愛とI
イチョウの葉がはらはらと舞う。
僕と真里菜ちゃんは調査していた小学校の運動場で向かい合う。
あの時も季節は秋、運動場をいろんな木の葉が舞っていた。
去年卒業した小学校で僕は人気者だった。友達もいっぱいいた。
百人はいたんじゃないだろうか。
しかし、真里菜ちゃんは違っていた。
真里菜ちゃんを小学生が避けて歩く。なぜだろう。気になる。
気になることは解明するのが僕の仕事だ。
「なんで真里菜ちゃん、お前は嘘つきなんだ?」
前向きに単刀直入すぎた。真里菜ちゃんの顔がゆがんだ。
「私は嘘をついていませんっ。ただ、みんなには間の者が見えないから。だから、嘘つきになってしまっ
たんですっ。しょうがないというかっ、仕方ないというか。私感知系で、つい、呟いてしまうんですっ。
間の者がいると」
感覚が鋭敏なのも困りものか。
「そんなことか。僕は細心の注意をいつも払っているぞ。気にするな。慣れればなんともなくなる」
「どんな風にですかっ?」
「間の者が来ても無視するんだよ」
「無視ですかっ?」
そう。
「それで前向きに空美を呼ぶんだ。あとは任せておけば何とかなる」
胸を張る僕。
「空美さんっ?」
「空美は赤雪姫を飼っているんだ。最強だぞ。どんな敵でも一撃だ」
「赤雪姫」
「最強の再来だよ」
「リフレイン?」
「生まれ変わり。僕らの血族の中で一番強いんだ。最高の相棒だよ」
「皓人くんは強くならないんですかっ?」
あれっ。そういえば。
「うん。僕はあんまり強くないんだ。でもお前は僕が必ず守るよ。友達になろう」
真里菜ちゃんは頬を染めた。
「友達ですか?」
「うん。友達」
「ありがとうございます。なら、約束してください。いいですか」
「前向きに何を?」
「私を守って死なないと」
「そんなの約束お安い御用だよ」
もしも彼女にまつわるあの事件の全貌を僕が知っていればそんな約束はしなかったのだが、僕は何も知らなかった。何も知らないからあんな約束をしてしまった。
前向きに僕は自分を追い込んでしまう生き物らしい。
どうやら昔からその傾向は強かったように思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
愛とI、どっちが重いかなんて誰にもわからない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
播磨の国の空は今日も澄んでいる。僕は前向きに真里菜ちゃんの元へ通うことにした。
理由は簡単だ。
「元気のない人に前向きに元気になってほしい」
真里菜ちゃんは最初こそ戸惑ったものの僕を受け入れてくれた。
生田公園をのんびり歩きながらお話をする。
「他の子と遊んだ方が楽しくないですかっ?」
「楽しいよ。でも真里菜ちゃんと遊ぶ方がもっと楽しい」
「嘘ですねっ」
真里菜ちゃんの白い手がますます白くなった。血の気がない指だ。どんどんと人形のようになっていく。空洞になっていくような気がする。
「嘘でもいつか本物になるよ」
「嘘は嘘ですよっ」
「いつか本物にすればいい。いつか本物になる嘘だ。それはもう本物じゃないかな」
「AイコールBだとでも言うんですかっ?」
「AイコールAじゃなくって?」
1たす4が5ではないという意味だろうか?
