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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
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僕らは嘘をつく

 透明な空の下で少女が歌っている。


 身体中が砕けたように痛い。僕はゆっくりと、草原に立つ。

 動けるのは気力と狼の力だ。僕は笑顔にならない顔を必死に作り上げた。


「綱子ちゃん、綱子ちゃん。どこにいるの?」


 食堂の中から、小さな綱子ちゃんが顔を出した。


『ここにいます』


「そう」


 僕は満身創痍でうずくまる。


『どうしたのですか? 頼光様……』


「ごめん、僕は頼光さんじゃない。僕は君に嘘をついた」


『え……』


 言わなくては。


「君を助けるために嘘をついた。僕は嘘つきなんだよ」


 ああ、嫌われる。


『ひどい、ひどい。なんでそんな事をするんですか!』


「なんでかな?」


 蝶が空を舞う。幼い綱子ちゃんの鼻に止まる。


「僕はただ……可哀想な女の子をほっとけない壊れた奴なんだよ」


 人が死んでもなんとも思わず、他人が踏みにじられてもなんとも思わない。

 でも僕は知り合いの痛みが解る人間だった。それだけの話だ。


「頼光さんに会うかい?」


『はい。でも』


「恐がらなくていいよ。鬼はもういない。ここにいるのは君の大好きな頼光さんだよ」


 頼光さんが遠くから綱子ちゃんに手を振っている。満面の笑顔で。


「ここはもう安全な森になったんだ」


 頼光さんは陽光に溶けて行く。


『皓人さん、皓人さん』


 僕は小さな綱子ちゃんに抱きしめられて目を閉じた。紳一郎さんの張った絶海、忘れ者の森は壊れる。


 僕は微笑んで目を閉じた。誰かがどこかで忘れ者の歌を歌っている。ここは忘れ者の森。忘れたい人が忘れたい人を隠して集う森。なんて悲しい森なんだ。愛していたのに。愛されていたのに。


 ここを忘れなければ生きていけなかった。でももういいんだ。僕は両眼から涙を流し、本当に良かったと呟いた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 気がつくと播磨の街に僕らは転がっていた。


 僕と綱出さん。


「まったく、無茶をして……」


 渡辺の綱出さんがメガネを手に、僕の隣で怒っている。嫌われたな。


「なんで君が怒るの?」


「お前は頼光様の時を巻き戻したわ」


「そうだね、頼光さんが死ぬ一分前まで巻き戻したよ。でも死の運命はかえられない。一分後には死んでしまう……定められた事だ」


 それでも、一分は生きていける。


「……あの時のお前の苦痛は見ていられなかったわ」


 僕は頑張ったのに酷いじゃないか。


「どんな力にも代償はある。人よりも痛いのなんて慣れっこなんだよ」


「あんな異常な苦しみ方をしておいて嘘をつくかないで。まったく、壊れているのは本当ね。自分の周りだけよければすべて良いタイプでしょう。お前と言う奴は。呆れたわ」


 違いない。


「否定はしないよ」


「ボロボロね」


 綱出さんは仕方ないというと僕に丁寧に包帯を巻いた。長い包帯だった。

 大人の女の人という感じがした。僕は首を振る。


「今回は特に何にも無かったよ。面倒なことは」


「お前、変わった奴ね」


 綱出さんの手当ては手慣れていて、とても上手だった。


「そうだ。お前、私をどう思うの?」


「良い人だと思うが」


「そう」


 満身創痍の渡辺の綱子は最後に破顔した。


「また私をお前の背に乗せて。乗ってあげるわ」


「渡辺さん……」


「また会いましょう。その時こそ、影に明日はない」


「こりないね」


「解っても許せない事はあるわ。私と綱子は慣れ合う事はないの。一生憎しみ合うと思うわ」


「まあ、僕とは仲良くすればいいよ。あなたは便利だから」


「ずうずうしい男ね」


 渡辺の綱出は綱子ちゃんの中に沈み込んでいく。綱子ちゃんのもう一つの人格か。

 綱手さんがつけていたメガネが溶けて綱子ちゃんの体に吸い込まれる。


「さて」


 空で茨木童子が呻いている。海美の領域が再び浸食され始めている。


「あれをどうにかして行ってくれよ。渡辺の綱出さん……って無理だよな」


 まあ、頼光さんと戦ったあの傷ではリフレインの彼女でも勝ち目はないか。


「さて、どうするか」


 隣で倒れていた綱子ちゃんがゆっくりと起き上った。必死に目をこすっている。


「皓人、どうしてボロボロに? もしかして変態だからなの?」


「変態違う」


 さっきの騒動を覚えていないのか?


