五
受けたダメージが怪我になってしまう程のフィードバックがあるインターフェイスって、ヴァーチャルなんて次元を超えちゃっている。
同化後に肉体疲労を感じるのは、何故だか分からないが妹は感じなかったそうだから、自身の身体能力に関係があるのかもしれない。
妹が最初からあんな動きが出来たのも、そう考えれば辻褄が合う。
何といっても、妹は全国レベルのアスリートなんだから。
護れる力を得る為には自身の強化が必要だと感じ、その考えを研究所長に話したら同意してくれた上に、専属のトレーナーまで付けてくれた。
伊達に国の秘匿組織の長では無いのが、付けられたトレーナーの鬼っぷりによって分からされた。
これからの闘いを考えても、良い付き合いをしたいのだが、どうなることやら。
一週間が過ぎ、学校が再開される。
久々の再開に互いの無事を喜び合ったり、大事なものを失った悲しみを分け合ったりする。
やはり生徒にも教師にも、少なからぬ犠牲者が出ていたのだ。
僕のクラスの担任も巻き込まれて大怪我を負い、暫くは休職することになるそうだ。
「俺等のクラスは先生以外全員無事で良かったよな」
翔が声を掛けて来る。
「電話や携帯の復旧が二日くらいで意外と早かったから、安否確認も早かっただろ」
「そうだけどさぁ、やっぱ実際顔合わすのって何だかいいじゃないか」
「まぁ、そうだな」
「お前が顔を見せに来てくれたのは本当に嬉しかったんだぞ、あの日は舞ちゃんと一緒にスポーツセンターに行っていたはずだから、心配したんだからな」
「ありがとう」
「何か、お前感じ変わったな」
「そうか?」
「しっかりしたと言うか、力強くなったと言うか……何かレベルアップしたよ」
「レベルアップってゲームじゃないんだから、男子三日会わざれば何とやらって言うやつなんだろ」
「それってゲームの中のセリフじゃねえの?」
「お前は変わらないな」
久々の平和で楽しい時間は、あっという間に終わってしまう。
強くなる為には少しの時間も惜しいので、鬼トレーナーの待つスポーツジムに急いだ。
まだトレーニングを始めてから日も浅いのに、力が付いていくのが自覚できる。
自分がこんなに体を動かすのが好きだったのには驚いている。
鬼トレーナーが毎日メニューを厳しくしてくるが、モチュベーションに繋がるってどれだけポジティブやねん。
メニューを終えても物足りない感じがしたので、走って研究所に向かった。
「こんにちは」
大きな声で挨拶をし研究所に入る。
僕の存在を理解している皆さんから、とても丁重に扱われるのが、こそばゆい。
緊急事態に備えて待機するのが役目となっているが、今のところはトレーニングの時間となっている。
所内にもジムはあるけど、本格的なスポーツジムと比べると物足りない。
「カードは役に立ってるかい?」
フレンドリーに所長が話し掛けてきてくれるのだが、厳格なイメージとのギャップにまだ慣れる事ができないが、実際のとこ無理してるんだろうなと思っている。
「何故だか、とてもお腹が空くようになったので助かっています」
トレーニングを始めたからか、本当に食欲が増している。
その食費をはじめ、スポーツジム代やトレーナー代も、国が負担してくれる事になっている。
僕が中学生だからか、現金を渡すのは悪影響になるという気遣いなのだろうか、管理下に置き易いクレジットカードを渡されている。
国的には僕ってどういう扱いなんだろう?中学生だからアルバイトって訳にもいかないよな。
所員は国家公務員らしいけど、社会との接点に制約があるらしくて、大変そうだ。
このままだと、僕の将来はどうなるんだろう。
「今日もお疲れ様でした」
帰り時間になったのを先輩が知らせてくれる。
夕食は家で食べるのが良いと思うし、何より今迄帰宅部だったのに急に帰りが遅くなるというのも不自然だ。
中三なので塾へ行くという名目にしているが、僕の成績で内部進学だったら本来必要無いのだけど、勉強という名目だと親は疑わない。
少しだけ後ろめたさはあるが、僕の役割を考えると許して欲しい。
実はここに来る最大の理由は先輩に会いたいからなんだけど、それも許してね。
家までは数Kmあるが体が要求するので走って帰った。
「ただいまぁ」
かなりの速度で走って来たのだが、少し息があがっただけで済んでいる。
その代りメチャメチャ空腹になっていて、母親が呆れる程夕食を食べてしまう。
妹はあまり変わらないみたいなのに、一体僕の体はどうなってしまったのだろう。
風呂に入り、寝るまでの時間に勉強をしていると妹が乱入してくる。
何でもそつなくこなす妹ではあるが、理系だけは苦手の様なので、自分の復習も兼ねて見てやることにする。
「休校だった分宿題を出してくるなんて学校も鬼だよね」
「休んだら取り返すのは当たり前だろ」
「お兄ちゃん変わったよね。それって体育会系の考え方だと思うよ」
「脳が筋肉化してるってことか?」
「何かトレーニングに燃えてるみたいだし、スイッチ入っちゃったんじゃないの」
「そういうお前は何か変わったとか無いのか?」
「頭が良くなったとかあれば良いのに何も無いみたいだよ」
「頭は元々悪く無いと思うよ、理解力なんて大したものだと思うくらいだぞ」
「そういうお兄ちゃんだって、運動苦手なんて思ってるみたいだけど、そんな事無いと思うよ」
「いや苦手だろう、成績だってパッとしないし、全国レベルのお前からすればお話しにならないレベルだろうよ」
「私を対象にしちゃうってハードル上げ過ぎ、何たって私は天才なんだからね」
「天才ってのは間違い無いな」
「お兄ちゃんは天才の意味を間違えてるみたいだけど、私は天才っていうのは努力する才能だって思ってるよ。お兄ちゃんは運動の努力なんてしてこなかったでしょ」
「そうだな」
「スイッチが入ったみたいだから、これから凄いと思うよ、なんたって私のお兄ちゃんなんだからね」
「ああ頑張るよ」
やはり妹は天才だ。
その後数学の宿題で瀕死のダメージを負った妹は部屋に戻って行った。
「スイッチかぁ」
確かにそういうものが入った感じはある。
急速に身体能力が上がっているのも自覚している。
神と同化したのがきっかけとなったのであろう。
与えられたきっかけかもしれないが、護る力を欲し鍛えているのは僕の意志だ。
この先は僕次第なんだと決意する。
きっと護り切るんだと。