二
「遅いよ」
「どうして……病院行ったら家で休んでるはずじゃ……」
「昨日から怪しい感じがしてたからね」
「お前がジャージをとっとと返せって言うから、急いで返しに来ただけだよ」
「ガードマンの人に借りたって言ってたのに、神社っておかしいんじゃない?」
「この神社には重要な施設があって、ソコのガードマンだそうだよ」
「随分とゆっくりしていたよね」
「色々な話をしてくれたからだよ」
「まっいいか、今日は一日付き合ってね」
「それはいいけど病院には行ったのか?」
「昨日大丈夫って言われたでしょ」
「朝は病院行ってから休むって言ってたじゃないか」
「そうだっけ?」
悔しいが妹の方が一枚上手の様だ。
「まだ電話が繋がりにくいみたいだし、母さんが心配するから一旦家に帰ろう」
「そうだね、帰ろうね」
帰りは昨日の現場の近くを通ったのだが、当然ながら怪獣の死骸はまだそのままになっている。
あんな巨大なモノの始末なんて、どうにもならないよなぁ、腐敗でもしたら大変だぞ。
危険な病原菌を持っていないとは限らないし、単純に倒せば良いってもんでもないな。
「お兄ちゃん何難しい顔してるの?」
「ああ、大事だなぁって思っていただけだよ」
少し急ぎ足でその場を立ち去った。
家に戻り、しばらく妹の相手をしながら、時間を潰す。
翔からの呼び出しのふりをして、予定の時間より早めに家を出る。
途中で翔の家に寄って、口裏を合わせるよう頼み込んだ。
迎えてくれた先輩の第一声は、最悪のものだった。
「地球直撃どころか、日本の近辺に落ちるという、最悪の予想がされています」
「まさか、ここって事は無いですよね」
「神を狙っている相手がいるとしたら、確率が高いかもしれません。実は、昨日の龍に遺伝子操作された痕跡が見られるという分析結果も、もたらされているのです」
「そんな科学力のある相手なんていないでしょう」
「宇宙から攻撃されていると考えれば、ありうると思います」
荒唐無稽かもしれないが、今の状況からなら有り得る話だと思い、沈黙してしまった。
未確認物体が減速しているとの報が入り、少しだけ緊張を緩める。
「速度だけでは無く、コースも変わってくると有り難いですね。」
「そうですね」
先程から感じていた疑問を聞いてみる。
「話しは変わりますが、朝より鳴っている音が大きくなっていると思いませんか?」
「ずっとココに居るので気が付きませんでした」
「あの音って警報なんじゃないですか?」
「本当に音が大きくなっていて、未確認物体がコチラに向かっているとしたら、そう言えるかもしれません」
「予想の時間をもう一時間以上も過ぎたのに、何も起きませんね」
しばらく沈黙の時間が流れた後に、防衛省からの警報が響いた。
「こちらに真っ直ぐに向かって来ているというのですね」
「何だか本当に狙いがココだという気がしてきました」
「どうですか?何か前回同化した時の様な感覚はありますか?」
「今のところは何も感じられません」
「そうですか、私は祈りに入ろうと思いますが、剛さんも御一緒されますか?」
剛さんなんて呼ばれちゃうと平静ではいられないよ……。
「経験といっても一度だけですが、自分の目で見るというのが僕には必要だと思うので、外で待ち構えます」
「それは危険だと思いますが、お気を付けくださいね」
「はい、では行ってまいります」
意を決し僕は表にでる。
夕日が空を緋に染めてた。
境内で待っていると、上空より数多の光が落ちて来る。
今のところ昨日の様な感覚になれていない。
落ちて来たボール状のソレは、急ブレーキを掛けたように空中で静止した後、あたりを捜索するかの如く飛び回りだす。
続いて、昨日の様に大気を震わせ巨大な物体が、それも今回は六つも落ちて来る。
やはり地表近くで、ブレーキが掛かったかの様にフワリと着地する。
巨大な犬と鳥の化物が三体づつ現れ、コチラに視線を向ける。
その光景に足が震えだすが、気力を奮い立たせる。
「本当にココが目的みたいだが、僕が護ってみせる」
目の前が光り、中から輝く巨人が顕れ、僕は吸い込まれた。
「何て闘い難い相手なんだ」
圧倒的に多勢に無勢な上に、スピードが速くヒットアンドウェイで攻めてくる。
