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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第二章 うそつき人形と真っ暗オオカミ
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赤い靴

 妹たちは昼寝をしていた。ぐっすり眠っている。母親はその隣で眠っている。


 幸せそうだ。


 僕はゆっくりと、自分の部屋に真里菜ちゃんを案内した。


「ここは空美が守っている。だから何でも好きな話ができる。ここでのことはほかの人には聞かれない。好きな話をしてもいいよ」


 真里菜ちゃんは意を決した。


「私、銃マスターの一族なんですっ」


「それは知っている」


「それだけじゃないんですっ。私の母は赤い靴の再来ですっ」


「赤い靴」


 聞いたことがある。赤い靴を履いて死ぬまで戦い続ける英雄がいると。


「それで」


「母は呪われた英雄だそうですっ」


「呪われた英雄?」


「破壊衝動があって、間の物を壊し尽くさないと気が済まない性格なんですっ。赤い靴の英雄は」


 それなら別に困らない。


「そうです。間の者がいる間は良いんです。間の者がいなくなった時、その衝動は人に向きますっ」


「なんだって?」


 何てことだ。それなら。


「でも君には関係ない話だ」


「関係ないと思っていました。しかし、先日母が亡くなってから、私の中で破壊衝動が生まれたんです」


 赤い靴のリフレインが死んだ。


「そんな話は聞いたことが」


「あなたはこの世界から隔離されていると聞きましたっ。知らないんでしょうね。私のことも」


 そんな風に言われても。


「まあ、僕は満月狼だからね」


 一族は僕に情報を入れない。


「だからこそ話せるんです」


 だからこそ。輪の外側にいるからこそ話せる。


「うちの母は赤い靴のリフレイン。病弱なのに破壊衝が強く、かなり厄介なリフレインでした。リフレイ

ンは多重人格です。母は病弱で優しい人だったのですが、もう一つの人格は好戦的でなんにでも立ち向かっていく面倒な人でした」


「うん、それで」


 どうなったんだ。


「母は亡くなる前にある人形と戦いましたっ」


「ある人形」


 嫌な予感しかしない。白い人形か?


「クルミ割り人形です」


 クルミ割り人形。


「そんな馬鹿な。クルミ割り人形は確か」


 リフレイン。


「そうです。破壊衝動が抑えられなくなった母はリフレインに戦いを挑み、その呪いを受けたのですっ。白い人形になる呪いを」


 前向きになんだって!


「リフレイン同士で戦うことはご法度」


「そうです。でも母は戦ってしまったんです。そして人形になる呪いを受けた」


「クルミ割り人形はどうしてそんなに重い呪いを」


 言葉を失う。


「わかりません。クルミ割り人形は気のいい人だそうですが、なぜそんなことをしたのかまではわかりません。話はそれで終わりませんでした」


「どうしてそう思うんだい」


「それは、母が亡くなってから私の体が」


 真里菜ちゃんは上着を脱いだ。


「人形になり始めたからです」


 白い陶器のような少女ではなかった。白い陶器そのものだったのだ。


 クルミ割り人形に呪いをかけられた少女。


 僕は壊れそうな女の子にしか興味が持てない人間だ。


「綺麗だね」


 真里菜ちゃんは泣きそうだった。


「私は人形になってしまうんですよ」


 ぞくっとする。


「いいじゃないか」


 僕の頬で真里菜ちゃんの拳が破裂した。


「大嫌いです」


「そうだね。それは仕方ないね」


 僕は頬を抑えた。


 僕は壊れている。だから、本当のことを話せば嫌われてしまうだろう。


 それでも、自分を抑えられなかったのは美しいからだ。


 お前の心がそうなっても美しいからだ。


「気が長いって美しいな」


 呟く。そんな彼女は恐怖と戦っているのだろう。恐怖と戦う彼女は美しい。僕はため息を吐いた。壊れかけた者は美しい。


 真里菜ちゃんは震えた。


「あなたなんか嫌いです」


「嫌われたか」


 平然とする僕。


 真里菜ちゃんは拳を握りしめた。


「なんで動じないんですかっ」


「僕は壊れているんだよ」


「どうして壊れちゃったんですか?」


「スイッチが入ったんだろうね」


 押してはいけないスイッチが。


 だから壊れそうな物が好きだ。


「私では治せませんか?」


「わからない」


「そうですか」


 へこむ真里菜ちゃん。


「君の所為じゃないよ。君の所為じゃない。だから気に病まなくっていいんだ」


「いろいろと皓人くんが……気の毒ですっ」


 そうだろうか。そうなんだろう。

 それでもいい。僕は僕に正直だ。

 それでいい。腕を組む。


「赤い靴について調べるかな」


 その時、僕の図書館にはまだ誰もいなかった。


「誰もいない図書館か。前向きに寂しいもんだね。僕は一般人とはなじめないから仲間が欲しいよ。早く本当の」


 小学校の噂を集めるのに小学生の知り合いを多く作ったが、それだけだ。僕に友達はいない。本当の意味での友達は一人もいない。紳一郎さんの目は節穴だ。僕は薄暗く正体のない不気味なそんな存在だ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 僕の中学校の教室に中務真里菜ちゃんが現れたのはそんな頃だった。


