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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第二章 うそつき人形と真っ暗オオカミ
31/141

夢と現(うつつ)

「仲間になってくれよ、兄弟。強い力を授けるよ。そうしたら、お前の苦手な赤雪姫だってどうにかできるかもしれないぜ」


「断る」

 

 だけど。だけど。


「どうして赤雪姫の話を?」


「美弥は何でもお見通しだ。美弥は夢を支配するんだよお」


「なるほど。だけどな、なんでもお前の思い通りになると思うなよ! ムジナ!」


 僕は暴れた。ムジナは動じない。暴れた僕の足にスーツケースが当たった。スーツケースは派手な音を立てて倒れる。


 ムジナの顔色が変わった。


「美弥!」


 スーツケースの中から影が現れた。亡者の影。何も色を成さない闇色の影。


 亡者の影は蛇の形をしていた。ああ。僕では倒せない。真っ暗狼、ムジナは叫んだ。


「今から北斗星君を呼ぶ。この学園に北斗七星を描いた」


 屋上から見下ろした学校には一般人には見えない大きな杭が深々と刺さっていた。

十メートルもある大きな杭が。


 いつの間に。


 さっきまでは見えなかった。ムジナは両手を広げて拳に力を込めた。

 罠を開くと同時にムジナが解禁したのだ。この学校に術をかけるために。


「何てことだ」


「この学校を生け贄に北斗星君を召喚する!」


「みんなを生け贄にして北斗星君を!」


「そうだ。この学校と引き換えに死を超越した存在として美弥を完全復活させる」


 みんなを殺してその犠牲の上に復活させる。


「毒姫を!」


「そうだ。美弥はみんなに毒を飲ませて楽しい夢を見せていたんだ。現実が苦しい人たちを夢にいざない、良い夢を見せて楽しい気持ちにさせてやっていた。それを赤い靴が台無しにした。赤い靴は強すぎる。赤い靴を倒すにはお前の力がいる。お前が連れているあの娘は赤い靴の匂いがする。どうしてあんな姿になったかわからないが、俺と同じ力があるのなら、油断ならん。殺す!」


 ムジナは勘違いをしている。どうしょうもない勘違いを。


「真里菜ちゃんは関係ない」


「関係ないはずがあるか。赤い靴の匂いのするものはみんな消す」


 そんなことさせるものか。


「消させてたまるか。真里菜ちゃんは僕が守る。お前も毒姫も僕が倒す。この命に代えても」


 ムジナはせせら笑った。


「良いのか? 美弥を石にしたら、お前、夢が見られなくなるぜ」


「何の話だ?」


 ムジナは下卑た笑いを浮かべた。


「美弥が復活したらお前にいい夢を見させてやるよ。ハーレムの夢なんてどうだ?」


 ははは。なんだ。そんなものか。


「そんなもの妄想で毎日見ているぞ! 僕はいつだって長い服を着た女子にモテモテだ!」


「変態!」


 間の者にののしられる僕って一体。


 僕は黒鋼を構えた。ここなら心置きなく振るえる。僕は息を止めて走る。


 ムジナは口を耳まで裂いた。げはげはと笑い声をあげる。


「お前、女に会いたくないか? 好きな女に」


 僕は思わず息を大きく吸い込んだ。会いたい人なら一人いる。


 元の質量を取り戻した黒鋼が暴れる。


 次の瞬間、呼吸が狂うくらいの衝撃波が来て、何もわからなくなった。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「皓人。皓人。何をやっているっスか?」


 僕は目を見開いた。屋上に空美がいる。いつの屋上だ。二年前の屋上か?


