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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第二章 うそつき人形と真っ暗オオカミ
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真里菜ちゃんとの出会い

 黒船が来ず、世界大戦の怒らなかったイカルガで僕等は戦う。


 神のしもべとして。


 果てても拾われず、朽ちても顧みられることはない。


 それでも生きる。それが刀の一族だとそう信じて。佐伯皓人さえきひろと


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 思い出は美しい。記憶は美しい。亡びるものは皆美しい。

 僕らは領域を使い陰から人々を守る一族だ。


     ☆     ☆      ☆     ☆     ☆


 僕の名前は佐伯皓人ひろと。長い物が好きで壊れそうな物が好きで壊れた者に興味が持てない。そんな性質をしている。


 僕は先日、鬼切り師の梔子綱子くちなしつなこちゃんと仲良くなった。


 しかし、彼女は鬼切りに忙しい。綱子ちゃんに美味しいケーキを食べさせよう。


 そういうわけで今日は僕を先輩と慕う中務真里菜なかつかさまりなちゃんと秋の遊歩道で待ち合わせをしている。


 何でも、真里菜ちゃんは買いたいものがあるそうだ。


 女の子の買い物は長い。長くて疲れる。しかし、そこが良いのだ。


 長い時間、女の子に拘束される。それだけでぞくぞくする。


【のびる麺 のびる買い物 快感に】


 そう言ったら、真里菜ちゃんは困った顔で鼻をつかみますよと言った。


 どういう意味だったのだろう。とにかく僕は今大変浮かれていた。


 枯葉が舞う中の待ち合わせなんだから、浮かれて当然だろう。

 浮かれるのにはもう一つわけがある。


 僕の誕生日である。僕の誕生日が近いということはプレゼントを貰えるということである。どんなものが貰えるんだろう。当然欲しいものはいっぱいだ。この日のために長いメモを制作したくらいだ。


 僕と真里菜ちゃんの出会いは単純である。


 僕が紳一郎さんの家に遊びに行ったことからその出会いは始まった。僕は中学一年生になったばかりの頃だった。


 記憶の中の紳一郎さんは僕に言った。


「美味しいチョコレートケーキがあるんだが、うちに来るかい? ボーイ?」


「美味しいチョコレートケーキなんていらないよ。金くれよ。金」


 昔の僕は鼻持ちならないガキだった。 なんでそうなったかというと、両親がうちにお金を入れなかったからだ。当時の僕は守銭奴だった。


「お腹いっぱい食べたいんだよ」


 血のつながらない小さな僕の双子の妹たちはまだ本当に小さくて家の中で鬼ごっこをしていた。


 父親は放浪し、母親は子育てに必死だった。


 僕は金を稼ぐことに躍起になっていた。妹を守るためだ。


「うちにあるのは長いチョコレートケーキダナ」


「行く! それを貰って帰る!」


 俄然やる気が湧く僕。長い方が腹いっぱい食べられる。それに長い物は美しいのだ。完璧なラインだ。新幹線のレールなんか最も美しいものだ。


「君には小学生の噂話を集めてもらっているからね。本当に助かるんダナ」


 小学生の噂話。大人は手を出せない領域。そこに間の者は忍び寄る。


 間の者とはこの世とあの世の隙間からくるもののことで僕ら刀の一族にしか見えない外れ者のことだ。僕らは神様に仕え、一生、その秘密を抱えて生きる。


 僕らの一族は白雪姫の一族。紳一郎さんの一族は赤ずきんを守る銃マスターの一族。


 僕はそうやって中立に生きることに慣れていた。


 それしか道を知らず、そんなものだと思っていた。そんな頃、君と出会った。


 中務真里菜ちゃんと。


 僕が紳一郎さんを訪ねると、紳一郎さんは高層長屋に僕を招いた。


「こんにちは」


 白いワンピースの僕より少し背の高い少女。それが真里菜ちゃんだった。


 首に幾重にも数珠を巻いていた。


「初めまして」


 元気のない子だと思った。


「初めましてだな」


 胃腸が悪そうな顔をしている。声も細い。弱々しい。頼りない少女。


 瞳がうるんでいて小型犬のようなイメージだった。


「あなたは何。あなたも私を嘘つきだとでもいいに来たんですか? 帰ってくださいっ」


 身構えた彼女は長い数珠を体中に撒いていた。


 長い物はそれだけで美しい。首の数珠を巻いた少女はとても美しく目に映った。


「いいなあ。それ」


「え?」


 その時の真里菜ちゃんの顔はよく覚えていない。


「お前いいよ。とってもいいよ。その数珠、最高だよ。お前、良いな」

 