 それならそれで良い。綱子ちゃんは空を見上げている。


「茨木童子。私を追ってきた……」


 そう思いこんでいるだけだとは言えなかった。けれど、もう僕は目をつけられてしまっているだろう。

 僕は頼光さんに似ているんだから。渡辺の綱出には恩義もあるし戦っておくか。


「綱子ちゃん。僕たちで倒そう」


「お前は非戦闘員よ。戦えるの?」


「うーん。あまり上手じゃないよ。でも、何となく良い気分だから、死ぬのは嫌かな」


 綱子ちゃんはマフラーを構えた。無形は鋭い太刀に姿を変える。


「私について来る?」


「剣技はド素人だけど平気かな?」


 僕は渡辺さんの残して行った黒鋼を抜いた。息を止めている間……つまり身体を硬化している間は僕もこの刀が使えるわけなんだけど。


「使えるの?」


「一分は使えるよ。いろいろあってね」


 綱子ちゃんは不思議そうな顔をした。空から大きな顔の鬼が落ちてくる。


 地面を転がって家々を押しつぶしていく。これは後片付けが大変そうだ。


「海美が苦しんでいる。予期せぬ攻撃が来たからだ」


「あれぐらい痛くないわ」


「君はそうでも、海美はそうはいかない。領域に何度もぶち当たる茨木童子の重みで緊張したんだと思う」


「腰ぬけね」


 その時、雲の間を縫うように鬼の一撃が、弾丸のように僕をかすめた。


 身体中が砕けそうになる。


「ああぁぁぁ……」


「皓人、戦う前から怪我するなんて気が早い」


「色々あったんだよ」


 綱子ちゃんは無形を首に巻くと僕をお姫様抱きにした。


「非戦闘員には荷が重いでしょうね」


 綱子ちゃんは生き生きしていた。僕を柱の陰におろし、自分は勇ましく鬼に向かい駆けて行く。

 ふっきれたのかな。だったらいいや。だったら僕はもういらない。


 その時、僕の携帯が鳴った。表示はワンダーランド、僕の図書館だ。


「もしもし、なんでしょう? 武者小路さん?」


『違うよ。ああ、初めまして。僕だけど。解るかな?』


 愕然とした。


「頼光さん?」


 僕は綱子ちゃんに聞こえないように声の音量を押さえた。驚きで指が震えた。


「なんでこんな時に!」


『今から僕と戦ってくれないか?』


「戦う?」


『君は命の恩人だけど、運が無い人間には綱子の隣を任せられないからね。勝負してくれ』


「僕では心配ですか?」


 僕が守ってはいけないんですか。僕が隣に居てはいけませんか。


『悪く思わないでくれ。心残りを作りたくない』


 電話越しの頼光さんは手にトランプを出現させた。手品師の様にカードを繰る。


『勝負しよう。これが僕の使う武器だ。君に勝ち目もある』


「解りました……行きましょう」


 頬に当たる風がやけに生温い。僕はただどうする事も出来ないまま、ステレオのスピーカーの様に違う彼とワンダーランドの中で向かい合うだけだった。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 梔子綱子は……私は必死に走っている。どうしても渡辺の綱出になりたかった。


 渡辺だと思いたかった。そうでなかった事をもう随分と忘れていた。


 肩書きを持っていれば強くなれる気がした。私は綱出。そう思っていれば鬼と戦えた。どんな時でも。戦う事が出来た。


 頼光様が私を助けてくれた、それが一でそれが全部。でも今は?


