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変態オオカミと忘れた君 ラストワンダーランド  作者: 新藤 愛巳
第五章 鏡の魔女とミケランジェロ
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それぞれの想い

「ケーキ、焼いてきたから」


「何の?」


「チョコレートケーキ、レーズンやドライフルーツも入れて、スポンジにもチョコレートを練り込んで焼き上げたの」


「それはうまそうだ」


 空美は深刻な顔をした。


「ねえ。皓人。私は変わったかな?」


「空美」


「限界に捕らわれて、心もどす黒く変わって、昔には戻れない。でも、皓人がここまで私を立ち直らせてくれたんだよ」


「空美」


「私のケーキは感謝の気持ち。ありがとうの気持ち。食べたら懐かしくなって涙があふれるようなそんな味。優しい味だよ」


「空美。気にするな。無理はするな。ありがとう」


「私、前は明るい気持ちしか持ってなかったの。暗い気持ちを全然持ってなかったの。でも今はやっと人間になれた気がするの。やっと本物の人間に。使命のことばかり考えて一族のことばかり考えて、世界から遠ざかろうとしていた私に、試練が来た。でもその試練も、皓人が吹き飛ばしてくれたんだよ。皓人じゃなかったら吹き飛ばせなかった。あなたの言葉に救われたんだよ。どす黒い気持ちを覚えて壊れて、バラバラになった。泣きそうだった。泣いて暮らしたその心をあなたが助けてくれた。あなたが私を救ってくれたの。だけど、だから私はこのダークチョコレートケーキを焼いたの。初心に帰るためだよ」


「空美」


「いいなずけはもう無理だけど、私の愛人でもよかったら、私、私」


「空美」


 空美のケーキを一口かじる。


「うまい。懐かしい味がするよ。お前、昔はよく焼いてくれたよな。手作りケーキ。また焼いてくれよ。ありがとう感謝している」


「うん」


 僕は空美の頭を撫でた。空美は頬を染め、下を向いた。僕は彼女の額にキスをした。


「空美。僕はお前がダークネスでも好きだぞ」


「皓人」


 空美は僕の唇に人差し指を乗せた。顔が熱い。


 逃げるように廊下を突き進み、調理場の真里菜ちゃんに遭遇した。


「先輩」


 真里菜ちゃんは真っ赤な顔をしていた。


「よお。真里菜ちゃん」


 真里菜ちゃんは俯いていた。


「あまりいいチョコが手に入れられなくって。モンブランを作ったんです。チョコレートのモンブラン」


「なんだ。この長さは!」


 僕はそのケーキの長さに驚愕した。調理室の台の向こうからこっちまであった。極上の香りがする。


「調理室のオーブンでしか作れなかったので気合を入れました」


 真里菜ちゃんは誇らしそうだった。僕を見つめる。


「先輩。好きになってもいいですか? それが今までの私のスタンスでした。好きになるだけなら許さるんじゃないかって。許されていいんじゃないかって。でもね。今はそれ以上を求めたい気持ちでいっぱいなんです。あなたといると、とても楽しいから。私ダメですか?」


「真里菜ちゃん」


「ずっとずっと楽しいが続いてほしいんです。あなたとずっと一緒に居たいんです」


 真里菜ちゃんははにかむと僕の方を見て笑った。


「マスコット!!」


 僕は真里菜ちゃんを抱きしめた。好きだ。


「いろいろ考えてうどんぽい物を作ろうと思ったんですけど、失敗しちゃいました」


「ありがとう。真里菜ちゃん。こんな美しいケーキ見たことがない」


「先輩ならそう言ってくれると思っていました」


「僕は長い物が好きだ」


 長くないと好きじゃない。短いものはすぐにほどけてしまうから。

 簡単に失われてしまうから。無くなってしまうから。僕は長い物が好きなんだ。

 長い物なら簡単になくならないし、美しい。長ければ長いほどいい。

 長いことは幸せだ。


「そうですね。先輩は短い物とは別れて来ましたよね」


「そうかも」


「長く続くもの、伝統の物。先輩は長い物が好き。先輩はイカルガが好き」


「そうだ。長い物が好きなんだ」


 ずっと好きだった。長い物。なぜかわからなかったけど、僕は嬉しいんだ。


「ありがとう。真里菜ちゃん。素敵なものを焼いてくれたね」


「いいんです。私が先輩にできることはこれくらいですから。優梨愛ちゃんと伊理亜ちゃんにもよろしくお願いしますね。一緒に食べましょう。紅茶も入れました。白桃ダージリンです」


「君には頭が上がらないな」


「いえいえ、好きでやっていることですから」


「真里菜ちゃん。いつもありがとう」


「えへへ。先輩、淡いシャンプーの香りがしますよ。海美さんですか。空美さんですか?」


「真里菜ちゃんに手は出せないよ。紳一郎さんに殺される」


「それでもそこを越えて手を出してくれたら、私嬉しいですっ」


 僕は真里菜ちゃんの柔らかい耳たぶに触れた。


「きゃっ」


「人の耳たぶってどうしてこんなにすべすべして冷たくって気持ちいいんだろう。こんなに気持ちいい物は世の中にない」


「先輩。変態はやめたんじゃないですか?」


「誰が変態だ」


 僕はケーキの箱を持ってはじかれたバネのように駆け出す。


「変態じゃないならなんなんですか?」


「正義のヒーローだよ」


 僕はにやっと笑うと必死に一年生の教室を目指した。

 そこには綱子ちゃんが待っていた。


「何でしょう。皓人。チョコレートは持ってきましたか? 私に告白するんでしょう?」


「君が持ってくるんだろうが」


「そうでしたか?」


 首をかしげる綱子ちゃん。


「ちょっと待て。まさか何も準備していないんじゃあるまいな! 楽しみにしていたんだぞ」


「実は準備はしたのですが」


「したのですが?」


「えい!」


 綱子ちゃんは僕の口に羊羹を一本押し込んだ。

 うごおおっ。


「何をする」


「私のバレンタインです。チョコなんか作れませんでした。カカオなんか見つかりませんでした。誰かが買い占めていたのです」


 海美さん。不器用さんが激しく苦戦しているよ。


「ですから、ですから、ですから……羊羹を。綱は羊羹を……必死に!」


「ごめん綱子ちゃん。僕らが悪かった。好きだよ」


「皓人」


 僕らは見つめ合う。


「わ……私の告白は何点でしたか、皓人」


「まさか。カカオが見つからなかったところまでが告白か!! 告白なのか!」


「告白です!!」


 僕は赤面した。綱子ちゃん、なんて真っ直ぐなんだ。


「綱子ちゃん」

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