蹴速、立ち向かう。
魔界。魔王キ城。
「これは。魔神様」
「キいちゃん、こんちゃー」
「は、ご機嫌麗しゅう」
「キいちゃんは、いつもパリッとしておって気持ちが良いの」
「魔王として当然のこと。我々は魔族の手本となるべき存在」
「ふんふーん。ま、それはそれとして、じゃ」
「拝命いたします」
「アカ、アオミドリを連れて人間界に攻め込め」
「は?」
「うむ。日頃、安全確認注意一秒怪我一生を魔王に習わせておるわしらしくもない!じゃが!蹴速が来てくれぬ。何とか人間どもを突っついて危機感を煽り、魔界に攻め込ませたいのじゃ。頼む!キいちゃん!」
「魔神様。お言葉ながら、アオが人間界で工作中です。その成果を待たずして攻め込むのは、魔王としての信義に関わるかと」
「んー・・・・・・。めんどっつぃー。アオちゃんの報告来ないしぃー。蹴速をとっとと魔神城までおびき寄せたほうが良かろう。その後たまたまアオちゃんが蹴速と合流しても良いな」
「は。ではまず人間界に出た後、アオに連絡を取り、行動指針の変更を伝えます。それで我らは何をすれば」
「とりあえず皆殺しにせよ。蹴速以外は殺して良い。蹴速はぬしらが本気であっても無理じゃろうし。アカには心苦しいがなあ」
「しかし、皆殺しとなりますと、その蹴速少年の生活もズタズタになります。それでは我らとの闘争を継続する意思もくじけるのでは?人は飯を服を住居を必要とするものです」
「うむむ。わしとしては、蹴速の思考を魔族への復讐で満たしたいのじゃ。その首領であるわしを思って生きる人生!素晴らしい!のお!」
「では、蹴速少年の生活圏への被害を抑えつつ、人の国を血に染めましょう」
「やはりキいちゃんに話を持ってきて良かったわい。ほんに頼りになる」
「有り難きお言葉。おれは戦闘では役にたてませんので、この程度のことは」
「なになに。ぬしは居るだけで役に立っておるではないか」
「は。しかし矢面に立たずして、魔王でござい、とは」
「真面目なのも考えものじゃのお」
「は」
「そこがキいちゃんの、良・い・と・こ・ろ。気にするでない」
「はい」
「ではアカ、アオミドリによろしくの。わしはこれからモモとデートじゃ」
「はっ!行ってらっしゃいませ!」
「じゃのー!」
魔神シロは魔王モモ城に向かって飛んだ。
「・・・おれはおれに出来ることを。アカとアオミドリのサポートに邁進するのみ」
魔王キ ユウジョウは魔王アカ ゲンキ、魔王アオミドリ ユウキアイを集めに行った。
「蹴速君殺して良いって?」
「ああ。全力で挑んで良いと仰られた」
「はあああ・・・」
「アオミドリどったの」
「け、蹴速君て、魔神様の気を失わさせる程の怪物ですよ。僕、2番魔王にまでなったのに」
「んー。でもアオミドリも手合わせしたんだろ。おれもアオミドリも生きてる。そこまでじゃないよ」
「で、でも」
「魔神様と戦ったら、どうなる?」
「?死にますよ?」
「だろ?魔神様に比べたら大したことないって」
「そ、そうかなあ。魔神よりは魔王は弱いから戦えって、その辺の魔族に言ってる感じですよお」
「アオミドリ。どの道これは魔神様の命だ。従わない道はないのさ。気持ちよく戦った方が君も良いだろう」
「う。そう、なんですけど」
「そそ。考えすぎなんだよ。蹴速君はすっげえ強い。その蹴速君を食べたら、おれはもっと強くなれるんだ。すぐに戦いたいな」
「アオに連絡してからだ。合流は魔界にて魔神様との戦闘後になりそうだ、と」
「りょーかい。その後はもうヤって良いんだろ?」
「ああ。存分に楽しめ。おれも協力する」
「おれさあ。キに手伝ってもらうと思ってなかったんだよ。強いったって、そこまでなわけねーって。実際ヤってみたら、すごかった。キ。手伝ってくれ」
「無論。おれ達は仲間だ」
「はあ。やるしかないかあ。・・頑張ろう」
「じゃあ、行くぜー!」
キ御一行は魔界を出て、一路蹴速の滞在する国を目指した。
「じゃ、やるか」
「おお!蹴速の言う通りに避難はさせてある。いくら壊しても構わん!」
「まじで有り難いぜ。何十人か何百人は殺しちまうと思ってた」
「任せろ!」
「神無、ありがとうな。こっからはおれが頑張ろう」
蹴速はまず山のふもとに出向いた。そこから海までおよそ80キロメートル。火山から流れ出るだろう溶岩を拡散しないよう、溝を掘る。深さ100メートル、幅は50メートル。これでおそらく大丈夫。50メートルの長さを掘るのに、1分はかかるだろう。急がなければいけない。
蹴る!蹴り込む!
これで穴を開けると同時、土砂を周囲に盛ることが出来る。蹴速の経験上、綺麗な小細工をしようとしてもどうしようもない。土木工事の経験等ないのだから。故に出来ること。格闘術を操るしかない。
「すごい。人間技なのか。あれが対魔蹴速。俺より、二神より強い」
神無は蹴速を心から信じているが、だから怯えていた。
「神無、我らも行くぞ!蹴速に置いていかれるな!」
「ぅ、おう!」
「どうした!運んでやろうか!」
「気にするな!走るぞ!」
今朝蹴速に連れてこられた己黄は、言いつけ通り神無と共に在った。己黄と神無は、蹴速と共に行くことにしたのだった。
ゴウン!
「?」
「なんだ!」
「蹴速じゃないぞ!これは!?」
「魔族!!」
大地を掘り進む蹴速はまだ気づいてない。神無と己黄は気付いた。他所からどでかい音が聞こえたことに。
「蹴速に知らせる!己黄、そこに居ろ!」
「おお!」
危険なので少し距離を取っていた神無は、蹴速の側に走った。100メートルは離れていたので3秒かかった。このタイムラグが致命傷にならなければ良いが。
「蹴速!!!」
「お?どうした神無」
蹴るのを止めた蹴速は、神無に振り向く。
「先ほど轟音が!蹴速の掘る音ではなかったぞ!」
「ほう。もしかして、おれの影響で地盤が動いたか」
「分からん!だが、魔族の行動ではないかと睨んでいる!」
「ふーむ。己黄は何か言ってたか?」
「魔族だと!」
「己黄が言うんなら、そうなんかな。神無は己黄に付いててくれ」
「ああ!だが蹴速はどうする!」
「その魔族とやらを確認して何とかして、作業再開する」
「分かった!」
「今はとりあえず己黄んとこ行って合流するか」
「ああ!」
蹴速と神無は己黄の元に走った。当然と言うか、己黄は無事だった。
「蹴速!魔族だ!」
「分かるのか」
「流石己黄!」
「うむ!あっちだ!それも強い」
「魔神、か」
「いや。魔神様ではない」
「魔王か!」
「分からん!だが強い!気をつけろ!」
「己黄は魔族と事を構えて良いのか」
「魔神様以外なら構わん」
「そっか。なら良い」
「行くか!」
「ああ。神無は、来るよな」
「だが己黄は」
「どうするかなあ」
「我に心配など!」
「こわいな。神無、留守番してくれるか」
「仕方あるまい!家族を守る!」
「足枷になっているのか!我が!」
「そういうわけじゃない。お前を連れてきたのはおれよ。おれが神無に頼んで、神無も受けた。おれらあの問題よ。お前に傷付かれたら適わん。龍にも己黄にも傷付いてほしくない。だから、守られてくれ」
「むう!」
「おお!」
「じゃあ頼んだぜ」
「ああ!」
「うむ!」
蹴速は己黄の指差した方へ跳んだ。
「さあ。とっとと片付けて土遊びの続きや」
蹴速の進む先には。炎界が有った。
「誰がやったんや」
店も建物も人も動物も、全て燃えていた。
「き、来た!蹴速君だ!」
上空から見物していたアオミドリがいち早く蹴速に気付いた。
「あれがか」
「うん!キは近づいちゃダメだよ!多分、今回は本気で怒るはずだから」
「分かっている。おれは、お前達をサポートする」
「うん!アカ!!来たよ!蹴速君だ!」
「ん」
巨獣になって街を焼いていたアカは、蹴速に対峙するため、人間形態を取った。
「さあて、遊ぶか!」
蹴速は別に怒ってはいなかった。見ず知らずの人々が住んでいる街が焼かれても、憐憫の情はあれど、怒りなどは。
「おい。お前がやったんか」
「うん!さあ遊ぼ・・」
アカは言い終わる前に、視界から姿を消した蹴速の右の手刀によって右脇腹から貫かれ、左脇腹まで貫通。そのまま上半身を落とされた。そして頭部を粉砕され、上半身下半身共に蹴り潰された。
「死んだかな?燃やしたり出来んからなあ、おれ。マグマに突っ込んでみるか、この死骸」
上空から見ていたアオミドリ、キは、恐れ慄いていた。
「なんだ、あの化物は」
「ううううそだあ。アカは、アカは、魔神様とだって少しは戦えるのに・・・どど、どうしよう」
「どうするもこうするも。アカより弱いおれ達には、どうしようもないだろう」
「そ、そうだけどさ・・仇討ちとか、した方が」
「いや。それより、ここは捨て台詞を吐いて去るのが得策。怒りを煽るのだ。そして魔界に誘い込む」
「な、なるほど!あくまで魔神様のためにだね!」
「う、む。だからアオミドリ。守っていてくれ。声をかけてみる」
「う、うん!僕が、僕がやるよ!で、でもダメだったら逃げてね」
「ふ。お前でダメなら、おれ1人で逃げきれるわけもない。頑張れ」
「うん!」
アオミドリはキから離れ、アカの死骸を見つめる蹴速に呼びかけた。
「やい!お前の街は、僕らが焼いた!悔しかったら・・」
言いつつ、アオミドリは全力で回避した。声をかけられ、振り向いた蹴速がアオミドリを認めた瞬間、跳んできたからだ。
「ふ、ふん!じゃあな!」
キの元に飛び全力で逃げるつもりのアオミドリ。蹴速は少しばかり見つめ、キを確認し、両者が合流した時全力で跳んだ。
「どうするかな」
全力で跳ぶ蹴速の速度は実にマッハ800を超える。とても捉え切れる速度ではない。キとアオミドリを捕えた蹴速。アオミドリを殺しにくい、というのもあったが、魔界への案内も、してもらいたかった。魔神は殺すが、案内してもらった魔王は生かしておいてもいい。その後、人間の犠牲が出ればその時改めて始末すれば良い。