 そんな馬鹿な。嘘だ。


「空美」


「何をやっているっスか?」


 空美はツインテールをなびかせた。


「さあ、今から間の物を倒しに行くッス!」


 僕は呆然とした。真っ暗狼がいない。美弥も。


「空美。真っ暗狼は!」


「狼って何っスか? 満月狼の事っスか?」


 ああそうか。夢を見ていたのか。悪い夢を。


「早く。早く。皓人、こっちに来るっス!」


 そうは言っても。


 全身が痛いんだ。苦しい。


「手を貸すっスよ」


「ああ、ありがとう」


「私と皓人の仲じゃないスか」


 なぜだろう。一瞬、空美の目がからの洞穴のように見えた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 私、中務真里菜はゆっくりと目を覚ましましたっ。


「ここはっ」


 アナスタシアさんが私の顔をのぞきこんでいますっ。


「おはようございますではありませんよねっ」


 そうでしたっ。ここは学園でしたっ。文化祭の途中。お昼ですっ。


「うん。まあそうだねえ。あはは。みたらし団子食べる?」


 アナスタシアさんはいつも陽気で愉快なのですっ。


「ああ、どうして私は意識が飛んで?」


 とても楽しかったのにどうして私はここに寝ているんでしょう?


 なぜでしょう。胸が焼けるように痛いのです。悲しいのです。


「何か感知した? 大丈夫? 泣かないで!」


 この世界で感知系の人間はあまりいません。それゆえ、感知系は重宝されます。


 だから父はいつも私を荒事から遠ざけます。幸せに暮らしなさいと。


「別に平気ですよっ。私は元気ですっ」


 私は立ち上がって呆然とした。あれ、おかしいですっ。


「先輩がいません」


「トイレにでも行ったんだろう?」


 いいえ。


「先輩の存在がこの世から消えました。何てことでしょう。先輩の領域、ワンダーランドを張ったのでしょうかっ?」


 私は戦闘の素人でよくわかりません。


 アナスタシアさんの顔色が急に変わりましたっ。


「なんだって? 戦闘中に領域……あいつの領域は戦闘向きじゃない」


 アナスタシアさんは口ごもる。


「何が起こっているんですかっ?」


 胸は不安でいっぱいですっ。先輩と私はいつも仲良しで穏やかに時を過ごしてきましたっ。それは時々

大変なこともありましたが、いつも先輩が解決してくれましたっ。


 でも今日はその温かさが感じられないのですっ。


「アナスタシアさん。先輩に何かあったのですか? もしかして北斗七星が」


 北斗七星が降ってくる。


 ガンと音がして、辺りを大きな杭が取り囲んでいるのが見えました。


「アナスタシアさん、あの杭は……」


「うん。困ったことになっちゃったよ。閉じ込められちゃったね。あはは。この学園を囲う大きな領域

に。まさか敵がこんな大きなものを張れるだなんてね。意外だったな」


「閉じ込められたってっ」


 私は目を閉じますっ。これは。


「真っ暗狼の領域がこの学校全体を覆っていますっ」


「佐伯君に問題解決を頼んでいたんだけど、これは私が動かないといけないかもね」


 みたらし団子を頬張るアナスタシアさん。


「先輩に全てを任せたんですか?」


「うん。そうだけどこの領域のびるなあ。壊れないなあ。ぐんぐん伸びる」


「敵は真っ暗狼だけではありません」


 私の言葉にアナスタシアさんは頭を掻く指を止めた。


「違うの?」


 まずいなとアナスタシアさんは呟きましたっ。


「敵は二人ですっ。真っ暗狼と、大ウミヘビが相手ですっ」


 靴音がして誰かが近づいてきます。この足音は。


「それは問題ダナ。想定の範囲内だが、最悪の事態ダナ」


 そこにはコートの襟を押さえて父が立っていました。


 厳しい顔で。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 父や先輩たちは領域の力を使い、人を守ります。そこを自分の陣地の属性に変えて、現象を起こしますっ。


