表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/100

蹴速、確かめる。

「ただいま!」


「うむ!」


 いつものように己黄が出迎えてくれた。


「その子は?」


「嫁」


 ジンに素っ気なく返す蹴速。というか蹴速はこれから先、何人を嫁として紹介しなければならないのか、考えたくなかった。


「よ、よろしくね。おれも蹴速のお嫁さんなんだ」


「うむ!妹か!」


 実際ジンの実年齢は低い。蹴速と同い年の15才だ。しかし、目の前の黄金の少女は?


「どっちかと言うと、おれが姉?」


「我の姉は祝寝!海鶴!神無!妹は有我!梅!そしてお前だ!」


「お、おお!・・そうなの?」


「らしいぞ」


「名は!」


「ジ、ジン」


「ジン!我は己黄!家族よ!」


「う、うん!己黄、よろしく!」


「うむ!」


 蹴速は出来れば祝寝に解決してほしいと思いつつ、ここで手放すと、何かが終わる気がして、にっちもさっちも行かなくなっていた。


 他の4人はちょっと蹴速から距離を取っていた。


「おかえりなさい。あれ、ジン」


「祝寝さん。お久しぶり」


 祝寝の前では、常識人ぽいジン。


「ジンまで巻き込んだの、蹴速」


「違う。確かに蹴速に誘われた。でもおれの意思なんです。おれも、蹴速と結婚したかった」


「ジン」


 祝寝は知っていた。ジンの想いを。そして蹴速が断ち切ってくれた事も。


 そして、今こうなっている。きっと蹴速と私はこうなっていたのだろう。家族がいっぱいになって、誰が困る?


「ジン。よろしく。皆面白い人ばかりだからね。紹介するね」


「うん!」


 あれが蹴速の嫁か!


