赤い雪が降る頃
君のことを考えると胸が軋む。昔、君に助けられた。
彼女を助けることはあの時の僕には無理だったから。
救われた。
今の僕に何ができるのか。
わからないなりに僕は走ろうと思う。今年も冬がやってくる。
暖かい冬が。そして赤い雪が降るのだ。
君の為に走ろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
鎖国をしていて、世界大戦が起きなかったイカルガの話。
僕等は領域師。心の葛篭を使い、土地神に仕え、瘴気を出す間の者を狩り、倒して薬石に変える一族だ。
文化祭三日目。海美がこの学校にやってきた。違う学校の制服は燃える。ブレザーに長いネクタイ最高だ! お前のところの制服は良い!
おしゃれで頭に花かんむりなんかつけているがそれはこの際、どうでもいい。
「何を見ている、変態」
「誰が変態だ」
「お前が変態だ、皓人」
「何しに来たんだよ、従妹」
「いろいろあったんでね。調査だ。当然の話だが。大量脱力事件を調べに来た」
「調査ね」
僕と海美は生田中学の廊下を歩く。なんだ、海美。変な顔をして僕の顔を眺めて。
海美はついにこらえきれなくなったのか肩を揺らし、大声で笑った。
「お前、馬鹿じゃないの、皓人。その頬」
そう。この両頬は問題だ。大問題だ。現在、わけあって真っ赤に腫れ上がっている。
僕の持つ満月狼の力、すべての攻撃をはじく硬化の力を使う暇もなかった。あの攻撃の前では。
「捕まえました、皓人」
そう。綱子ちゃんのあの攻撃の前では。
「これは綱子ちゃんにはさまれた」
正確にはキスされそうになった。綱子ちゃんは昨日の片付けの後、両手をぐりぐりさせて僕の頬を両手
で挟み、僕を壁に押し付けて囁いた。
「大変です。リップを塗ってくるのを忘れました」
「え?」
「あきらめてください」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇ」
僕の気持ちのボルテージはどう下げたらいいんだろう。
綱子ちゃんはこの前の真里菜ちゃんに対抗しようと画策して、いろいろ失敗したらしい。
「真里菜のプルプル唇に勝つためには最高級ハチミツリップが必要です。しかしそれを買う経済力が私には!」
「え、え、綱子ちゃん?」
「経済力が私には……ううううううぅぅぅ」
泣きながら走って逃げていく綱子ちゃん。叫ぶ僕。
「待て! カサカサでもいい。カサカサでもいいから!」
「いやああぁぁぁぁあぁぁぁ。変態!」
「というわけなんだ」
「やっぱり変態か」
毒つく従妹。
「海美。お前って奴は前向きに最悪だよ」
「私様は最高である! 最悪なのはお前だよ、皓人」
僕は全身を震わせた。
「お前、僕の家のハムスターを五百円ハゲにしたくせに。ハムスターの五百円は貴重だぞ!」
十円よりも五百円。なんて広範囲。
「それはそれ、これはこれだ。私様には関係ない」
「お前しかいないだろうが。お前しかいなかったろうが。二回言うぞ」
「何のことだ。記憶がよみがえってきたぞ。あれは良い経験だった」
「興奮するな!」
「いろんなドレスを着せたんだ」
「ハムにストレス貯めさせんな」
微笑む海美。
「ともかく。ハムのことは私様の所為ではない。全部、皓人が悪い」
「なんでだよ」
「お前、真里菜と旅行に行ったじゃないか」
「行った」
「お前の妹たちが寂しがったじゃないか」
「寂しがった」
「そこで私様はお前の家のハムとスキンシップを」
「オカシイだろうが、どう考えてもオカシイだろうが。妹たちとスキンシップしろ」
「そうだろうか」
「そうなんだよ」
ため息を吐く僕。
「海美。お前、何を考えているんだ?」
「ハムケツだ」
僕はさらにため息を吐く。
「いい年した女の子がハムケツの事ばかり考えているのは感心しないぞ」
海美はのけぞった。
「皓人。最近、頼光さんに影響を受けているとは思っていたが今日は親父臭さを感じる!」
「あの人は全く親父臭くない」
「じゃあ、どこの親父を受け継いできた! いえ、言うんだ! 言わないならお前のハムにかつらをかぶせるぞ」
「せめてマフラーにしてくれ!」
そんなこと言われてもどこの親父って一人しかいない。
「うちの親父だよ」
「うちの親父って。あの双子の父親、現在放浪中の?」
「そう。西洲斎写楽その人だよ」
僕は長いため息を吐いた。