 心に穴が開いたよう。きつくマフラーを巻く。カイロを握る。


 身体が寒い。凍えそう。


「茨木童子は私を追ってくるわ。私は戦うだけなの」


 どうしてだろう。こんなに胸が悲しいのは。


 私は頼光様を背負っていかなければならないのに。


 背負った物が落ちてしまっておぼつかない。


 鬼の拳が落ちてくる。地表を揺るがしたくさんの人たちが足元に転がる。

 人なんて嫌い。友達なんて諸悪の元。自分の領域を張る。


「それでも戦える」


 鬼の爪も落ちてくる。地面が割れる。地震だと逃げ惑う人々の間を逆らい進む。


「それでも戦える」


 鬼の牙も落ちてくる。背後の地面に穴が開く。大太刀を、黒鋼を居合いのように鞘から引き抜く。正眼に構え、自分の頭上よりもはるか上にある鬼の顔に向かって叫ぶ。


「……負けるわけにはいかない!」


 心が嘘みたいに軽くなって、今はこんなにも静かだ。頼光様、どこに行かれたのですか?

 あんなに騒いでいらっしゃったではありませんか。綱は心細いのです。


 空には幻日が浮かび、あの人の領域、森海が不意に目の前に広がる。


 もう二度とないと思っていた光景。


『綱子、久しぶりだね』


 大好きだった人が、穏やかな顔で微笑んでいる。苦しまず、唸りもせずに。昔のように。さりげなく温かく。


「頼光様? どうして……」


『僕はもう平気だから、好きに暴れておいで』


「行かないでください。頼光様!」


 森海の光りは辺りに満ちて行く。その光の向こうにボロボロの少年が現れた。


 その困ったような笑顔が、私は……少し嫌いで……そして。


「お帰り。変態」


 両頬を静かに涙が流れた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 僕らは暗闇の中、蓮の花の上に落ちる。世界は冷たく横たわっていた。ここは?


「わらわの世界じゃ。鬼のアホウどもめ。わらわの土地を飲むとは何事ぞ!」


 空の彼方からヒルメちゃんの声がする。


 そこにヒルメちゃんの領域を割りこんで紳一郎さんが現れた。海美も一緒だ。


「怪我は大丈夫か? 来たぞ、皓人」


「雑魚は任せなさいダナ」


 僕らの勝負に勝手に割り込んでみんな勝手だ。でも頼もしい。


「私はここを支えよう。あとは面倒だからみんなでよろしくダナ」


「本音がただもれだよ!」


 僕らは白い空間に落っこちた。紳一郎さんの白い領域、絶海。その箱の中に巨大に膨れ上がった茨木童子が落ちてくる。僕は綱子ちゃんの手に触れた。


「どう戦うかな?」


「力づくよ」


「君って奴は仕様がない奴だな。周りは木偶の坊か? もっと僕や海美を頼れ。君は嫌な奴だ……」


「ずっと誰かにそう言われたかったわ。仕様がないって言われたかったの。仕様がないから、諦めろ。って」


「諦めてもいいんだよ。諦めないと明日はない。諦めないと新しい事はないんだよ」


「静かね」


「あまり持たないよ!」


 海美は紳一郎さんの領域を支えている。ハスの花の囲いの世界。他の人はいない。

 街もない。全力で行ける。僕らは武器を構えた。


 綱子ちゃんはマフラーを。僕は黒鋼を。茨木童子は白い床を散らしながら転がった。

 恐らくぶつかっただけで身が砕ける。

 頼光さんの回復の領域、森海で痛みの薄れかけた身体に冷たい牙が襲いかかる。痛みは感じる。でもそれを感情に出す器官が壊れている。へらへら笑う。痛い。でも綱子ちゃんを傷つけるわけにはいかない。


 心配をかけるわけにはいかない。綱子ちゃんは長い髪をなびかせて刀を構えた。

 白い床が舞いあがる。綱子ちゃんは鬼が触れたタイルを叩き壊した。


 綱子ちゃんは刀を振り降ろし、茨木童子から湧く雑魚鬼たちを切り捨てる。茨木童子は回転して襲いかかってくる。鬼になり果てた彼にもはや人間の面影は無い。


 目の前の敵に向かって行くだけ。壊れている。茨木童子は綱子ちゃんを見て吠えた。渡辺の綱出じゃないのに、奴にはどうでもいいんだ。ただ目の前の対象に恨みを繰り返すだけ。ああ、消さなきゃ。殺さなきゃ。潰すんだ。


