表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第二章 うそつき人形と真っ暗オオカミ
26/141

北斗七星

 真っ暗狼は僕にメッセージを残した。


「先輩。顔色が悪いですよ」


 顔色は悪い。とても悪い。


「真里菜ちゃん、感知したのか、前向きに?」


「はい。気がついてしまいました。真っ暗狼ってあの時の」


「そうだ、あの時のだ」


 僕は身を震わせた。

 真里菜ちゃんは制服の下に隠してある長い数珠を握りしめる。


「私にできることはありますかっ?」


「そうだね。あいつがこの街にきているということは、いずれ戦わなくてはならないということだろうか?」


「戦うんですか? あれと?」


 真里菜ちゃんは身を震わせた。


「あんなものと」


「綱子ちゃんがいれば怖くないよ」


 平気だ。きっと何とかしてくれる。


「綱子ちゃんは来られませんよっ」


「どうして?」


「だって、えびす様の勝負に連れて行かれてしまいましたっ」


 えっ?


「えびす様の勝負って」


「えびす様は八幡はちまん様に喧嘩を吹っかけたそうですよっ」


「東の唯一神に?」


 思わずため息を吐く。


「八幡様は独立神で最強だろうに」


 えびす様は無謀だなあ。


「なんでも、八幡様が大人気で周りの神様の力が衰えてきたのでお灸をすえるとかすえないとかっ」


「真里菜ちゃんは情報が速いなあ」


「託宣が来るんです。最近では呟きを蒸気携帯に入れていますよっ」


 そんなことまでしているんだ。


「前は嫌だって言っていたのに」


「結構役に立つから、今は活用することにしているんですっ」


「なんで急に?」


「急ではありませんっ。みんなの役に立ちたいんですっ。私、変わろうと思っているんですっ」


「それで海外旅行か」


「はい。皓人くんも一緒に行きませんかっ?」


「僕は良いよ。言葉が通じる場所にいたい」


「冒険しないんですねっ」


「冒険したくない。出来れば一日中家にこもっていたい」


「隠居ですかっ?」


「隠居かも」


「どうしてそんな風に」


「幸せすぎて怖いんだ」


「どう怖いんですか?」


 正直に言うと。


「真っ暗狼が怖い」


「そんなに怖いんですかっ?」


 あの時よりもっと強くなっている。間違いなく。


「どうしてそんなことがわかるんですか?」


「糸の色だよ。本当に薄暗くなっている」


 それはあいつが真っ暗狼を極めたということになる。


「真っ暗狼が育ったんですかっ?」


「そうだね。きっともう一度僕の前に現れる。ところで真里菜ちゃん。北斗七星ってどう思う? 何を連

想する?」


 真里菜ちゃんは首をかしげた。


「わかりませんっ。七つですよね」


「そしてひしゃくだよな」


 神様の水をすくう物。


「大熊座のしっぽから腰の部分ですねっ。そして北にありますっ」


 北の星か。


「北極星はどうかな? 関係あるかな?」


「現在の北極星は小熊座ですっ」


「未来の北極星は?」


「一万二千年後、こと座のベガですっ」


 違う。なんかしっくりこない。真っ暗狼は何を狙っているんだ。


「北斗七星には確か双子星がある」


「そうなんですかっ?」


 双子……うちの妹たちじゃないんだから関係ないよな。


「なにか関係あるんですか?」


「なんだろう? 何か引っかかるんだよな。旨く言えないけど」


「真っ暗狼関係ですか?」


「真っ暗狼と北斗七星には関係があるらしい」


「北斗七星の位置はどうでしょう?」


「うーん」


 僕は唸った。


「解らない。前向きに北にあるってことしか」


「う~んっ。困りましたねえっ」


 僕の知っていること。北斗七星といえば。


「そうだ。北斗星君ほくとせいくんはどうかな?」


「北斗星君ってなんですかっ?」


 真里菜ちゃんは可愛く首をかしげる。


「うん。カンの神様だよ。僕の本によると死をつかさどる。北斗七星の化身なんだ」


「そんな神様が大陸には居らっしゃるんですねっ」


