第12話 願った日常と別れ
聖奈と節が付き合い始めて数ヶ月が過ぎた。
今月は12月。そして今日は、イエス・キリストが誕生した前日、そう、クリスマスイブである。
駿河家の室内はそうクリスマスモードになるわけでもないが、聖奈の気分はそんな室内と対立していた。
「ギャオ~♪ギャギャギャ~ギャギャギャッギャ♪」
鼻歌(?)を歌って、ノートパソコンをいじっている聖奈に、兄・逞真は本を読みながら苦笑いしていた。
(この旋律からすると曲は『サンタが街にやってくる』かな。音痴なこいつの通訳するのも面白いかも。)
そう思った彼は本から目を聖奈に移し、”ギャオ”としか聞こえない例の鼻歌を聞いてみた。
「ギャオ~♪ギャギャギャ~ギャギャギャッ♪ギャギャギャギャ~ギャギャギャッギャ♪ギャギャギャギャギャギャッギャオ~♪」
(『さあ貴方からメリークリスマス、私からメリークリスマス サンタクロースイズカムイントゥータウン♪』か。本当かよ・・・・・。)
「ん、なに??」
見詰めているのがバレて、妹が振り返ってくると、ナチュラルに目を逸らした。
「いや。究極な音痴だなーと思ってさ。」
無言で逞真は膝を叩かれた。
「ねぇ、兄ちゃんって男にしては料理できるよね。」
「まぁ、毎日作っているだけはあると思うが。」
急にどうしたんだと言わんばかりに逞真は首を傾げた。
「じゃあさ、これ、作れる?」
聖奈はパソコンの液晶画面を兄に見せた。
「・・・・ガトーショコラ?なんだ、菓子か。」
「うん。作れるんだったら私に教えて。」
「どうした?珍しい。美和ちゃんとでも食うのか?」
「ううん。あげんの。・・・・・節ちゃんに。」
その瞬間、再び開きかけた本を逞真は蚊をつぶすような勢いで閉じた。
「・・・・・節、ね。クリスマスだから共に過ごし、菓子をプレゼントすると。所詮恋人同士のやることだよな。そう、恋人同士が。はは・・・・・」
「何か問題でも?」
「別に。そういえば最近節に逢わないが、その後どうなんだ?」
聖奈は面倒くさそうに天井を見上げた。
「どうって・・・・普通通りだよ。普段は4人で一緒だし。こう休みに入っても多分4人でいるのがほとんどじゃないかな。だから、偶には2人でいようと思ってこれをね。」
「成程。節にしては、喜ばしい日になるんじゃないか。」
「うん!・・・・で、作ってくれんの?」
逞真は思い切り閉じた本が傷んでないか確認し、珍しく大きな溜息を吐いた。
「別に構わないが、間接的に節のためであると考えたらムカついてきた。毒盛ってやりたい。」
「何で!?節ちゃん性格柔くなったし!あ、兄ちゃん知らないか。でもいいカンジになってきてるから、ムカつく意味がわかんないんだけど。」
「そうなのか?でも・・・・・やはりどうしても許せない。いつかのあの状況が目に焼き付いているものでな・・・・。」
彼女も逞真と同じ状況を思い出し、顔を歪ませた。
「もうそんなことしてないから・・・・。とにかくお願いだよぉ!妹のクリスマスプレゼントだと思えば!」
「______仕方ないなぁ・・・・。だが一つ!」
「なに・・・?」
「材料は自分で買うこと。そして、必ずレシピは印刷しなさい。以上です。」
教師ぶった言い方にノッて、聖奈も生徒らしく従った。
「はーい。」
ルンルン気分で買い物の用意をして早速行ってしまった聖奈。逞真は何故だか不快ではない苦笑を浮かべていた。
「んじゃ、宜しくお願いします♪お・に・い・さ・ま♡」