 たとえば先輩のワンダーランドは先輩が作った領域の中に先輩の図書館を出現させる、そんな領域ですっ。先輩の領域が壊れれば先輩はダメージを受けますっ。


 反対に敵が張った領域の中だと、領域師たちはいつもの半分の力しかだせないのですっ。


「だるいね。こりゃ」


 アナスタシアさんが首を振りますっ。


「大ウミヘビの影がついていたとは。大ウミヘビが復活しかけているんダナ。どこかで術式をやってきた

んだ」


「そう言えば南の方で謎の大量脱力事件があったって言っていましたっ。先輩が」


「南斗星君だ。誰かが南斗星君を呼んだんダナ」


「生をつかさどる南斗星君ですかっ」


 息をのむ。


「それで美弥が亡者として復活して……今度は北斗星君を呼びだそうとしているっ」


「カンの大陸の神は実在した英雄が神になるパターンが多い。彼らは莫大な力を持つが星の神様はただの信仰では生存できない。仕方なくムジナに手を貸したんだよ。南斗星君はきっと」


 アナスタシアさんは両手を打つ。


「南斗星君は穏やで優しい方と聞きます。ですが北斗星君は」


「自分の正義を貫く強情な方と聞くんダナ」


 私は目を見開いた。


「真っ暗狼と北斗星君はぶつかりますっ。正面衝突ですっ!」


 暗い校舎が見える。学校中の人が倒れて動かない校舎で戦う真っ暗狼と北斗星君。あまりにも悲しい死の世界。そこに私たちも先輩もいない……。いるのは真っ暗狼と亡者と北斗星君だけ。


 それではあまりにも。


 あまりにも……。


「なんのために先輩はいままで戦ってきたんですか……苦しい思いをしてまで……こんな結末で終わるんですか……私たちの戦いは」


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 僕は、佐伯皓人は屋上を走っている。

 空美と走っている。


 何かを忘れている。でも忘れたままでもいいやと思う。

 楽しいから。


 舌先がしびれている。僕はどこかで毒をもらったのだろうか。

 僕の一族は毒に弱い。白雪姫の一族だ。


 おかしいな。僕は空美といるのにどこで毒をもらったんだろう。


 そんなこともどうでもいい。

 このまま……。もう少しこのままで。空美の手を握る。


 ぬるっとした感触がする。とても冷たいその指はまるで死者の指のようだった。


「あなたに狼の力を注ぐッス」


 空美の目が沼色に輝いた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 文化祭は盛り上がっています。明日は先輩の誕生日です。

 勅使河原君が面白おかしく映画研究会の無声映画の前で説明する人、弁士をしています。


 ここは川柳部と蒸気研究会の部室の前。父は私の前に跪きました。


「真里菜。言ってごらん。私たちは君の指示通りに動く心積りがあるんダナ」


 父は今まで私の方に向いてくれなかった。私を遠ざけてきた。それが。


「お願いだ。今こそ真里菜の力が必要なんダナ」


 父は私の頭を優しく撫でた。私は悲しくて震えていた。


 勇気が必要だった。負けない勇気。強い気持ち。


 今動かないと何もかもダメになりますっ。


「お父さん。あの杭を破壊できますかっ?」


 十メートル以上ある杭。あんな大きな物を私は壊せと言っている。


「一本だけなら可能なんダナ」


「アナスタシアさんは……」


「紳一郎の補助だよね。良いよ」


 アナスタシアさんは私の方を振り返った。


「真里菜ちゃん、一人で大丈夫?」


「平気ですっ。先輩がいますから」


 私は駆け出した。間に合えと念じながら。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 佐伯皓人である僕は身を固めた。


