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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第二章 うそつき人形と真っ暗オオカミ
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文化祭

 土日を終えて生田に返ってきた。


 今日から僕らの学園では一週間の文化祭が始まろうとしていた。


 僕らの学校は経済の勉強ついでに文化祭を一週間も開く。

各部活で日頃ためてきた部費を使って部活の特色を生かし、儲けを出すのだ。前向きに。


 そう言えば気になったことがある。一カ月前どこか南の方の神域で大量脱力事件があったと聞くが、僕らの領域には何も関係がなかったようだ。脱力者たちも心配だがヒルメちゃんは何も言ってこない。


 僕に一週間、文化祭を楽しめと言うことなんだろう。


「前向きに楽しい行事だな。文化祭」


 僕の川柳の腕の見せ所だ。川柳部にとって文化祭は最高の場だ。

 僕らは三年生だからあまり、文化祭にはタッチしない。


 しかし、僕は参加するぞ。僕の部活はお茶をだし、お菓子を出し、歌を詠むのだ。

 歌を売り、茶を売り、菓子を仕入れる!


 そして余った山のような茶菓子を双子の妹たちに持って帰るぞ。


 僕はこのために生まれてきたんだ。間違いない!


 一般の客が校内に流れ込む。生田中学の文化祭は前向きに人気の中学だ。

 この中学からは有名人が出やすいそうだ。歌手、文化人、武の者、スポーツ選手、科学者、料理人。

 層々たるメンバーだ。


 もちろん、ここを守っている神様、稚日女尊わかひるめのみことこと、ヒルメちゃんの力は絶大でこの学校こそが真のパワースポットになっている。


 写真を取れば光のオーブが飛びかう学園。文化祭になると、みんなが癒されに来る人気スポットなのだ。前向きに。


 僕とていつか邪な思いが浄化されるんじゃないかと思いこの学校に通っているが、長い物の魅力は増すばかりだ。そんな僕はこれからも長い物を愛していくのだろう、前向きに。


 ヒルメちゃんの着物の帯がひらひら長いからこれはもう仕方がないのかもしれない。ああ、あの帯にくるまれたい、前向きに。


 文化祭は賑やかだ。一般人が黒山のようにあふれている。


 映画祭がおこなわれたり、ライブが行われたり、その芸はみんな中学生とは思えない完成度だ。大人も十分楽しめるし、この中から未来のスターが現れることもあり、スカウトの連中までうろうろしている。


 一般人はゲストでやってきたこの学校卒業生の料理に舌鼓を打ちながら、校内を回っている。創作料理イタリアーナ風ライスペーパー巻きがもっと長ければ僕も目の色を変えていたことだろう。


「おかわり!」


 僕の隣で真里菜ちゃんが苦笑している。


「美味しいですか、先輩」


「トマトとモッツアレラチーズと牛肉とイタリアンパセリのバランスが絶妙」


「先輩、引き込まれていますよっ!」


「君も食べろ。この長い料理を! 美しい! 完璧な美しさだ! もっと伸ばせ! ああっ」


「先輩、先輩。人格が変わっていますよっ」


「いいじゃないか。食べてみろ、長いから!」


「美味しいからじゃないんですねっ!」


 真里菜ちゃんは小さく一口かじった。


「美味しいですっ。この味は長く親しまれる味です!」


「だろ!」


 真里菜ちゃんの笑顔はとろけるように可愛い。幸せってこういうものかもしれない。


 子犬のようにかわいい真里菜ちゃんと共に僕は文化祭を満喫した。


「あのマイク、長いぞ、真里菜ちゃん」


「舞台に上がらないでください、先輩」


 一緒にライブを見てマイクの長さに感激し、五十円追加して長いチーズケーキソフトクリームを並んで食べた。幸せだ。

 