「ミドリさん。殺しとうなかったぜ」
これからどうなるのか。気絶させた魔王2名を神無達の元へと連れていく。
「おーい」
「蹴速!無事か!」
「うむ!」
「おう。なんとかな」
「その2人は」
「おお。魔王やと思う。こっちは間違いない」
「これが魔王か。確かに強い。これを捕えたのか」
「流石蹴速!」
「でよ。どうするか考えゆんよ。おれは道を作らんといかん。魔王2人を警戒する暇は無い。神無だけじゃ、人数が足りんろう。梅さんも戻ってるかどうか」
「ふむ」
「今ここで殺せば問題解決。ただし、何故攻め込んできた。街を焼いた。それは分からん。どうしたら良いろう」
「街を焼いた?」
「そうや!神無!あの街を助けちゃってくれ!すっかり忘れちょった!」
「分かった!任せろ!蹴速、連れて行ってくれ!」
「おお!」
蹴速は魔王2人をその場に置いて、神無、己黄を連れ、最寄りの都市に向かい、救助を求めた。
「どれだけの被害になるか分からん。俺が居ながら」
「お前のせいじゃない。知らない所で起きたことに責任を感じるのは、神様だけでいい」
「俺は!二神なのだ」
「知るか。お前は何も悪くない」
「うむ!」
「己黄・・うむ!」
蹴速達は一旦二神の家に戻った。魔王達がもし移動中に起きてしまったら、神無と己黄が危ない。蹴速だって、気を入れてない部位を狙われれば死ぬ。
「じゃ、行ってくる。梅さんらが戻っておったら来てくれるよう頼む」
「ああ!こちらに集めておく!無理はするな!」
「蹴速!危なかったら逃げるんよ!」
「おう!任せちょけ!」
蹴速は最後に祝寝に言って、跳び出した。
「さて。起きてるか、寝てるか、被害が出てるか」
蹴速は大急ぎで2人が寝てる現場に急いだ。
「おお。まだ居てくれた」
そこには2名の魔王が眠りこけていた。
絶対人間より回復は早い。どうする。いっそここで終わらせた方が。
蹴速は5分ほど悩んだ。
「こんにちわ」
声をかけられた。蹴速が来た方向から。
「こんにちわ」
蹴速もまた挨拶を返した。目の前には少女。少年のようにも見えるが、胸が若干ふくらんでいる気がする。
「君が対魔蹴速君?」
「おお。お前は、もしかして、一一人さん?」
「うん。一一人 有我。有我でいいよ」
「おお。おれも蹴速でかまん」
「君。態度、大きいね」
「すみません」
「いいけどね。最近、よく子供に偉そうにされるんだよなあ」
お。この人、おれより年上か。
「本当にすみませんでした」
「いいよ。所で、それが魔王?」
「はい。捕縛したら良いのか、ここで始末した方が良いのか。考えてました」
「ふうん。捕まえておけば良いと思うよ。結界でも張っておけば」
「それは、どれぐらい信用できる感じですか。こいつらをきっちり抑えられるかどうか」
「多分大丈夫だよ。本気のボクなら破れるけど」
「それじゃ微妙ですね。有我さんの力は知りませんけど、人間に破れるんじゃ、魔王には」
「ま、ね。ボクも魔王は知らないんだよねえ。強かった?」
「はい。本気でやらないといけない位には」
「へえ。君は魔王と戦っても、本気なら無傷なんだね」
「今回は運が良かった。敵はおそらく遊んでました。だから初撃でやれました」
「ふうん」
有我はアオミドリの右腕を斬り落とした。
ビクンッ
「おい」
「起きないね」
「何してるんですか」
「ん?両の手足もいで止血して持っていこうよ。それなら比較的安全でしょ」
「・・・人間のやることじゃねえよ」
「そう?人間だからするんでしょ。強い相手にそのまま挑んで、わー負けましたー。それは知恵ある者じゃないよ」
「もう勝負はついてる。こいつらは今、敵じゃなくて捕虜だ。」
「そうかな。君も今、悩んでいた。それが答えだよ。恐怖をそのままにしておくのは、怠惰だよ」
「おう。でも駄目だろ。ひどいことするなよ」
「?魔王を殺したんでしょ。殺すよりひどいことなんてしてないよ?」
「ああ。だが」
「良いじゃない。魔神は殺す気なんでしょ。魔王はボクも見逃せない。ちょっとひどい目に合わせちゃうのは可哀相だけどね。仕方ないよね。だって敵だもん」
「ああ。でも止めろ。おれが見張る」
「それで、見張りながら魔神と戦うって?君はもう少し、頭が有ると思ってたよ」
「おお。見張りながらでも背負いながらでも戦うわ。だから、おれに預けろ」
「はいはい。ちゃんとやるなら構わないよ。でも、人間に被害が出るのは、ボクが許さないよ」
「分かっちゅう。おれやち嫌よや」
「なら良いよ。ボクが片方連れてくね」
「構わん。おれが両方連れてく」
「ふうん」
嫌われちゃったかな。
くそ。言い返せんかった。確かに殺しまくってるおれが言い返せるわけないが。くそ。
蹴速、有我は首都に帰っていった。驚くべきことは蹴速のまあまあの速度(時速200キロメートルで走っている)に普通に付いてくる有我だ。置き去りにするつもりは、少し有ったのに。
すげえ。こいつ、おれと普通に戦えるレベルか。魔王くらいならさくっと殺りそう。
すごいや。梅ちゃんの言う通りだ。ボクでも頑張ってるスピードなのに、全然余裕だ。ホントにボクより強いのかな。
お互いに理解を深め合っていた。
「じゃ、二神に行こうか」
「おお」
有我の手はずによって、二神には魔王を拘置しておく結界強化された部屋が用意されていた。
「こっちだよー」
「おお」
お喋りしないのかな。
「ねえ。蹴速君は、休みの日とか何してるの」
「あ?ええと、漫画読んでる」
「へえ。どんなの」
「あーと、コメディとかギャグとか、まあ何でも」
「ふうん。ボクはねえ、少女漫画好きだよ」
「おお。お前も読むのか」
「うん。たまにね。小説とかは?」
「うーん。あんまり。冒険小説なら、少しだけ」
「へえ。意外。冒険なんて君は普通にしてるでしょ」
「まあ、そうやけど。でも本の冒険はわくわくするんよ。実際のはそこまででも」
「まあね。保存食は同じものだし、安全を優先したら、フィクションの冒険は出来ないかー」
「お前は、小説は何読むん」
「恋愛ものかなー。王子様が出るのが好きだなあ」
「ほう。ロマンチックでいいやん」
「でしょ。梅ちゃんも神無ちゃんも、そういうの読まないんだよねえ」
「まあなあ。人の趣味も色々あるしなあ」
「でもさあ」
そうこう言ううち、部屋に着いた。
「来たか!」
「待たせた」
「お待たせー」
そこには神無と梅。これでこの国のトップ3全員が集まったことになる。
「大丈夫だったか蹴速」
「ああ。全然平気ですよ」
「梅には丁寧だな!」
「だよねえ」
「お前らあとは違うわ。恩人やし」
「ふ。私も2人と同じで構わん。流石に二神、一一人より丁寧にされては、困る。2人と同じが良い」
「そう?じゃあ梅。よろしく」
「ああ」
「それで、ここだ」
神無の案内通りに室内に入る。2人の魔王はまだ目覚めない。
「まさかとは思うが。既に死んでいるのではないか」
「まさか」
「そんな簡単に死なないでしょ」
「うーん」
蹴速は魔王に直接触れていて、体温が有ることを確認している。だが、だから生きているとは言い切れない。相手は人間ではないのだ。
「わざわざ起こすこともないか」
「しかし、今のウチに尋問した方が良くないか」
「どうだろうね。記録官が居ないし」
「ふむ。段階を追った方がいいか」
「全員、まだ居れるんか?おれだけでも目に見えちゅうなら何とか出来る。でも、脱走されたらどうにもならんぞ」
「蹴速は今、聞きたいか」
「うーん」
「俺は蹴速に賛同する!」
「ボクはどっちでも良いよ。重要な情報を持ってるならボクらでメモればイイし」
「ふむ。お前達がそれでいいなら。私も構わん」
「じゃ、起こす。逃げたら捕まえてくれ」
「はーい」
蹴速が牢に入り、2人を起こす。
ぺちぺち
「・・うーん」
「・・あ」
2人はどうやら意識を取り戻した。
「おっはよう。抵抗はすんなよ」
「あ、はい」
「おい。アオミドリ、手がないぞ」
「え?・・腕!」
「ああ。抵抗が怖いんで、取った。じっとしとったら、これ以上はせん」
「う。はい」
「分かった」
「聞きたいことがあるんよ。ちゃんと聞いて、教えてくれたら帰ってもいい。もし次があったら、もう容赦出来んけどな」
「はあ。分かりました」
「ああ。いいぞ」
「素直やな。それで良い」
蹴速は、2人がやけに大人しいのが気になった。魔王、魔神はどうやら仲が良い。あいつを殺ったことに怒りを抑えきれず突っかかってくる。そして2人とも殺らざるを得ない。そう想像していた。
まさか・・・・・。あの状態から生き返るんか。もしそうなら、ちょっと厳しいぞ。本物の不死身を殺したことはない。不死身を謳われていたやつ等も、火山に泳がせる、氷山に落とす、文字通りの粉々にする、で何とかなったのに。あれだけぐちゃぐちゃにしても蘇るんか。やばい。
「じゃ、何から聞こうかな」
焦りは見せない。こっちは不死身が相手でもどうってことない、そう思わせておく。
「いいかな。蹴速君」
「いいよ。有我から聞くか」
「ねえ。魔界ってどうやって行くの?」
「あー、うーん」
「おれ達が今回来たのは、先ほどの街のすぐ傍。そこにゲートがある」
「ふーん」
「そんなものがあるなんて、と言った所か。安心しろ、警戒不足ではない。今回新しく作ったゲートだ。以前アオミドリが世話になったように、ゲートがぽんぽん生まれる事はそうない」
「そっか。良かった。それで、そのゲートは何時まで維持出来るの?」
「明日までだ。明後日になると消滅する」
「ふうん。だってさ、蹴速君。明日1日で魔神殺して帰って来れる?」
「やりましょう」
「だね。君達には付いてきてもらおうかな。いざという時ゲート新しく作ってくれる?」
キは迷った。魔神の利益にならないことは出来ない。では、これはどうなのか。蹴速が自由自在に魔界に来れるようになるのは、良いことではないか。