 空美の目が鬼のようだった。その舌は滑らかに歌を歌った。


「この瓶の中身を飲み干して。お願いよ、皓人」


 何となく感じ始めている。ここは幻の世界。幻想の世界。


「お前、空美じゃないな」


「そんなことあなたにはどうだっていいでしょう。あなたはどうでもいいと思っている。あなたは自分な

んてどうでもいいの。なら私たちの役に立ってよ」


「ムジナは壊れているのか?」


「壊れているわ」


「どうして壊れた」


「狼に化けた時から。狼に憧れ始めた時から壊れていった」


「間の者は狂っている」


「そうよ。でも私、元は神の使いだったのよ」


「神の使いがどうして」


「神に三下り半を突き付けられたのよ」


「恨んでいるのか?」


「恨んでいるわね。稚日女尊の使いたち」


「だからここのエネルギーを使うのか?」


 霊的エネルギーを使い、ヒルメちゃんを枯渇させる。そして、死を知らない体を手に入れる。全ての英

雄が天に願ったように。


「そうよ。あなたも私たちと来るのよ。それが神への最大の復讐になるわ」


 僕はしばらくぼーっとした。

 気がつくと空美が隣にやって来ていた。


「空美」


「いい天気っスね。皓人。こんなところにいたっスか」


「ああ、いたよ」


 空美のひざまくらが心地よい。

 空が青く何も考えられない。空美が瓶を傾けた。瓶の中の黒い液体が僕の口に流れ落ちる。


 何も考えず口を開ける。液体が口に落ちる。その寸前で白い手がそれを受け止めていた。


「間に合いましたね。先輩」


 そこには息を切らした真里菜ちゃんが立っていた。首に幾重にも巻いた長い数珠に手をかけて。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「真里菜ちゃん」