逞真はその気色悪い妹の頭を叩き、腕を捲った。
「はぁ・・・・いつまでたっても疑問だ。何故この俺が、アイツのために菓子を作らねばならないのか!」
「だーかーらー、兄ちゃんが作ったヤツはあげないってば!私がやったヤツ渡すんだもんいいじゃん!」
懸命に訴える聖奈に渋々頷きながら、逞真は板チョコを開け始めた。
レシピ通り坦々と料理は進んでいく。完璧に。
慣れた手つきで包丁を扱いながら心の中では”これは節の為じゃない・・・・・”と自分に言い聞かせていた。
____そして完成した。
「はい。覚えたか?聖奈。この通りに作ればいいだろう。・・・・・それは、お前が食え。」
自分作のガトーショコラに顎をしゃくる逞真に、聖奈は心底嬉しそうな表情を出した。
「えホント!?私こんなの大好きなんだけど!」
「どうもこう諄いのは駄目だ。」
「でも私のはちゃんと味見してね。」
「・・・・やれというなら食ってやるよ。」
聖奈は満面の笑顔を見せた。
そんな聖奈の自信作は手本より相当甘く、コッテリとした味となった。
「・・・・鼻血が出そうなくらい甘ったるいものだが・・・・・・」
「節ちゃん甘党だから大丈ブイb」
「なら上出来なものだとは思うぞ。」
「ホント!?ヤッター☆んじゃ、早速節ちゃんにメールして渡してこよ!」
行動が速い聖奈に、逞真は苦笑ばかりしか出なかった。
北公園で待ち合わせをし、節は5分前にもう来ていた。
「あ、節ちゃん!ごめん、遅かった??」
「別に。俺が早かったし。」
「そっか。」
「で、用ってなんだよ。」
節には”用がある”としか伝えていなかった聖奈はにんまり笑う。
「今日は何の日だ!?」
「んー・・・・クリスマスイブ。」
「正かーい♪じゃあ、私がこれからしようと思うこと答えてみよ!!」
顔を歪ませる節だが、必死に頭を使って考えた。
「えー・・・・わかった。俺とチューするつもりでしょ。」
悪戯っぽく笑う彼氏に聖奈は顔を真っ赤にして拒否した。
「ちーがーいーまーすっ!」
「何だ、期待させんなよな。クリスマスイブだとかほざくもんだからーっ。どーせ美和に渡すプレゼント選びに協力しろとかいうんだろ?」
「ブ~っ!残念でしたっ!こういう時鈍感な奴っておもろいわ♪」
「ほっとけ!」
「正解は・・・・・・・ほい!」
彼女の満面な笑みとともに出てきたのは、袋詰めされたガトーショコラだった。
「え・・・・なに、俺にくれんの!?」
「おもちのろん!手作りなんだぞぉ~。一応彼氏だしね。最近二人っきりになれてなくてスネてるかと思って。」
「おぉ・・・・わかってんじゃん!なんだよ、くすぐってぇな!聖奈のクセに。」
節の顔は本当に嬉しそうであった。釣られて聖奈も微笑んでしまう。
(節ちゃんと付き合って、よかったな・・・・)
なんてつくづく思いながら。
「今、食ってもいいか?」
「いいよっ!」
ウキウキの4文字のオーラを出しながら、節は自分のガールフレンドの作ったチョコレート菓子にかぶりついた。
「う・・・ウメェ・・・・・!マジで美味いんだけど!」
「はっはっは!これが我の力よ!!」
「今ならその力認めるわ!うわー、マジ神だ!」
うんうんと聖奈は頷く。
「ありがとな、聖奈。」
「うんっ!」
「聖奈のことだから失敗して不味くなるかと思ったぞ。らしくねぇな!」
「へっへん!実はさ、兄ちゃんに教えてもらったんだ。」
その瞬間、節の表情が化け物を見るような感じになった。
「え・・・・料理出来たんだ、兄貴。」
