九
再び月より飛来した未確認物体が、沖縄沖に着水したのが確認された。
「ピンポイントでこちらに攻めて来てたのですから、続けて沖縄の海中に消えたというのには訳がありそうですね」
「そう考えて間違い無いだろうな」
「米軍の出方も気になります」
「米軍に被害でも出ない限り奴等は動かないとは思うが、興味深い対象であるだけに予測不能な面もあるな」
「やはり宇宙人なのでしょうか?」
「まだ分からないが、そう考えるのが自然だろうな」
「襲って来たのが、ドラゴンにフェンリルにガルーダというのは、どう考えれば良いのでしょう?」
「それらは神話の世界みたいだが、ボール状の物体は如何にも宇宙人的武器だからな」
現時点では何も知らないのと同じだった。
沖縄の西方沖海中施設
「かつての我等の力を思い知らされますね」
「一万年以上も放っておいた施設なのに、何の問題も無く使えるとは驚かされました」
「食糧をはじめとする生活物資の生産プラントどころか、獣の培養槽まで万全の状態で生きているとは思いませんでした」
「かつても侵攻の橋頭堡として使われたのでしょうね」
「神機と獣の部隊も呼び寄せても十分なキャパシティーがありそうです」
「まずは総員で施設を詳細に点検整備し、終了後に作戦会議を始めましょうね」
今回降り立ったのは少数精鋭なのであろうか、僅か五十人程であった。
その人数でも、完全自動化の進んだ施設だったので点検は直に終わり、整備の必要も無いのが分かった。
「編制の済んでいる潜入部隊は作戦室へ、整備班は潜航艦の準備を、他の者は必要物資を調べ月へ連絡してくださいね。施設が用意万端になったら、神機と獣の部隊を呼び込みますからね」
各人がそれぞれの役目に散っていった。
「我々の一番のターゲットはアメノウズメです」
「アマテラスでは無いのですか?」
「再支配の為には、アメノウズメを手に入れる方が有効だと考えてます」
「主神様達との会議では、三貴神が優先事項だったのではないのでしょうか?」
「強力な戦力を持たない我等と違って、あの方達は少し考え方が力尽くなところがありますからね」
「どちらにしても、アマテラスの方が圧倒的に能力が高いのでは?」
「能力というものは使い様ですよ。アマテラスの能力だと殲滅になってしまいますね」
「敵に回られた場合に脅威となるのはアマテラスなのでは?」
「力勝負前提ならそうでしょうが、そういう勝負は必要ありませんし、再支配こそが目的なのですからね」
「アメノウズメの方が再支配の役に立つという事なのですか?」
「アメノウズメの真の神威は、広域精神操作ではないかと解析されていますからね」
「その能力が強力ならば、支配するには有用でしょうし、敵に回したら最恐じゃないですか」
「無血で支配する方が、焼野原を支配より良いですからね」
「昔の様に力を見せて支配するのは無理でしょうし、その為に殲滅させては本末転倒という事ですか」
「そもそもアメノウズメがいなければ、アマテラスは降臨出来ないと考えています」
「そう考えられるはまだ早いのではないでしょうか?」
「オモイカネさんも同様の考えに至ってる様ですよ」
「神機研究の第一人者の方がそう考えられたのですか」
「どうも皆さん疑問だらけの様ですが、作戦成功の為にも疑問は払拭しておいて下さいね」
「我等の不勉強と考え不足でした」
「いいでしょう。そして我等がターゲットとするのは、アメノウズメの搭乗者の方です」
「搭乗者相手なら我等でも闘えます」
「搭乗者が亡くならない限り神機は奪取出来ませんからね」
「搭乗者の確定及び殺害が我等の任務と理解しました」
「お願いしますね」
任務を与えられた実行部隊は潜航艦で発進した。
研究所長に、剛の事でトレーナーが報告に来ている。
「天才とかいうレベルではありませんよ、化け物と言っていいくらいです」
「そんなに凄いのか?」
「トレーニングを始めたばかりだというのに、既に中学どころか高校の全国レベルのアスリートになっています」
「神と同化したのがキッカケなのだろうが、同化していない状態でも身体能力が上がるという事なのだな」
「異常な伸び方ですし、私も直に付いていけなくなりそうです」
「武器の使い方を学びたいと言うから棒術の師範を付けたのだが、そちらもどうなるかだな」
「相当な達人を付けないと、すぐに力不足になりますよ」
「検討してみよう」
「妹さんも同化されたそうですが、その後どうなっているのでしょう?」
「近々連れて来てくれるから、本人が了解してくれたら検査させてもらおうと思っている」
「元々凄いアスリートだそうですから、楽しみです」
「どうも科学者とか君等みたいなタイプは、自分の欲求に忠実過ぎる様だな。相手を尊重しないといけないぞ。ましてや相手は子供なんだからな」