「分かった。協力する。だからおれ達の命を保証してくれ」
これで怪しまれず、蹴速に協力出来る。魔神様に貢献出来る。
「そ、そう!僕達なら君達に協力出来る!だから、命だけは!」
キは演技であろうと思いつつ、アオミドリの本音っぽくて、少し顔を歪めた。
「信用するよ。だから期待に応えてね」
「もちろんだ。その代わり」
「うん。この国の代表として保証するよ。君達が応えてくれるウチはね」
「お前、すごいんだな」
「そうだよ。ここには、すごくない人は居ないけどね」
「では、不自由かもしれませんが、2人にはここで待っていてもらえますか」
「了解した」
「はい」
蹴速達4名は魔王を置いて外に出た。見張りは付けてない。
「ボクが見張ってるよ、ここ」
「俺と梅でもいいぞ!」
「んーん。ここは二神だからさ。準備してきてよ。今日明日で魔界を落とすよ」
「兵はどうする」
「要らない。今回は取りあえず、魔神の首を取ろう。それだけで良い」
「そうか」
「梅!気にかかることでも!」
「占い師に言われたのだ。もう数日後に魔神と戦うと。今回の出動はどういう結果になるのか、考えていた」
「ふむ!」
「河歯牙でしょ。当たるんだけど、ボクはそこまで重用しなくていいと思うんだ」
「ほう」
「役に立たないとは言わないよ。でも未来は変わっちゃうんだよ。当たれば儲けもの、で良いよ」
「ふん。正解かもな」
「ま!今回魔神を斬れば全て解決!そうだな!」
「そうだよー」
「うむ」
「あの」
「どうした」
「・・・皆さんはここに居ってもらえませんか」
「蹴速」
「理由を聞きたいな」
「弱すぎて、話にならない。だから連れて行きたくない」
「ふむ」
「・・・蹴速」
「ふうん。2人は反論は無いんだね」
「有我は強いんやろうと思うよ。でも梅も神無もおれにはどうやっても勝てん。そのおれが、負けたのが魔神。留守番しよってくれ」
「君をここで斬れば行かせてくれる?」
「やめろ。結界が持たない。お前が本気を出すのは不味い」
「おれはお前にだって死んで欲しくない」
「死ぬ気はないよ」
「蹴速。お前の言うことは分かる。だが、有我は違う。俺達と同じに考えるな」
「だってさ。蹴速君」
「・・・・・・別にお前が死んだってどうでも良いけんどよ」
「ボクも、君の骨は拾わないから、お相子だね」
「じゃあ、有我は連れて行きます」
「ああ。何時でも助けに行く。連絡が取れればだが」
「明後日になったら行くからな!」
「ははは。安心して、待ちよってくれ」
「うんうん。ボクが居るから大丈夫だよ」
蹴速と有我は衝突しながらも、共闘することになった。
そして二神協力の下、準備が整った。
「ミドリさん。よろしくお願いしますね」
「はいあの、今、僕アオミドリって名前変わったんです。それで呼んで頂けると嬉しいです」
「あ、そうなんですか。じゃあアオミドリさん、案内よろしく」
「仲が良いな、お前達」
「え、そうかな。えへへ」
「まあ、知り合いなんかな」
「はいはい。ちゃっちゃと行くよ」
アオミドリ、キの先導で、蹴速、有我が付いていく。魔王達は低空飛行し人間2人は走る。ゆっくりだ。間違っても逃走したと思われないように、時速100キロほどで。それでも魔王2名は、こらー怒らせたら死ぬわー、と思っていた。2人とも走りながらお喋りに興じているのだ。絶対に無意味に不興を買わないようにしよう。そう心に誓う魔王達。
「ねーねー。テレビ何好き?」
「えー。ドラマ、アニメかな」
「おおー。ねえねえドラマ何見る?ラブ・アクシデントとか、三角家族とか」
「うん?いや、マリンダイバーマリーンとか、サバイバル・ブレイブとか。ああ、グリーンデビルも好きやったなあ」
「ふーん。分かんなーい」
「おお。おれはラブ・アクシデントなら再放送で見たことあるぞ。パリが壊滅する中での告白、すごい熱かったな」
「分かる!いいよね、落ちるヨーロッパ。トーキョースパーク編も良かったね」
「あれは無茶苦茶やん。ヒロイン勢が全員融合して、ヒロイン1人だけにってお前。アニメですらないわ、そんな展開」
「それが良いんじゃない。多重人格ではない。元の誰でもない全く新しいヒロイン扱い。それで、どの男の子もヒロインを好きになれないって、素敵。真実の愛だよねえ」
「お、おお。すげえ、深いな」
「そうだよー。蹴速君も冒険モノ好きなんでしょ?」
「うーん。そうやけど、そこまで深く見てはおらんなあ。すごいな有我」
「えへへ」
魔王達は蹴速と有我が談笑しながら付いてくるのを黙って見ているしかなかった。
「着いたぞ」
「おお」
「ここかあ」
先日、蹴速と魔王アカが会剣した場所から数キロメートル。街の端っこと言った場所だ。
確かにある。黒い穴が。
「これ、お前ら、作ったん?」
「ああ。我らの力を合わせれば造作もない」
「ほう・・」
「蹴速君。疑っても仕方ないよ。行こう」
「ああ」
「ではおれ達が先導しよう」
「行きますね」
キ、アオミドリ、有我、蹴速の順で黒い穴に入る。その時、有我と蹴速は意識を失いかけた。蹴速は2度目なので気をしっかり入れて耐えた。有我は初めてだったが、魔族用ゲートに潜るのにしっかり警戒していた。
「きっつい。有我は初めてなのに、よう我慢したな」
「うん、きつかったよ。よく平気だね蹴速君」
「でもない。ちょっとふらふらする」
「ふふ、ボクも」
今、逃げられないかな。
無理だ。死ぬぞ。
だよね。
大人しく魔神城まで行こう。そして魔神様と戦わせれば、丸く収まる。
うん。
「少し、休憩するか。ここから魔神城まで遠くない。時間はまだある」
「そうやな。それも良い。有我、どう?」
「うーん。休憩しとこうか。念のため」
ここで魔界の空気が人間の体に悪い可能性を2人は除外していた。それならば、入ってきた時点で、魔界を戦場に選んだ時点でアウトだ。ここで終わらせると決めたのだから。
「じゃ、お菓子でも」
「そっか。何があるのかな」
「期待して良い。三鬼でもらった保存食もすごかった。美味しいで」
「おー。ウチとは違うんだなあ、やっぱり」
「ん。有我んちは、あんまり味とかこだわらんタイプか」
「かも。栄養第一はあるねー。お菓子は、あんまり食べないかなあ」
「ふーむ。まあ、今回は遠征やし。特別に食べてみたら。腹壊すようなのは、入ってないと、思うけど・・」
「うん。ちょっと食べてみようかな」
「アオミドリさん、キさんも」
「ん?」
「あ、いただきまーす」
「おい」
「末期の水かもしれないし。皆で楽しく食べようよ」
「そうそう。遠慮しなくていいよ。ボクは敵対しなければそれで良いし」
「ふむ。では、有難く」
「お、有我はポテチか」
「うん。久しぶりだなあ」
「このベビームーンは美味いのか」
「僕は河童きゅうせん!」
「おれは・・・ベビームーン・ムーンフェイス仕様がある。これやな」
「飲み物もあるよー。クーラーボックス持ってきて正解だね」
「ふむ。スーパーコーラ・・か」
「僕はペプきゅうシ!」
「レモンヨーグルトブラック。何コレ」
「おれは無難に鏑矢サイダー」
そこそこ和気あいあいとした休憩になった。
「んでは行くか」
「はーい。ゴミ袋も持ってきて良かったねー」
「あの、ゴミは魔神城に置いてもらって良いですよ」
「うむ。それくらいは何でもない」
「そお?じゃお言葉に甘えるよ。案内よろしくね」
魔王2名が飛び、人間2人は走ってついて行く。今まで通りだが、魔界中心部にある魔神城まで、一直線の道がある。その分簡単に速度が出せる。それぞれ時速300キロほど。有我は少し汗をかいている。
「はっ、はっ、蹴速君は、やっぱり、強いんだね、すごいや」
「そこまでじゃない。おれも、もうちょっと速度上げたら汗だらだらよ」
「そっ、かー」
およそ3時間ほど走り抜けると、目の前には、魔神城。
「流石にすごい」
「うん」
汗だくで呼吸も荒い有我だが、魔神城を目の前に休憩しつつも、よく観察していた。蹴速もここまで巨大な城は初めて見たため、純粋に驚いていた。
「ねえ。ここには兵は何人くらい居るの?」
「常時20万。魔王それぞれの城に5万ずつ。総兵力は45万だ」
「へえ。ボクだけだと、疲れ果ててるね。20万くらいだと思ってた。予想の倍以上かあ」
「でも魔王以上は居らんのやろ。有我なら普通に抜けるやろ」
「それはそうだけどね。ザコを相手にしすぎると感覚が鈍るんだよね。出来れば魔神戦の直前にザコ戦はやりたくない」
「ふむ。ならおれが城ごと消し飛ばそうか?」
「うん。お願い」
「ま、ま、待って!今、魔神様呼んで来るから!」
「すぐに呼んで来る!」
「そう?それならそれでいいよ?」
「少し待っててねー!」
「行ってらっしゃい」
「君は残るの」
「1人は残らねばなるまい」
「真面目だねえ」
大急ぎで飛んでいったアオミドリを待つ3人。
「魔神様はお帰り!?」
「いえモモの城に行くと」
「うわー」
「お急ぎですか」
「うん。クロさんは大丈夫だろうけど、魔神城が壊されるかも」
「それは困りますね。止めさせることは、出来ないのですね」
「うん。僕らより強い人間なんだ」
「それはもしや、噂の蹴速様では」
「そうそう!」
「では魔神様をお呼びしましょう」
「お願いできる?」
「ええ。では呼んできますね」
「はーい」
魔神側仕え、魔神城切り盛りのクロは消えた。
「お楽しみの所、申し訳ありません」
「クロさん!」
「んむ。苦しゅうない」
モモの膝枕でクリームソーダをちゅーちゅーしてた魔神は偉そうに宣った。
「蹴速様がいらっしゃいました」
「なんと!!!でかした!3人には褒美を取らせい!!」
「ははっ」
「モモ!楽しかったぞい!」
魔神は歯を輝かせ決めポーズを取りつつ蹴速の下に跳んだ。
「モモ様、お邪魔をしてしまいましたね」