 真里菜ちゃんは肩を震わせた。


「最高?」


「うん最高。お前によく似合っているよ」


「本当ですか?」


 真里菜ちゃん泣きそうな顔で僕に縋り付いた。笑いかけた顔から涙が落ちる。


「私は呪われていますっ」


 なんだ、そんなことか。そんな単純なことか。


「僕だって呪われている。お前だけじゃないよ。そんなことぐらいでへこむなよ」


 真里菜ちゃんは眩しそうな顔をした。子犬が親を見つけた時のような顔をしていた。


「お友達になってください。お願いします。私もあなたのように強くなりたいんです」


「僕のように?」


 僕は強いのだろうか。


「私を本当の人間にしてください」


 彼女の体は冷たく硬かった。軽くたたくとコンコンと空洞な音がした。


 紳一郎さんはそんな僕らをじっと見つめていた。これは相当進行しているんじゃないか。


 人形化が。ぞっとする。


「皓人。彼女の呪いを解いてくれたら、それ相応のお礼をするんダナ」


 お礼か。それは前向きに嬉しいことだ。


「生活費。一年分?」


「それぐらい払ってもいい」


 驚きだ。


「紳一郎さん、正気か? いつもは僕の金銭感覚が狂うからと言ってあまりお金をくれないじゃないか。あんた本当に嫌なおっさんだなあ」


 生意気な僕だ。


「お父さんは優しい人なんですっ」


 真里菜ちゃんは怒って僕を見下ろした。


「ほかならぬ娘のお願いだからね。馬鹿にもなるんダナ」


 そう言った紳一郎さんは父親の顔をしていた。そっか、変わったんだな、紳一郎さん。


「僕とこいつじゃ気が合わないかもよ」


 僕は真っ直ぐ真里菜ちゃんを指差した。乱暴に。


「気が合うかどうかの話じゃないんダナ。呪われているか呪われていないかという話なんダナ」


「僕は呪われているよ。満月狼に。それで狂っているんだ」


 真里菜ちゃんは僕の手を握って泣いた。


「可哀想な人っ」


「僕は可哀想じゃない。僕の名前は佐伯皓人」


「私は中務真里菜ですっ。嘘つきなのっ」


 紳一郎さんは頭を抱えて天井を仰いだ。


「真里菜、自分から嘘つきだなんて言っちゃいけないよ」


「そうですねっ」


 僕は笑った。


「真里菜、人間みんな嘘つきだよ。良い嘘をつけばいいんだよ」


「いい嘘っ?」


「人が幸せになるような嘘だよ」


「幸せになる嘘っ?」


 紳一郎さんは苦笑した。


「人を喜ばせるのは良いけど、相手をがっかりさせる嘘はいけないよ。皓人」


「ああ」


 そんなこと解っている。わかりきっている。


 紳一郎さんはメガネを持ち上げた。顔に笑みが浮いている。


「それにうちの子は可愛い。真里菜ちゃんと呼ぶんダナ」


「真里菜ちゃん?」


「女の子には『ちゃん』をつけて呼んであげないとモテないよ」


 紳一郎さんは胸を張った。モテたい。


「それは前向きに本当か?」


「本当だよ。そんなもんなの」


「真里菜ちゃん」


「ありがとうございます。皓人くん」


 なんだか良い気持ちになった。


「自己紹介が済んだところで、皓人。真っ暗狼の話をしよう。今度の敵は狼だよ」


 なんだって。


「満月狼とどう違うんだ?」


「エウロパの生き物がイカルガに迷い込んだ。暗闇で子供たちをおどすらしい。気を付けてほしいんダ

ナ」


「紳一郎さん、脅すだけなら大丈夫じゃないのか? 前向きに」


「そうだね、脅すだけなら怖くないんだけどね」


 紳一郎さんは意味ありげに笑った。


 今思えば紳一郎さんはいろいろなことを知っているのにそれを隠すのが上手な大人で、僕はよく翻弄されたように思う。前向きに。


 それは僕を鍛えようという意図で行われたもので悪気なんかなく、それゆえにたちが悪かった。思い返してもあの人の嘘よりたちの悪いものはなかったんじゃないだろうかとさえ思える。そしてそれは実際そうだったのだ。

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