機界 二
機界においてプレイヤー同士は、決闘などの特定の条件下でしか損傷しない。
しかし、弾丸や爆発の衝撃は伝わるのだ。
爆発に巻き込まれたのは女性であった。
タートルネックのセーターを着て、下半身は大きなバネの一脚。
右腕は円柱の無反動砲、左腕は縦長の装填機となっている。
頭部は目を覆うゴーグルをしていた。
橙色を基本色としており、全体的にヤジロベエのような印象である。
動かないので心配になった盾は近づいて顔を覗き込む。
何が起きたか理解していないのだろう、ゴーグルの奥にある瞳は開かれていた。
「大丈夫ですか?」
「は!?」
再度声をかけると体を一瞬震わせ、上半身を起こした。
「な、なんなの!? シュッと近づいたと思ったら、パッと明るくなってドカーンて音がなって、フワッと飛んでいたの! 自爆した? やっぱりこのあたりの敵は違うね」
頷く女性のよく回る口に、盾は目を白黒しながらも再び声をかける。
「あの」
「はい? って危ない!」
女性が首をかしげて盾を見たが、すぐさま顔を険しくして叫んだ。
女性の視線から盾は後ろを振り返る。
先ほどの六甲が火花を散らしながら立っていた。
破損率が僅かに残り、上がった装甲の合間からガトリングを二人へ向けていた。
すでに回転しており、射撃体勢に入った状況である。
「装甲上げていたからな」
自身の機動力から、避けられないと判断した盾は全速力で反転する。
「うひゃー!」
女性の声と共に地面を叩く音がする
女性は一瞬のうちに空中を舞い、その場から退避していた。
一脚は急速な伸縮を利用し、跳ねるように移動するのだ。
「真っ向勝負ですか」
眉間に皺を寄せる盾が真正面に向くと同時に、六甲の弾丸が放たれる。
機械部分だけでなく生身にも当たるが、金属のように火花を散らし弾かれた。
内部にある核により、生身の部分を金属質に変換しているのだ。
火花と金属質な音があたりに響きわたる。
見た目に変化は無くとも、盾の頭上にある破損率は上がっていった。
射撃体勢に入った盾は慌てることなく、狙いを定める。
だが砲身は重く、動かす速度は遅い。
六甲の機動力は低くとも、近くに居るためなかなか狙いが定まらなかった。
「大人しくしてください」
弾丸の雨に晒されながらも、盾は心を落ち着かせ懸命に狙う。
一瞬照準が六甲を捉え、数少ない機会に盾は榴弾を撃ち放った。
六甲を覆い隠すほどの爆発が起きる。
だが、その爆炎の奥から再び弾丸が盾を襲う。
榴弾が六脚の装甲に防がれたため、いまだ六甲は動いているのだ。
盾の脈拍が上がる。
「早く仕留めないといけませんね」
盾の装甲も厚く損傷も軽微である
だが、時間を掛けると他の敵に襲われる可能性があるのだ。
中距離、近距離戦は苦手な盾である。
一機に手間取ると他の敵に襲われ、そいつに手間取ると新たな敵に襲われる。
まさに悪循環である。
流石に長時間の攻撃には盾とてやられかねない。
「あと一発」
盾は静かに気合を込めて照準を合わせる。
だが、六甲の背後で爆発が起きた。
「なんです?」
盾が目を凝らすと、六甲の後ろに先ほどの女性が居た。
「背後ががら空きだよ!」
女性は得意げに言い放つ。
盾と六甲が真正面で撃ち合っている間に背後へ回り、撃ったのだろう。
その一撃が致命傷となり、六甲は機能停止するのだった。
盾は大きく息を吐く。
自身の破損率を見るとすこし増えていた。
核を新しく買っていなかったらもっと上がっていただろう。
「凄いねー!」
着地と同時に女性が驚きの声を上げる。
その瞳は好奇心に溢れていた。
「アレだけバンバン撃たれても破損あまり無いよ! バラバラ撃ってくるから結構避けづらいから大変なんだよ」
「そうでもないですよ」
女性の楽しそうな素振りに盾は冷静に返す。
防御重視の高性能な核ゆえの硬さだったからだ。
「そういえば」
「ん?」
ふと思い出した盾は口を開き、女性もなにかと顔を見合わせる。
「さきほどは失礼しました」
「へ?」
盾は頭を下げるが、女性はいまいち分からないようである。
「最初爆発に巻き込まれましたよね? その爆発は自分です」
「あの自爆かー、確かにギューンって破損率上がらなかったもんね」
納得するように頷く女性であった。
「お詫びといっては何ですが、さっきまで集めた部品をいくつかあげます」
盾が提案するが、女性は悩み受け取る様子は無い。
「部品はいらないよ、そのかわり……フッフッフ……」
突如女性が不敵な笑みを盾へと向ける。
笑みと異様な雰囲気を放つ女性に、何を要求されるのかと盾は身構える。