「うん。ご飯作ってんの兄ちゃん。」
「マジか・・・・。はは、今でも兄貴のことこんな風に思っちまってるよ。やべぇな。」
「大丈夫。うちの人もそうだから。節ちゃんのこと、許せそうにないって。」
その言葉に、節は今までにない様に真面目な表情で苦笑した。
「やっぱりな。だって俺、結構荒れてたしな。仕方ねぇか。」
「節ちゃん・・・・・。節ちゃんって変わったよね。性格丸くなった。」
「まぁ、兄貴にその性格を直せって言われたから、流石にね。ヘン、か・・・?」
「ううん。こういう節ちゃん、好きだよ。」
「バーカ!そういう言葉には告白とキスが付きもんだろ。」
「それ節ちゃんだけ!もー、バカにすんなぁ!!」
顔を真っ赤に染める聖奈の頭をポンポン叩き、節は笑った。
「幸せだなぁ、俺って。親友が3人もいて、そのうちの一人は彼女でさ。もう、死んでもいいや。」
「節ちゃん、”死ぬ”って言葉禁止って言ったよね!?」
「あぁ、わりーわりー。冗談だろ!真にウケんなよ。そんぐらい幸福ってことだよっ!!・・・・だって、高2だけだろ?こう楽しめんの。来年の今頃は受験だろうし。」
「受験か・・・・・」
不意にその話題に入った瞬間、深刻な雰囲気になった。
「節ちゃん、どんなとこに受験すんの?」
「俺?俺は________・・・・・工業的な大学行くか、高卒で工業的な会社に就職かな。」
「やっぱりそっち行っちゃうの?節ちゃんなら、イケメンだからモデルとか。歌もうまいからアーティストらへんになるのかと思った。」
節は微笑んで空を見上げた。
「俺さ、親にそう言われたことあるんだ。今だから言えることだけど。でも納得いかなかったんだよ。顔貌とか声だとか歌唱能力とかって生まれつきみたいについてくるじゃん。人生決められたようでさ。でも、工業とか技術的なことになると、自分の努力次第だろ?諦めたらお終い。努力しただけ夢が広がってくみたいな。笑うなよ。俺、そういうのに憧れてんだ。」
決して聖奈は嘲笑しなかった。むしろ、感動して節を見詰めている。
「いいな、節ちゃんみたいな考え方。私なんて全然。そんな深刻なこと考えたこともなかった。・・・・だから兄ちゃん家に居候して甘えさせてもらってんだけどね。」
「聖奈には夢とか目指すもんとかねぇの?」
「私は・・・・ないよ。自分で決めらんない!」
その矢先、節の言葉が氷柱のように聖奈の胸に突き刺さった。
「・・・・らしくねぇ。オメェはもっと夢に満ち溢れたある意味バカな奴だと思ってた。・・・・つまんねぇ。そんな聖奈、俺好きじゃねぇよ。」
「・・・・・・」
聖奈は何も言えなくて押し黙った。異様な空気が漂う。
「・・・・もうやめよっ。こんな話!クリスマスイブなんだしさ。も、もっと楽しい____」
「聖奈」
不意に顎を掴まれた。
「節ちゃん・・・・?」
「ちゃんと目ェ見て話せよ。俺のこと嫌いか?」
「違うって!そんなんじゃない!」
「じゃあ今の自分から目ェ逸らすんじゃねぇよ。」
「・・・・うん。」
聖奈が頷くと、節はニコっと笑った。
そのまま、距離が縮んでいく。聖奈は、このまま口付けされると確信した。だから、目を閉じた。
しかし、二人の試みは途絶えた。
「うわぁぁぁぁん!」
この声で。
「んだよ、うっせぇな。なんの喚き声だよ?」
「ちっちゃい子の泣き声みたいだけど・・・・・・」
辺りを見渡すと、草原には幼い少女が泣きながら歩く姿があった。
「・・・・・ねぇ、あの子なんか可哀想じゃない?」