「いえ。魔神様があんなに楽しそうだったもの。仕方ないわ」
「モモ様にもまた、お声がかかると思われます。その時はよろしくお願います」
「もちろんです!」
魔神城にて突如現れた魔神シロは蹴速に会うために身支度をしていた。
「ううむ。白かのお。いや、ここはピンク。いや魔族らしく紫・・・」
魔神は悩んでいた。
「初めて会った時の格好で良いのでは。そしたら蹴速君も懐かしみますよきっと」
口からでまかせである。
「ふうむ。お主、太くなったの」
「えへへ」
アオミドリの成長は著しかった。
「まあ。そうじゃな。オメカシして、蹴速に誰、この美人?と言われても寂しいからの」
フ
アオミドリは鼻で笑ったのち、魔神城の壁を突き破り、魔界の最果てまで吹っ飛ばされた。
「全く。・・・どの子も大きくなるもんじゃ」
魔神は感慨深く言った。
そして、ついに蹴速と感動の再会。再戦だ。
「蹴速よ・・・よくぞ・・参った・・我が・・・魔界に・・・な・・・」
ものすごい重々しさを演出するあまり、逆にたどたどしくなってしまった。
「・・・大丈夫か。もし、なんやったら、出直すけど」
「えー。弱ってるんなら、今終わらせようよ」
「いや、だって、明らかにおかしいやん。こいつ」
魔神は、少し、心にヒビが入った。
「チャンスじゃない。畳み掛けようよ」
「ん、んー」
「け、蹴速。誰じゃ、その女は」
「ん?一一人有我。すげえ強いらしい。こいつとおれで、お前を倒しに来た」
「そうか」
魔神は悩んだ。2人っきりでないのか。
「ねえ。悩んでるよ。もう良いよね」
有我は取りあえず、首を撥ねに行った。
ガ
「おお」
有我は少し驚いた。魔神の首に食い込んではいる。皮膚を押している感覚はある。だが、そこまで。斬れない。
サ
「うっ!」
魔神はさらり、と手を上げた。眩しいお日様に手をかざすように。その動作だけで、有我は腕を折られた。
「大丈夫か」
「うん。右腕が折れただけ。固定するから、待ってて」
「その間は、おれがやりよろう」
「頑張って」
「おお」
魔神を真っ向から相手取る。蹴速は、身震いした。恐怖に、ではない。おそらく、己の全てより先のものを出す羽目になる。それが、楽しい。
「久々やな」
「全く。待たせおって」
「悪い」
「来てくれたんじゃ。許してつかわす」
「ありがとうな」
蹴速は実に自然な動作で、いや動作を脳裏に刻むことすらさせず、気が付いた時には、魔神の左腕が折れていた。
「おお」
「お返し」
蹴速が魔神と、初めて出会った時。蹴速は魔神の初撃に反応すら、出来なかった。
「すごいの。このような業、あの時には持ち合わせておらなんだろ?」
「ふん。嫁の1人が教えてくれた」
魔神の心はえぐられた。
「ほ、ほう・・・ま、まあ蹴速が強くなってなによりじゃ・・・」
魔神には精神的ダメージが強く刻まれているようだ。
「悪いけんど、ここで死んでもらう。じゃあな」
蹴速は最高の力を込め、ようとした。
ヒュ
「うむー」
蹴速が溜めに入った、その瞬間、蹴速の背後に回った魔神は、蹴速を蹴り飛ばそうとした。何とか空に逃げる蹴速。
「蹴速の全力は痛いのでな」
「おー。安心する一言や」
蹴速は力を溜める選択を捨てた。先程のは運が良かった。魔神が本気だったなら、今の背後の一撃で終わっていた。ヒットアンドアウェイで何とかする。
「おおおおお!」
「早い早い。蹴速は楽しい」
瞬きをする間。その間に千の蹴りが入っているはずだが、魔神は揺れない。いや、傷付いてはいる。服は敗れ、少量の出血も見られる。だが。
「ふっ!」
「あいたー!」
蹴速、連撃の合間を縫い、魔神の土手っ腹に丁寧なクリティカルヒットを打ち込む。力を込めてないとはいえ、そう、島の1つや2つは消え失せたであろう一撃。それでも、
「あいちち」
「・・・どうしようかなあ」
魔神はお腹をさすっている。それだけだ。
「ボク、応援してるね!ガンバレー!」
「おー。ありがとー」
「・・ちっ」
魔神の精神へのダメージは蓄積される。
「さあて」
言いつつ、蹴速は前蹴りを撃つ。極自然に、魔神の意識に乗らない一撃を、千撃ほど。
「おお!!!」
空に浮いた魔神に目掛けて、一瞬に絞りきった全力。完全集中したとは言い難いが、それでも撃つ!
ゴ!
「さあ。どうや?」
手応え有り。多分アザくらい付けたはず。こんなことを後、数万回も繰り返せば魔神を殺せる。有限の数で済むのだから容易いものだ。
「うー」
寝そべったままの魔神。今回はどうも、調子が悪そうだ。
「楽しくないんか」
「んーん。蹴速の攻撃で感じる痛みは、甘い。良いものじゃ」
言うほど、心地よさそうでもないが。
「んー。気分が乗り切らんの」
「ほう」
「蹴速。2人っきりが良い。初めての時のように」
「ふん」
「聞いちゃダメだよー。そいつ、すっごいイライラしてる。今すごいチャンスだよ!」
「ええい・・・!」
魔神は有我に向かって手を振った、が有我は躱した。
「バーカ。こんな距離空けてて、当たるもんか」
有我はふいっと避けた。と言っても、有我の後ろ、直径100メートルは見える範囲全て消し飛ばされたのだが。つまり有我は魔神の手が動くと見えた瞬間に、100メートル以上を跳び退ったのだ。
「有我やったら安心やな」
「うふふ」
魔神の心は砕けた。
「もー知らん!ふん!帰る!」
魔神は消えた。
「え」
「え?」
有我は周囲を見渡す。蹴速、キは呆然とする。
「帰るて。魔神の家、ここやろう?」
「ああ。ここが、魔神城だ」
「どうゆうことなん?」
「さて。だがこの城には居るまい。あの剣幕ではな」
「はあ」
「ねえ。ほんとに何処にも居ないよ、魔神」
「うん」
「私の命だけでも取って、帰るか、お前達も」
「蹴速君、どうする?」
「・・・このまま帰ろう。キさん、おれらが上手く帰れるよう、付いてきてもらえませんか」
「ああ。命拾いするのだから、その程度のことは」
「ふうん。蹴速君、賢いね」
「魔神を倒せちょったなら、話は違うけどな」
「それはそうだろうな」
「君、すごいね。怖くないの?」
「おれからすれば、蹴速とお前もオカシイ。魔神様と事を構えて、平然としている等と。お前らに比べれば、おれはただの魔族だ」
「そうかなー」
「キさんも大概やろうな」
お互いに変だ変だ、と言い合いながら蹴速と有我は人間界に帰っていった。
「ふう。一仕事終えた、という所か」
やっと緊張から開放された魔王キは、アオミドリではなくクロを訪ねた。
「クロ。魔神様はどちらに」
「今は誰とも会いたくないそうです」
「そうか」
「追って褒美を出す、との仰せです」
「ああ。それは助かる。それでアカはどうなる・・・とお前に聞いても仕方ないか」
「アカ様は失われたのでしょうか」
「ああ。見事に蹴速君に殺された。出来れば蘇らせて欲しいのだが」
「私からも進言しておきましょう。しかし、気分屋ですからね」
「分かっている。ありがとう。アオミドリは?」
「この城の一番上で蹴速君を待つ!と気合を入れておられました」
「・・はは。呼んでこよう」
「お願いします」
魔神城最上層。地望の間。
「おい」
扉を開き、アオミドリに呼びかけるキ。
「待っておったぞ、対魔蹴速。いかにも余が大魔王アオアカミドリじゃ!見事余の首、取ってみるか!」
「何を言っている」
「え・・?キ!生きてたの!?」
「ああ。一体何をしているのだ」
「いや。魔神様が来るまでは僕が時間稼ぎしなきゃって思って、それで」
「殊勝な心がけだ」
「でへへ」
「蹴速君達は帰っていったぞ。おれがゲートまで案内した」
「そうなの!?魔神様は!生きてる?」
「ああ。戦いの最中に、心変わりされてな。今はどこに行ったのやら」
「へえー。皆生きてるんだ」
「ああ。アカの復活はクロも頼んでくれるらしい」
「そっか。良かったね。アカもきっと元通り。モモも魔神様とのデートで良い感じになってるだろうしさ」
「ああ。きっとな」
魔王キと魔王アオミドリは自分達の未来をさほど暗いものとみなしていなかった。
「ふう。結局魔王1人殺せなかった。問題だなあ」
「そんなことはないろう。魔神を相手にして生きて帰っただけ、儲けもんよ」
「そうかもね。でも、ボクは一一人だからね。戦闘の役にたたない3家なんて、意味は無いんだよ」
「ふうん?大変やな」
「その代わり、貧乏なんかとは縁がないんだ。世の中上手く出来てるよ」
「ふうむ。難しいことは知らんが。いっぱい頑張ったんやけ、お腹いっぱいご飯食べようぜ」
「そうだね。ね、ボクも連れてってくれる?」
「ああ?かまんけんど」
蹴速は有我を横抱きにする。熱い。少女の外見の戦士の体温は、蹴速より熱かった。
「じゃ、行くぞ」
「おー!」
蹴速と有我は仲良くお喋りしながら帰った。
「おかえり!」
「ただいまー」
神無が待っていてくれた。というか二神、三鬼、一一人の人員が総出で待っていてくれたようだ。梅、特盛、祝寝、海鶴、己黄の姿もある。
「生きて帰った、ということは!」
「ううん。残念だけど、魔神は倒せてないよ。魔王もね」
「そうか!まあ生きて帰って来れた!それで良しとするか!生還会だ!」
「何でも名前付けて騒ぐんでしょ」
「無論!」
とにかく、何かめでてえな、という気持ちにさせておくと良いのだ。こういう場合は。帰って来た者が落ち込まないように。
「宴だ!二神を使う!準備を頼むぞ!」
「はい!」
三鬼の菅女始め各家の指示が出来る者、下働き、それぞれが連携し、大宴会場が出来上がった。大広間に、庭にも食器が並び、大宴会の名に恥じないものだ。
「音頭だ。有我、頼む!」
「ボク?神無ちゃんのが合ってる気がするし、梅ちゃんのが上手いんだけどなー」
ゴホン
「みんなー、集まってくれてありがとー!残念なことに魔神はぶっ殺せなかったけど、今度は頑張るよー!次回も応援よろしくー!」
わーわー!
