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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第一章 変態オオカミと忘れた君
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歴史と願い

 僕はイカルガの歴史が苦手だ。人間の歴史なんかどうでもいいと思っている。過去なんてどうでもいいと思っている。


 今は今しかない。だから、歴史の授業はどうでもいい。昔の人が生きて死んで、それだけの話なのだから。何をしても、どれだけ凄くても死んでしまったらそれだけだから。壊れてしまったらそれまでだから。


 今さら長ったらしい説明なんてどうでもいいと思って前向きに避けてきたんだけどな。本のページをめくる。


「えっと? 渡辺の綱出は源の頼光と大江戸山で鬼に爆発酒を使って酒呑童子を倒すが、そこで部下の茨木童子に逃げられる。渡辺の綱出はその後、御所や屋敷で茨木童子と何度も命懸けで戦うわけか。ふううん」


 頼光さんってどんな人だったのだろう?


 頼光さんがよみがえっていたという事は彼の敵はどうなっているんだろう?


 僕が演じるにあたって頼光さんの人格そのものを知りたいんだが、肝心な事が見えてこなかった。

 酒呑みで、イノシシの肉が好き、酒呑童子を騙して倒した豪傑。おっさん臭くてワイルドなイメージしか湧かない。綱子ちゃんの記憶の優男と違いすぎるんだけど。


 もしかしたら、綱子ちゃんの頼光様は本物の再来ではないとか……?


「主従関係がどうだったとか、どんな仲間がいたかとか……前向きな話が書いていないんですけど。仲間はさかいの金太郎さんに、その彼を見出した碓井定佳うすいさだよしさん、卜部助丈うらべすけたけさん、四天王以外だと、頼光のおじさんのよしさん。この六人で鬼退治か」


 頭を抱えたくなった。


「人間関係が見えてこないんだよな……誰が誰に弱いとか」


 僕はそこで呻きながら気がついた。


「うちの一族もでたらめだったっけ。最速の赤雪姫に、花使いの赤頭巾に護衛のガンマスターに、変なのばっかり。そうそうたる面々だ」


 僕は本をめくる手を止めた。窓ガラスが揺れている。何やら嫌な予感がした。


「皓人」


 綱子ちゃんが刀を手に図書館の東側の窓に立っていた。


「まさか嘘がばれて僕を殺しに来たんじゃあ?」


 震えあがった僕に窓越しの綱子ちゃんはブンブンと首を横に振った。


「護りに来たの」


「え?」


「海美に聞いた。意地悪な赤雪姫から皓人を守るわ! 絶対守るわ!」


 全力を込めて顔を輝かせ、図書館に向けて叫ぶ綱子ちゃん。その間にてきぱきと僕は読んでいた本を片付けた。間もなく僕らは速やかに図書館から追い出された。ここでデートをしてはいけません。


 デートじゃないんだけど。僕としては心泥棒をしようとしているだけなんだけど。

 上手く盗んで騙して、壊れないようにしてあげるのも、独りの彼女を拾った僕の責任というものだから。かの者は孤独と歌っていた寂しい彼女だから。


 綱子ちゃんは朝から何も食べていなかった。真里菜ちゃんの焼いたホワイトクッキーをハムスターのように食べている。


「綱子ちゃん。どこか行きたい所はある?」


 綱子ちゃんは少し拗ねてから振りかえってはにかんだ。


「皓人の行きたい所にいきたい」


「僕の行きたい所?」


 随分な変わりようだ。罪悪感さえ覚える。


「立ち食い蕎麦屋に行く?」


「うどんは好きよ。白いし、のど越しが好きなの」


「噛んでも美味しいよ」


「なら噛むわ」


 君は誰ですかと質問しそうになって力いっぱい堪える。昨日の泥酔が嘘のような利発さだった。重い鎖が断ち切れてふっきれたみたいだった。


「綱子ちゃん。昨日の事覚えている?」


「覚えていないわ」


 綱子ちゃんは駆け足して電車に乗った。


「皓人、行く?」


「うん……」


 僕は一抹の不安を覚えながら、電車に乗った。


 綱子ちゃんはどこか楽しそうに振り返った。


「私はお前を殺さないわ。でも嘘をついたら容赦しないからね」


 僕は砂を吐きたくなった。やばい、ヤバイ、死んじゃう。助けて、ヒルメちゃん!