僕の周りに展開した敵は、犬型は牙で鳥型は爪でボールはビーム攻撃で、攻めてくる。
大した攻撃力も無い様で痛くも痒くもないが、手数の多さにウンザリしてくる。
コチラの攻撃は「当たらなくては何ということはない」とでも言われそうに空を切るばかりで、イライラしてくる。
最悪の相性となっているが、偶然なのだろうか?敵に明確な意図が有る様に思えてならない。
四方八方から攻撃される上に動きが速いので、コチラの反撃も的を絞れないまま闘いが続いている。
ボクシング中継で聞いた、空振りは疲れるという記憶を思い出すくらい、段々と体が重くなってくる。
ビーム攻撃がチクチクと針で刺される様な感じがしてきてウザい。
徐々に犬の牙や鳥の爪が肌に食い込んでくる感じがしてくる。
余計な事を考えているせいだろうか、昨日ほどの一体感が感じられない。
集中すれば良いのだろうか……このままではヤバイ。
いつの間にか暗くなっていた夜空に光を感じ、見上げると中天が輝きだした。
「お兄ちゃん」
兄が再び闘いを始めたと感じたので屋上に上がり、気配を感じた方向に目を向ける。
何KMも先の出来事なのに、手に取る様に状況が脳裏に浮かぶ。
「あんなに敵が大勢って……ズルイよ! お兄ちゃんを応援しなくちゃ!!」
思いよ届けと応援する。
眼前にあるかの様に脳裏に浮かぶ、蹂躙されつつある兄の姿に、祈るが如く応援する。
「私がお兄ちゃんを助ける!」
見開いた眼下に敵が拡がっていた。
「女神」
光の中から降下してきた様は、そう思わずにはいられない。
女神は目にも止まらねスピードで、ボールを叩き壊しながら近付いてくる。
良く知っている、だけどそんなわけ無い気配が近付てくる。
「舞なのか?」
声は出なかったであろう問い掛けに、心に直接返事が返ってくる。
「そうだよ」
護らなくてはならない相手に助けられるとは、情けないと思いつつも喜びも感じ、力が湧いてくる。
「お兄ちゃんはもう大丈夫だけど、ちょっと苦手な相手だから、手伝ってくれるか?」
「勿論、その為にきたんだからね」
心が通じてる僕達にとって、連携の乱れた敵はもう脅威では無くなっている。
妹は四肢をフルに使い、ボールを片っ端から破壊していく。
気力が充実したからか、相手の攻撃が効かなくなった僕は、向かってくる的に絞って各個撃破していく。
横目で妹を見ると、いつの間にか両手に何やら扇の様な物を持ち、ソレを武器にして闘っている。
形状変化をする様で、チアのポンポンにも見えたりするので、妹にピッタリの武器だと思う。
「いいなあ。俺にはああいうの無いのかなぁ」
思った途端、横の空間が開け棒が出て来たので、引っ張ると大きなハンマーが現れる。
「うぉぉ!!ウォーハンマーってやつかぁカッケェー!!」
長い柄の先に、片側が尖り反対側は平なハンマーヘッドが付いた造形は、西洋武器のソレを思い起こさせる。
早速飛び掛かって来た犬型に叩き込むと、一撃で戦闘不能になる程の大ダメージを与える。
今迄の人生でハンマーなんて振り回した事なんて無いのに、まるで体の一部かの様に馴染んでいる。
ちょっとした手首の返しだけで、勢いを殺さず変幻自在に軌道を変えるハンマーによって犬型が駆逐されていく。
地上の犬型を全て駆逐し、上からの攻撃に備え空を見る。
鳥型やボールは、まるで空中に足場があるかの様に空を舞う妹が攻撃している。
ボールは破壊出来る様だが、鳥型には決定的なダメージは与えられないみたいだ。
ボールの駆逐は済んだ様だが、鳥型は三体そのまま健在だ。
さすがに妹も疲れたのだろう、最初の頃のスピードは失われている。
「舞。僕が迎え撃つから降りてきなさい」
「鳥のくせに頑丈で嫌になっちゃう」
文句を言いながら妹が降りてくる。
僕には上空にいる敵を攻撃する術が無いので、掛かって来て欲しいところだが、相手もソレを分かっているみたいで降りてこない。
完全に手詰まりってやつになっている。
「もう一度上がってみようか?」
「何かいい手でも思い付いたのか?」
「何も無いけど、何もしないよりはいいと思って」
「それなら止めておけ」
何か手立ては無いかと空を見渡した。
上空に光る点が現れた。