「あんな適当でいいのか」
「ああ。有我はあんな感じだ。神無はもっと厳粛かな。私も適当だな」
各自飲み食いしつつ、有我、神無、梅を褒め称える。
「神無の船は大丈夫か。そういえば。あの人達もここに居れたら良かったんやけどな」
「ああ!1月もあれば帰ってくるだろう!やつらには別に会を設けよう」
「ほー。すげえな」
「二神に命を捧げておるのだ!報いねばな!」
「おお。まじにすごい」
仕切り役である神無のそばにはずっと人が居た。梅のそばにも。だが有我のそばには誰も来なかった。有我自身は蹴速のそばに居て、海鶴や己黄とお喋りを楽しみ、よく飲み食べていた。
「お前は特に話さんでいいんか。音頭取りやろ」
「それだけだよ。逆に言うと。3名家で交渉事は二神が主にやってくれる。あと三鬼も頑張ってくれてるね。一一人はあんまり役に立たないよ、こういうのは」
「へー」
「前にね、会議で突っかかってきたのを、全部斬っちゃったことがあってね。昔の話だけど。それで一一人は、交渉からは外される向きがあるね。神無ちゃんは、今日みたいに気を使ってくれるんだけど」
「大変やなあ、皆」
「うむ!」
「己黄もやっぱり、龍生大変なんか」
「龍は色々な物を食べるのだが!美味しい食べ方がよく分からん!それが困りものだな!」
「好き嫌いがないのが面倒を増やしているのか」
「その通りだ、海鶴!」
「へえ。何が好きなの、己黄ちゃんは」
「大理石!きめ細やかでハードな味わいだ。濃密かつ丁寧な作りがたまらん!ただ、人里のをよく食べるから、親に叱られていたな!これからは少しだけにしよう!龍として!」
「へー」
「海にはサンゴや海の石もあるだろう。今度、食べてみるか」
「う、うむ。一度食べたことがあるのだが、あまりにも辛くてな。成龍病になるかと思った。あれから海のものは食べてないな・・」
「周りの海水ごと食ったんじゃないのか」
「うむ!砂は口に入れないよう注意したが、難しかったな!」
「今度、貝でも食べさせてやろう。人の姿なら腹が満ちるだろう」
「うむ!ありがとう海鶴!」
「海鶴は。楽しめてるか。好きに飲み食いして良いんだぞ」
「うむ。ビールが、美味い。聞けば山のもので出来ているというこれ。しかし、この泡は海を思わせる。良い飲み物だ」
「そうか。好きになってくれるものがあって、嬉しいぞ」
「蹴速は飲まないのか」
「ああ、いや。おれには少し早い飲み物なんよ。もう少し年を取ったら飲もう」
「ほう。そういうものか。では蹴速と共に飲むことを楽しみにしよう」
「あはは。己黄、それ全部かけなくていいんだよ?」
「うむ!・・・うおおおおお!」
「おお・・わさびか。龍でもわさびは、きついか」
「己黄は良い子だねえ。海鶴も己黄も可愛い。蹴速君も鼻が高いでしょ。こんな良いお嫁さん達で」
「う、ん。まあな」
「?浮気でもしてるの」
「ふ・・・」
「何その顔」
「浮気どころか。嫁が4人もおってな。人生どうなるかさっぱり分からんと思ってな」
「へー。そんなに居るなら、もう1人増えても問題ないね」
「あ?」
「大丈夫。ボクあんまり贅沢とかしないからさ」
「それなら、問題ないな」
「ね」
「よろしく有我!我が妹よ!」
「有我。新しい家族。ようこそ」
「うん!よろしくね!」
「ちょっと人生が怖い」
「幸せすぎて?」
「おお・・・・まあな」
「大丈夫大丈夫。みんな一緒なんだから」
「うむ!」
「うむ」
「そう、やな」
「うん。よし食べよう!」
宴会は深夜まで続いた。
「じゃ、行ってくる」
「行ってくる!」
蹴速、己黄はまた火山の噴火に備えての工事に出向く。
「ボクは動けない。だから、神無ちゃん頼んだよ」
「ああ!任せておけ!」
そして己黄の護衛には神無が付く。
「お昼持った?おやつも」
「おお。己黄がちゃんと持っちゅう」
「うむ!」
「気をつけてな」
「ああ!」
見送りに梅、有我、祝寝。三鬼と一一人が見送り、二神が出るという豪勢なお出かけだった。
「今日こそ、一応の目処が付くとは思う。最中に噴火したら、逃げてくれ」
「おお!己黄は俺が守る!」
「ふん!いざという時は我が神無を守る!」
「おっけー。安心や」
蹴速は掘り進める。昨日はほんの数キロしか進んでない。今日頑張らないと。
「まるで龍だ」
「ほう!龍にそう言われるとは、蹴速はすごいな!」
「龍は、ああいうものだ。大地を空を海を。破壊し創りあげ、殺し生む」
「ふむ」
「龍たる我より龍らしい蹴速。あれの家族になったのは、宿命だったのかもしれぬ」
「ふむ!良い!」
和やかな家族の会話だ。
「蹴速!お昼だ!」
12時。二神から持ってきた食事だ。祝寝、海鶴お手製のおかずもある。
「美味い!サンドウィッチの具に見覚えがないが、これは美味い」
「うむ!俺も食べたことがないな!海鶴のものか!素晴らしい!」
「ふむう!」
「構わん。遠慮せず食べろ」
「うむ!いっぱいあるからな!」
「はむう!」
「己黄はかわいいなあ」
「おお!」
「ほむう!」
己黄はリスに匹敵する頬張りを見せつつ食欲を謳歌していた。
「じゃ。もういっちょ」
「頑張れ、蹴速!」
「うむ!」
サンサンと降り注ぐ太陽光。それに混じって興味本位で近づく魔獣。切り捨てる神無。食べ散らかす己黄。
「腹を壊さないのか」
「大丈夫だ!龍がそんなこと!」
「それは羨ましい!」
拾い食いになるのか。それは止めさせるべきか。それとも、果物をもぎってるようなものか。神無は少し己黄の食事に悩んだ。
これは祝寝に相談するべきか。己黄が変な目で見られるのは嫌だ!
有我に比べれば常識人の神無は、相談相手を求めた。
「蹴速!もう見えるぞ海が!」
「おお!」
もう少しだ!
蹴り抜いた先から、水が!