 いかにも良妻賢母。流石蹴速さんの目利き。


 うん、貯金してそうな良い嫁だ。


「亜意を休ませちゃってくれ」


「怪我はないの?」


「ああ。多分治癒は必要ない。思いっきり魔力を使わせてしもうた」


 蹴速は思いつき、梅の行方を聞く。


「梅は?魔力を使いすぎたら、どうなるか知りたい」


「梅さんは帰ってないよ。また天狗高地だって」


「そうか。じゃあちょっと行ってくる」


 蹴速は梅に会いに行く。亜意の事、そしてもう無理しなくていいことを伝えに。


「どこ行くの?」


「ん。修行場。ここに・・」


「行く!」


 ジンは行く気だ。


「おれ達は・・」


「私達はお待ちしております」


 無双双児の妹の方が、兄を止めた。


「地理を把握しておきたいので」


「それもそうか」


「日雇いのバイトないか?」


 軽兵は仕事を求める。


「うーん。梅さんか神無が居れば、分かるんだけど。何か手伝いがあるか聞いてみますね」


「おお!有難うな、嫁さん」


「いえいえ」


 軽兵はいつも通り。


「ちょっと行ってくる。何か食べるもの持っていきたいけど」


「蹴速」


「海鶴。用意してくれたんか。ありがとうな」


「何。妻として準備したかっただけだ」


「そうか」


 蹴速と海鶴はなんとなく雰囲気を作った。


「おれ、の分は」


「もちろん有る」


 海鶴は用意周到だった。そして蹴速が普通にしているので、誰も海鶴の容姿に突っ込まなかった。


「あと、この人の分も頼む」


 黙りこくって、蹴速の影になっていた超騎士の分も海鶴に頼む。


「すみません。お弁当は用意していませんでした」


「なんの。守護をお願いしただけよ。食べ物くらいはこちらで持つ」


「有難く頂戴します」


「気にせんで」


「出来たぞ」


 昼食と軽食、飲み物。それらが詰まったカバン。


「ありがとうございます。貴方も蹴速様の奥方様」


「うむ。お前もか」


「いえ、私はただの盾です」


「海鶴、この人はちがう」


「そうか?」


 海鶴の見立ては、完全に間違っているわけではないが、この話はここまで。


「行くか。超騎士はおれが抱えていく。ジンは付いてこれるな?」


「当たり前だ」


 蹴速は跳んだ。二神の上空100メートルに達した所で、天狗高地まで手加減抜きで跳ぶ。それに遅れないジン。


 1分かからず着いた。


「梅、居るな」


 蹴速、ジン、超騎士は梅に近づく。


 梅は疲労しきっていた。


「やあ蹴速。用事でも出来たか」


「用事ってほどでもないが。梅、こちらとあちらを行き来するのに成功した。ちょっと向こう行って、帰って来た」


「なんと」


 梅は少し、がっくり来ている。


「魔神に会った時に指名された人間にやってもろうたんよ。すごいやつでな。だから、梅に無理させんで済む」


「ふう。今度こそ、君の役に立てるかと」


「梅は役に立ってる。気にするな。おれやち、結局の所、1人で魔神を倒すことは出来てないんや」


「魔神戦に出れそうもないからな、私は」


「ああ。言いすぎてはないと、おれは思うちゅう。やけ謝りもせんけど、気にするな。有我でも厳しい」


「ふむ・・・」


「その行き来させてくれたやつが、魔力の使いすぎでへたりこんだんやけど、どうすれば良い?」


「ん。自然回復を待つ以外には知らないな。魔力を融通するのは、かなり危険だ。おすすめ出来ない」


「なるほど」


「それで全部か?所で、そちらの女性陣は」


「蹴速の嫁のジンだ」


「蹴速様の盾の、超騎士です。以後よろしくお願いします」


「ほう。面白い事になってるな」


 梅の見立ても、海鶴とさほど変わりない。姉妹だからだろうか。


「蹴速。ここ広っぱ?」


 ジンは梅にそこまで興味を示さない。それより、どうやら修行場であることを強く意識している。


「おお。少し遊んで行くか」


「修行ですね」


 超騎士も乗り気だ。


「蹴速が動く所は久しぶりだな。見物させてもらおうか」


 梅は蹴速のレベルを見習う。


「まず。ジン。やってみるか」


「うん。久しぶり。本気で良いんでしょ?」


「そうでないと、練習にならん」


「だよな」


 ジンは蹴速を殴りつけた。遅い。が、重い。蹴速はジンの拳を掌打で迎え撃ったが、吹っ飛んだ。


 梅は蹴速が飛ばされたのを見て、目を見張った。


「これは良い」


 蹴速はジンを連れてきた甲斐があったと思った。


 魔神ほどじゃないが、間違いなく蹴速の知る限りの力持ち。蹴速を弾き出せるレベル。


「蹴速ー、遠慮しなくていいよー」


「そうか?」


 残念ながら、今の蹴速はジンの気付かぬ間にジンの意識を刈り取れる。ジンは気絶させられた。


「次は私ですね」


「ああ。無理はしなくていい」


「無論」


 超騎士は結界を張った。100万の敵を防ぎ切った結界を、自らの体に薄く張り巡らせる。今なら、太陽に突っ込んでもノーダメージで済む。


 超騎士唯一の弱点。それはスピードの無さ。一直線に走るのはむしろ早いのだが、小回りが一切効かない。それでも、蹴速レベルでなければ、問題ない。


 問題は目の前にいるのが、その蹴速だと言うことだ。


ぱん


 蹴速は軽く超騎士の装甲を叩いた。凹んだ。軽く蹴った。天狗高地の端ギリギリまですっ飛んだ。


「もろい。この程度の鎧で来てしまっていたとは。蹴速様になんと詫びればよいか」


 だが、超騎士自身にはノーダメージだ。蹴速が通したのは表面結界のみ。鎧の内側にも服の内側にも、幾重にも結界は張ってある。


だっ


 超騎士は駆けた。というか、踏み込んだ。それだけで、瞬時に蹴速の元にたどり着く。この移動の最中には曲がることは出来ない。だから戦闘中には決して使わない移動法だ。


「申し訳ありません」


「いや。・・・手加減せんでも良い。超騎士が、本気でないのは分かる。練習でおれに怪我をさせないように、してくれておる。でも本気の超騎士が今は欲しい」


 そう言われても。超騎士は防御すら、まだ本気ではない。何故なら、人間相手に超騎士は本気になったことがない。まして今は練習中。


 本気を出さず、イギリストップの腕前なのだ。


「おれでは、物足りないか」


「いえ。行きます」


 結界を全開で出力。今なら銀河系を素通りするだけで、破壊できる。


 だが、目の前に居るのは、蹴速だ。


 蹴速は本気で蹴り込み、超騎士の結界を最後の22枚まで破壊した。結界は全てで1兆8千万枚ある。それを複合し、複層し、結合させ、鎧とするのが超騎士。破れた者は誰も居なかった。