「僕も武者小路さんの文献でしか読んだことがないから、あまり詳しくは知らないけど」


 鎖国しているから、僕らは外の情報に疎い。


「でもそのおかげでイカルガ本来の神様が育ったんですよね」


「まあ、そういう言い方もあるかな」


 大陸の神様、北斗星君。


「なんでそんなこと急に思いついたのかな。あはは」


 僕は首をかしげる。


「そう言えばっ」


 真里菜ちゃんはおずおずと手を挙げた。


「先輩。南斗六星なんとろくせいって知っていますっ? いて座の弓の部分なんですが」


「うん。そう言えば、南斗六星の神様が南斗星君なんとせいくんだ」


「南斗星君っ……ですかっ?」


「南斗星君は北斗星君と対局、生をつかさどる神様だ。正反対の神様らしいよ」


 真里菜ちゃんは可愛らしく首をかしげた。


「でも南斗六星はイカルガでは信仰されていませんよね」


「うん。言われない」


 真里菜ちゃんは僕の隣で微笑んだ。


「勉強にはなりましたが、結局何もわかりませんでしたねっ」


「うん」


 前向きに肩を落とす僕と真里菜ちゃん。


「だけど一つ解ったことがある」


「何ですかっ?」


「北斗七星のある大熊座事態は長くない。大きいだけの星座だ。がっかりだよ。前向きに」


「大きいと長いとは違いますかっ?」


「当然だ。そんな特別なことすらわからんのか! 真里菜ちゃん!」


「うふふっ」


「へこむなあ。真里菜ちゃんがその違いを解っていなかったなんて!」


「全星座中長い星座はウミヘビ座ですもんねっ」


「ウミヘビ座は美しい。くるんと回った尻尾が美しい」


「そうですかっ?」


 僕は絶賛した。ウミヘビ座の美しさを十分間、話して聞かせた。


「毒蛇が美しいだなんて先輩は変わっていますっ。ぬるぬるして美しいとは思えませんっ」


 毒がある者は美しい。


「真っ暗狼はほかに何か言っていませんでしたか?」


「何も……」


 僕は思い出す。


「三春って誰だ?」


 僕は静かに自分の中から答えが現れるのを待った。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 学校の廊下の真ん中で僕は真っ暗狼に再会した。トイレからの帰りの長い廊下でのことだった。

 その男、姿かたちは変わっていたが僕には真っ暗狼だとわかった。


 ふりまかれる殺気に僕の内心は穏やかではなかった。

 真っ暗狼は先生の形をしていた。僕の川柳部の顧問の先生の形をしていた。


【面倒は 風のように やってくる】


「よお」


「ああ」


 平坦に答える。ここで戦闘になれば、何人も傷つく。

 向こうがどう出ようと会話だけで終わらせる。


 従妹の海美は学校が違うし、真里菜ちゃんは戦闘タイプではない。

 綱子ちゃんは八幡様と勝負している。


 僕は真っ暗狼に向かい合った。


「お前は人に見えているのか」


 低い声で尋ねる。真っ暗狼は喉を鳴らした。生徒たちは僕の顧問の先生を眺めて去る。

 僕はこの先生に何か言われているのは日常茶飯事である。溶け込んでいる。風景に。


「見えているよ。ムジナは人に化ける生き物だ」


「なぜ狼になった」


「狼は美しい」


 どこが美しいものか。


「俺はお前の傍にいつだって忍び寄れる。お前の家族にもお前の友達の前にも忍び寄れる」


「一人の時を狙って現れたのはなぜだ」


 僕は考えを巡らせた。そうだ、僕の傍にはいつも真里菜ちゃんがいるから。

 だから僕のトイレを狙ったな。


「あの子は邪魔だな。食っちまうかな?」


 頭の芯が怒りで揺れるかと思った。


「そんなことをしてみろ。お前を石に変えるぞ」


「お前、たいして戦ったこともないくせに言うことはでかいねえ」


「お前に僕の何がわかる」


「二年前となんも変わっちゃいないって言っているんだよ」


「僕が?」


「そう。お前が」


 真っ暗狼は僕の背を撫でた。

 僕は咄嗟に息を止めた。息を止めている間だけは体を固くしてありとあらゆる攻撃を防ぐことが出来る。


 だけど、背中が涼しい。ぞっとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