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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
3/141

出会いと激闘

 巨大な指は根元から折れた時計塔を握っていた。時計塔を握る巨大な腕。

 ジャックと豆の木を思い出す。まさか……。 


 間の者。


 手は移動し彼女の真上で一本一本指を開いて、毛の生えた時計塔を手から放した。

 彼女を狙っている?


「加勢する! 待っていろ!」


 勢いよく自転車で走る。

 廃ビルという建造物の空の上、雲の隙間からゆっくりと時計塔が降ってくる。

 時計塔の先の避雷針が彼女の脇を通り越して僕を貫かんばかりに迫ってくる。


 違う。彼女ではない。僕を狙って落ちてくる。


 なぜだ。なぜなんだ。


 さっきの腕は何なんだ。なんでこんな物が僕に降ってくるんだ……。

 落ちてくる時計塔に気がついた人々は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げだした。


 大きな指の動きを気にしていた所為で僕は逃げ遅れた。

 自転車をこぐ足がすくんで、その場から動けなくなってしまった。

 もう誰もいない。誰も助けてくれない。前向きに死ぬのか。それもまた僕らしいのか。仕方ないな。


 観念して歯を食いしばった時だった。

 廃ビルの上から少女が落ちてきたのは。


 少女は大太刀を握っていた。クルクルと回転しながら落ちる。毛の生えた時計塔の上を走り……物凄いスピードで落ちながら少女は空から投げ込まれた時計塔を縦 横無尽に切り裂いた。

 僕の周りを莫大な破片が舞い散る。早すぎて少女の太刀筋が見えない。


「行くわよ。黒鋼くろはがね


 思わず身惚れてしまった。彼女の首元を彩る美しいマフラーと鮮やかな剣技に。


「綺麗だ。なんて強く美しいんだ。なんて美しいマフラーなんだ」


「黒鋼えええええええぇぇぇ!」


 少女は時計塔を切り裂き、微塵に帰してしまった。あの巨大な指は何だったのだろう。時計塔を掴んでいた巨大な黒い指は何だったのだろう。どうして少女は僕を助けてくれたのだろう。少女は弾丸のように地上に落ちてくる。


 考えている暇はなかった。身体は走っていた。僕は物や人が壊れるのが嫌いなんだ。この両腕で受け止めなければ。


 もちろん僕の腕が痛むことは覚悟だ。僕は壊れても問題ない。腕が使えなくなったら転がって身体で受け止めればいい。


 それで良い。僕は壊れてもいい。

 だって僕は頑丈だから。人間よりも。それに硬化すれば息を止めている間は攻撃が防げる。


 少女の大粒の涙が風に流れる。なぜ泣いている。前向きに受けとめるぞ。

 僕は降ってくる彼女に向かって自転車で走って、走って、間に合わない!


「糸よ!」


 僕は普段、情報を読むために使っている時の縦糸を地面から投網のように空に放った。


 しかし、糸は少女を受け止めきれなかった。

 彼女はきりもみ状態でこちらに突っ込んでくる。僕の顔面に少女の顔が迫った。

 綺麗な顔だった。唇と唇が触れあう瞬間、少女が首をそらした。


「……受け止めて……」


「ああ、えっと!」


 自転車の片手放し。

 片手で少女に手を伸ばし、もう片方の指で自転車をコントロールする。


 痛烈な判断ミス。少女は僕の自転車のかごの中にめり込んだ。

 きりもみ状態で格闘ゲームみたいにカッコよく頭からめり込んだ。えええ……。


 僕は勢いで自転車から吹き飛びながら歩道をごろごろ転がった。信じられなかった。信じたくもなかった。前向きに最悪だ。


 僕はもしかして自ら人を壊してしまったのか。なんてことだ。

 なんて最低な奴なんだ。僕なんか呪われてしまえ!