「手加減されていたのは、私でしたか」


「一応本気よ」


 殺さない程度に。だが、魔神戦での力は出した。流石は超騎士。これでもダメージが無い。


「良し。収穫は大きい」


「お役に立てましたか」


「ああ。超騎士とジンは間違いなく魔神戦で役立ってくれる」


 嫉妬する梅。だが、今目の前で見たものは。


「とてつもないな」


「まあな。ジンはおれのライバル。超騎士は守備だけなら、おれより上かも知れん」


「有我以外にも、ここまでの人材が居ようとは。世界は広いな」


「それは私も同感です。蹴速様の動きを、目で追っておいででしたね」


 超騎士は守備だけなら蹴速より上だ。つまり観察力もかなり優れている。梅の視線が蹴速から離れていないのは分かっていた。あの、蹴速の動きを見て取っていた。只者ではない。


「距離が有ったからな。間近では決して追えなかっただろう」


 謙遜ではない。が、梅の能力も向上している。有我の動きを追えなかった事を覚えている梅自身は、気付いていない。神隠しを修練する間に、自身の肉体が人間を超えかけている事を。

 

「・・・おはよー」


「おお」


 ジンが目覚めた。


「亜意が回復次第、魔神と戦ってくる。梅、どうする」


「行っても良いのか」


「今度は守ってくれる人が居る。攻め手を増やして、おれの攻撃のチャンスを増やす。そうしたら魔神に重いダメージを残せる、と思ってる」


「蹴速様。差し出がましいのですが、結界を張った私が突っ込むと、どうなりますか」


「うーん。魔神を弾き飛ばせると思う。初見は。それ以降は多分貫かれる。魔神の攻撃力はおれより高い」


「なるほど。心得ておきます」


「おれは?」


「お前はおれと一緒に攻めてもらう。お前も魔神に傷跡を付けてくれ」


「了解!それで魔神て、どれ位強いの」


「うーん」


 蹴速は今までの戦いを思い出した。


「おれの全力を防ぐ肉体。おれの全速力に付いてくる速さ。おれの蹴りでも軋まない骨格。あと、心も読める。隠し事は出来ない。1対1ではおれにも勝目が見当たらんかった。多少のキズも戦闘中に即座に回復する。骨折もいつの間にか治ってた」


「それ、勝てないんじゃないの」


 ジンはある程度くじけた。


「私が必ずお守りします」


「攻撃もきつい。おれでは受けきれなかった。そっと触れられただけで、骨を折られた」


「!」


 蹴速の体に傷を付けるのは困難ではない。不可能だ。それが常識というもの。それが。


「それでも、お前らが居ってくれたら何とかなると思える」


 蹴速の言葉になんとなく安心するジン、超騎士。


「何の役にも立たずとも。行かせてもらおう」


 本当に。魔神の前では、自分では盾代わりにもならないだろうが。


「梅。修行の成果見せてもらう」


 蹴速は梅が具体的に何をしていたか知らない。それでも梅は信じられる。だから、連れていく。


「軽兵と無双双児は連れて行くの?」


「うん。あいつらも多分死なない。かく乱してもらいたい」


 蹴速のこちらへ招いた基準は生き残れるかどうか。若手で売り出し中の人間には声をかけなかった。生き残るより、勝つ事を優先してしまうから。


 だが、奴らなら。軽兵は金銭の前に命を重要視している。恐らくしぶとく生き残れる。無双双児も同じ。どれほど危険な真似をしようと蹴速と同じく大怪我を負っていない。本能なのかどうか知らないが、死なないだろう。


 ジンは蹴速と同格。だが少し危なっかしいのは有る。魔神が蹴速より強いと早く本気で思ってくれれば、生き残れる。超騎士が死ぬようなら、全滅している。超騎士の心配は要らない。


「帰るか」


 ここは修行場。こちらの人間の。蹴速達の本気の稽古で破壊してはいけない場所だ。


「亜意は大丈夫か」


「うん。今はピンピンしてるよ」


 確かに言葉通り。亜意は昼食を取っていた。


「ん?もう行くのか」


「行けるなら。だが体調万全まで待てる。何時になりそうな?」


「1日だな。1日あれば」


「そうか。すごい早いな。助かる」


 やはりこちらの世界は回復が早い。さらに亜意は一旦魔界に戻って、魔獣を数百匹食うつもりだった。それによって魔力の回復速度を上げる。後は寝れば全快しているだろう。


「今日はゆっくり休みよってくれ。また明日働いてもらう」


「任せな」


「今日はどうする」


 皆で一緒に昼食を取っている。梅が問いかけてきた。


「さて」


 修行?