「良し!」
「行った!!」
「おおおお!!!」
急ぎ離脱する蹴速。溝には多少の海水が流れ込む。
「見事!今、午後3時だ。どうする、帰ってからおやつか?」
「皆で食べるか」
「うむ!」
蹴速は家族2人を抱いて、役場兼臨時噴火対策室を経由、二神に帰った。
「おかえり」
「おかえりー」
「おう。頑張ったぜ」
「うむ!」
良い感じのおやつタイムだったとさ。
所変わって、木星。
「うわあああああああ!蹴速の馬鹿!」
魔神が八つ当たりする度、木星の大地に何十万キロに渡りヒビが入る。
「ええい!!わしの相手をすれば良いんじゃ!」
蹴り込まれた木星は2つ3つに分かれる。
「ばかあああああ!」
さらに叩きのめされた星は数十数百の隕石になり、木星という星はなくなった。
「えーい。もう、どうすれば良いのか」
「お悩みですか」
宇宙空間に漂う魔神シロの横に突如現れた、側仕え、クロ ハメツ。
「うむ。欲しい男がおる」
「ははあ。クサツのお湯にでも浸かりましょうか」
「それは治らんやつじゃろ」
「病も気から。単純なほど効きやすいと申しますし」
「ほう」
魔神は、自分で設計した人格に突っ込んだら負けだと我慢した。
「解決策を唱えい」
「さらえば良いでしょう。その後どうとでも手篭めにしてしまえば」
「・・・はしたなあい。クロちゃん、もしかしてアオとかに悪影響受けた?」
「いえ。元々の人格です」
「そうか・・」
魔神は蹴速との恋路のためにも、この側仕えを何とかするのが先決かと思い始めた。
「何ならさらって来ましょうか」
「それは無理じゃ。アカが一瞬で殺された。予想以上に強い。ああ!蹴速!」
「そうですか」
「うむ!」
「こうも無能な造物主とは思いもよりませんでした」
「!」
「とっとと蹴速様を物にしてきなさい。悩んでいるのはあなたの仕事ではありません。そんなものは人に放り投げるのが、あなたです」
「む、むう」
魔神は戸惑っていた。確かに自らの役に立つよう設計したモノだが。こう無礼を許す自分ではなかった。何故クロを粉々にしていないのか。
「変わっているのです。悠久の時を生きたあなたでも。アオに会った時、私を創った時、あらゆる変化をもたらした時に、あなたもまた」
「ふーむ」
口をひん曲げながら、魔神は聞いていた。そんなことはないと言いたかった。が、そうなのだろうか。蹴速と会って。何だか面白くて。ドキドキしたりイライラしたり。確かにあまりなかった、かも。
「そうかのう」
「その口調。生まれた時からじゃないでしょ」
「うーむ。言語そのものが無かったからの。数兆年前のことじゃ。懐かしいの」
「そうでしょう?変わっているんですよ。私の愛しい造物主」
「ふむん」
うじうじ悩む魔神は隣の側仕えと共に、漂いながら考えに耽っていた。側仕えは悩む主のためにお茶を用意し始めていた。
「明日、歯牙に聞きに行く。蹴速、来るか?」
「え?ああ、お礼はしに行きたいですね」
「敬語はいらんと言ったろう」
フフ、と笑う梅。
「明日は梅さんと一緒ね?」
「おお。占いってのがすごいらしい。色々聞きたいしな」
「じゃあ私達は何しようか」
「私は祝寝と一緒に居よう」
「うむ!」
「己黄も一緒か!俺は本部に向かう!」
「ボクは一旦一一人に戻るよ」
「あ、おれも一度家に帰ります」
「特盛さんとも、もっと話したかったなあ」
「はは。またな祝寝」
「はい」
「いつの間に仲良く・・」
「君が有我と出ている間だな。それなりに親睦が図れたと思う」
翌日。
「初めまして。対魔蹴速と言います」
「知ってるよー!君が希望の星さ!ささ、座って座って!」
「は、はい」
えらいテンションや。こんなんが梅さんの友達なんか。
「あの。まずお礼を。おれの大事な人を探し出せたのはあなたと梅さんのおかげです。本当にありがとうございました」
「気にしない気にしない!困った時はお互い様だよう」
「ありがとうございます」
「調子に乗るから、それ位にしておいてくれ」
「もー。蹴速君は、お礼の言える良い子なだけなのにねー」
「はあ」
「聞きたいことが幾つか有る」
「なんざんしょ」
「魔神の来る、より正確な日時が知りたい。それはお前の傍に居た方が良いのかどうか。そして魔神の倒し方。以上だ」
「ふんふん。私も視てたよ。なんせ私の命がかかってるからね」
「ほう。すごいですね」
「えへへ。魔神ね。やって来ないって」
「ほう」
「見下したような目はやめて!多分、未来変わったんだよ。8人集めようとしてさ」
「なるほど」
「それならば納得が行く。蹴速と有我との戦いは、本来あり得なかった事だからな」
「ん!だから私のボディガードは要らないよ。後、魔神の倒し方ね」
「はい」
「ないよ」
「・・・」
「無理だよ」
「本当なのか」
「うん。視えない。どうやっても視えない。魔神が倒される未来なんて無かったよ」
「未来は変わるのだな」
「うん。ただし、蹴速君達8人が揃うとか、そういうことを意図的にやらないとダメだよ」
「これ以上か」
「こっちの世界には他に戦士は?」
「他国にも居るだろうが、一一人より強い者は居ないだろうな。だからこそ、二神が南征に赴けたのだ。植民地を増やすために」
「なるほど・・」
「エヒメ、カガワ、トクシマとは連携が取れない。お互いに生き残る事に必死だ。それに、ここコウチは孤立しているからな」
「ははは。そんなに変わりないな、こっちと」
「そちらも世知辛いか」
「いや、孤立してるってのが。こっちはもっと緩い世界よ。どれだけ孤立してる言うても、今は行き来も簡単やし」
「ふむ。いい世界のようだな」
「面白そうだねー」
「・・おれの世界の人間に助力を願うのは、どうやろう」
「蹴速の世界の戦士を、か?」
「おお。頼めば、協力してくれるやつも・・・居ると言えば、居る・・・かな」
「ふむ。どうだ、歯牙」
「良んじゃない?やってみないと分かんないよ私には。動いてからじゃないと、未来は変わってないからね」
「後は、おれらあが行き来、出来るかどうか」
「それ、占ってくれ」
「はーい。ふーん、へーん、ほーん」
梅は、突如唸り始めた歯牙に引いた蹴速に、首を振って見せた。
「視えた!」
「おお!」
「言え」
「魔王を仲間にする!」
「無理だ」
「うーん」
「考えた!?」
「こちらで魔王を殺している。そしてあちらは仲が良い、のだ」
「そういうことです。目の前でやつらの仲間を殺したので。仲間は」
「ふーん。なら帰れないよ。ゲートを開くのは、人間には出来ない」
「魔王を脅すとか」
「それは果たして、何処に繋がってるんだろうねえ」
「ふむ」
「そう。冗談で言ってるんじゃないよ。君が仲間を殺した相手を、仲間にしなくちゃいけない」
「ひでえ」
「しょうがないよ」
「私も手伝う。だから蹴速、泣くな」
蹴速は泣いていた。
「習得出来んのか。私ならば出来るはずだ」
「おすすめはしないよ。三鬼なら出来そう。なのに、梅の代まで習得していないのは、何故か。こんな便利そうな能力なのにね」
「二神は?」
「こういう癖の有る能力は三鬼向け。それでも出来ない。人間には無理だよー」
「ふむ・・」
「その、結界張ったりする人達では無理なんですか」
「あれはあくまで人の技だからね」
「可能性があるのは三鬼。私が何とかしてみる。蹴速。魔王を仲間にする必要はない」
「何故、三鬼なら、梅なら出来るん?」
「私達が魔族の力を受け継いでいるからだ」
「ん?」
「三鬼はねー、人がより良く生きるために魔族の力を取り入れたんだよねえ」
「その通り。私も純粋な人間ではない」
「へー。じゃあ、特殊な技が使えたり」
「ああ。神隠しが最たるものだ。それ以外は斬る役には立たんから、努力を怠っているが」
「神隠しを応用しようと思ってるでしょう?人間業じゃ、ないんだよ」
「分かっている。この間まで触れることしか出来なかった技だ。それでもやる価値はある。黙って死にたくない」
「同感だけどねえ」
「おれは魔王を説得してきます」
「やめておけ」
「がんばってねー」
「歯牙」
「だって私は梅ちゃんが無理するよりは、蹴速君に無理してもらった方が良いもん」
「説得言うても、どうしたら良いのか分かりません。でもやってきます」
「危険だ」
「魔神と戦うのに今更だよう」
「要らぬ危険だと言っている。私が何とかする。だから蹴速が無理をすることはない」
「おれがあっちに行きたいのに、梅にやらせるのは違う」
「私はだな。君の役に立ちたい。君に必要とされたい。だから私に可能性が有ることが嬉しいんだ」
「梅はおれの恩人よ。蔑ろにするなんて有り得ん」
「そうじゃあない。出遅れたがな、6番目か」
「・・おお。まじか」
「なになになに?」
「私も君の妻になりたい」
「本気やったんか」
「ふふふ。神無や有我までとは想像もしなかったぞ」
「おれも・・」
「ねえ梅。この人ダメっぽいよ。別のにしたら?男は腕っ節じゃないよ」
「こいつが、良いんだ」
「そうですかっ。三鬼梅でも恋は盲目なんだねえ」
「当たり前だ。でなければ恋ではあるまい」
「ふうん」
「すまん。お前には分からない話だったな」
「そんなことないよ!?」
「分かるんですか」
「君まで!?」
「ふっ」
「はは」
「2人の空気作らないでよ!」
「無駄話はここまでだ」
「おお」
「置いてかないで!」
「黙れ」
「はい」
「おれは魔王に会ってくる」
「私は神隠しを使ってみる」
「私は・・・?」
「お前は150まで生きるのだったな。私達はどうなる。この国は」
「うーん」
「分かっている。お前が近しい人間を視たくないのは。だが教えろ。魔神の脅威度を」
「うーーーーん」
「無理強いせんで良いろう。嫌なことはやらんでいいわ」
「ふん」
「蹴速君だけ、視てあげる」
「ありがとうございます」
「まあいい」
「ふーむ、ほーむ、ひーむ」
蹴速も梅も表情1つ変えず待った。
「蹴速君はなんか」
歯牙の目が座っている。
「なんです?」
「嫁の数が倍くらいになってたよ」
「何時の話だ」
「うーん。多分もうちょっと先。何十年先じゃないね。梅も蹴速君もあまり変わってなかったし」
「ほう。それは朗報。でかした」
「えへへ」
「つまり、嫁が10人くらいになるまでは、生きてる保証が出来た、と」
「そういうことだ」
「そそ」
はあー
ため息をつく蹴速。誰が来るんだ、と知り合いの顔を思い浮かべる梅。自分がその中に居たことには触れない歯牙。
宿命の行方は変わる。梅を幸せに出来る男かどうか見極める。不幸せにするようなら、どうやってでも引き離す。
「がんばってねー」
歯牙の応援を背に、蹴速と有我は家を出る。
「梅」
「何かな」
「無理するなよ」
「君こそ。ゲート消滅に合わせて行くということは、必ず説得するということ。帰ってこなければ、迎えに行くからな」
「ああ。頼もしいぜ、梅」
蹴速は跳んだ。梅は見送った。梅は皆にどう説明するか考えた。
「おっけ。まだ有った」
昨日と同じ場所に黒い穴が有る。今日中に消えるらしいが。
「問題ない。魔王を仲間にして穴開けてもらえば、簡単に帰れる」
ひょいっと入った。
「やっぱりこっちは道、分かり易いな。迷う心配が全くない」
魔神城まで30分。道中の魔族を刺激しないよう、気を付けて走る。
「さて」
魔神城に入る。つもりだったが、門番っぽいのがいる。
てっぺんから入るか?魔神と1対1かー。
皆殺しにするのは容易いが。
フッ!