 私立の中学校に通っていたのだが、こっちに転校してきたらしい。


「引っ越してきました。中務真里菜ですっ。よろしくお願いしますっ」


 可愛い真里菜ちゃんはあっという間に大勢にかこまれて一躍人気者になった。

だけど真里菜ちゃんは彼らの質問に何一つ答えなかった。ただ笑顔で応対していた。


「私は無口なんですっ」


 そう呟く彼女はとても寂しそうだった。僕はフォローも何もしなかった。


 余計なことを言って美しいものに嫌われたくなかった。


 僕は歪な存在だ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 秋は読書の季節だ。


 僕は本を読むのが好きだ。

 エウロパの文献を読み漁る。


 赤い靴のリフレインは最強の足技師だったらしい。

 最強の足技師。強烈な蹴りをたたき出す足技師。

 足技の天才。


 その足でクルミ割り人形をたたき割ったんだろうか。

 だから呪われたんだろうか。答えはわからないままだ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 昼休み真里菜ちゃんが話しかけてきた。

 深刻だった。

 悲しい表情だった。


「お願いです。私を守ってくださいませんか?」


「僕が?」


「そう。あなたがですっ」


 正直困った。僕はナイトをしたことがない。


「送り狼になってもいい?」


「満月狼ですよねっ。送り狼ってなんですか?」


「百倍疲れた」


 自爆した。


「どうして百倍疲れるんですかっ。まだ何もやっていないのに」


「何かをする前から疲れたんだよ」


「送り狼ってなんですか?」


「送っておいてちょっかいをかける人のことだよ」


「破廉恥な感じですか?」


「知らない癖になぜわかったんだ?」


「解ります。解ります。あなたから何かが伝わってきます。よこしまな感じです」


「うちの従姉妹の名字は横志摩だ」


「やっぱり、よこしまなんですね」


「妹の方が特に」


 ものすごいハムスター好きだ。僕の家のハムが病気になるくらいに。


「姉の方はどうなんですか?」


「暖かくて優しい子だよ」


 タンポポの様な子だ。


「好きなんですか?」


「まあ、何とも言えないね。従姉だから、幼馴染みたいなもんだし、腐れ縁だよ。海美うみとの縁は腐っているかもしれないけど」


「海美さん」


「妹の方。姉は空美」


「姉、お姉さん?」


「一つ年上だよ」


「おむつを替えてもらったんですか?」


「替えてもらってない」


「パンツを変えてもらったんですか?」


「もらってない」


「おやつをもらったんですか?」


「それはあった。僕がまだミルクを飲んでいたのに、どうしても世話をしたくてドーナッツを無理やり押し込んだらしい。絶対に真似するなよ」


「破滅的ですね」


よく生きていたものだ。


「悪い思い出ばかりじゃないよ」


「やっぱり好きなんですか?」


「好きか嫌いかで言うと好きだよ。僕は身内に甘いからね」


「どうして、それを隠そうとするんですか?」


「従姉とは婚約関係にあった。けれど、僕が満月狼になったために婚約は解消された」


 縁は切れた。


 血が濃くなければ血の中に英雄は生まれてこない。僕らは英雄の濃い血を保つのに必死だ。


「それでどうなりました?」


「どうもしないよ。普通に仕事を手伝っている」


 旦那候補から助手になった。それだけの話だ。


「あなたの絶望の原因はそれですよ。それで前向きになれないんです」


「僕は絶望なんてしていない」


「そうでしょうか。あなたはそこで挫折したんじゃないですか? そして前向きじゃなくなったんです」


 挫折。あれが挫折だというのか。


「それは君の推理で事実とは違う。正しくはない」


 真実ではない。


「そうでしょうね。でも、あなたは何かを無くしたんじゃないですか?」


「何を無くしたって言うんだ?」


 真里菜ちゃんは目を閉じた。


「恋心?」


 思わず吹き出した。


「まさか。僕が従姉の姉さんを好きだったとでも?」


「慕っていたんじゃないですか?」


「思慕だというのか」


「違いますか?」


 ああ、それなら。


「そうだな。あの態度には憧れていたかもしれない。あんな風に強くなれたらと」


「その希望をあなたは失ったんですっ」


「希望」


 あこがれが道しるべというなら僕は明かりを失ったということか。


「なるほど、前向きになれないな」


「あなたはもっと明るい人のはずです。本質はもっと、こう、白いタンポポのような」


「お前に僕の何がわかる」


 白いタンポポは空美だ。僕じゃない。


「何もわかりませんよ。わからないから話しましょうよ」


「わからないならわからないままでいい」


「どうしてそんなに卑屈なんですか」


「卑屈になったんだよ」


 僕は狼だ。


「狼は正義感の強い生き物ですよ」


「たとえそうでも、僕はもう面倒くさいんだよ」


 なにもかもがわずらわしい。


 真里菜ちゃんは叱るような口調になった。


「腐っているんですか? 思い通りにならないから」


「ままならないのは仕方ないと思っているよ」


 僕の人生はいつもそんなもんだった。


「変わりたいんですか?」


「え?」


「変わりたいと言っているよう聞こえますよ」


 僕は変わりたいんだろうか。そのままでいたいんだろうか。


「誰かが望むなら変わってもいい」


「受け身なんですか?」


「望まれたいんだ。今はつまはじき物だからね。君のおかげで思い出せた気がするよ。暗闇から明かりが見えた気がする。ありがとう」


「あなたは、もっといろんなものを救える人です」


 そうだとしても……。


「そうだとしても君は救えないな」


「どうしてですか?」


「正しいものを僕は救えない」


 僕は壊れているんだ。正しくないものだ。本当を呟く嘘つき人形を救えるはずがない。

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