「神無は多分行けない。忙しすぎる」


 確かにここの所、神無とゆっくり会えてない。


「3名家の仕事をやつに押し付けてしまっている」


 梅は普通に事実を語る。悔恨の表情ではない。


「神無は何か能力が有るん?」


 梅の能力は魔族の力が使える。ならば神無は?


「さてな。神無本人に聞くのが確実だ。もちろん有我にもな」


 知らないとは、言わない梅。それを汲み取る蹴速。


「なるほど」


 軽くないのかあ。


 海鶴、己黄もこちらの話をじっくり聞いている。


「特盛さんも強くなったらしいですけど」


「ああ。素晴らしく伸びた。まだ連れて行きたくはないが」


 特盛は確かに強くなった。相手が魔王なら立派な戦力だ。だから、今回は連れて行かない。いや、待て。


「やはり連れて行く」


「見取り稽古か」


「ああ」


 本物の魔神の戦いを、特盛は見たことがない。見せておきたい。もっと伸びるだろうから。


「有我は行ける?」


「どうかな。神無は身動き取れない。有我が行くのは、不味いかも知れない」


「ふむ」


 3名家の内、三鬼梅が自由にうろついているので、他の二神、一一人は動けなかった。とは言え。


「必要なら構わない。連れて行こう」


 多少の無理は通る。有我がその気なら、何でも通せる。


「有我に話をしてくるか」


「訓練はしないの?」


 ジンの質問。たった1日だぞ。訓練期間。


「したいが」


「二神だけでなく、三鬼からも治癒者を出そう」


「良いのか」


「構わない。これでも、私は当主だ」


 その割に親に投げっぱなしなのは、秘密だ。


「場所は」


「天狗高地」


「結界は」


「私が」


「しかし、超騎士自身の訓練は」


「結界の維持、強化に努めましょう」


 超騎士は自分が蹴速に呼ばれた意味を理解していた。蹴速と同等の速度で動き回る相手に自分の攻撃は当たらない。おそらく蹴速への結界付与。


「ねえ。使ってみないアレ」


「アレか」


 半信半疑で、まだ箱に入れっぱなしだった武器。


「やってみるか」


 失敗しても、まあそれはそれで。実戦前にテンション落ちたら嫌だなあと思いつつ。


「じゃあ歯磨いたら行くぜ、天狗高地」


「海鶴と己黄は料理ね。また祝勝会よ」


「うむ」


「うむ!」


 ここ数日で海鶴と己黄はかなり仲良くなっていた。お互い異種族同士であるが、お互いを思い合う姉妹に壁など無かった。


 天狗高地に到着した蹴速一行。


「じゃ付けるか」


 蹴速の武器は具足。手甲と足甲。恐らくだが守るためのものではない。攻めるためのものだ。


「頼むぞお」


 素晴らしい威力を求めてはいない。ただ、壊れないでほしい。


ふっ


 素振りしてみる。以前の武器はこの段階で壊れたが。今回は平気だ。


「おお」


 今の蹴速の拳速はマッハ100だろうか。それでも一切歪んでいない。これは、ひょっとするとひょっとするか。


「試し打ちをなさいますか」


 超騎士が結界を張ってくれている。本気のやつだ。


「ありがとう。遠慮なく試させてもらう」


 結界を本気で蹴る。


 足甲は壊れなかった。これはつまり、この具足は蹴速の本気並みの硬度は最低でも有るということ。


「おおお」


 蹴速は感動していた。初めて武器を使えた。ただちに手甲も用いる。思う存分殴り抜いたが、壊れない。


「おおおおおおおお!」


 蹴速、感動。


「蹴速良いなあ」


 ジンも実は武器を使わない。蹴速の追っかけであったためスタイルを真似てしまったのと、蹴速より力が有るため蹴速と同じ理由で、武器が作れない。


「今度お前の分も頼んじょう」


「ほんと!じゃあ蹴速とお揃いので、色違いにして!」


「おお」


 それは知らんけど。


「あれが、蹴速」


「そういえばお前は見たことがなかったな、蹴速の動きを」