 綱子ちゃんは僕を背後に身を置き、無形を振るった。舞い上がって邪魔な床板の隙間を滑るように敵に迫る。

 海美が守る領域の四隅からわいた雑魚鬼たちが一斉に僕らに襲いかかってくる。


『頼光うぅぅぅ……』


 僕は爪が当たっても眉一つ動かさなかった。綱子ちゃんは僕の手を握ってゆっくりと目を閉じた。


「頼光様はまだそこにいる?」


「さあ?」


「私も声が聞きたかったわ」


「僕の声なら聞かせるけど?」


「最初出会った時、似ていると思ったの。お前は百億倍頼りなかったけど」


 何もかも忘れたかった少女は攻撃の反射を防ぐ刀、無形を手に茨木童子の前に立つ。それで良い。僕は寄り添うだけ。彼女は柔らかく僕の耳に囁く。


「あの人も変態だった」


 綱子ちゃんはそう呟いた。


「あの人の場合、君を笑わせたかっただけだ」


 僕はそう呟いた。


「お前もそうでしょう?」


「僕は元からこういうキャラクターなんだよ。無理させんな。あ、一句。【狼の 背中は意外 心地よい】」


 なかなかいい句だ。綱子ちゃんは僕に背を合わせる。


「一句。【変態の 背中は意外 気持ちいい】」


「変態で一句詠むな!」


「一句。【変態を 集めて早し 最上川】」


「芭蕉が泣くぞ!」


 化け物は首をかしげた。うるおおと叫ぶ。


「家族を殺されて恨みに思った鬼。私と一緒ね。もう終わらせよう」


 綱子ちゃんは茨木童子に刃を突き立てた。刀は弾かれた。無形ですら弾かれるのか。鬼退治のその刀ですら。綱子ちゃんは諦めなかった。何度も何度も刀を振り下ろす。その時、僕の懐から赤い布がこぼれ落ちて、綱子ちゃんに巻き付いた。


 ヒルメちゃんのマフラー。綱子ちゃんはそれを握りしめた。


「借りてもいい?」


「少しの間なら」


「後であなたの狼に触ってもいい?」


「犬にしときなさい」


 綱子ちゃんは茨木童子が壊した紳一郎さんの絶海を駆けあがった。赤いマフラーが流れ星のように空を飛び、天を駆ける。綱子ちゃんはその素早さと勢いで回転し、抗う茨木童子の額を破壊した。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 僕はあの時。頼光さんとのトランプ勝負でもうダメだと思った。

 頼光さんとの勝負には勝てない。


 僕の領域、ワンダーランドの中で繰り広げられた戦い。武者小路さんも玉藻ちゃんも息をひそめて見守っていた。


 トランプは嵐のように僕をズタズタに切り裂いた。


「君には感謝しているけどね。やはり役不足だ」


 やっぱり勝てない。


 僕はただ血を流すだけだった。本当に役不足だった。


「綱子ちゃんは! 僕が守ります!」


「無理だろう。半分狼に、綱子は守れない」


 僕は最後の力を振り絞り、頼光さんの足にしがみついた。


「あの子を守らせてください。お願いします」


「どうしてそこまで」


「僕は壊れています。壊れている僕でも……好きになってしまいました」


 もう何でもいい。苦し紛れに狼の力を使う。

 綱子ちゃんは僕が守る。何を使っても。


「放て、聖爪せいそう!」


 僕の爪は地面を切り裂いた。頼光さんは目を細くし僕を見下ろした。


「君は変わった男だね。身の内にを抱きながら、聖爪をふるう。そうか。君はいつか名前のない英雄になるかもしれないね」


 頼光さんは図書館の椅子に腰かけた。


「ここが気にいった。君の図書館に居座る事に決めたよ。何かあったら力を貸してあげよう。この時の止まった世界で」


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 綱子ちゃんは生まれた街に帰って行った。少し寂しさも残るけど、これでよかったんだ。僕が大人しく入院している間にヒルメちゃんはえびす様との勝負に負けた。