城最上部を目指す。警戒の目があるかどうかは知らない。突っ込んで魔王に話つけて、さらう。完璧だ。
「こんにちわ」
魔神城最上部の窓が開いていたので、そこから失礼。こっそり侵入したので、誰も居ないはずだが。
「あら。こんにちわ。初めましてですね、蹴速様」
1人、居た。
「おお。初めまして。対魔蹴速と言います、ってご存知なんですか」
「もちろん。私は魔神様の側仕えですもの。今日は何の御用でしょうか」
「へええ。あの、魔王がここに居るかなと思って来たんです。アオミドリさんでも、キさんでも良いんですけど」
「そうですね。お二人とも、ご自身の城に居らっしゃるかと」
「なるほど。もし良ければ、どっちの方角か教えてもらえませんか」
「ええ。喜んで」
蹴速はクロからアオミドリ、キの城の詳細な情報をもらった。と言ってもどちらの方角かだけで充分だった。何故なら、ここまでの道のりと同じく真っ直ぐに道路が引かれているからだ。
「すごい分かりやすい道ですけど、どういう意味があるんですか?」
「空から見て分かりやすいこと。それと巨体であっても余裕を持って行き来出来ること。この2つですね」
「なるほど・・・」
龍?いや、もっと普通に巨大な魔獣か。
「蹴速様。今度からは、門をくぐって来られても構いませんよ。通達を出しておきます」
「あ、そうですか?それは助かります」
「いえいえ。魔神様に選ばれたお人ですもの。こちらとしてもそれなりの饗応をしたいものです」
「ほう・・」
「魔王様方に何用か存じませんが、無体な扱いはお控え願えますか」
「あ、と、気を付けます」
「有難うございます」
「あの、魔神はこの城にもう」
「ええ。お戻りです。お呼びしましょうか?」
「はい。いえ、案内お願いします。おれが、会いに行きます」
蹴速は震えていた。今度は、もう、誰も居ない。誰も連れて帰ってくれない。
それでも顔は歪む。今日、ここで殺して終わり、で良い。帰れなくても。
前回の戦いから1日。修行時間ゼロ。勝目変化無し。
問題ない。何もマイナスになっていない。むしろ心配の要素が消えて身軽かもしれない。
クロの案内によって、魔神の居るであろう部屋の前に。でかい部屋だ。
「案内ありがとうございました。ここで、良いです」
「そうですか?近衛の類は居りませんので、遠慮なくお戦いください」
「あ、はい」
すごい人や。動じないっつうか。この人巻き添えにしたら後味悪いな。頑張ってみるか。
「こんちゃー」
「お?おお!蹴速!!」
玉座に腰掛け、足の爪を切っていた魔神は蹴速を見るなり喜色満面、ティッシュを放り出した。
「いや、散らばらせるな。誰が掃除するんや」
蹴速はその辺にあったティッシュボックスから新しい紙を取り出し、魔神の切った爪をかき集め、ゴミ箱に入れた。
「う、うむ。すまぬ。ジュースでも、飲むか?」
「ん?いいんなら、もらうぞ。炭酸飲料あるか?」
「お、おお!何でもある、はず!クロ!」
「はい、こちらに」
魔神の声に合わせ、即座にクロは飲み物を用意してみせた。
「おお。鏑矢サイダー、種子島味。こんな所で飲めるとは・・すげえ」
「蹴速と同じの!」
「はい」
3人はクロの用意したテーブルで、軽食となった。
「蹴速、今日は何の用じゃ?」
ごっごと喉に流し込みながら質問する魔神。
「んー。本当は魔王を仲間にしに来たんよ。でもお前が居るって言うし。じゃあ戦おうかなーって」
「ほうほうほう!いい心がけじゃ!愛しておるぞ蹴速!」
「おー」
美味いジュースも飲めて、思い残しも無くなった。
「魔神、外に出てくれるか」
「うむ。蹴速よ、わしには遠慮せんで良い」
「ふん。クロさんに遠慮したんよ」
「そうさな」
魔神は穏やかだった。
「言ってなかったの。わしは心が読める」
「自分の隠し技を教えるなや」
「おう。動揺しておる。それでも、蹴速じゃの」
「どーいう意味じゃ」
「そういう意味よ」
2人は高く跳び上がった!
「蹴速!賭けをせぬか?」
「せん!」
「なんと!」
「欲しければ奪う!要らないなら捨てる!賭けない!」
「ほう!!!ならば、奪ってみせい!」
1億の券撃咬合の後、立っていたのは蹴速だった。
魔神は宙に浮いているから。
「攻めている限りは、五分だ。何とかなりそうな気がするぜ」
「良い攻めじゃ。また強くなったの」
「昨日の今日だぞ」
「あの女どもには、こう言うはずじゃ。寝てる間にも、人は強くなっている、とな。蹴速。おぬしにこそ、相応しい言葉じゃ」
「ふん」
「もっとやろう」
「おお」
空撃。蹴速の伸びるような蹴りは宙の魔神を20万フィート飛び上がらせ、さらに蹴速は一瞬で追いつき、追撃をかける。右手で1秒に560発の急所狙いを打ち込みつつ、左の力を溜める。
「来い」
流石に気付いてる。強い。だから、おれがここに居る!
「おおおおおおおお!」
右手を動かし続け、魔神にガードをさせ続ける。そして、その全てを無意味にする一撃を!
「がっ・・・」
魔神の右手をえぐった。出血している、肉と骨を削った感覚有り。良し!
「蹴速。わしも、多少強くなった。これも言ってなかったの」
蹴速が瞬きをしたら、魔神の傷は完全に治っていた。
「ふっ。初めて戦うのを嫌に思った」
「わしが蹴速の初めてか。良いの」
「まあなあ」
言いつつ蹴速は次の手を探る。これまで通り撃ち込み続け。蹴りも拳も数百億回繰り出しているが、魔神にはダメージが残っていない。だが必殺技を溜めると、魔神からの致死量攻撃が来る。手が、足りない。
蹴速の人生でここまでの苦戦は無い。同じ人間相手に本気で殺しあった事はないし、敵を倒すのに手こずった事は有っても、こうも効き目が浅いとは。
「ふむ。蹴速。先日はわしの都合で帰ってしまった。今回はおぬしの帰りたい時に帰れば良い。戦術を練っても良い。仲間を連れてきても良い。おぬしと、おぬしの全てと戦いたい。良いか?」
「ふん。打つ手がないのは事実や。でもおれはお前を殺しに来たんや。おれを殺せ。その資格が、お前にはある。お前より弱いおれは、お前に殺される義務がある」
「強いわしが言おう。おぬしはもっと強くなってわしを楽しませるのじゃ。それが、わしからの宿題じゃの」
「後悔させるぞ」
「それも楽しい。後悔は先に立たず。そのようなもの考えずとも良い、という意味じゃ」
「ほう」
「今日も楽しかった。次会う時もきっと楽しい。待っておるぞ。ああ、アオミドリでもキでも連れていって良い。それか、人間界に青嵐亜意という者が居る。その者を訪ねても良いじゃろう」
「そうか。丁寧にすまんな。この礼は、何かお土産でも持ってくる」
「ふふ。楽しみにしておこう」
「じゃあな」
「またの」
蹴速は魔神に背を向けた。事実上の逃走。それでも蹴速には敗北感ではなく、新しい気持ちが芽生えていた。それは目的意識。これまでの漠然とした強者への憧れではない。魔神シロに勝つという明確なイメージ。魔神シロを圧倒するという強烈な欲望。蹴速は駆り立てられていた。
とりあえずウェイトを100万トン程かけて、マッハ5の遅い速度で、姿勢制御に気を使いつつ、ゲートを目指した。
やっぱり、魔王に向かって魔神殺す手助けを、はいかん。人間界に出来る人が居るらしいし。その人に当たろう。ふさがるなよお。
黒い穴は健在だった。とにかく即抜ける。
「ふう」
人間界の空気。ここは故郷ではないが、明らかな人界の匂いにほっとする。掘り返した土、草刈りの跡、収穫を待つ果実。
ここは焼かれてないんやな。街を優先したのか。じゃあ帰るか。
「おかえり!」
「ただいま、己黄」
己黄は二神の家の玄関前で待っていたようだ。仁王立ちしていた。
「待ちよってくれたんか?」
「ああ!蹴速を待っていた。我は誰の手伝いもしない!蹴速だけを待っていた!」
「おー。でも神無のことも待ちゆんやろ?」
「う。うむ」
「気張らんで良い。祝寝と海鶴と遊んでもいいしよ。怪我をしないようにしてくれておる。その心だけで良い。何か有っても、おれが必ず何とかする。遠慮なんて要らん」
「遠慮など!」
「しておるから、神無を待ちよったんやろ?」
「ふん・・」
「今日は、おれと散歩でもするか」
「する!」
「祝寝と海鶴も誘うぜ」
「呼んで来る!!」
かっ飛んで行く姿は、龍というより犬のようだが、元気なものだと蹴速は思った。
己黄には、龍に異変があれば人間界に影響があると伝えてしまっている。萎縮しているのだろう。
安全にストレス発散かー。
蹴速には宿題が増えた。
「行こっか」
「うむ」
「うむ!」
お出かけの格好で出てきた祝寝、海鶴。己黄も服装が変わっているようだ。
「どこ行くの?」
「本部。御徳さんに聞きたいことが出来た。んでついでに食べ歩こうぜ」
「ふーん。まあお出かけするって伝えたから」
「おっけ。行くか」
足の遅い海鶴に合わせゆっくり歩く。ゆっくりなら風景もよく見える。
「桜かあ」
「こっちは遅いんだね」
「もう散ってなくなっちょったよな」
「うん。入学式前にね」
「この木は蹴速の世界にもあるのか」
「おお。大体のものは同じよ」
「ほんと。人以外は同じなんじゃないかしら。向こうには海鶴も己黄も居なかった。こっちに来て、会えた。それが素晴らしい出会いだったわ」
「うむ。私も人間と巣を作ることになるとは。だが出会えて良かった。蹴速と祝寝と神無と、己黄と」
「うむ!」
「神無が居らんでも伝わるぜ、己黄」
「そうそう」
いつの間にか、本部に。受付で御徳を呼び出してもらう。
「蹴速君」
「お久しぶりです」
「まだ、あれから数日じゃないか。でも元気そうで良かったよ」
「お久しぶりです、蹴速さん」
「おお。えーと」
「金甲量猟です。そういえば自己紹介はしていませんでしたね」
「あ、はい。対魔蹴速と言います。あの時は、御徳さんには大変お世話になって」
「ははは。それで今日は?」
「人を探しておるんです。有名人か、その辺の普通の人か。それは全く知らないんですけど」
「なるほど。河歯牙には」
「まだです」
「頼って良いと思うよ。彼女は梅の友人だ。君の動きは梅にとっても良いことのはず」
「うーん。そうかもしれませんが。嫌われてしまったようで。もしここで分かるなら、それで。会う勇気がありません」
「くふふふ。蹴速君を恐れさせたのが、一介の占い師とはね」
「うー」
「蹴速を困らせるな!」
「おっと。ごめんなさい」
「己黄。おれは困ってない。でもありがとうな」
「うむ!」
「良い子だね。蹴速君にしっかり付いて行くんだよ」
「おお!」
「神無さんそっくりだ」
「おれもそう思ってます」
「姉妹だからな!」
「ほお」
「あ、そういうことです・・・」
「ふ。さて人探しだったね?」
「はい。わざわざお時間頂いてるのに、すみません」
「ちょうど休憩だったよ。問題なんてないさ」
「で、青嵐亜意という人を探してます。魔神に会ってきたんですが、そいつが言うに、ゲートを開く能力が有るとか」
「ほう・・・・・」
思わず御徳は腕を組んだ。
確かに只者ではないが。熱心に回復に当たってくれている彼女の名が、魔神の口から出てきた?