 特盛は冷や汗をかいていた。有我の動きを見た。梅の神隠しを見た。この世の最上級者の動きを見ていたはずであった。本当に、はずでしかなかった。


 なんだあの威力は。もしおれがあれに当たったら、原型は留めてないだろうなあ。


「あれが人間の最強だ。私より、一一人より強い。よく見ろ。そして覚えろ」


「マジすか」


「人間は、やめなければ永遠に強くなれる」


 嘘だ。だが本当だ。


 梅との話の最中であっても蹴速から目が離せない。こんな生き物が実在するなんて!


「超騎士ー。おれも動き回って良い?」


「ええ。この高地全体に結界を張っておきました。無茶をしなければ」


「やったー」


 その大きい少女の動きもすさまじかった。動きはそこまで速くない。多分有我のが速い。それでも分かる。蹴速と同類の怪物だ。


「あの、多少付いた自信全て消えたんですけど」


「良い事だ。また、もっと確かな自信を付けるがいい」


「そうすね」


 もうよく分からなくなってきた特盛は、とりあえず素振りを始めた。


「ジン。おれとやってみるか」


「うん!」


 蹴速は具足を外した。喜び勇んで蹴速と戦うジン。それをじっと見つめる梅。


「一応全域に張っております。何処を斬っても構いませんよ」


「私の剣を知っているのか」


「いえ。剣のリーチの割に間合いが遠いので。飛び道具でもお持ちかと」


 理屈が分かれば単純だ。だが、間合いだと。この超騎士の前で梅は戦ったことは無い。わずかな動作の癖で見抜いたのだろうが。


「あなたを知らないが、ものすごいな」


「それほどでも。蹴速様に比べれば、どこにでも居る騎士ですよ」


「どこにでも居る騎士を、蹴速は連れ回すまい」


「それは、そうですね」


 くす、と笑い合う梅と超騎士。


「お言葉感謝。だが今は蹴速の動きを頭に入れておきたい。あの速度での戦いを想定していなければいけない」


「なるほど。一理あるかと」


「そう言ってもらえると助かる」


 梅と超騎士は並び立つ。どちらも蹴速を見ている。


 蹴速はさっとジンに200発ほど打ち込む。ジンは避けられない。だから、直撃で食らいながら、蹴速に突っ込んでくる。


 ジンの大振り。蹴速は両腕を交差し、受け止めるが、痺れが来る。


「本気で行く!」


 ジンの全力!蹴速の本気は大陸を破壊出来るが、ジンの本気なら、地球一個まっぷたつにする位やってのける。


 止める!ジンの全力の拳に向かい、蹴速は全力で蹴る。秒間920発を蹴速に到達するまでの拳に向かい、358発撃ち込み、拳を止める。


「うお!」


 ジンは驚いた。蹴速が上手く攻撃を圧し殺すのは理解出来る。見たことがある。でも、正面から止められるなんて。


「おれも多少強うなったか」


「ねえ。おれにも見えるように攻撃してみて」


 ジンは大きく構える。この態勢のジンは、蹴速の速攻以外で崩されたことはない。負けたくないからではなく、強くなった蹴速を、もっと誰よりも知りたいから。攻撃を見て、受けたい。


「行くぞー」


 蹴速はゆっくり動いた。以前の蹴速の全開は大陸を破壊する程度。だが、魔神との戦いを経た今なら。


ご、お


 ジンは、受けた腕が危険な痛みを発しているのに気付いた。同時に生まれて初めての肉体的恐怖を味わった。


 ジンの腕は折れていた。


「治してください!」


 蹴速は即、治癒者を呼んだ。もちろん彼らにも結界はかけてある。流れ弾を恐れて。


「うっ、ふっ、えぇ」


 ジンはしゃくりあげる。蹴速を掴んで離さない。蹴速もジンを離さない。


「な、なにが」


 特盛は蹴速と戦っていた化け物が泣いているので、何事かと梅の下に来た。


「腕を骨折してしまったらしい」


「はあ」


 特盛の慣れ親しんだ感覚である。何十度やられたか。確かにものすごい気持ち悪さに襲われるが、何故泣く?