「ボクに機界のこと色々教えて!」
「えっと……どういうことです?」
一瞬何を言っているのか理解しづらかった盾は聞き返す。
現在二人がいる地域は中堅が行く場所である。
盾も機界をやって大分経っており、上級者や廃人に届かなくとも、それなりに実力はあった。
そんな場所に居るということは、結構やっているはずである。
「いやーボクまだ初めてすこしなんだよね」
「もしかしてその装備は無改造ですか?」
「うん」
女性の装備は初めの頃に手に入る代物であった。
「まとめサイトとか、公式掲示板を見ていないのですか?」
「あははは、パッと見たけど……実際に教えてもらうと分かり易いよね」
照れがあるのだろう、頭を掻こうとしたのか腕を上げる。
だが、戦闘形態では掻けないと分かり下ろしていた。
なれていない初心者が多くする行動であった。
「よく……こんな所まで来ましたね……」
女性の無謀な行動に、盾は言葉に詰まりそうになる。
「楽しくってピョーンとしていたらこんな所まで来ちゃってさ、でも襲われてもパパッといってササッとやれば無傷だよ?」
分かり難い女性の説明に、本能でやっているのかと盾は閉口するしかない。
これからもっと無謀なことをするのかと盾は心配になり、女性の提案を請けることにした。
「わかりました。自分が分かる範囲ですが教えましょう、そもそもお詫びですからね」
「やったー! ボクの名前はミコ、よろしく!」
「自分は盾です。こちらこそよろしく」
眩しい笑顔のミコに盾も微笑むのだった。
先ほど倒した六甲の部品回収をした盾が口を開く。
「挨拶も終わった所でなんですが」
神妙な顔つきの盾にミコは首を傾げる。
「明日もあるため就寝の時間が迫ってきています」
「わ! もうこんな時間!」
盾に表示された時間は十一時三十分をさしていた。
「ついでにほしい物も手に入りました」
「なになに?」
「六甲が落とした六脚です」
六甲から回収していた部品であった。
「やほー! おめでとー!」
「というわけで近くの都市で終了しましょう」
「ここは危ないもんね」
戦闘区域で終了も出来るが、無防備状態が多少続くのだ。
逆に都市や安全区域だと即座にプレイヤーは消失する。
「自分は機動力が低いので先に行ってください」
言いながら盾は通常形態へ戻った。
六脚は安定性があるが、機動力は低い部類である。
「どうするの?」
「コレに乗ります」
ミコの疑問に答えるように道具を選択し、虚空から乗り物を出した。
通常形態の機能に道具の使用がある。当然腕が武器の戦闘形態では使用不可だ。
「なにそれ!?」
「三輪自動車、トライクともいいます。普通は前一輪後ろ二輪となりますが、これは逆トライクで前二輪後ろ一輪の型ですね」
大型二輪ほどの大きさで車体は白く背もたれ無し。
前輪の間は大きな外装で覆われ、後輪の上に後部座席が設置されていた。
「ですから先に行って……」
逆トライクが揺れ、盾が視線を向ける。
ミコが目を輝かせ、後部座席に座っていた。
「えへへ」
通常形態のミコは目頭が垂れた優しい顔つきであった。
腰まである黒髪と長いスカートは現実なら巻き込むが、仮想現実ではその心配は無い。
「……まあいいですけど、運転荒くなりますよ?」
呟きながら盾も乗り込みエンジンをかける。
大型特有の音が空気を揺らす。
「振り落とされないよう自分に抱きついてください!」
「はーい!」
盾は二人乗りということで安全に走りだした。
「ビューって気持ちいいね!」
「風を感じますからね!」
暫く廃墟の道を走っているとミコが声を上げた。
二人が叫んでいるのは風で聞き取り難いからである。
「通常形態は弱いよね!」
「銃弾数発でやられますよ!」
「あれ! 真正面!」
ミコが指差す先には、馬と人の上半身がくっついた機械の獣牙が複数いた。
指摘されるまでも無く盾は既に気付いている。
だが速度を下げるどころか、より加速しはじめた。
「え!? ちょっと!?」
疑問に思ったのかミコは盾の顔を覗き込む。
そこには舌なめずりをする盾がいた。
「すり抜けます!」
「うそでしょー!?」
エンジンを吹かし、ますます加速し獣牙達に迫る。
「わわわわ!」
恐怖を感じたのかミコは変な声を上げ、盾の背中に目一杯抱きついていた。
大音量を出しているため早々に獣牙達が気付いた。
両手に付けられた拳銃を突きつける。
「パンって撃たれるー!」
顔の横で騒がれるが集中している盾は気にしない。
照準が合わされないよう、盾は左右に車体細かく振った。
それでもたまに合わさるのか発砲してくる。
