安定期
歳をまた一つ重ねることに気づいたのは晩御飯のパスタを茹でているときだった。大量の湯の中にパスタを放射線状に広げて、それを僕はくっつかないように軽く菜箸でかき混ぜため息を吐いた。
「パスタ、パスタ、パタスタパスタ!」
そんな折、お風呂上がりの同居人が歌いながら後ろから抱きついてきた。軽くではなくぎゅっと。身体を僕に全て預けるような抱きつき方だ。年齢相応と言って差し支えない程のまだ自己主張が少ない胸だが、ここまで近いと彼女の胸から僕の腕に柔らかさが伝わってくる。伝わってくる温かさが気恥ずかしいものだが、年上の僕は流石にそれを冷静に処理した。
「髪を乾かして来なさいな」
少女の名前はまだない。
タスクドール計画の最後に生まれた子であり、僕が一時的に預かっている子だ。命名権は僕が持っているのだが付ける気にはなれない。それは情を移さぬための僕なりの弱い防御だ。
今しがたお風呂から上がったためか鴉の濡れ羽を彷彿とさせる黒髪はいつもより重く見えた。
理知的で近寄りがたい冷たい顔つきをしているがよく笑い、人懐っこい性格をしているためか幼く見えることの方が多い。
「手伝うー!」
「良いから、髪を乾かしてらっしゃい。その間に机に並べるから」
料理を始めたのはここ最近なのであまり上等ではない。いくらかの惣菜は買ったものだ。それでも、温めて皿に盛りつければ不思議と見栄えがよくなった。
キッチンからリビングへ。繋がっているので明確に部屋をわけているのは僕の主観だがそれは些事か。
キッチンから見えていたが、少女はドライヤーを持ってパタパタと尻尾を揺らして僕を待っていた。
「んー」
仕事を増やされた。僕が苦い顔を浮かべても察してはくれない。きょとんとした表情で待っている。顔色を窺うなんて教えてもらってもいないし、教わる環境でも無かったのだろう。教えられるとも思えないので僕は口を真一文字にした。
「乾かして?」
しかし、通じない。彼女にもそんなこと言われたことは無い。
もう別れて随分経つけれども。
「僕はまだこれでも二十四歳になるところなんだがなあ……」
娘として処理しようにもそれでは大き過ぎる。近所付き合いの難易度が上がりそうだ。
「カゼになっちゃうよ?」
「僕がなるわけじゃないよ」
「僕もならない」