「知ってるんですか」
「数日前。山での魔神との戦闘の翌日かな。ここに就職に来た」
「偶然、じゃないですよね」
「さてね。怪しすぎて疑えない」
「うーん」
「魔族か人間か。それと人間で魔族の味方って居るんですか?」
「居ないよ。多分としか言いようがないが、魔族に味方した人間は確認されていない。魔王クラスならともかく、その辺の魔獣に味方になる、等という事は理解出来ないだろうしね。よっぽどの昔。3名家以前なら、と言った所かな」
「なるほど。今は、居ないと言い切って良い、と」
「うん。魔王とこっそり会ってるとかは、どうしようもないけどね」
「そこまで行くと、確かに考えすぎですね」
「そういうこと」
「魔神が意味なく、おれを陥れるとも考えにくいし。その人、信じますよ」
「そうか。君が信じるなら、それで良い。これからも困った事があれば来てくれ。君の活躍はきっと皆の役に立つ」
「はい。これからもお世話になります」
「うん。呼んで来るよ」
御徳は場を離れた。
「特盛さんはお元気ですか?」
「ええ。昨日だっけかも会いましたけど、相変わらず元気でしたよ」
「そうですか。いきなり三鬼さんと修行に出たと聞いて、少し心配してました」
「ああ。でも、大丈夫ですよ。三鬼梅が一緒なんですから」
「そう、ですね」
ん、3名家というのは、やっぱり大きい名前なのかな。
「蹴速君」
「はい」
「彼女が・・」
「お前か!!」
「う!」
「待ってたぞお!お前が大金星野郎だな!」
「お、おお!」
亜意は小声になる。
「おれにも噛ませろ。魔神ぶっ殺しに行くんだろ?手伝ってやる。それでよお。お前、3名家と仲良いんだってな」
「ああ。礼は弾んでくれると思う」
「決まりだ。よろしくな!相棒」
「おお」
怪しいと言えば怪しい。蹴速を深く知りすぎている。御徳は言いふらすタイプに見えない。神無も蹴速を知らしめようとはしなかった。
「ゲートは開けるんか」
「あ?」
「魔神にそう聞いたんよ」
「回復の術が要るんじゃないのか」
「それも有れば便利やろうけど。必要なのはゲートよ」
「ふーん」
話ちがうぞ、あの野郎。
「まあな。作れるなんて言ったら目付けられるからな。大声では言えねえよ」
「ほう。頼めるか」
「おお。報酬は頼むぜ」
「任せろ。嫁が払ってくれる」
「お前。ひょっとしてダメ男か?」
「否定は出来ん」
「蹴速はダメじゃない!」
「ありがとうな己黄」
祝寝と海鶴は、特に言うことはなかった。否定は出来ないと同じく思っていた祝寝。己黄と同じ思いで己黄が言ってくれたので、発言しなかった海鶴。
「明日、ここに来る」
「おお。任せろ」
自分は馬鹿なのではないか。修行の時間は?武器は?仲間は?
永い時間をかければ、強くはなれるだろう。しかし、魔神に生かされている命だ。出来れば早く返したい。
武器は当てがない。以前チタンの剣を触らせてもらったことがある。もちろん、一度振り当てたら、砕けた。
仲間・・・・・・。有我か?梅と神無は厳しい。特盛も強くなったらしいが。しかし、魔神との戦闘に、有我であっても入り込めるとは。
元の世界に、亜意に連れて行ってもらって、仲間を。
これか!
「明日の予定は出来た。今日は目一杯遊ぼう」
「ふうん。無理しないように!」
「全くだ。まだ子供を作ってないのだぞ」
「うむ!」
「お、おお」
蹴速は確かに、未来に明るいものを感じたのだが、少し疲れたように遊んだ。
女性陣はそれは楽しそうだったとさ。
その晩。
「祝寝は居っていいんか?」
「海鶴も己黄も置いていけないし。私だけ帰るのもね。だからって連れ帰ったら住む場所ないよ。ここに居るしかないなあ」
「なんか要るもん有ったら」
「こっちでほとんど揃うし。無事に帰ってきてね」
「おお」
夜は更ける。
「本部で亜意に会う。そっから向こうに直行すると思う」
「はいはい。無理しないように」
「蹴速。待っている」
「うむ!」
「うん。行ってくる」
本部にて亜意に会う。
「ゲート作るのは人目の無い方が良いんだな?」
「多分な。おれも詳しくないが、その方が良いろう」
「りょーかい」
蹴速、亜意は連れ立って、昨日蹴速が潜ったゲートの有った場所に居た。
「ここなら誰も居らん」
「ほっほう。まあ、やってみるか」
亜意は力を集中した。それは門外漢の蹴速にも分かるエネルギーだった。
魔王3人で作ったんよな、あれは。この人は1人で作れるんか。まさか魔神本人じゃあないし。魔王でもない、か。すげー人間と見ていいか。
ぐわん
「出来たぞー」
「おお」
すげえ。こんな簡単に。これで梅に無理させんで済む。
「これは魔界行きよな?」
「それ以外どこ行きだよ」
「おれの元居た世界行きを作ってほしい」
「はあ?寝言か?」
「いや。大真面目に」
「マジに?」
「うん」
胡散臭そうに蹴速を見る亜意。
「その、お前の世界とかいう、聞いたこともないとこへ繋げろってか」
「おお。もちろん、無理にとは言わん。魔界へ繋げるだけでも充分すごい事や」
「ふん・・やってやろうじゃん!」
亜意は人間に優しくされるのがむかついた。例え相手がアカを一撃で倒していようが、関係ない。こいつは、あたしの下にする!
「ふーっ」
集中し、気を高める。
「おい。あたしの手を握れ」
「おう」
蹴速は促されるまま亜意の手を握った。
「お前の波動、波長から、お前の世界を探す。離すなよ」
「おう。あんまり無理するなよ」
「誰に向かって言ってんだ?期待だけしてろ」
「おお。任せる」
ふん
あたしがこいつを跪かせる。アカにも魔神にも出来なかったことを、あたしが。
亜意は脳みそが焼き切れる感覚に耐え続けた。異世界。蹴速の元居た世界を探るというのは、つまり異世界へと感覚を伸ばす行為。こちらの世界に置いている自分とこの世ならざる世界へ飛ばしている感覚の両方を保ち続けなくてはいけない。魔界へのゲートはよく慣れ親しんだ感覚だから負荷は驚く程少ないのだと、亜意は今日初めて気付いた。
蹴速は亜意に触れている右手はそのまま、フリーの左手でハンカチを取り出し、亜意の顔に浮かんでいる大量の汗を拭った。
「余計なことを」
「すまんな」
それほど嫌そうでもないので、定期的に蹴速は汗を拭いてやった。
「てめーは彼氏かよ」
「どっちかというと、親かよ、と言う所やろう」
「はっ。親なんて知らねえよ」
「ほー。彼氏は居るんか」
「いねーけど」
「じゃあ、友達っちゅうことで」
「・・・あ」
「嫌か」
「別に」
揶揄が気に入らんかったかな?蹴速は少し反省した。
ふてくされている亜意は、魔王達を思い出していた。
あいつらは、友達、なのか。
まだ亜意は、蹴速にアカが殺された事を知らない。
そしてゲートは開く。
「出来た」
「おおお。いつ閉じる?」
「さあ?かなり作るのにエネルギー食っちまった。すぐに閉じてもおかしくは、ねえな」
「ふむ。付いてきて、あっちから、こっちへも開いてくれるか?」
「お仕事だからな。良いぜ」
「じゃ、行くか」
飛び込む蹴速、即追いかける亜意。
2人は蹴速の世界に、見事たどり着いた。