「ハァ!?なんであんなガキなんか_____」
「いいから。」
瞬時に聖奈の目が真面目になり、節は思わずうなだれた。
「どうしたの?迷子かな?」
聖奈の子供に対する優しい態度を節はまじまじと見詰めた。
「ママと・・・・逸れちゃった・・・。」
「そうなんだ。お姉ちゃんも一緒に探すよ。」
「ホントに・・・!?」
幼女の目が見開かれた。
「うん。大勢で探したほうが頼もしいじゃん?」
「ありがと。」
満面な二人の笑顔が、節には眩しかった。
「ホラ、節ちゃんも行くよ!」
「お、俺も!?」
仕方なく、節もついていく。
「ママ、プレゼントくれたんだよ。」
「そうなんだ。よかったね☆」
わざとらしくもなく、受け流すわけでもなく、ちゃんと少女の言葉を受け止める聖奈。
「それ、ママが持ってんの。」
子供の他愛もないボヤキが人探しのヒントになったりもする。
「そのプレゼント、何だったの?」
「ぬいぐるみ。くまちゃんの。」
「くまちゃんか。よし、節ちゃん、くまのぬいぐるみ持った女の人捜して!」
「へいへい。」
視力のいい節はすぐに見つけられた。
「あの人じゃね?人捜してるみてェだし。」
「ホントだ!ねぇ、あの人じゃない?君のお母さん。」
「そうだ!ママ!!」
母親らしき女性は安心したように近づいてきた。
「ありがとうございます。」
「ありがと!お姉ちゃん、お兄ちゃん。」
「あいよ♡」
「はやく行こうぜ、聖奈。」
無理矢理節に引っ張られ、元の場所に戻った。
「可愛かったなぁ、あの子♡」
「オメェさ、幼稚園の先生に向いてんじゃねぇ?」
「え」
「子供好きじゃん。それに幼児に対する接し方も何故かしらマスターしてたし。」
「え、そうかな?でも・・・・・そうだよね!」
聖奈の目に希望が宿る。
「決めた!私、幼稚園の先生になろっ!だって、ずっと子供たちと遊べてずっと子供たちのために考えられるんだもんね!!ありがとう、節ちゃん!!」
節もニッと口角を上げた。
「単純だな。」
「んっ??」
「いや。」
でも、聖奈は一気に表情を曇らせた。
「どうかしたのか?」
「・・・・でもお互いの夢見つかったけどさ。大学に入ったら離れる訳だし、それに、お互いの夢実現させるために勉強しなきゃだし、なんか、付き合ってよかったのかなって思っちゃうよね・・・。」
「そう言えばそうだな・・・・・。」
二人は顔を見合わせる。
「俺、考えたんだけどさ。3年生になったら勉強に打ち込もうぜ。んで、ちゃんと受かったら大学生になってもう一回付き合い直す。今度は結婚前提な!」
「それ本気!?」
「マジだよ。」
「そっかぁー・・・。でもそうってことは、一旦別れる、んだよね・・・?」
節はサラリと頷いた。
「1年くらいどうってことねぇじゃん。普段通りのクラスメイトとしてはいられるわけだし。あ、メアド残しとけよ!大学行ったとき面倒になる前に!」
「そ、だね。じゃあ・・・・約束だよ。」
「おうっ。」
聖奈は彼の手を取り、指切りをブンブンさせた。
「だから2年であるこの時期は、思いっ切り楽しもうな!!」
「うんっ!!」
二人は約束を交わした。
いつか別れることになると思うと切なくなるが、その先の夢がそれをも包んでくれて、決していやではなかった。
今日のこの日は、特別なクリスマスイブとなった。
これが最初のほうに言ってた『約束』だったんですね~。
はぁ・・・・恋っていいもんですね。←寂しい孤独な女です(T_T)
次回も宜しくお願いします☆