 生田公園を散歩しながらプルタブの蓋を開け、水を勢いよく飲み干す。うまい。


 真里菜ちゃんは僕の隣で首をかしげた。


「えっと。どうしてですか? どうして負けちゃんたんですか?」


「どんな鬼でも一匹でカウントされたんだってさ。怒っていたよ、ヒルメちゃん」


「仕方ありませんよ。世の中そんな物ですっ。天然木でも、合成樹脂でも、一つの製品なんですっ」


 真里菜ちゃんは天使の頬笑みで僕を見る。ああ、癒される。


 もう変態と呼ばれる事もない。

 寂しくない。感傷もない。自分の壊れを実感する事もない。


「真里菜ちゃん、今度の日曜日、快気祝いでうどんに行こう」


「はい。行きます。先輩、嬉しいです!」


 その時、空から何かが降ってきた。赤いマフラーと制服の少女が落ちてきた。


 あれはヒルメちゃんの空飛ぶマフラー。公園の上空から降ってきた少女は、


「脳味噌ぶちまけて、変態狼は嫌いよ」


などと叫び空から僕に蹴りをかました。


 着地した梔子綱子ちゃんはふくれて僕を見た。


「お前は私だけを守ってくれると言ったわ。ハム子を守るとは言わなかったもの」


 僕の上に座り込んでお腹をポコポコ叩いて大粒の涙を流す綱子ちゃん。


 その綱子ちゃんを真里菜ちゃんは困ったように見つめる。


「私、ハム子じゃありませんっ」


 僕は命が惜しいので前言を訂正する事にした。


「綱子ちゃん。君を守るとは言ったけど、みんなを守らないとは言っていない」


「黒鋼えええええええぇぇ!」


 真里菜ちゃんは僕らの不穏な空気を感じとるとフォローするように叫んだ。


「あの。私は一足先に学校に行きますよ。先輩」


「ありがとう、後輩」


 綱子ちゃんは僕の胸倉を掴んで揺さぶる。


「お前が入院したと聞いて心配して来たのよ。心配して来たのに……なによ。なによ」


 綱子ちゃんは僕を抱きしめて泣いた。大雨だった。僕は綱子ちゃんの頭を撫でる。


「僕はめったなことでは死なないよ。狼だし」


「馬鹿……馬鹿……変態……」


 綱子ちゃんは僕をホールドして顔を覗き込んだ。困ったな。


「僕は変態だよ」


「変態でもいいわ。嘘をつき続けて。皓人が選んでくれた言葉だからそれが良いの」


「僕はどうしょうもない嘘をつくかもよ」


「かまいません」


 綱子ちゃんはそう言って小さく下を向いた。


「私の家が直るまでしばらくお前の家に住みます」


「ああ。えっと……うん」


 僕は蒸気電話で両親に電話した。


「ああ、もしもし? 色々あってまた家族が増えました」


「かかか家族だなんて!」


 綱子ちゃんは僕に飛び蹴りを決めた。


 ここは通学路なんだが。クラスメートがいるんだが。何をする!


 通りすがりの勅使川原くんが真っ直ぐ僕を指さした。


「あ、変態」


「こんなところで言うな」


「こっちよ」


 綱子ちゃんに腕をひかれ僕らは駆けだす。


 いつもの公園の角を曲がり、道を駆け抜け、大きい道路に出る。


 炎天下の下、公園の入り口に止めておいたママチャリに飛び乗る。素早く動き出す変な形の赤ずきんの自転車。


 綱子ちゃんは自然な動きで僕の背に手を伸ばす。


「温かいですね。頼光様」


「そうだね。これはもう熱いとも言うね。どこに行くかな?」


「落ちついてグラタンが食べられる所がいいです。頼光様」


「しかし、授業は」


「私が教えます。数学は任せてほしいの」


「しかし、君の出席日数が心配だよ」


「平気です。大学四年までの数学は大丈夫です」


「そうだね。君は僕よりも頭が良いみたいだね。とても誇らしいよ、綱子ちゃん」


 綱子ちゃんはにっこり笑った。


「行こう。変態」


 鬼なんてもう怖くない。本物より本物らしい会話をして僕らは眩しい太陽を見上げて笑った。

拙い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

書きたいことをたくさん詰め込んで描いた作品です。

この物語があなたの心にそっと残ってくれたら幸せです。

長い文章を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

あなたに感謝です。



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