「分かりました。そろそろジムに行って剛君を待つ時間なので失礼します」
トレーナーは一礼して退室していった。
「化け物か……静はまだ同化出来てないから変化は無い様だが、もしを考えると複雑なものがあるな。剛君兄妹はある意味被害者かもしれないから、出来るだけの事はしてやらんとな。親御さんにも説明しなくてはならないのだが、難しいな」
責任ある立場故の苦悩を三上は感じた。
放課後、ジムに向かう準備を剛がしている。
下足に履き替えていると後ろから声が掛かる。
「お兄ちゃん私もスポーツジムに連れてってよ」
「お前は部活があるんじゃないか?」
「辞めようと思ってるの」
「何で?あんなに部活が大好きだったじゃないか」
「今でもチアは好きなんだけど、物足りなくなっちゃったの」
「もしかして、お前も運動能力が上がっているのか?」
「うん」
「そうか……」
「このまま続けるとチアを嫌いになっちゃいそうだし、何よりも今はやるべき事が違うと思ったの」
「…………」
「だから連れてって」
「分かった。でも先生や先輩にちゃんと告げたのか?お父さんやお母さんにも何も言って無いんだろう。先にそういう事をちゃんと済ましてからじゃないと駄目だよ」
「うん。そうする」
舞は走って引き返して行った。
ジムでのトレーニングを終えると、棒術の指南を受ける為研究所に行く。
基本からじっくりと教えてもらうが、自身の身体能力が上がっているからか、理解力が上がっているのか、自分でも驚く程上達していくのが分かる。
武道というものは、効率的な体の使い方を追求する道だと感じて、稽古が終わった。
「御疲れ様でした」
シャワーで汗を流し着替えを終え、所長室に挨拶に行こうとしたら声を掛けられる。
「こんばんは先輩。これから所長にお礼を言って帰ります」
「お礼ですか?」
「今日から棒術の先生を付けて下さったんです」
「物凄い上達ぶりでしたね」
「誰かに見られている感じはしていましたけど、先輩だったんですね」
「感覚も研ぎ澄まされてきてるのでしょうね」
「そうかもしれませんけど、誰だか分からないんじゃまだまだですよ」
「日に日に強くなっていかれますね」
「それは僕の力じゃなくて神様に力を借りてるからですよ」
「ちゃんと努力されてると思いますよ」
「ありがとうございます」
所長室に着きノックをし入室した。
「さっそく棒術の指南を付けて頂き、どうもありがとございました」
「私が協力出来る事なら何でもするし、礼などはいらんぞ」
「そういう訳にはいきませんよ」
「君の果たしてくれた事を考えれば、遠慮などいらん事は分かるだろ」
「それなら御厚意に甘えて、実は妹もトレーニングしたいと言ってきたので、トレーナーを付けて頂くお願いしたいのです」
「それは勿論構わんが、妹さんも身体能力が上がってきたのかな?」
「そうらしいです。それにこうなっては、妹も自分の身を護る為に鍛えるのは必要な事かもしれません」
「君が護る為に鍛え始めたのではないのかな?」
「勿論そのつもりですが、全力を尽くしても護り切れない事態になったり、むしろ逆に助けられたくらいですから、妹の能力を上げた方が安心だと感じました」
「承知した。君の憂いを無くす為にも、親御さんの説得も含めて最高の環境を用意させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「剛さ…君の棒術の上達は凄かったんですよ」
「そうなのか?」
「私も小さい頃から薙刀をやっているから分かりますけど、有り得ない上達ぶりでした」
「それはさっきも先輩にも言いましたけど、神様の力を借りてるからですよ」
「そうなのかもしれんな。先程もトレーナーが付いていけなくなりそうだと言っていたが、神の力を得た者に人間が教えるのは無理があるのだろうな」
「それでも、効率的な体の使い方とかを学べるから意味はありますよ」
「そうか。なるべく早く連れて来てくれたまえ」
「部活の退部を済ませたら明日にでも連れて来ますので、宜しくお願いします」
挨拶を済まし剛は家路についた。
「期待してくれてたみたいで心苦しかったけど、明日正式に退部届出す事になったよ」
「一年生レギュラーだったもんなぁ、それでお母さんには話したのか?」
「うん、後はお父さんに話すだけ」
「結局競技会の撮影も出来なかったから、寂しがるだろうな」
「楽しみにしてたみたいだもんね」
「申し訳ない気はするけどしょうがないからなぁ」
「ずっと神様のままじゃないよね」
「分からないけど早く終わるといいな」
「元に戻ってまたチアやりたいよ」
「そうだな」
まだ幼いとも言える二人には重すぎる宿命だった。