「皓人くんの中ではAイコールBなんですね。猫イコール犬を信じろということですかっ?」
そんな極端な話じゃない。
「それは極論だ」
「白もいつか黒になる。そう言っているんですねっ」
「そんな言い方ないだろう」
「そんな考え方ですよっ。嘘がいつか本当になるなんてっ」
そんなに悪い考えだろうか。
「何を怖がっているんだ?」
「何もかもですっ。このままだと私、すべてを壊してしまいそうでっ」
「壊さなくても何とかなるもんだ。のんびり行こうよ、真里菜ちゃん」
「そうは行きませんっ。私の破壊衝動は日に日に強くなっていくんですっ。このままでは、何もかもダメ
になりますっ」
「破壊衝動?」
「間の物を殺せという破壊衝動ですっ」
「僕に何かできることはないか?」
「ありませんっ」
真里菜ちゃんはそう言うと両手首を抑えた。
「本当にどうしようもないんですっ。抑えきれないんですっ。衝動が来るんですっ」
変な話だ。
「どうしてそんな破壊衝動が人に……」
「私が人形だからかもしれませんねっ」
嘘つき人形。彼女はそう名乗った。
「どうして人形なんかに」
真里菜ちゃんは言葉を区切った。
「多分、力が強すぎるんですっ。感知の力がっ」
そう言って真里菜ちゃんは下を向いた。
青ざめている。苦しいみたいだ。
僕は彼女の背中に触れた。
「真里菜ちゃん。落ち着いて。破壊衝動なんて、僕を殴ればいいよ。僕には硬化の才能がある」
「それはなんですかっ?」
真里菜ちゃんは興味を持ったようだった。
「僕は満月狼に汚染されている。だから、狼の力を使えば」
僕は息を止めた。体がカチカチに硬くなる。
「こんな風に、息を止めている間、ダメージは蓄積されない」
僕はベンチに拳を振り下ろした。ベンチは簡単に砕けた。
「嘘でしょうっ」
「本当だ。本当なんだ」
真里菜ちゃんは後退した。作業服のおじさんを指差す。
「ペンキ塗りたての上に、ペンキ屋のおじさんが睨んでいますよっ」
「最悪だよ」
手が真っ白になった。
ペンキ屋のおじさんは僕らを見てほほ笑んだ。ひきつった笑いだった。
僕らは逃げる。
「ねえ、真里菜ちゃん。さっきのあのペンキ屋のおじさん変じゃなかった?」
「変じゃなかったとは?」
「違和感を覚えなかったか? お前は感知系だろう?」
「違和感はありましたね。この街には白い人形と真っ暗狼が入り込んでいますから」
「白い人形って?」
聞き覚えのない単語だ。
「間の者ですよ。知らないんですか?」
僕は生田公園の隅に走った。時の糸で鍵を作り、僕の領域、ワンダーランドを呼び出した。
僕と紳一郎さんと従姉妹の空美と海美は領域師だ。人は皆、心に葛篭を持っている。その心の葛篭を自由に出し入れして扱えるのが領域師だ。
「前向きに来い。僕のワンダーランド」
ワンダーランドは僕の目の前に現れた。僕の領域は図書館の形をしている。
「ちょっと待っていろ。今すぐ調べて来るから」
真里菜ちゃんは僕を見下ろした。
「領域が壊れれば領域師は持ちません。こんなところで開いてはダメですよっ」
「まあ、それはそうなんだけど」
この頃の僕は思い上がっていたのでそんなこと対して重要だとは思わなかった。前向きに。今となってはありがたい忠告だったんだけど。
「真里菜ちゃん。今調べないといけないことだよ。急がないと」
「ですが。私の大げさな勘が告げていますっ。危ないと」
「平気。平気」
僕はワンダーランドの中に入った。
「真里菜ちゃんもおいで」
「はい」
真里菜ちゃんが僕のワンダーランドに手をかけた瞬間にワンダーランドが揺らいだ。
真里菜ちゃんは悲しい顔になる。
「私では入れないようですねっ」
「ああ、そうか。僕の血族しか入れなかったんだっけ」
「ああ、そうだったんですかっ。良かったっ」
真里菜ちゃんは安堵した。
「私の人形化の所為で入れないのかと思っていました」
「そんなことないよ。空美が平気だったからつい勘違いしていたよ」
「ちゃん付じゃないんですかっ?」
「空美は空美だよ。僕の従姉でね、長いツインテールなんだ」
「ツインテールっ」
真里菜ちゃんはにっこり笑う。
「それは素敵ですねっ」
「違う! ツインテールはどうでもいい。大事なのは長いことだ! ここが重要だ! 繰り返せ!」
「長いのが重要なんですかっ? どういう原理でしょう?」
「長いということは美しいということだよ。ああ、美しい。風に揺れるツインテール」
「皓人くんは変態ですかっ?」
「どこが変態だ。僕は変態じゃない。僕は美しいものが好きなんだ」
「美しいものが好きっ」
真里菜ちゃんは下を向いた。
「私は美しくありませんよっ」
「そっかな。真里菜ちゃんは美しいよ」
「私は……」
「絶対美しい。真里菜ちゃんは気が長いじゃないか」
「気が長い?」
「気が長いということは心が美しいということだよ」
当然だ。前向きに当然だ。
「美しいですか? 私は破壊衝動を抑えられないんですよっ」
「その破壊衝動って何?」
僕は狼に汚染されている。だけど、狼の衝動は未だ出ていない。
なぜなら、僕は刀の一族だからだ。血の力は狼の力を抑えている状態で、僕にはメリットしかない。
少々、チートな存在だ。
この頃には地獄の筋肉痛も、疼くような鈍痛も来なかったのだ。
「真里菜ちゃんは紳一郎さんと同じ銃マスターの血族だろう?」
「はい。赤ずきんを狼から救った猟師、銃マスターの血族ですっ」
「だったら、何も問題なんて」
真里菜ちゃんは下を向く。
「問題はあります」
「どんな?」
「私は呪われているんです」
真里菜ちゃんは泣き始めた。ぼくはどうしていいかわからずに彼女を案内した。
僕の家へ。