 少女の首が変な風に曲がったように見えた。


「君、大丈夫か!?」


 恐る恐る近づくと彼女は身体をくの字に折り曲げて苦しんでいた。


「素敵な君は! 旧校舎の屋上の少女か?」


 少女は目を見開くと唇を開き、そして口を閉じた。


「私はお前のことを知らない。この変態……」


「変態じゃないやい」


 僕は笑顔を作って気持ちを切り替える事にした。とにかくお礼をしないと。


「助けてくれてありがとう。助かってよかった。手当てをしよう」


 てきぱき絆創膏を捜す僕に少女が勢いよく拳を埋め一歩引いた。

 居合いのように素早く腰の刀を引き抜く。その顔は網の形がついて真っ赤に腫れあがっている。


「助かっていない……鬼はどこ?」


「鬼なんかいた?」


「お前の目は節穴?」


「前向きによく見ろ。本物の目玉が入っているよ」


「鼻が痛い……どうして両手で受け止めなかったの?」


「僕は自転車の両手放しができない人間だったんだよ。一輪車に乗れない人間なんだよ」


 前向きに大反省だ。


「そう」


「だからごめんって言っているだろう?」


「誠意を見せて」


「誠意って」


「頭撫でて」


「恥ずかしくて初対面の女の子の頭なんか撫でられるか!」


「そう。非道」


 少女は横回転して飛びあがり、僕に飛び蹴りを決めた。


「ぐあああぁぁ。どっちが非道だ!」


 あれ。こんなに騒いでいるのに誰も彼女をいや、僕らを見ていない。ああそうか。

 鬼って単語が出てくるってことは、なるほど。同業者か。これが彼女の領域……。 


 誰にも存在が解らなくなる領域、バニッシングとでもいうんだろうか。

 誰も気にしない場所でなぶられるなんてただのサンドバックじゃないか。




「君の領域は何かを囲って、存在を消してしまうような……そんな力なのか?」


「言わない」


 その返事は肯定と受け取って構わないだろう。



「なんだ、うちの関係者だったのか。でも君なんて知らない。いや、そうじゃないな。そんな場合ではない。まずは病院に!!」


 そしてそのマスクメロン状態を直してくれ。前向きに。


「そんなことよりも、鬼はどこ? 大事なことよ。答えて」


 そんなの見ていない。鬼なんてどこにもいなかった。何を言っているんだろう。

あの巨大で黒い手の事だろうか?


 あれが鬼だとでもいうのだろうか?

 鋭い爪の生えた人間の手みたいだったが。あれが鬼。


「僕としても正直に答えたいけど、東の人が中央で刀を振りまわすのはよくないよ。ここにいる神様はおっちょこちょいで可愛いけど、怒ると恐い神様なんだ。君は自分の縄張りで仕事してくれ。古い神はそれ相応に気性も荒い」


 紳一郎さんが使えている古い神。ヒルメちゃんはなぜだか僕だけに優しい。

 未だにその理由もわからないけど、他の人には結構辛辣だ。

 僕って奴は小動物タイプには好かれやすいんだよな。


「縄張り」


 少女は僕のノートに日本地図を描いた。


「ここからここまで」


 彼女は東イカルガに丸をした。


「私の縄張り」


 僕は途方に暮れた。引っ越してきたのは本当らしい。


「いや、範囲広すぎるよね。どこの祭神だよ。そんな広範囲守っているの! あ、でも全国にえびす神社はたくさんあったな……そこから来たのか? えびす様の使いがヒルメちゃんの縄張りで暴れているとなると厄介だな」


「お前、自転車に突っ込んだ私を見て笑ったわね。なぜ」


「なぜって……」


「答えて。理由を知りたいわ」


 少女の刀はなおも僕を狙う。真っ二つに切られそうだった僕の可哀想な鞄を救出する。少女は僕の喉元に刀の刃を押し当てる。


「今もにやけている?」


「にやけたんじゃなくて、安心させようと思って笑っているだけだよ。鬼なんて怖いだろう?」


「下心。それとも上心うわごころ?」


「君が僕好みの服装をしているからだよ」


「服装がおかしい?」


「良く似合うなって思ったんだよ。一句。【夏が来る マフラーなびく 夕焼けに】ってこれは俳句じゃないか! 僕は川柳の専門家だぞ……! 何という事だ。長いそのマフラーが僕の感性を狂わせるというのか!」


