一
学校かメールか、両方共が機能していないのか、情報を得らないまま登校してみる。
妹は大事をとって、今日は病院にだけ行ってから休むそうだ。
予想通り、あれだけの事態が起きたわけだから、昨日の今日で日常に戻れるはずも無く、暫くの間休校と、登校していた教諭から説明を受ける。
登校して来た生徒の氏名を確認しているのは、安否確認ということなのだろう。
帰宅を指示されたが、先輩に返すつもりでジャージを持ってきていたので、神社に向かうことにする。
学校からは、電車で一駅分の距離なので、歩いて行くことにした。
思ったより時間が掛かって、三十分程で神社に着くと、待ち構えていてくれた様に先輩が出迎えてくれる。
「おはようございます」
「おはようございます。早速来ていただけてありがとうございます」
「早くお返ししないといけないと思いましたので」
「北山剛さんでよろしいんですよね」
「どうして僕の名前をご存じなんでしょうか?」
「失礼だとは思いましたが、調べさせていただきました」
「調べたって……何の為に?」
「お話ししたいことの内容に、秘匿性があると思ってください」
「秘匿性って昨日のことに関してですか?」
「はい、その様なわけで着いてきていただけますか?」
僕は頷き案内のまま社に入った。
社の奥の扉の両側にガードマンが立っているが、昨日の方とは違っている様だ。
開かれた扉を通り抜けて先に進むと、歌?音楽?が鳴り響く地下空洞が目の前に拡がる。
「こ、ここは?」
「真の本殿であり、神が降臨されると伝えられている場所なのです」
「昨日の出来事を経験した後では、神の存在は信じられますね」
「お話ししたいこととはそのことなのです」
「僕には何も分からないんですけど」
「知っていただきたい事を伝えたいのと、感じた事を伝えて下さるだけで十分です」
「それなら何とかできるかもしれません」
「ではこちらにどうぞ」
研究施設の様な建物に案内された。
「神話の時代の遥か前より、この場所があるというのは驚きますね」
「世界中の神話に共通点が多いというのは、それが作り話では無く真実を伝えていると思われます」
「僕は神話に詳しく無いので何とも言えませんが、昨日の出来事はまるで神話という感じでしたね」
「昔の人でしたら、なおのことでしょうし、信仰にもなるでしょう」
「心配しているのは、大抵の神話に大きな闘いが語られてますし、我々の伝承でも、危機に神が降臨されるとなっている点なのです」
「昨日で終わりじゃ無いということですか?」
「初めての事態ですので何とも言えませんが、用心するに越したことはありません」
「でも用心は出来ても、対処は出来ないんじゃないですか」
「それは私が一番聞きたかったことなのですが、どの様にして神と同化されたのですか?」
「それは僕にも全く分からないんですよ」
「実は伝承では、神が降臨なされた時に役目を果たすのは、私のはずだったのです」
「この神社は天照大御神を祀られているのでしょうが、昨日の神様は違うと思いますよ」
「同化されたあなたが言われるのですから、そうなのでしょうね」
「実はその同化というのをする前に、不思議な出来事があったのです」
ガレキの下から妹を救い出した事を伝えた。
「純粋な思いが引き金になるとすれば、私も一歩手前まで到達出来たかもしれません」
「僕の経験だけで、何の根拠も有りませんよ」
「他の誰もしたことが無い経験ですから、とても参考になりますよ」
「ありがとうございます。何でも聞いてください」
「同化された感じはどうでしたか?」
「まさに同化という表現がピッタリな、自分の体そのものといった感じです」
「経験しないと分からないんでしょうね」
「あの感じはそうだと思います」
「とても気になったのですが……」
「何でしょう?」
「何で裸だったのですか?」
突然顔を真っ赤にして聞かれた。
昨日を思い出して、一瞬答えに詰まってしまったが、思ったことを話してみる。
「同化する前はスポーツセンターにいて、衣服等はソコに残っていましたから、体だけが移動したのだと思います」
話しながら、先輩が同じ事態になったシーンを想像してしまい、俯いてしまう。