 歌っていたのは真里菜ちゃんの友達だそうだが、僕の目にはマイクしか映らないぞ、前向きに。


「先輩、こっちですよっ」


 蒸気写真研究部の隣に射撃場がある。


「よし、蒸気射撃なら任せろ」


「あのぬいぐるみが欲しいんですっ!」


「これか!」


 口が裂けたカバのぬいぐるみ。


「違いますっ」


「あれか!」


 口が耳まで裂けた狼のぬいぐるみ。


「違いますっ!」


「こっちか!」


「はい!」


 今度は子犬のぬいぐるみが落ちる。


「よしっ、とったぞ!」


「先輩カッコいいですっ!」


 真里菜ちゃんと一緒に蒸気写真も撮ったし、小さな気球を撃ち落としてそこに入った景品を受け取る、蒸気射撃も行った。


 僕の腕前は百発百中で真里菜ちゃんの欲しがった子犬のぬいぐるみを無事打ち落とすことが出来た。真里菜ちゃんはとても嬉しそうだ。


「先輩。すべて打ち落とすなんてすごいですっ」


 真里菜ちゃんは僕に抱き着いて一回転した。


 そんなに喜んでくれるなんて。それまでがノウコンだったなって言えない……。


 真里菜ちゃんの欲しいぬいぐるみは最後の最後に落ちてきたのだ……。


 僕は失敗して取った口が裂けたカバや、狼のぬいぐるみを手に、どう妹たちに分配するかを真剣に悩んだ。


 前向きに僕にはぬいぐるみの可愛さがわからない。それにしても今日の真里菜ちゃんは楽しそうだな。


 アナスタシアさんに会ってからお母さんの事やらなんやらで何か思うところがあったみたいだけど、今は元気そうだ。真里菜ちゃんは僕の方をじっと見た。


「先輩、私思うんです。先輩はいつも私に優しいですよねっ」


「いつもじゃないよ。厳しいこともある」


「そうですね。でも先輩はいつも私を救ってくれますっ」


「そうだろうか?」


「でもね、先輩。無理はしないでくださいねっ」


「え?」


 僕は立ち止った。真里菜ちゃんは僕の手を両手で握りしめていた。


「無理をしないでください。青い顔をしていますよ。私は二年前と違います。私に隠し事をしないでください。お願いですっ」


 真里菜ちゃんは真里菜ちゃんだ。僕にとって守ってあげなければいけない子だ。前向きに。何も話せない。


「もっと相談してください。私はあなたの相談相手になりたいんです。それで、それで少しでも力になれたら、私、私……」


 真摯な目が僕を見つめている。


 決心が揺らぎそうになる。一人で片をつけると決めたのに。


 僕はどうにも人に頼りすぎる癖がある。海美に頼ってきたし、綱子ちゃんの時だって最後はまる投げだったような気がする。


 許せないと思いながらもあの赤雪姫に頼ったこともある。


 でも今回は、一人で解決するんだ。


「真里菜ちゃん、ちょっとお祈りしてきてもいいかな」


 学校の中央には祠があって、そこにはヒルメちゃんが祭られている。


 ヒルメちゃんは生田の地下にある神殿から出られないのでここの管理は僕に任されている。

 夜中に掃除しに行ったり、お供え物をしたり、そんな僕は前向きに尽くしさんだ。


 ヒルメちゃんは僕の掃除の仕方が好きだ。箒の使い方がイヤラシイのだそうだ。


「ヒロやんは最高じゃのう! 掃除の腕も一人前じゃのう」


 イヤラシイで褒められる僕ってなにさ。ヒルメちゃんの祠はこの学校一番のパワースポットだ。みんながお祈りしている。お供え物を備えていく。


 僕の刀の一族の力が前向きに高められる場所だ。真っ暗狼の殺気に高ぶりそうだった心を清める。

 真っ暗狼、あいつはどこに潜んでいるのかわからない。


 僕と真里菜ちゃんはいつものように校内を歩く。校内はお祭り騒ぎだ。


「真里菜ちゃん。アナスタシアさんは現在、真里菜ちゃんの家に泊まっているの?」


「はい。父が是非と」


「そう。それはよかった」


 ほっとする。


「アナスタシアさんがいれば真里菜ちゃんは安全だろう」


「安全ってやっぱり何かあるんですかっ?」


 人ごみの中で僕等は立ち止った。嫌な気配がした。辺りに広がる。

 僕ですら嫌な気配を感じるのだ。真里菜ちゃんは目を見開き、床にうずくまる。


「杭が落ちて来ますっ。大変ですっ。大きな杭が!」


「どこに!」


「校庭の隅にっ……」


 きゃあああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ。


 真里菜ちゃんは叫ぶと倒れて動かなくなった。


「真里菜ちゃん」


 気道を確保し、姿勢を保つ。肩を叩いて意識の有無を確認する。


 しっかりしろ……!


 そこにとおりすがる勅使河原君。ちょうどいい。


「勅使河原君。前向きに真里菜ちゃんを頼む」


「お前はどうするの? 佐伯。中務はどうしたんだ?」


「僕はちょっと用事が出来た」


「杭ってなんだ?」


「悔いが残ったんだよ。昨日の旅行でウニ弁当を食べそびれたんだ」


「それは悔しいだろうけど、そんなことで気絶するのか?」


「僕なら気絶するね」


 なんて適当なことを言ってみる。


「それは嘘だな。佐伯、お前は長い物を食べていないと気絶するタイプだ。この前の給食のショートパス

タで気絶しそうになったという噂は嘘ではないだろう」


「どこで仕入れたその情報!」


「タイ米好きだろう!」


「チャーハン最高!」


「鎖国はしているのに輸入は盛んだ。イカルガは」


「勅使河原君。イカルガ本来の食材には限りがあるからな。新しいものを仕入れているんじゃないか?」


「そうだろうね。そういえばさっき、外人を見たよ。珍しいから写真を撮った」


「どんな人?」


「あんな人」


 僕の目の前でアナスタシアさんが笑っていた。


「ああああ、アナスタシアさん」


「よお、佐伯少年。和菓子は美味しいな。真里菜を回収しに来たよ」


「どうして」


 アナスタシアさんは和菓子を口いっぱい頬張っていた。

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