三
「まるでフェンリルとガルーダじゃないの」
祈りを奉げることによって感覚が拡がった私には、外の様子が手に取る様に分かる。
空を埋め尽くしているボール状のモノは何なんだろう?
個の力では遥かに上回っているのだろうが数の差がありすぎる。
序盤こそ危なげ無かったが、徐々に押されて来ている様だ。
しかし、私では何の助けになることも出来ない。
剛さんの勝利を願って祈り続けることしか出来ないのだ。
明らかに劣勢に陥ったと思えた瞬間、中天より新たな力が顕れる。
剛さんとは正反対の、速度と身軽さを持った神が降臨されたと感じる。
戦況が一変する。
剛さんが手が出せなかった空の敵を、新たな神がまるで空を舞う様に移動しながら撃破していく。
地上の敵は剛さんが空間から取り出した大槌で叩き潰している。
まるで昔から組んでいたかの様な連携を取りながら、次々と敵を屠っていく。
順調に闘っていたが、三体のガルーダの様な敵以外を全て撃破したところで、手詰まりになってしまう。
剛さんは迎撃する以外手が届かないし、新たな神は空には上がれるが、倒すまでの攻撃力が無い様だ。
当初は連携も見せていたし、知性を持った敵であることがうかがえる。
なすすべも無く見上げる剛さんと新たな神の姿が見える。
何も出来ずに見ているだけの自分を情けなく思い、何とかしたいと祈った瞬間に、私の中に新たな感覚が目覚めた。
私に力が宿ったのを感じる。
その力を一体のガルーダにぶつけてみる。
本殿上空より顕れた八本の光の束がガルーダを射抜いた瞬間、眩く輝き何も残さず消えてしまう。
突然仲間が消え去り動揺したかの様な、残り二体にも順番に力をぶつけてみる。
一体は簡単に、逃げ出した方は少し照準を合わせるのに苦労したが、どちらも同様の消え去り方をした。
剛さんと新たな神様の会話が聞こえた様な気がしたので話し掛けてみる。
「お疲れ様でした」
「えっ、まさか、先輩ですか?」
「ふぇ!?誰?」
「私も神の御力を少しだけ御借りする事が出来る様になったみたいです」
「あれは少しなんてもんじゃないでしょう」
「ねぇねぇ誰なのよ?」
「高等部の三上先輩で分かるよな」
「巫女姫様なの!!」
「何だそりゃ?」
「女子……だけじゃ無いや、皆そう呼んでいるのお兄ちゃん知らないの?」
「剛さんの妹さんなのですか?」
「どうやらそうみたいです」
「剛さん…………んんん!?」
「少し試したい事がありますので、協力していただけますか?」
「構いませんが何をすればいいんですか?」
「フェンリルの死骸を投げ上げられるでしょうか?」
「やってみましょう」
フェンリルってこの犬型の事だよな、と思いながらガロンスローみたいな感じで放り投げたら、高々と舞い上がる。
先程の光線がやはり瞬時に死骸を消し去る。
「残り二体と昨日の龍もお願いできますか?」
「勿論構いませんが何を試したかったんですか?」
「お片付けに使えるのではと思ったのです剛さん」
「剛さん…………お片付け……家庭的な女アピール……」
「どうした?何をブツブツ言ってるんだ舞」
少し妹の様子がおかしいが、こんな体験の後だからしょうがないと思いながら死骸の片付けを終えた。
さて、問題はどうやれば元に戻れるのか分かってない事なんだよな。
取り敢えず衣服は境内に残っているから問題無いけど、本当にどうすれば戻れるんだろう?
悩む事は無かった、境内に落ちている服を見付けて戻ろうと思った瞬間、そこに降り立っていた。
「お兄ちゃん、何で裸っていうか何で脱ぎ散らかしているのよ」
説明は後にしてまずは服を着る。
「舞もこうなっちゃうから気を付けろよ」
「昨日お兄ちゃんの服だけが残っていたのって、こういう事なの?」
やはり頭が良いと言うか勘が良いと言うか、我が妹には感心させられるばかりだ。
「それでこちらでジャージを借りただけで、やましい事は何も無いぞ」
「そんな事聞いて無いのになぁ……それよりどうやれば元に戻れるのか教えてよ」
「昨日は先輩に触れられたら戻って、今は戻ろうって思ったら出来たんだよ」
「じゃあ服のところへ行ってから、戻ろうと思えば問題無いね」
「服は元いた場所に残るみたいだけど、舞はどこから来たんだ?」
「家だよ」
「それ駄目だろう、このままで家まで行くわけにいかないだろう」
妹は家の方向を見る。
「本当だ屋上に服が残ってるよ」
次の瞬間女神が消え家の方向に光が飛んで行った。
「まさかな……」
妹の携帯が繋がったので聞いてみると、無事家の屋上に着いていると言う。
「いくらなんでも分からない事ばかりなのに危ないだろう」
「いけると思ったし、実際問題無かったんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃ無いよ。心配掛ける様な真似はするなって事だよ」
「ごめんなさい」
スゴイ妹だとは思っているが、それ以上に可愛い妹なんだから危ない事はしないでくれと切に思う。
「妹さん凄かったですね」
後ろから聞こえた声に振り返ると先輩が立っている。
「色々な意味で凄い妹ですよ」
「キャッ! 剛さん酷い怪我 医務室にまいりましょう」
気が付かなかったが、全身に細かい傷が拡がり血が滲んでいる。
電話の向こうで聞いていた妹が騒いでいるが、治療してもらってから帰るから心配しない様伝えて、医務室へと案内された。
治療を終え、何やら立派な部屋に通される。
先輩と二人きりで一つの部屋って、頭が沸騰しそうだけど平静を装う。
「神と同化してる時に受けたダメージは、そのまま受けてしまうのでしょうか?」
「あの一体感からすると有り得ると思いますよ」
「既に傷が全て塞がっていたというのには驚かされました」
「実際あの時は痛みは無かったし、痛みを感じたのは戦闘中に気持ちが少し萎えた時だけだったんです」
「気持ちの持ち様で、ダメージを受けたり回復したりするって事なんでしょうか?」
「僕の経験からは、そう言えるかもしれませんね」
「妹さんは怪我とかされなかった様ですか?」
「治療後連絡した時に聞きましたが、大丈夫だったそうですよ」
前日もガレキの下敷きになって怪我していたはずなのに、いつの間にか治っていた件も話してみる。
「妹さんは元から御加護を受けていたんだと思います」
「先輩は古くからこの地を護ってこられた家系なんでしょうけど、ウチはそういう由緒あるのとは違う、普通の家系なんですけどねぇ」
「何百代も続いたら血も薄くなるでしょうし、血統や家系なんて神からすれば些細な事なのかもしれませんね」
「失礼するよ」
ノックと共に男性が入ってきた。
威厳という言葉が似合いそうなその男性は、ココの所長であり神社の宮司、すなわち先輩の父親ということだ。
「初めまして北山剛ともうします」
「御丁寧にどうも三上義雄です」
最初に挨拶だけは出来たが、後は何を話したんだか分からなくなってしまった。
覚えているのは、今後も協力するという約束だけだった。
結局最後に一番のダメージを受けた感じだった。