先輩も僕の考えを察したらしく、少し気不味い空気になってしまう。
そんな空気を吹き飛ばす様に、警報が鳴り響いた。
「一緒に来てください」
先輩に先導され下の階に降りると、多くの人々が真剣な表情でモニターに向かっている。
「報告をお願いします」
「月方向より突然に、多数の未確認物体が観測されたと防衛省よりの情報です」
「突然と言っても、昨日は衛星軌道に来るまで分からなかったのに比べれば、早いかもしれませんね」
「次いで物体のサイズは約十メートル、数は百程度との観測結果が報告されています」
「昨日とは大きさも数も違い過ぎますが、嫌な感じがします」
「先輩は昨日との関連を心配なされているのですか?」
「この場に鳴り響いている音は、一昨日から始まって昨日の事態の直前に音量が上がり、未だそのままなので関連性が無いとは思えませんね」
「危機は終わって無いということですか……」
「次いで現在の速度と進路だと、約十時間後に地球に衝突するとのことです」
「その大きさだと大気との摩擦で燃え尽きそうですけど」
「先輩は物理苦手なんですか?」
「え?何で分かったんですか?」
先輩の意外な弱点は萌えというやつなんだろうか、可愛らしいと思う。
「それより防衛省より情報なんて、ココはどういう施設なんですか?」
「最初に話しておくべきでしたね」
先輩が真顔に戻り静かに語りだした。
「この場所は、遥か昔より昨日の様な事態に備えて、各時代の権力者によって守られている地なのです。この国の支配者になるということは、この地の庇護者となる義務も負うのです」
政教分離とかいうレベルの話では無い様だ。
「ここの皆さんが先輩の部下の様に感じるんですか、どういうポジションなんですか?」
「危機が訪れた時に矢面に立つのが私の役目で、彼等はその為のサポートをするのが役目となります」
「全てが先輩の為にあるということですか……」
「遥か昔から続いている仕組みなんです」
「気の毒と思えるくらい、大変な役目なんですね」
「もう覚悟は出来ていましたが、神と同化するのは私の役目だと思っていたので、戸惑っています」
「何の予備知識も無かった僕は、話を聞いた今でも戸惑ってますよ」
「同化できる素養を持つ者は、血脈があっても訓練を積んでも中々出てこないのに、何も知らずにいきなり同化出来てしまうとは驚きです」
「正直何で僕なんでしょうねぇ?」
「神に選ばれるというのはそういうことなんだと思います」
「妹を助けることが出来たのは、感謝しています」
「望みを聞いて下さったのですね」
「その恩は必ず返さないといけないと思っていますが、神様に恩返しってどうすれば良いのか分かりません」
「自分の出来ることを精一杯やるということだと思います」
「おお、先輩の言われる通りだと思います」
僕の返事に先輩は沈黙してしまう。
「本音を言うと、神と同化されたアナタの力を借りたいと思っています。本来ならば自分の役目なのに、人に望むなんてズルイですよね」
「まだ先輩が神に選ばれないと決まった訳でも無いし、説得によって僕がやる気になれば、先輩が役目を果たしたとも言えるんじゃないですか」
「優しいのですね……」
やはり先輩を目の前にするってヤバいな。
「神様に選ばれちゃったんだから、しょうがないってだけですよ」
わざと軽口で答えたが、妹の他に全てを賭けて護りたい人が出来てしまった。
「登校してみるだけと言って出てきましたから、家族も心配するでしょうから一旦帰って出直してきます」
「夕食くらいの時間になりますし、昨日の事もありますから、出直すなんて大丈夫なのですか?」
「神様の御加護があるだろうから大丈夫でしょう」
女神の願いを聞く訳だしと心で思う。
「あっ!ジャージを届けるという肝心の用事を忘れてました」
「間違いなくお預かりします」
「驚きの連続で完全に忘れてましたよ」
「当事者でなくては、信じろというのが無理な話でしたものね」
談笑しながら扉まで先輩が送ってくれる。
「それではまた夕方」
「お待ちしています」
挨拶を済ませ通路を通り社から境内へ出る。
妹が仁王立ちしてこちらを睨んでいた。