しかし、掠めたり地面をうがったりするのみで当たりはしない。
そのまま一気に獣牙達をすりぬけた。
「凄い! スパーンと抜けたよ!」
暫く直進すると、盾はサイドミラーで後方を確認する。
「まだですよ!」
ミコそのままの体勢で居させるため、聞こえるように口にする。
難しいものを乗り越える、そのことは盾にとって楽しみの一つであった。
「へ!?」
振り返るミコの視界には、追いかけてくる獣牙達の姿があるだろう。
これから始まるのは鬼ごっこである。
鬼は獣牙で、逃げるは盾達の逆トライクだ。
砂埃を巻き上げ爆走する盾達だが、直線では分が悪く徐々に近づいてくる。
「来るよ!」
「分かっています!」
十字路に差し掛かり、ハンドルを思いっきり右に切った。
「うひゃー!」
車輪を滑らせ、身体を横にたおして重心を移動させる。
車体が僅かに傾くことにより、ほぼ速度を殺さず曲がりきった。
獣牙達は方向転換が苦手なため速度を落とす。
なおかつ道路を目一杯使って曲がるのだ。
そのため曲がりでは盾達が有利であった。
右に左に曲がりながら差をつけていくが、しぶとく獣牙達は追いかけてくる。
「都市だよ!」
ミコが歓喜の声を上げる。
だがその都市までは長い直線の道であった。
直進中に左右に振ると、僅かだがタイヤの摩擦があがる。
その摩擦の上昇が速度を減少させるのだ。
現在の盾達には大きなことであった。
真っ直ぐにハンドルも動かさず都市へ突き進む。
「ジリジリと来ているよ!」
ミコの声に盾がサイドミラーで確認すると、獣牙が少しずつ追いすがってきた。
大分曲がりで差をつけたとはいえ、その差はどんどん短くなっている。
獣牙達の射程圏内に入ったのか銃を構えだす。
盾はその姿を見たが、絶望的とは反対に口角を上げる。
「自分達の勝ちです」
冷たく言い放った途端、獣牙達が弾丸の雨に打ちぬかれ爆散した。
放ったのは都市の防衛機能だった。
追い疲れる前に盾達は都市への進入に成功したのである。
「フー、ギリギリだったね」
都市の入り口広場で停車すると、ミコが身体の力を抜いて一息ついていた。
「ですけど燃えますよね」
盾は楽しかったと親指を立てる。
「まあね」
同じくミコも笑顔で親指を立てたのだった。
武彦は図書館のカウンターで貸し出し業務を行っていた。
「やっと一波こえたな」
「ですね」
沢山来た貸し出しの人がいったん終わり、静かな時間を迎えている。
県立図書館のため建物は立派で所蔵図書もある、そのため利用者は多いのだ。
図書館という場所から声を下げて雅信と話をする。
「そういえば十戦鬼倒したぞ」
「凄いですね、でも被害結構でたでしょう」
十戦鬼は機界の中で多数居るボスの一機であり、大型の二脚であった。
その辺の敵とは大分違い、様々な武装に凶悪な装甲を兼ね備えている。
腕は散弾銃だが身体に合わせた大口径である。
取り付くと色々な場所に設置されている、各種銃機が雨あられと撃ってくるのだ。
手足の動作は遅いが、巨大なため末端部分の速度はかなり速い。
「確かに消耗したが俺達雷光はかなり強いからな、戦闘不能に陥った奴はいなかったさ」
戦闘を思い出しているのか雅信は楽しげに話す。
「武彦も入ればより強くなるのだがな」
「雑魚の露払いとか一時的なものなら良いですけど、正式になると足並み乱して大変ですよ」
誘いに武彦は肩をすくめるだけであった。
雷光は雅信が発足した部隊で名前の通り、部隊全員高速機動である。
武彦も一時的に参加するときのため高速機動はある。
だが部隊に正式に入れば、高速機動に乗り続けないといけないだろう。
武彦は高速機動が余り好きではない。
その上現在は、お気に入りの六脚型で完成を目指している。
武彦には正直御免こうむる話であった。
「最近ほしかった六脚が手に入りましたしね」
「ほう……どんな具合だ?」
「まだ修理はすんでいませんからね、使えないです」
「部品がたりないのか?」
「持っていた在庫では足りなかったので、暫く狩りにいそしむかもしれません」
同時に思い出すのはミコのことであった。
今日の業務が終われば機界に行き、終了した都市の広場で落ち合う予定である。
(実戦形式で教えたほうがよさそうですね)
目的の部品を持つ敵を相手にすれば、一石二鳥だと武彦は頷く。
「なんだったら部隊全員で集めるのを手伝うぞ」
「雷光の戦力になりませんから申し訳ないですよ」
「気にしなくていいんだけどな」
「そういう訳にも行きませんよ」
不満があるのか雅彦は憮然とする。
酷く個人的な事なので、そこは譲れない武彦であった