「似合うと言いたいの?」


 少女は下を向いてぼそぼそ呟くと真剣に僕の腕を反対に曲げた。

 全力で僕を呪っているのだろうか。前向きに痛い。くそう。誰か別の人の腕にしてくれ。


 僕はクズ鉄になった愛用の自転車を見下ろした。壊れた自転車なんてもうどうでもいい。僕はそれ以上興味を持てなくなって、鞄を持ったまま歩いた。


 彼女の領域、バニッシングは現在解かれているようだ。色んな通行人が突然現れた毛だらけの時計塔の残骸に唖然としている。僕はそのまま歩きだし、少女は自転車を背負う。


「それはもういらないよ。クズだから。置いていきなよ」


「粗大ごみ」


「いいだろう、ゴミは嫌いなんだ」


「やっぱり……似ている?」


 少女は粗大ゴミ運搬業者に電話して冷たく燃えるような目で僕を見た。


「お金だして」 


 財布が薄くなった。相当軽くなった。壊れた自転車を乗せたトラックが心なしか嬉しそうに走っていく。


「言っておくが僕はマフラーが大好きだ。夏のマフラーなんて初めてだから、僕の心臓は今ベチャベチャしている」


「変態?」


「変態じゃない。僕は戦うマフラーが大好きだ。水着とマフラーが並ぶとマフラーが勝つくらい大好きだ! いいだろう。背の低い奴にマフラーの組み合わせ! 君の低身長はもはや美術だ!」


「マフラーに巻かれて死んで」


「なんて事を言うんだ! ひどいじゃないか。そんな事をして僕がマフラーを二度とみられなくなったらどうするんだ!」


「気持ち悪い」


「気持ち悪くない、むしろ気持ちいい。僕みたいな奴はきっとマフラーを守って傷つき倒れ、最終決戦にもつれ込む。それくらい好きだ! 大好きだ! もっとなびく君のマフラーを見せてくれ!」


「変態」


 少女は大太刀を腰から引き抜くと黒色の刃の先を指で滑らせた。


「えびすの使いが稚日女尊ワカヒルメのミコトの使いに勝負を申し込む」


「なんでだよ」


「私と戦え」


「勝てないよ!」


 少女は長い髪をなびかせながら歩む。どんどん迫ってくる。

 大太刀を振りまわしながら。僕は恐怖のあまり自分の領域、ワンダーランドを呼び出した。


 僕の領域はゴロゴロくつろげて本が読める楽しい場所だ。

 情報を読み、時の縦糸を選り分け本にするだけの楽しい領域だ。気楽な領域だ。君みたいな戦闘用の領域とは違うんだ。


 力の差は歴然だった。


「見ろ。僕の能力は探索用で、それ以上の力は望めない」


「私の領域は不可侵条約バニッシング


 彼女の能力は僕の分析通りだった。今僕らは周りから見えない。だけどそれがなんだ。


 圧倒的な質量を持った刀が真っ直ぐに迫ってくる。少女は僕の領域に大太刀を振り降ろした。


 ごりっ。


 ワンダーランドは波打って揺れた。僕らの領域はいわば心の結界。

 領域を壊されたら僕もただじゃ済まない。地面に転がって息を殺して喘ぐ。


「弱い相手をいたぶって満足したか?」


「なぜ反撃しない?」


「反撃できないんだよ。僕の能力は物質から時間を吸いとって本を作る事なんだから! この勝負、僕の負けだ! 勘弁してくれ」


 少女は残念そうに刀を鞘にしまう。


「最弱なのね」


 辛辣な少女は僕を無視して歩きだした。興味を失ったようだ。もしかしたら彼女、空で何かと戦っていたのかもしれないけど、あんな巨大な手の化け物なんて……ジャックと豆の木しか思いつかない。あれが鬼か。だとしたらなんて恐ろしいんだ。