「やっぱ、蹴速の攻撃はやばいんですかね」


「いや。そうではあるまい」


 蹴速が今まで打撲以上のダメージを負った事がないのを梅は聞いていた。恐らくあの少女も。


「誰にでも弱点はあるものだ。ということさ」


「はあ」


 よく分からんけど、蹴速はすげえってこと、だよな?


 梅は自分なりに解釈した。


「痛いよう」


「ああ。でも、もう大丈夫や」


 三鬼から借りてきた術者は蹴速が体感している。優秀だ。


「痛いいいいい」


 痛みの記憶は消せない。既に治癒されているはずだが。


「ジン。おれを見ろ」


 ジンは素直に蹴速を見た。


 蹴速はジンに口付けた。


「ん」


 ジンは大人しくなった。


 周囲の人間も皆静まり返っていた。


「どうや」


「痛く、ない!」


 言ってしまえば、痛みは気のせいだ。気を紛らわせてしまえば、なんてことはない。


「蹴速、痛かったらまたして!」


「おお。でも無理はするなよ」


 わざわざ傷付くような戦いはしてくれるな。


 蹴速の目が真面目だったので、ジンも真面目に聞き入れた。


「じゃあじゃあ、ご褒美に」


「いいぞ」


 梅と超騎士は、少し腕に力を込めてしまった。2人の側に居た特盛は少し恐怖した。


「キースしたー。蹴速とキースー」


 何枚か結界が弾け飛んだ。また、何処とも知れぬ空間が裂けた。


「ジン。魔神との戦いの最中には、この痛みが山ほど来るかも。それでも、来てくれるか」


「蹴速が行くならどこでも行くよ。だって、ライバルで、お嫁さんだし!」


「そうか」


 蹴速はジンに微笑んだ。


「蹴速!私と訓練してもらえるだろうか」


 梅が勢い良く、蹴速に呼びかける。


「おお。やろうか」


 蹴速も応える。ジンは超騎士の側に。


「蹴速相手に手加減は要らないな?」


「多分な。でも最初は死なない程度にお願いしたい」


「分かった」


 言うが早いか、梅は神隠しを発動。剣は鞘の中なのに!今の梅は自由自在に神隠しを操れる。世界移動の副産物だ。鞘に当てている手の微妙な動きだけで、剣を操る。当然、蹴速でさえ、襲撃を予期出来ない。


 殺さないよう、右腕を斬りつける。が、斬れない。


「考えるのも嫌になる」


「そうか?」


 梅の斬撃では蹴速にダメージが通らない、という事実。


「梅は、おれが当てたら死ぬよな?」


「ああ。当てられたらな」


 言うと、梅は消えた。蹴速にも行方が分からない。


「すごい」


 ジンと全く同感の蹴速。とんでもない能力だ。敵を消すなんて、ちゃちな能力じゃない。


 蹴速にとっては斬り殺そうが蹴り殺そうが変わりはないので、以前の神隠しはそこまで評価していなかった。


「これは分からん」


 蹴速には梅が何処に居るのか、どうやれば捉えられるのかさっぱり分からなかった。


 蹴速の首筋手前に剣が現れる。が、梅は斬らない。その剣を弾く蹴速。だが、罠!弾かれた剣の勢いをそのままに神隠し発動!そのエネルギーで、蹴速に突っ込ませる!


「流石」


 蹴速は飛び込んできた剣を気合で弾いた。いかなる道理で動いてるのか理解も出来ないが、やばいかそうでないかは分かる。梅を殺さないよう、気を使った攻撃だ。そんなもので本人が傷付くか。


「参った」


 梅が現れた。


「現状、私では勝てないな」


「梅。すごいな。おれにも勝てないと思わされた」


「それは嬉しいな」


 梅は素直に喜んでいいのか、悩む。確かに、蹴速の自発的な動きに敗れたのではないが。自滅に近い。攻略法が無いというのは。


「すごい、あの人」


 普段、他人に興味を示さないジンが素直に梅を賞賛する。


「だろ?」


 特盛は鼻高々だった。戦闘の機微はさっぱり掴めず、何が起こってどうなったのかまるで理解出来なかったが、梅がすごい事だけは確信していた。


 その後、しばらく訓練した一行は脱落者を出さず、1日の修行を終えた。


 いよいよ明日は、魔神戦。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