「僕が天性の嘘つきだったら?」


「嘘はわかるわ。私にはわかるの」


「あはは」


 僕は心底緊張しながら綱子ちゃんの隣に腰を下ろす。綱子ちゃんは僕の目を覗き込む。奇術師のトリックを見破ろうとする同業者ように。目のやり場に困った。


「流れる景色が綺麗だな」


 綱子ちゃんは信頼半分、疑い半分の目で僕を見た。


「大江戸山の事、覚えていますか?」


 嫌な質問が来た。


「ああ、大江戸山だろう。沢山の鬼達が居たね」


 さて、どこまで付け焼刃の知識が通じるか……。


「鬼たちは宴を開いていたね」


 綱子ちゃんは指をごそごそと膝の上で動かして、マフラーの下で頬を染めた。


「何人の鬼がいたか覚えていますか?」


「数まではわからないよ。無我夢中だったからね」


「うん。私も夢中だったの。夢中」


「綱も必死だったね」


 これで、信じてもらえたかな?

 僕が胸を撫でおろしかけた時だった。


「どうやって倒したか覚えていますか?」


「もちろん。お酒を飲ませたんだよ。爆発酒を。それで相手が倒れた所を……」


 バン。綱子ちゃんの長くてきれいな指が、僕の背もたれで破裂していた。


「頼光様はそんなことしない!」


「え?」


「頼光様はそんなことしなかったわ! みんなは嘘つきよ! あの人がそんなことするはずがないのに!」


 あれ……でも、確か……掛け軸には……。綱子ちゃんはふくれた。


「頼光様はそんなことしません! もっとよく思い出してください! なんなら私があなたの頭を殴ってでも……思い出させます!」


「殺す気かー!」


 僕は電車の窓越しに苦笑する頼光さんの幻を見た気がした。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「それは皓人が悪いよ」


 口裏を合わせるために訪れた横志摩邸で海美は僕を散々笑った。


「なんでだよ」


「嘘を付いてまで、女の子を救わなくていいじゃないか。女の子がハムスターなら話は別だが。イヤ、あのしぐさ。あの子はむしろ、ハム子か?」


「ハム子じゃないと思う」


「まあ私様に言わせると、ハムスターほど良い物はナイよ」


「お前ってやつは」


 僕らは沈黙した。


「それから、彼女には内緒にしといてくれ。彼女が関わると面倒だから」


「うちの姉に報告すると、自動的に赤雪姫が嗅ぎつけてくるからね」


「僕は何者でもないから何の名を語っても平気だ」


「今は狼男だろう?」


「ほっとけ」


 僕は頭をかいた。


「最近、僕の周りに頼光さんの幻が現れるようになって、困っているんだよな……」


「幽霊か? いないだろう、そんなもの。何にせよ、早く片をつけろ。いつかばれるよ」


「うん。その事なんだけどさ。紳一郎さんには黙っていてくれないか?」


「お前と言う奴は。呆れるよ。あの人は万能だろうに。相談すれば即解決」


「有料で、だろ」


 従妹はそうだったよと笑った。


「でも、紳一郎さんはお前と約束しとくと出しゃばってこないじゃないか」


「出しゃばって来た方がいいかもしれないよ。お前の図書館で調べた所、やはりあの鬼はほんとうに本物の茨木童子かもしれない。茨木童子は酒呑童子の息子だったはず。親の仇が死ぬほど憎いのは世の道理だろう。たとえどれだけ憎んでいた親でも」


「茨木童子と酒呑童子には血縁関係があったのか?」


「酒呑童子も茨木童子も元は人間だ。人に呪われて鬼に変化へんげしたそうだ。お前とて人ごととは思えないんじゃないか? 人から狼になった身の上としては」


「ほっとけ」


 僕は自分が狼男になった時の経緯を思い起こした。まあ確かに人ごとじゃないけど。別にどうでもいいかな。正気を失えば、鬼は鬼なんだし。それだけの事なんだし。


 同情の余地も、そこに感情を入れる余地すらない。ただ単に間の者は殺すだけだし、僕も含めて事変なんて全員死んでしまえばいい。海美いわくそんな事を思う僕は酷いのだそうだ。


「人間には同情するけどね」


 同類には厳しいだけなのだ。ただ単にあきらめているだけだけど。


 望んでいないだけだけど。先なんて。未来なんてないから。先が無い人には諦めて欲しい。先が無い人に僕は厳しいだけなんだ。意地悪なだけなんだよ。


「そんなお前が本当に少女のために嘘を付くつもりなのか? 酷いお前が? 面白いじゃないか」


 従妹は楽しそうに笑った。

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