「君、名前は?」


「教えない」


「僕は皓人(ひろと)。佐伯皓人。家族には白々しい人と言われて困っている。君はどうしてこの街に?」


 彼女は強張った顔をした。苛立つように唇をかんだ後、挑むように僕を見つめる。


綱子つなこ


「は?」


「私、綱子」


「そっか、綱子ちゃんか。なんで泣いていたの?」


「あれは心の殺虫剤。泣いてなんかいない」


「僕を消毒するなよ」


 怖い奴だ。


「私の前から消えて」


 僕らの間には見えない何かが煮えたぎっていた。そうだ。


「綱子ちゃんはどうしてこの街に来たの?」


「敵を捜しているわ」


「僕じゃないよね」


「この際、あなたでもいい」


「辞退します」


 彼女は残念そうに長い髪を揺らすと肩をすくめた。

 溜息を吐きながら大太刀を鞘にしまう。


「捜しているのは鬼。とても大きな鬼……茨城童子いばらぎどうじ


「鬼……影鬼ではないのか」


 彼女はやはり僕らのチームの獲物を奪いに来た人のようだった。

「僕らのチームは今鬼祭りをしている。播磨の東の祭神えびす様と西の祭神ヒルメちゃんは互いの駒を使って現在、鬼殺しの大会を開いている。縄張り侵害なんて僕らのお祭りに水を差すつもりなのか? 綱子ちゃん。いいか。僕たちとえびす様はいつも戦っている。それは縁結び勝負だったり、水着だらけのじゃんけん大会だったりするけれど、僕らは真剣そのものだ。全力で戦っている」


「ええ」


「そして勝負に勝った方の神殿が向こう一年、栄える約束になっている。大事な土地の精霊を楽しませて導く神聖な儀式でもあるんだ。僕らの勝負は」


「ええ」


「だから、ここを勝手に荒らされたくない」


「ええ」


 綱子ちゃんは僕を見つめた。そんなに見つめられると好きになっちゃいそうだ。

 マフラーを巻いている少女の視線は癖になる。


「質問をしてもいいかしら」


「何?」


「鬼は不浄の者。生かしておけば土地は穢れるわ」


「そうだよ」


「ここの土地は酷く淀んで濁っているわ。良く平気でいられるわね」


「そうなのか? 僕にはここが汚れているのかどうかなんてよくわからないな」


「この土地も……鬼も、私は嫌い」


 少女は人ごみにまぎれて去って行く。情緒不安定な少女。無表情で脈絡がなくて僕の最も得意としないタイプだ。頬の擦り傷を撫でる。


「えびす様もとんでもないのを使いによこしたもんだ。あれじゃあ、紳一郎さんの嫌う領域侵犯だ。でも……なんで泣いたのかな?」


 目にゴミが入ったのか、コンタクトがずれたのか。うーん。女の子って謎だ。

 壊れた人間を僕は嫌いだ。壊れかけなら好きだけど。


 僕は立ち上がる。よし。明日、母のカッコ悪い自転車を拝借しよう。それで学校に通おう。

 僕が勢いよく歩きだした時だった。通りに人だかりが出来たのは。


 どうしたんだろう? まさかうどんの安売り? 僕はうどんも大好きだ。長いから。


「ちょっとすみません」


 立ち止った先の駐車場に先程の綱子ちゃんが倒れて震えていた。刀を抱えて転がっている。

 ちょっと待て。

 それにお腹も鳴っている。


「大丈夫か。しっかりしろ!」


「動けない。電池切れた。マフラー好きの変態」


 周囲の人が一斉に僕を見た。綱子ちゃん……!


 こんなところで前向きに何を言うんだまったく。あはは。僕は思わずふんぞり返った。


「僕が君のように知らない子を助けるような優しい人かと思ったら大間違いだ……泣いて許しを請い謝れ!! 僕は変態ではないわ!」


「知らない子は助けられなくても、知らないマフラーなら助けられるもの」


「僕はそんな可哀想な変態じゃない! それは助けられるけど! そんなマフラーなら全力で助けたいけど!」


 騒いでいる僕らを通行人がじっと見ていた。ああ、もうダメだ。非日常と日常の隙間を埋めるように毎日、真面目にコツコツ生きて来たのに、変態で崩れ去る僕の日常って何。  

 こんなんじゃ、従妹にも見放される。


「僕は変態じゃない! 僕は……僕は! ただのマフラー好きのお兄ちゃんだー」


 クラスメートの勅使川原てしがわらくんが遠くで笑って手を振っていた。ああ無情。

 僕は少女を背負うと、逃げるようにその場を後にした。

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