 どうして真里菜ちゃんがここにいるのだろう。空美がいたのは二年前だ。

 いいや。いない。空美はもういない。いないんだ。


 僕は後悔しているのか。あの時、引き止めなかったことを。


「先輩、しっかりしてくださいっ。毒に振り回されていますよ。それは亡者ですっ。生者ではありません」


 空美の影はゆらいだ。空美じゃない。ウミヘビだ。ウミヘビの影はゆらいだ。おぼろげだ。


 ムジナが低くうなった。僕らに牙をむく。


「覚めたのか。美弥の毒から。そんな馬鹿な」


 真里菜ちゃんは僕の傍らに立つ。


「美弥は復活したんじゃなかったのか?」


 僕は頭を振った。聡明な真里菜ちゃんは僕の疑問に答えた。


「南斗星君は南に顕現し、結局ムジナの願いを叶えなかったんですっ」


「叶えなかった?」


 神は間の物を駆逐する存在だ。


「はい。ですから美弥は中途半端な存在になったんですっ。ですからムジナはパートナーを安定させたがっていますっ。ここで」


 この街で。


「南斗星君でダメだったから次は北斗星君か!」


 あれがダメならこれの論理か。


「北斗星君は厳しい性格をしていますっ。きっと彼らの願いを叶えません。その結果、この生田の街は廃墟と化しますっ」


 廃墟。この生田が廃墟と化す。


「それは君の託宣か?」


「はい」


 だとしたら。この街の未来は破滅しかない。ヒルメちゃんは力を失う。僕らの敗北だ。

 僕は右手に黒鋼、左手に小刀を構えた。


 真里菜ちゃんはブレザーの制服を取り払い、数珠を外した。

 僕は咳払いした。


「真里菜ちゃん。そんなことをしたら君のチャームポイントが無くなってしまうじゃないか!」


「冗談でも怒りますよっ、先輩」


 強く指を握る真里菜ちゃん。


「僕はいつだって本気だ!」


「そうでしたっ!」


 本気すぎる。深刻な僕だった。


「真里菜ちゃん、赤い靴を使うのか?」


「はい」


「駄目だ。乗っ取られる」


 英雄に乗っ取られる。紳一郎さんぐらいのレベルにならない限り。心の弱い君では。


「ですから、今日は先輩にも暴れてもらいますっ。だって、明日は先輩の誕生日じゃないですかっ」


「前向きにそうだけど」


「私、一緒に祝いたいんですっ」


 僕はどうでもいい存在だ。綱子ちゃんは僕の誕生日を気にしない。


 文化祭二日目が僕の誕生日だとこの前言ったら、皓人は私の誕生日を祝いませんでしたと怒られた。あれは完全に死んだ魚の目をしていた。何もしてくれなさそうな気がする。


「先輩。動けますかっ?」


「体中がしびれている」


「でも動けないわけじゃないですよねっ」


「もう動きたくないよ」


「毒の影響ですか?」


「そうだね」


 心のやる気を全部持って行かれた。もう体が動かない。苦しい。体中が筋肉痛だ。


「動いてくださいっ。お願いしますっ」


「君はいつも一生懸命だね、真里菜ちゃん」


「先輩が一生懸命だったからですよ。この生田の街を守ろうと頑張ってきたからです。ヒルメ様を守ろう

と必死になるあなたをずっと見てきました。だから私はこんな時でも戦えます」


 真里菜ちゃんの白い足をリボンのついた赤いロングブーツがつつむ。

 真里菜ちゃんがかかとを鳴らすとその足から火花が飛び散る。

 ライターの着火のように勢いよく炎の柱が立ち上った。


「そうはさせるか。今から北斗星君を召喚する!」


 ムジナは巻物を取り出した。大陸の巻物のようだった。なぜそんなものがここに。


「赤い靴! お前らを生け贄に北斗星君を召還する!」


 それを倒れた僕は見ている。ぼんやりと。

 僕はどんな人とも永遠に別れたくない。なのに。


『会わなければいいんだよ。誰にも会わなければいいんだ』


 真っ暗狼は口を割く。


『そうだろうがよ。満月。俺は美弥と出会って変わった。美弥は俺の心を夢と桜で満たしてくれた。美しい物で満たしてくれた。俺はあんな美しいものを知らない。俺は美弥を復活させるために何でもする。そのためにこの牙と力を手に入れたんだ。お前は守れなかったよな。空美を』


「どうしてお前が僕のことを知っている?」


『美弥が、俺たちを繋いでくれた。俺たちの心を繋いでくれた。俺たちの仲間になれば誰とも別れないで済むぜ。来いよ。俺はお前の仲間だ』


 それはとても、とても魅力的な言葉だった。


 僕は弱い。独りでは生きていけない。生きていけない。

 暗闇に沈み込む。


『独りになる前に自分から一人になる。それはとても魅力的じゃないか?』


 黙れ。黙れ。黙れ!


『自分から切り捨てて一人になれ。それが空美を救えなかったお前へ罰だよ』


 僕は誰も救えない。誰も何も救えない。何もない。何にもない。

 その時、眼の端でリボンがついた赤いブーツが舞った。

 口から毒霧を巻く美弥のスーツケースを蹴りつける。


「しっかりしてくださいっ」


 真里菜ちゃん。


「先輩は私を救ってくれましたっ。お忘れですかっ?」


 真里菜ちゃんはいつも僕の心が弱った時に助けてくれる。


 でも、僕は本当の意味で君を救ってはいない。だって赤い靴はそこにあるじゃないか。

 君を蝕む赤い靴は。


「こんな時だからこそ勇気が出せるんです。先輩のくれた勇気です」


 真里菜ちゃん。


「それならまるで僕のことを」


 薄暗い心で君を見上げる。不定形の生き物になったようなおぼつかない心で。


「好きですよ。私は先輩のことが好きです。ずっと好きでした」


 衝撃が走った。背筋がしゃんとする。折れそうだった心がつながる。


「真里菜ちゃん」


「好きになってもいいですか?」


 真里菜ちゃんは白い歯を見せて笑った。僕は言葉に詰まる。


「行きますっ」


 真里菜ちゃんは走った。真っ暗狼に蹴りを叩きこむ。


 真っ暗狼はのけぞった。真っ赤なブーツのかかとから火花が飛び散る。


「痒いな」


 真っ暗狼はやはり強い。


「先輩。その巻物を燃やせば私の勝ちです」


 いいや、駄目だ。真っ暗狼が術を完成させる方が早い。


「皆殺しだ」


 空が暗く染まり、辺りに建てられた十メートルの杭が青白く輝く。ホタル火のように。

 校庭にやって来ていた人が膝を突き倒れていく。数えきれないほど多くの人たちが倒れていく。校舎の外にいる人も、その向こうの人も。


「やめろ!」


 僕は校舎から糸を取り出した。それを読む。

 先生が、勅使河原君が、他の生徒も紳一郎さんもアナスタシアさんも倒れていく。


「聞こえるか。皓人。真里菜だけでは無理だ。お前が倒すんダナ」


「紳一郎さん!」

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