浮世絵の道具だ」


「浮世絵?」


「そう。これを俺だと思って大切にしなぁ」


「気持ち悪い」


 そんな感想しか漏れない。


「気持ち好いだろうが。そこまで愛されているんだぞ。お前は。喜べよ」


「それはそれで大問題」


 困った親父だ。


「なんだよお。うちの娘たちが可愛くないのか! 可愛いだろうが、俺の遺伝子を受け継いでいるんだぞ。俺のDNAを受け継いでいるんだぞ。可愛くないわけがない」


「顔が似なくてよかったな」


「本当によかったぜ。危ないところだったぜ。あいつら可愛いだろう? 癒されるだろう?」


「うん。可愛いけど」


「なら許す。それが人生ってもんだ。俺の顔は厳ついがお前の言動を許す。寛大だな。寛大!」


「親父。許すのかよ」


 なんだかよくわからない男だ。親父は。


「お前の本当の親父になりたいんだよ。相談があるんだろう」


 実は。


「三人の女性から好意を寄せられて困っている。そんな時、親父ならどうする」


 僕はごくりと息をのんだ。前向きに大問題だ。どう身を振っていいのかわからない。


 僕の気持ちが絵具で塗り固められたようにわからなくなってしまった。

 助けてくれ!


「全員とまんべんなく楽しく付き合え。それで一番好きになった奴と結婚しろ!」


「ありがとう、親父」


 なんて簡単な答えだったんだ。


「おう、息子よ。それじゃあ旅に行ってくる!!」


「行ってらっしゃい、親父」


 親父は颯爽と出ていく。なんだよ。送り出してから気がついた。


「親父。娘に会って行け。馬鹿親父」


「娘たちとは蕎麦屋で一緒にうどんを食べてきたよ。当然だろ! 家族サービス満載なんだよ。良いか,

皓人。うちの娘たちを絶対守れよ。いいな」


「当たり前だ。親父、僕を誰だと思っている」


「皓人様だろう? 留守は頼むぜ。三人の女性にヨロシクな。誰を連れてきても許すぜ! 俺は寛大なんだ!」


 親父を送り出して僕はなんだか嬉しくなった。


「まんべんなく付き合うか。悩みが晴れたぞ」


 僕は前向きに親父の買ってきた浮世絵書きの道具を懐におさめたのだった。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 次の日、僕と海美は再び生田中学の文化祭を歩いた。人はかなり減っている。大量脱力事件があったからだ。海美はその調査にやってきたらしい。


 こういった事件のアフターケアーはたいてい横志摩家の仕事だ。神様の顕現けんげんに皆エネルギーを取られたものの、命に別状はない。よかった。


 ヒルメちゃんは怒っているだろうな。折角みんなにあがめられる絶好の機会が。


 僕らの神様、稚日女尊ワカヒルメのミコトは強い神様だ。天照大御神アマテラスオオミカミの妹で強力な機織りドジっ子神様だ。しかし、知られることが少なくなれば彼女も消えてしまう危うい存在なのだ。それを守るのが僕ら領域師の務めだ。


「海美はうちの親父が何をやっているか知らないのか?」


「知っている。知っているが皓人には話せない」


「なんだよ、教えろよ」


 僕の家は僕に情報を落とさない。海美は僕の母方の従妹だ。浮世絵師、西洲斎写楽。親父とはまるで関係がないのに横志摩家は親父を重要視しているようだ。


「あの人は天才なんだよ。間封じの」


「間封じ」


「間の者が出てくる前に間の物を封じる仕事だ。倒すだけが私様たちの仕事ではないということだ」


「親父はそんなにすごいのか?」


「今は殺生刀せっしょうとうを封じてもらっている」


「殺生刀? 流星の欠片か?」


「ちょっと違う」


 海美は両腕を組んだ。


「彗星の欠片だ。彗星は狐の尾を持つ間の者だ。狐は宇宙からくる間の者だ」


「狐か。倒せないのか」


「刀を薬石にはできないんだ。最初から石の刀なんだからな。変化させられない。倒せない。復活すれば倒せるが、復活した時の被害は甚大だ。多くの人間が倒れるだろう」


 海美は僕を振り返った。


「今回、殺生刀が動き出そうとしている。最悪お前の力も借りることになる。生気を吸い取る刀だ」


「海美。赤雪姫は」


「この街から離れている。会いたくても会えないだろうな」


「会いたくないよ」


「そうは行かない。赤雪姫は殺生刀を封じるために動いている。お前は会わなきゃいけないんだ。今度こそ」


 赤雪姫は壊れている。僕は二度と会いたくなどないのだ。

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